第5話 太刀廻(たちまわり)

国主の家に代々伝わる指輪は、彼を導いた。


指輪の鳴動が大きくなる方角へひたすら走ること一時間。

居住区画の端にひっそりと佇む廃ビルにたどり着いた。

その間一切スピードを落とすことなく走りぬいた明彦だが、額には汗一つ滲んでいない。


(夕はきっと、この中にいる……!)


上半分が崩れ倒壊寸前と言っていい建物から発せられる、異様な気配。

いっそうの警戒を強めつつ中に踏み入る。

かつては来客を迎え入れるエントランスであったろうその場所はまさに廃屋。はがれ放題の内装、乱雑に打ち棄てられた備品が「今はもう、ここには誰も居ない」と物語る。


砂埃にまみれた通路を歩く明彦が何者の気配に気付き物陰に身を隠した。


が三人、か)

作業服に身を包んだ男が三人、こちらへ向かい歩いてくる。


「しかし今回もなかなか難物だな」

一人の男がぼやくように口を開くと、同僚と思しきもう一人が答える。


「よく分からんものを扱っているんだ。仕方が無い」

「完成が難航しているのもそうだがな。方法もなかなか、な」

最初に話し始めた男が言いよどんだ。


「それこそ仕方がないことだ」

三人目の男が無感情に言う。


「まあ、な。それにしても、あんな『女』が素材になるものかね」


男達の会話に聞き耳を立てていた明彦が、にわかに通路の中央に躍り出て行く手を遮った。

「その『女』の所に案内してくれないか?」


「な、何者だ貴様!」

「部外者がどうしてここへ……」

「おい、さっさと片付けるぞ」


一瞬うろたえた男達であったが、一人の言葉を合図に隠し持っていた拳銃を抜き、それぞれ3発ずつ発砲。

狙いは黒い外套の侵入者である。

銃弾を受けた明彦の胴体や頭から血煙が噴出し、仰向けに倒れた。


「なんだったんだ、こいつは……」

「報告せねばなるまい。死体を調べてみよう」

「……いや、待て!これは!?」


射殺体に駆け寄った三人が見たものは、9つの穴が空いた工事現場の看板であった。


だと!?一体」

警戒のため振り向こうとする男。


その視界が意志とは無関係に、斜めにスライドする。

「なに」

男の視界は滑り落ちるように低くスライドしていく。

「もの……」


言い終える前に、男の視界は闇の中へ。

右腋下から袈裟斬りにされた上半身が床に落ちると、残った下半身も前のめりに崩れ落ちた。


音も無く絶命した仲間の姿に動揺する残り二人。

「ヒェ……」

「どこだ!どこに居る!?」

男の一方が滅多矢鱈に発砲する。

半ば恐慌に陥り、マガジンが空になってもトリガーを引いている。


「ここだよ」


声は、男の頭上から響く。上下左右を振り向くが、人影は無い。

大きく横を向くと、唖然とする同僚の姿が視界に入った。

その視線は、やはり自分の頭上である。


「ど、どこに居るんだぁっ」

「だから、ここだよ」


黒い外套をまとった男・国主明彦は、恐慌する男の両肩に足を置いて体をかがめ、左手でその頭を掴んでいた。

その右手には黒い革で柄を覆った短刀が逆手に握られている。


明彦が短刀の柄頭を男の後頭部にあてがう。

「破ッ!」

短い呼気と共に柄頭に力を込めると、頭を掴まれた男の眼球がピンポン玉のように眼窩から飛び出した。

そのまま、鼻と耳から血液を垂れ流しながら絶命。


男の肩を蹴って跳躍した明彦は、音も無く通路の床に着地した。

「案内してくれないか」

最初の言葉を繰り返す明彦に、残された男は上下の奥歯を小刻みに打ち合わせながら何度も首を縦に振った。



男に案内させ辿り着いた場所は、廃屋の地下に隠された巨大な空間。

その中央には無数のケーブルに繋がれた巨人が鎮座していた。全高7メートルほどの巨体に、西洋甲冑とも甲虫の鞘翅とも見える紅い装甲が鈍い輝きを放つ。

細く短い胴体からは、対照的に長い四肢が伸びていた。


「ここか」

「は…はいっ!」


指輪の反応がどんどん大きくなっている。

夕が囚われているのはこの場所で間違いあるまい。

しかし、広い空間を見渡しても、彼女の姿は無かった。


「どこに居るんだ」

短刀を男の背中に突きつけると、男の上半身が痙攣したように震える。

「そ、それは……」

怯えきった男が答え終わる前に、飛んできた火炎により全身が焦がされた。


間一髪、火炎を避け飛来した元を見やると、ゴルフバッグほどの大きさの火炎放射器を抱えた人影が一つ。

顔はフルフェイスのヘルメットに覆われ表情すら伺えず、体も光沢のあるプロテクターに全身にわたり守られている。

火炎放射器を持った人影に続きその背後から4人、同じヘルメットとプロテクターにギター大の銃器を携えた“兵士”が現れた。


「邪魔をするな」


フルフェイスに負けず劣らずの無表情で言い放つと、外套の内側に隠し持った掌に隠れるほどの小刀を数本、一番間合いの近い火炎放射器の兵士に投擲する。

薄い鉄板程度ならば貫通させられる威力の手裏剣であるが、プロテクターに易々と弾かれ床に落下した。


眼前の兵士が火炎放射器のトリガーに指をかけにじり寄る。

その距離、およそ10メートル。後ろに控えた4人も、アサルト・ライフルを構えた。


明彦は短刀を腰の鞘に収めると、両腕を体の後ろに回し対手から隠した。

半拍の呼気と共に明彦が身を屈め前方の兵士へ向かい疾走。

放たれた火炎の柱が外套の端を掠める。


閃光の如き突撃の刹那。

火炎放射器の兵士には、標的の姿が左右に霞んで見えていた。


兵士は敵の動きを見切り火炎を右に振る。


だが国主明彦の姿は射線の先には無く。


「燃えろ」


兵士の左後方よりプロテクターの隙間に短刀を徹した明彦が短く呟く。

それを合図に堅牢な装甲の継ぎ目から青白い炎がこぼれ出す。

一瞬にして炎に包まれた兵士は暫く床を転げのた打ち回ってから、こと切れた。


焼け死んだ仲間の姿に怯むことなく、残り4人の兵士が一斉に弾丸の雨を降らせる。

焼死体の纏うプロテクターの残骸が巻き添えを食い、蜂の巣になって千切れ跳ねた。


身を隠す遮蔽物のない空間、まして近距離である。

超人的な速度で側方に跳ぶ明彦であったが、左肩に銃弾が掠め肉が吹き飛んだ。


跳躍から着地する僅かの間に短刀の柄を口に咥え、懐から取り出したテニスボールほどの球を投擲。

球は両者の間で弾け、濃密な煙幕が空間を埋め尽くした。


即座に発射された弾丸に煙幕はかき消されるものの、明彦の姿はそこには無い。

だが、真新しい血痕が点々と床を伝っている。


兵士達は血痕の延長線上を目で追うが、その先は何も無い壁である。

壁に天井にと、あらゆる方向を警戒する兵士達。


が、四人のうち一人の様子は異なっていた。


微動だにしない一人の兵士。

その銃口は、残り三人に向けられている。

血痕を囮にした明彦が一瞬にして回り込み兵士のうちの一人に密着し、二人羽織りの如く動を手中に収めていたのだ。

躊躇無く引かれた同僚の弾丸により、三人の兵士が一瞬にして斃れ、最後の一人もあっけなく頸を折られ果てた。



指輪の力によって辿った夕の気配は、巨人の胸の辺りに。


足場も無い巨人の体躯を身一つで駆け上がり、胸部の装甲の隙間に手足をかける。


常軌を逸した身体能力。

武装した人間を複数相手取って打ち倒す戦闘術。

国主明彦は、明らかに通常の人間ではない。


かつてこの惑星を襲った『災厄』は、通常の人類では生き延びること叶わぬものであった。

その中で生を繋いだ者達の中には少なからず、超常の力を備えた者達が居たと言う。

彼は、そういった者たちの末裔であった。


「透視の術!」

右手で剣指をつくり、切っ先を額の前に構え、巨人の胸に意識を集中。

すると、装甲に覆われた巨人の体内が透けて見える。


そこには、無数の触手に蹂躙される恋人のあられもない姿があった――



「今すぐここから出してあげるから!」


巨人の胸装甲の上――のど元に登り、赤い装甲で覆われていない鉛色の部分に右掌をあてる。


(やはり『経絡』がある。こいつはただのロボットじゃあない!)

明彦は巨人の体内に流れる精命力オーラのサーキットを読み取り、外部から操る方法を見出そうとしていた。


「ぐあああっ!」


膨大な情報が脳に流れ込み、血涙が手の甲に落ちた。

巨人の経絡から逆流したエネルギーが明彦の体内経絡に入り込むと、全身から血管が浮き出し一部が破裂し出血。


(あの『触手』が完全に夕と接続されれば、彼女はこいつの一部になってしまう!)

そこまで解析するだけで、脳髄だけでなく全身が悲鳴をあげる程の負荷がかかっていた。

この解析作業を続ければ、あと数分のうちに明彦は死ぬであろう。

一方で、巨人の体内に囚われた夕は今もなお触手の嬲りを受け苦悶している。


明彦の目に焦りが浮かぶ。夕も、自分も、限界が近い。


だ。彼女を今すぐに救う方法は……!)

朦朧とし始めた意識の中、たった一つの閃きが脳裏に浮かんだ。


「このひとは必ず救う!どんなことをしてでも……守り抜くんだ!」


明彦は、自身の右拳に精命力を集め光の塊を作り出す。

拳に凝集した光の塊を、直接巨人の喉元に叩きつけ送り込む。

すると外殻に覆われた巨人の顔面が開き、中から無数の触手が伸び明彦に殺到した。


「この精命力、見たな!?さあ、僕を喰らうがいい!!」


明彦の体が触手に巻き取られ、そのまま巨人の頭部へ吸い込まれる。

その寸前、触手の隙間からのぞく左手の薬指に嵌められた指輪が煌いた。


巨人の装甲が完全に閉じられると、国主明彦の気配はこの世から完全に消え去った。



五つの亡骸以外には何もない巨大な空間に、痩身の巨人がひとり佇む。


それまで静まり返っていた空間に、音が響き始めたのは突如である。

釣鐘の残響音のような金属の唸る音が絶え間なく空間を満たす。


巨人を見れば、紅の甲冑に包まれた躯体の鉛色に、次々と『線』が浮き出していた。

等間隔で引かれた線は交差しながら次々と体表を多い、瞬時にして網目模様となる。

それは、巨人が甲冑の下に鎖帷子を着込んだかのように見えた。


『模様』が描かれ終わると、空間に満ちていた音が鳴り止む。

同時に、微動だにしなかった巨人はおもむろに動き出す。


*


廃屋の地下にある一室では、作業服を着た男達がうろたえていた。


彼らが視線を注ぐ監視モニターには、真紅の巨人が鳴動する様が映し出されている。


「なんてことだ。起動直前にが進入するなんて!」

「あの男は何者だ!?完全武装の戦闘員を短刀だけで倒すなんて出鱈目だ!」

「い、いかがいたしましょう!?」


男のうち一人が狼狽を隠さず通信端末に呼びかける。

巨人の間で起こった事態は、もはやその場に居る者達では対処できない状態であるのだろう。


「どうにもできる物ではあるまい。侵入者ならまだしも、動き始めてしまった“あれ”を止めることはできんだろう。そうとも、不可能だ」

「そ、それでは……」

「直接の手出しは無用。動向のモニターだけを続け、報告したまえ」


上役と思しき男が端末越しに指示を出すと、うろたえていた作業服の男達はいくらか落ち着きを取り戻し作業に取り掛かるのであった。


モニターの中では、巨人が体中に接続されていたケーブルを引きちぎっている。


身体の戒めから完全に自由になった紅い巨人は、両足の踵をピタリと重ね合わせ再び直立不動に。

直後、腰から下を高速で回転させ瞬く間に地中へと姿を消した。

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