Going ago/Coming ago 12

多く見積もって20メートル。

射程では100メートルを優に超える火縄銃では必殺距離だ。

手がかじかむ、寒さで震えるなどの不安要素はままあるものの、問題はないだろう。

柵など雪で見えない部分は多いが。まあありがたいことに風はあまり強くない。

午後になって風が強くなるのも嫌なので予定を繰り上げてもらった。


今回は弓で用いる的を用意してもらった。一番手っ取り早いという理由だ。

ちょっとボロボロだが一番マシだろう。穴空いてないし。

こういうときは普通鎧とか岩とか使うものだという。

知った事か。雪に埋まった地面を掘り返すのがどれだけ大変か。

鎧?この超極貧地域に使い物にならなくなる鎧などないに決まっている。

擦り切れても使わざるを得ないのが実情だ。それも臭い。

当然、断られた。


「今日は寒いじゃ、なしてこったとこに呼ばれたんだなわいら」

冬で最も寒いのは青空が広がった日である。

放射冷却によって昨日の夜に恐ろしいほど冷えたためだ。

「なんでも城主様の見世物があるんだと」

民衆、と言うには少々少ない観客が話している。

一体どこから聞きつけたか知らないが、見世物は民衆の娯楽。

パンとサーカスの通りに、望むのならば見せるとしよう。

別に軍事機密でもないし。

「ほう!あの殿様が、あれがそうだな?弓芸?」

自分を指差す。

しかしどうやらこの殿様はあまり民衆芸能には力を貸さなかったらしい。

そんな余裕など欠片ほどもなかったというのが予想できるが。

「弓なんて持ってねえべ?なしてあそこさ射るんだ?」

まあ原理さえわかってしまえば簡単なことである。

弓は弦の反発力によって飛んでいくが。

銃は火薬の爆発によって飛んでいく。

最初に考えついた人は天才だ。ある意味で。

「ふむ、つまるところそれは弓のような武具であるのか?」

わかりきったことを聞く、ここの貸出を許可したのは貴方だろうに。

「ええ、しかし弓とは違い轟音を発します、耳を塞いでいてください」

爆竹鳴らすようなものだからな。

そんなもったいないことする気ないが。

火薬一樽で人一人だぞ?

つまり火薬人樽。限定的状況下では金よりも重い。

この戦国時代ではその限定的状況下、つまり戦時がやたらめったら起こる。

貴重になるものはできるだけ損耗を抑えるに限るのだ。


「さて、誰か合図をお願いします」

構え。ストックが短く、肩に当てることができないので、

弓兵のような構え方になるのが火縄銃の特徴だが、これには少々コツが居る。

反動を抑えるのに手首と肘のクッションが要求されるからだ。

ちなみにこのタイミングを誤ると吹っ飛ぶ。

子供の体になったせいで踏ん張りが効きにくいのだ。

ありがたいことに下は雪だ。

心置きなく失敗できるな。暴発は勘弁だが。


「それなら私がやるだ」

主の号令の下で出来るというならこれ以上の喜びはない。

耳を塞いで掛け声を出してもらうことにした。

両手で扱う性質上自分は耳をふさげないのが辛い。

まあ火薬は抑えめにしたし、多分平気だと思うのだが。


「……」

無言で感覚を研ぎ澄ます。


「……」

城主の顔も真剣味を帯びる。


「……」

民衆も固唾を呑んで見守る。


そして我が主は……。

「……えっと、なんていえばいい?」

「……撃て、でお願いします」

盛大にハシゴを外した。


「……では気を取り直して」

少し力を抜く。

狙いを調整する。

「撃て!」

引き金を引く。

轟音。ライブハウスの中みたいな爆音が轟く。

バシュッ、と空気の抜けたような音がした。

どうやら当たったようだ。

主に銃口に触れないように言って銃を渡し。

的を取りに行く。まあ引き抜いてくるのだが。

「何だば、今の」

「なんぼでったらだ音だば」

「あの筒煙っこ吐いでらや」

先程よりもざわめきは強くなった。


引き抜いてきた的を城主に芝居がかって渡す。

「……これが、このガラクタの使い方か」

横から主が覗き込む。

「……おっかねぇ」

その中心に刻まれた穴に零した一言がこれであった。

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津軽藤崎氏・戦国外伝 天宮詩音(虚ろな星屑) @AmamiyaSionn

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