たぬきと、きつねと、じわれ

蟹家

たぬきと、きつねと、じわれ

 あるところに、きつねの村とたぬきの村がありました。

 おたがいの村は昔からとても仲がわるく、一つの「じわれ」をはさんで入らないのが「おきて」になっていました。

 そして、「じわれ」のちかくにはおたがい入ってこないように「見はり」がいました。

 きつねの見はりとたぬきの見はりは「むこうの見はりのは口をきかないように」と言いつけられていますから、おたがい一ども口をきいたことはありませんでした。


 あるはれた日のことです。

 たぬきの見はりはどうしてもきつねの見はりに、きのうつかまえた大きなさかなのはなしをしたくなってしまいました。



「なあなあ、きつねやい」


 きつねはきこえないふりです。



「きつねやい。おら、きのうこーんなに大きなさかなをつかまえたんだ」


 きつねはあたりを見まわしてから、小さなこえでいいました。



「たぬき、そりゃすごいが、おれはおめえとはなすなって村でいわれてんだ。すまねえが、しずかにしてくれ」


 それにたぬきはようきな声でこたえます。



「おらも村でそういわれてる。でもきつね、まわりにゃおらたちいがいいやしねえ。はなしてたってわかりゃしねえさ」


 きつねはたぬきのいうとおりだとおもいました。

 そして、その日から二ひきはよくしゃべるようになりました。

 「じわれ」をはさんでまいにちはなしました。てんきのことやはたけのこと、かぞくやともだちのこと。二ひきはなかよしになりました。


 ある日、たぬきはうかないかおをしてやってきました。



「たぬきやい。どうかしたか?」


「うーむ。じつはなあ……」


「もったいぶらないでいえってんだ。おれら友だちだろう」


「おらのおっかさんがかぜになっちまって」


「だいぶわるいのか?」


「もう一しゅうかんもなおってないんだ」


 たぬきがそういうと、きつねは「ちょっとまってろ」とだけいいのこして、きつねの村のほうへとはしっていきました。

 しばらくたぬきがまっているときつねはつぼをかかえてもどってきました。



「きつねやい、なんなんだ、そのつぼは」


「これはかぜによくきくくすりだ。たぬきやい、はやくおっかさんのとこにかえって、これをのませてあげろ」


 きつねは手をのばして、「じわれ」のむこうにいるたぬきにつぼをわたしました。


「ありがとう、きつね。さっそくおっかさんにのましてくる」


 たぬきはそういうと、いえへともどっていきました。


 そしてつぎの日。



「きつね、おまえのくれたくすりのおかげで、おっかさんげんきになったよ」


「そらあ、よかった」


 うれしそうにするたぬきにきつねもよろこびました。



「きつね、おらたち、友だちだよな」


 とつぜんたぬきにそういわれて、きつねはすこしきょとんとしました。



「あたりめえだろう、たぬき」


「ならなんで、おらたち『じわれ』のそっちとこっちなんだ?」


「そらあ、たぬきやい。それが村の『おきて』だからだろう」


「おら、もっとおまえのちかくにいたい」


「おれだって、そりゃそうしたいけど」


「そうおもってくれるか、きつね。ならむこうへいっしょにあるこう。『じわれ』だっていつまでもあるわけじゃあるめえ」


 きつねはたぬきのことばに大きくうなずきました。「じわれ」がないところなら二ひきはいっしょにいれるのです。

 そして、二ひきは「じわれ」のないところをめざして、なかよくあるきはじめたのでした。



〈おしまい〉

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