第二章 はじめての旅行、はじめての…

第7話 私たちの旅の始まり、一時間


 7...




 いつもならコウを引き連れて家に帰り、雪野家特製ディナー(といっても和食中心)に舌鼓を打って、コウを見送って終わり。

 だけど今日はそうはいかない。


「お母さん、明日から旅行に行きたいの。コウと二人で……コウのお母さんのお墓に行きたい」


 そう切り出した時の両親の反応は、正直芳しくなかった。

 そりゃそうだ。高校生男女を手放しで送り出せる親なんて、そうそういない。


 でも言い出しっぺのあたしとしては曲げるわけにはいかない。

 とても大事なことなの、と。何度も説明して、


「お願いします……いつもお世話になってばかりで、こんなのふざけたお願いだって、男の俺がこんなこというの情けないけど、でも……千愛が必要なんです」


 コウが頭を下げてくれて……やっと、条件付きでOKが出た。


 条件一、毎日居場所や無事を知らせるために必ず連絡すること。

 条件二、無理はしないこと。

 条件三、若い二人だから言っても聞かないだろうけど、旅行中は節度をもって行動すること。

 条件四、コウのお父さんに必ず連絡をすること。


 一人娘を旅行に出すのも不安だろうし、特に咳で出た血のことが心配なのだろう。先生から大丈夫だと言われたけど、それだって、


『ああ、お母さん待ってください。念のためもう一度言いますけどね、喉の粘膜かな。安静にしていれば大丈夫だけど、興奮してってことなら同じような状況は繰り返さない方がいいです。気をつけてあげてください』


 という話だったから。だからこその条件三なんだろう。


 コウと二人きりで話がある、というお父さんに追い出されて、お母さんと二人でコウのお父さんの携帯にかけた。

 本当ならコウが掛けるのが筋かもしれない。

 けど言い出しっぺはあたし。

 だから……お願いするならあたしかと思って。お母さんは渋い顔だったし「コウくんからもきちんと連絡してもらうのよ」と言われたけどね。


 受話器を手に緊張するなんて、いつぶりだろう。

 どきどきしながら待っていたら、電話が繋がった。


『もしもし?』


 優しく穏やかな声だった。直接話すことは、そりゃあ幼なじみで彼氏のお父さんだから何度もあったけど。それでも緊張する。


「も、もしもし。雪野です。コウにお世話になってます」

『ああ……千愛ちゃんか。何かあったのかな、コウが粗相をしたかい?』


 その声のトーンが心配に曇る。


「い、いえ。そうじゃなくて、その……おじさんにお願いがあるんです」

『お、なにかな』

「えと……」


 文句を言いたげだったお母さんの視線を感じて、急いで切り出した。


「実は、コウと二人で……お墓参りにいきたいんです」

『……ふむ』

「あ、あたしも行っちゃ……だめですか?」

『いや、それは……千愛ちゃんのご両親とお話しないとね』

「あ……」


 や、やっぱりそうなるのか。受話器から漏れる音が聞こえるのだろう。お母さんが「ホラご覧なさい」と言いたげにあたしを見てくる。


『ただ、それとは別に気になることがある。コウはなんて言っているんだい? いくら千愛ちゃんがお願いしても嫌がるんじゃないかってくらい、持て余してたように見えるんだけど』

「……それは、そうなんです、けど」


 お母さんが見ている前で、その上コウのお父さん相手に言いにくい。けど無言で答えを待たれるし、お母さんは先を促すようにヒジでつついてくるし。ああもう。


「コウとあたしのこと、ちゃんとしたいって言ったら、OKしてくれました」

『ほう』


 ……はずい。なにこれ。


「な、なので、ご、ご迷惑でなければ」

『……そうか。女の子にきっかけをもらうなんて、我が息子ながら羨ましいやら情けないやら』


 笑い声が微かに聞こえてからすぐ、


『親御さんに代わってもらえるかな?』


 と聞こえたのでお母さんに電話を預けた。

 談笑するように話すお母さんに押されて、行き場に困ったあたしはリビングを覗いてみた。


「コウくんのことも子供の頃から見守ってきたからね、君を信じたい気持ちはある。だが千愛は大事な一人娘なんだ。わかるね?」

「は、はい」

「しかるに、二人きりで旅行する機会を与えるということは、信じると同時に責任を君に求めるということでもある。まともに考えれば俺たち親がついていくのが筋だろうが……」

「……んんっ(生唾を飲み込む音つきだった)」

「まあ俺も家内を巻き込んで、若い頃は相当やんちゃしていたからな。はっはっはっは」

「は、はあ」


 いたたたた、と唸るコウ。それもそのはず、向かい合ったお父さんがコウの肩を掴んでいる。その指がめりこんでいた。


「半端な真似すんじゃねえぞ」

「は、はひっ」


 笑顔で殺すお父さんの目の威力、マジぱない。

 コウも知っていることなんだけど、お父さんってばこの界隈で有名な暴走族にいたことがあるらしい。目元やほっぺたに傷跡がある。今は普通に働いている。工務店の社長さんだ。土日は剣道に汗を流す偉丈夫さん。


 コウにとっては頭が上がらない、おっかなくも優しい大きな男の人だ。

 やりたい盛りのコウもこれですこしは落ち着くだろう。具体的には今日のことを忘れるまでの間は。


 よしよし。

 そっとしておこう。


 ◆


 翌朝、肩を擦るコウと二人、旅行鞄を手に新横浜の駅まで送ってもらった。

 何があっても大丈夫なように、大目にお金をもらった。


 だけどコウの提案で、贅沢しないで新幹線のチケットは指定席にはしなかった。

 夏休みだったから、ちょっと失敗かもね。

 座れる気配がまるでない。


 なので扉の前のスペースに荷物を置いて、隣り合うように腰掛ける。

 視線を感じて隣を見ると、コウがあたしの顔を見て困った顔をしていた。


「どうしたの?」

「……相変わらず千愛のお父さん怖いよな」

「そう?」

「そうだよ。マジで、千愛んちでは変なこと出来ない」

「それ……お父さんの目論見通りかも」


 ついでに言えばあたしの目論見通りでもある。

 悪態でもつくかと思いきや、すっきりしたような笑い声をあげた。


「なんか……変な感じ」

「なにが?」

「千愛に昨日言われるまでは、絶対行ってやるもんかって……心のどこかで思ってたのかも。なのに今、新幹線で移動中」

「彼女のおかげだね」

「……まあ、そうかも」


 肩を寄せてきたコウに身体を預ける。


「どうせだから……さ。夕べ、玄関で言われてからずっと考えてたんだけど」

「なあに?」

「千愛とのことを、ちゃんと考えたいから。思いついた時とか……一日に一回とか、そんくらいの頻度で……好きなとこ言うとか、していい?」


 うわ。うわあ。すごく臭いしとっても恥ずかしいことを言い始めた。どうした彼氏。


「熱でもあるの?」

「そ、そうじゃなくて! ……お母さんになれないって、結構……いや、すげえ痛くて」

「……ああ」


 言ったね、そんなこと。


「やることやってたけど、でも……どっかで、求めてた気がする。家事も覚えず、親父や千愛に任せっきりで。ほんとにやるべきことあるだろって。俺は……どこまでいっても、ガキで」


 十六歳だもん、しょうがないよ。

 そう言うことは出来るけど、コウは望んでない気がして黙りこむ。


「この旅行が初だけど、でも。ここから始めたい」

「……手始めに、普通席?」

「苦労させてごめんな」


 力なく笑うコウの肩に頭を置いた。預けるままに受け止めてくれる、男の子の肩だった。


「いいよ」

「……さんきゅ」


 肩に手を回して引き寄せられる。


「そういう、受け止めてくれるところ好きだ。だから、ちゃんとするよ」


 そう言ってくれることが嬉しくて、だから……次の機会が楽しみになりました。




 つづく。

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