第2話

 今からちょうど50年前ーー


 つまり、西暦2066年に、ほぼ同時に何の脈絡もなくそれらは起きた。


 世間一般的に『ロボット革命』とか『超能力革命』などと呼ばれているこれら、『第五次産業革命』と『人類における非科学的能力の開花』は、日本に限らず世界中の人々に多大な影響を与えることとなった。


 『第五時産業革命』


 当初は、人工知能(AI)やロボットによる、医療技術の向上、農業や土木建築業の完全な自動化などによって、人々の生活は、より一層豊かになる


 ーー筈だった。



 ……誰かが思った。


 いや、心に秘めていただけで、本当は誰もが思っていたのだろう。


(人間いらなくね?)


 と。


 手術は全てロボットが、自動的に一切のミスを犯すことなくやり遂げることができた。


 農業は、例えば100ヘクタールの畑一つにつき、1人管理者がいれば、こと足りた。


 家は、これまでの半額の値段で、しかも、1ヶ月もあれば立つようになった。


 会社の事務作業なんてのは、コンピュータが自動的に、それも人間よりも効率よく処理でき、しかも、1ヶ月にかかる費用と言ったら、メンテナンスや電気代くらいなもので、数万円で足りた。

 

 人間のための技術が、人間のスペックを遙(はる)かに超えてしまったのだ。


 しかし、それでも人々は思ってもいなかった。


 まさか、人間の代替え品として、


 この社会。


 この世界のほとんどの仕事、職業にロボットやAIが使われるようになってしまうとは、微塵も、頭の片隅にもなかったのである。


 結果的には、世界的に失業者が急増、8割強の人々が職を失った。また、雇用は激減というかほぼゼロに近い所まで減った。


 そして、この出来事によって起きてしまった。偶然ではない、必然的に起こるべくしてそれは起きた。


 人類史上最も、人間が絶滅に近づいたと言われる。


 week of darkness


 『暗黒の一週間』と呼ばれる事件が。



<><><><><><><><><>



 俺の名前は鈴木修斗(すずき しゅうと)!いたって普通の平凡な高校生だ!


 と、ぜひとも言いたいところだが。


 つい数時間前に、Tレックスに追われていた高校生の、はたしてどこが普通と言えるのだろうか、と自分でツッコミを入れたくなる次第である。


 

 突然だが、俺は今焦っている。


 ティラノサウルスの一件に関しては、


 その後、約1時間追いかけ回され、あのどこかも分からない白亜紀の大地を駆け回っているうちに、運よく転移門を発見し、それを潜(くぐ)って無事にこの世界へ帰って来れた。


 ーーのは良かったものの、既に放送が終了している深夜アニメの最終回はもとより、


 ボロボロの自宅に着いた時には、時計はもう午前三時を回っていたのだ。


 普段、午前1時から始まる深夜アニメを見るとき以外、夜更かしなどしない彼にとって、


 その長い針が12を指し、短い針が3を指すという光景は、あまりにも異端で、逆に新鮮にも思えた


 ーー何て言ってる場合じゃないだろ!やべぇ!



 今日、4月11日は何を隠そう、高峰高等学校の入学式。


 ーーなのだが。


 本来俺は、朝の8時40分までに高校の教室内に集合し、待機していなければならない。


 しかし、今の俺の状況は、


 自分の右手が握りしめている目覚まし時計、


 もとい、設定していた筈の7時30分に鳴らなかった壊れた目覚まし時計が指す、短い針が8を少し過ぎたところ、長い針が10のところにあるという、この光景を、全力で否定したい。


 そんな状態である。


 ちなみに、俺がいつも寝る時間は、平均でいうと22時00分くらいだ。んで、起きるのが4時ぐらい。


 また、学校までは、どう早く見積もっても30分はかかる計算だ。


「ちきしょおーーー!」


 俺は、手元にある目覚まし時計を、壁に向かってぶん投げ、パジャマを脱ぎ、さっきまで自分が寝ていたベットを退(の)ける。


 そこには金属で出来た四角形の扉がある。地下室(・・・)へと続く扉である。


 俺は、首に掛かったネックレスを取り、それに通してある鍵を使って地下室への扉を開く。その後で、首飾りをまた、首に掛けなおした。


 地下室への通路は、人一人(ひとひとり)がゆとりをもって通れるくらいの大きさで、


 ホチキスの針をメチャクチャ太くしたような杭が、一方の壁に、下に向かって、平行して打ちつけられており、俺はそれを使って下に降りて行った。


 地下2メートルほど降りたところにその部屋はある。


 奥行き3メートル、幅2メートル、高さ2メートルほどのこじんまりとした、形でいうなら、直方体形の白く塗装された部屋である。


 直方体形と言っても、壁は凸凹(デコボコ)して、幾つかヒビがはいっている。


 壁のすぐ下にはポロポロと白い粉が落ちていて、今にも崩れそうな感じで、いかにも、建築基準法を度外視した、お粗末な部屋だ。


 まあ、俺が作ったんだから、作りがあまいのは当然っちゃあ当然なんだけどね。俺は、きっと、大分大雑把な人間だったのだ。


 部屋の中の様子を簡単に紹介しておくと、


 奥には、30インチのテレビとその下にある、小さなダイヤル式の金庫。


 左横には小型の冷蔵庫と組み立て式のクローゼット (高さギリギリ)。


 右横には、お菓子が入った収納用品。


 そして、俺の足元に座布団とゴミ箱、小さなちゃぶ台に乗ったティッシュ箱とパソコンがある。


 照明はというと、天井から電球が二つセットになってぶら下がっていて、電球付近にあるスイッチを使い、オンとオフを切り替えられるようになっている。



 ……って、だから!こんなことを悠長(ゆうちょう)に語ってる場合じゃないだろ!俺は今すぐにでもこの家を出なきゃならないんだ。


 というと、これから家出をするみたいな感じだが、そうではない。


 普通に、遅刻しそうで焦っているのだ。


 そもそも、俺は一人暮らしである。家族とのトラブルとか、そういうのは起こりえない事象だ。


 俺はクローゼットから、中に着る薄いTシャツ、Yシャツ、制服を取り出し、これらに着替える。


 着替えた後、俺は、金庫(・・)の方に目をやった。


「…持(も)ってった方が良いかな……」


 ぶっちゃけると、金庫の中には現金百万円ちょっとと、武器が入っている。あえて言わせてもらうと、今回俺が持っていくか迷ったのは、武器の方だ。


 武器というのは、


 昨日、というか今日の夜中、転送された際に持っていくことが出来なかった剣のことである。


 これがあれば、あんなに逃げる必要もなかったんだよな…。


 まあ、逃げてたおかげで転移門を見つけられたってのも事実だけど。やっぱり常備してた方が良いのか?



 結局俺は、武器を持っていくことにした。


 ネックレスを首からまた外して、それについている鍵を使い金庫を開けた。


 金庫の中は、上段と下段に仕切りで分かれており、上に武器、下にお金が置いてある。


 俺は、手を伸ばし、剣を握りとった。


 それは、長さは15センチに満たないくらい。太さはちょうど手にフィットするくらいの、いわば、穴の空いていない筒のような形をしている。


 どう使うかといったら、それは後ほど説明するが、


 端的に言えば、某有名ロボットアニメのビ○ムサ○ベルのようにして使う。

 

 俺は、武器をクローゼットの下の方に沈んでいたリュックに入れ、それを持ち、地下室から出る。


「!ッ…」


 扉から顔を出す直前、いや、少し頭が出てしまっていたかもしれない。まあそんなところで、俺は誰かに見られていること、誰かがこちらの方を見ていることに気づいた。


 誰だ?…


 しまった! 急いでいたとはいえ、扉を開けっぱのままにしちまった!


 昨日の件といい、今回の件といい…俺ってもしかしてバカなのか?


 そんなことより、


 ーーマズイ、地下室のことがバレたかッ!?


 俺は、身を構え、キュックサックの中に手を突っ込み、剣を握る。


 いざとなったら相手を殺す気持ちでいた(嘘)。


 しかし、


「おはよーシュウト兄(にい)! 朝から何だか楽しそうなことをしてるみたいだねぇ」


 と、愉快な声が、玄関 (というか木の板が立て掛けてあるだけ)の方から聞こえてきた。


 俺はその声を聞いて、すぐさま警戒をとく。なぜなら、よく聞いたことのある声、聞き覚えのある声だったからだ。

 

 俺は、その方向を向いて言った。


「何だ…ミカ、お前か。ったく朝っぱらから驚かすなよな」


 ミカというのは、俺の知り合いの10歳位の少女である。


 白い肌に赤髪の活発な幼女である。また、俺が目覚めて間もない頃、この|スラム街(・・・・)で出会った者のうちの一人である。


 何で日本にスラム街が? という話も後ほど詳しく説明したいと思う。


「驚いたのはこっちだよ。シュウト兄。さっき、おにぃがいきなりチクショーとかガシャーンとかいうから、私、飛び起きちゃったんだよ?」


「お、おう…それは悪かったな……」


 そういえば、こいつの家はウチのすぐ隣だった。 


 ……これでミカが同級生、というか幼馴染だったら完全なテンプレ展開だったのになぁ。いつも思う。


 じゃない!


 ちょ待って! ……うわぁ…アレ聞かれてたのかよ…。ヤベェ、凄く恥ずかしいィ……。穴があれば入りたい気分だーー


 ーーあ、地下室あった。


「あれ? おにぃが謝るなんて珍しい…

 はっ! そういえば、シュウト兄ったら、今日はおめかしなんかしちゃって、もしかして…恋人のお葬式?」


 ミカは手で口を押さえ、あたかも聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような顔をする。


「んー、それは俺に彼女がいないことを見越して、わざと言ってるのか? それと、俺が滅多に謝らない奴みたいな言い方するなよ! 俺はお前の中でどんだけ嫌なやつで位置付けされてるんだ?」


「ははは、冗談だよ冗談。全く、大人気ないよ?おにぃったら。そんなんだからこの間だって、側溝の下に入って女の人のスカートの中を…「覗いてないッ! っていうか、まず側溝の下になんて入ったことないわ!」


 まったく失礼な奴だ。


 俺はまだ、マンホールの下にしか入ったことがない!


 俺が、側溝の下に入ったことがない、ということを伝えると、ミカは今度は驚愕の表情を浮かべて、


「ま、まさか! 見るだけでは飽き足らずついに手を「出してねぇよ!」


 俺は、真っ向から否定した。流石にこれはやっていない。出したくたって出しちゃいけない。それは、いくら俺でもちゃんと理解している。


 まったく、本当にこの少女は…


 一体どこからこんな知識を仕入れてくるんだ。しかも曲がった内容ばっか。


 俺はこいつを、こんな子に育てた覚えは無いぞ?

 とはいっても、高々、半年程度の付き合いだが


「ははは、相変わらずおにぃは面白いね」


 そいつはどーも、と俺が返答すると、ミカは続けて言う。


「あ、そーだ。話は戻るけど、何でおにぃそんな格好してるの?…えーっと喪服?」


「お前はどんだけ俺の知り合いを殺したいんだ! はあ…。これは制服ってやつだよ。

 前に言ったろ? 今日から学校に通うって」


 俺はため息をついてそう答えた。


「がっこう…?…ああ、おにぃそういえばそんなこと言ってたね…それじゃあ、これからは日中は会えないの?」


「まあ、そういうことになるな」


 俺がそう返答すると、ミカは、俯(うつむ)いて、少し寂しそうな表情を浮かべる。


 あ…


 そりゃそうだよな……。


 口は達者でもまだ子どもなんだよな。


 こんなに小さいミカ。自分のヘソくらいまでしか無いミカを見てそう思った。


 こいつには、両親どころか家族がいない。


 果たして、ミカを捨ててどこかに行っちまったのか、はたまた、どこかでくたばってるのかも分からない。


 分からないというのも、ミカはあまり、こういうことを話したがらないのだ。


 俺は、サッとミカの頭の上に手を被せ、彼女の身長ほどの高さにしゃがんだ。


 さらに、えっ?とミカがつぶやく声が聞こえたが、気にせず、ミカの髪をワシャワシャとかき回す。


 何日も風呂に入っていないだろうに、ミカの頭はサラサラして、いい匂いが漂ってきた。


 俺は言った。


「ははは、大丈夫だよ安心しろ。今日は午前中で帰ってくるし、これからも学校から帰ってきたら、いくらでも遊んでやるよ」


 これを言い終えた時、ミカの顔には満面の笑みが、俺にとって何物にも変えがたい、嬉しそうな表情が咲き誇っていた。


「うん!! シュウトにぃ大好き!」


 ミカはやはり、満開に咲く笑顔でそう言い、俺に抱きついてきた。


 こいつぅ〜、いつもこんな感じだったら良いのになあ。


 ま、それは贅沢ってもんか。


 それにしても、何というか気分がいい。あれだな、若くして、父親にでもなった気分だな。ウへへへへ


 俺がそんなことを思いながら、不気味な笑みをこぼしていると、


「ねぇおにぃ?」


 ミカは不思議そうな顔で俺に話しかけてきた。


 何だよ。せっかく良い気持ちに浸(ひた)ってたのに…。


「ん? どうした?」


「思ったんだけど…今日って学校なんだよね?」


「もちろんそうだけど?」


 そりゃそうだ。じゃなかったら制服になんて着替えてない。


「それじゃあ、学校って何時からなの?」


 ・・・


 あっ…………



 ……時がーー


 ーー止まった。(ように感じた)


「ああああぁぁぁーー!!!!??」


 慌てて俺は、ポケットに入っていたケータイを取り出し、ディスプレイに表示されている時間を見た。


 時間はーー


 ………………へ?


「は、8時30分んんんんん!!????」


 声が町中に響き渡る。今度は外で叫んだため、音が逃げてしまったようだ。そして、


「なんだぁ うるせぇぞ!」

「静かにしやがれ!」

「おどかすんじゃねえ!」


 といった声が聞こえてくる。


 しかしそれらは、それらの声は、今の俺の耳にはまったく入らない。


「は、はは……」


 俺の顔には、まさに絶望! といった表情が、色濃く浮かび上がっていた。


 ーーどうやら俺は、30分に縁があるらしい。

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健忘のイモータル 田中 @Senpuunomai

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