第6話  疑いの晴らし方について


 人間はどうして嘘をつくのだろう。どうせ、すぐにバレてしまうのに。

 小さかったころ、ずっとそう思っていた。


 父親は、よく遅くに帰って来ては、「残業からなかなか上がれなくてね」と言った。

 嘘だ。何がどのように嘘なのかは分からない。しかし、その言葉のどこかに嘘があるということはなんとなく分かった。


 一度、母に訊いてみたことがある。どうしてみんな、すぐにバレてしまう嘘をつくのか、と。

 母は困ったように笑って、こう言ったのだった。


「大人は嘘をつく生き物なのよ。だから、それを追及してはいけないの」


 なるほどそうか、大人の嘘は追及しないほうがいいんだな、と、小さかった自分はすぐに納得して、それ以降、大人の嘘に気がついても気づかないふりをするようになった。


 ある日、一緒に遊ぶ約束をしていたクラスメイトが急に遊ぶのをやめると言い出したことがあった。

「お母さんが今日はどうしても家にいろって言うから……」

 すぐに嘘だと分かった。理由はない。しかし、その発言は嘘だと、どうしようもなくわかってしまったのだ。

「どうして嘘をつくの?」

 そう訊くと、クラスメイトがぎょっとした顔をして、すぐにあからさまに不機嫌になったのをよく覚えている。

 きっと些細な嘘だったのだろう。他の、自分よりも仲の良い友達に遊びに誘われたのかもしれない。今思えば、その程度のことだった。

 しかし、その時の自分には衝撃的なできごとだったのだ。

 大人でなくても、人は嘘をつく。そして、それを追及してはいけない時がある。

 苦い経験と共に、幼かった自分はそれを学んだ。


『ウソを見抜けるチカラ』を持っているのだ、と母親から伝えられたのは、露崎結弦が小学生の中学年になる少し前のことだった。





「お前はクラスメイト一人ひとりの席を回って、こう訊けば良い。『君のチカラでやったのか?』ってね」

 博樹は結弦に視線をやりながら、言う。

「普通に考えてこのクラスの中にそんな規格外なことをできるやつがいるとは思えない。が、その質問を全員に投げかけて全員が嘘をついていなければ、このクラスの潔白は証明される。だろ?」

「まあ……そういうことになるんじゃないのか」

 結弦は渋々頷く。

 実際、この状況下でクラスメイト全員の潔白を証明するのであれば、自分のチカラを使うのが最も近道だということはあまり考えずとも理解できた。

 しかし嘘が分かるといっても、漠然と「その発言は嘘である」ということが分かるだけで、どんな嘘をついているか、また、どの部分に嘘が含まれているかまで知ることはできない。

 そこで博樹の提案した質問内容が有効となる。

「君のチカラでやったのか?」という質問に対しては、『やった』『やってない』という二通りの答えしか存在しない。そこで嘘の回答をすれば、その逆が真実ということになる。

 つまり、これは全員に「やっていない」と言わせて、嘘ではないことを確認する儀式なのだ。


「やれるか?」

 念押しの意味で、博樹がもう一度同意を求めてくる。


「やるよ」

 結弦がもう一度頷くと、博樹はすぐにパンと手を叩いて、全員に号令をかける。


「じゃそういうわけで、今から一人ずつ結弦が質問するから正直に答えてくれ」

 もちろん、正直に答えてくれというのは皮肉である。


 これは相当体力と精神力を使うぞ、と。

 覚悟を決めて、結弦はクラスメイト一人一人に、質問を投げかけ始めた。







「で、結局?」

 途中から眠そうにしていた担任の伊藤静真が口を開いた頃には、全員への質問が終わっていた。


「このクラスには、いないってことですかね」

 博樹が言うと、クラス全体の雰囲気が弛緩するのが目に見えて分かった。

 結弦も、嫌な役目がようやく終わり、深いため息をついた。


「みんなごめん。全員の疑いを晴らすためとはいえ、ギスギスした雰囲気になっちまったよな」

 博樹が頭を下げる。

「でもこれで、クラス内での犯行って線はなくなったと考えていいと思う。協力してくれてありがとう」

 博樹がそうまとめると、窓際の椅子で座って見ていた静真が立ち上がる。

「話はまとまったみたいだな。とりあえずこの件は教官で預からせてもらう。何かわかり次第伝えていくから、あまり騒がずに……」


 静真の言葉を遮って、教室のドアがノックされた。

 少しの間を置いて、ガラガラとドアが開く。


 顔を覗かせたのは、保健教委の水瀬舞子みなせまいこだった。

「あの……伊藤先生」

「どうしました?」

「それが……」

 困惑したような顔で、舞子がゆっくりと口を開いた。


「1年F組の生徒のお財布が、食堂から見つかりまして……」

「食堂? 全員分ですか?」

「はい……全員分あるみたいです」

 舞子の言葉を聞くや否や、静真は飛び出すように教室を出て行った。

 そして、思い出したように戻って来て教室のドアから顔を覗かせて、

「ちょっと行ってくるから静かに待ってろ」

 と言い残し、再びバタバタと足音を立てて走って行った。


 静真が出て行ってすぐに、生徒たちは堰を切ったように困惑の色を浮かべ始める。


「食堂って……1階だぞ」

「完全にワープじゃねえか」

「どうなってんだよほんとに」

「中身は? 中身は入ってんのかな?」


 皆が思い思いの不安を口にする間、結弦はある一つのことに気をとられていた。

 それは、今朝がたの『下駄箱の便箋』だ。

 あの便箋にも、はっきりと『食堂』と記されていたのを思い出す。

 これは偶然なのだろうか。

 立ち入り禁止とされているはずの食堂。そこに呼び出すような手紙。そして、極めつけのこの怪事件。

 結弦には、どうもその3つが関連付いているように思えて仕方がなかった。




 そして、担任の静真が教室に戻ってくると、さらに奇怪な事態にクラス中が困惑することとなった。




 

 

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