Heros_特別区域02

生存率48%

episode.00[prologue]

 

 社会の大抵のことは教科書に載っているが、人生に必要なことは大抵載っていない。

 僕が生涯大事そうに抱えて学校に持っていく教科書には、何の意味だって無いのだ。



 およそ百年前のこの世界は、地震による重度の地形変動や異常気象などの自然災害に加えて、国際戦争、地域紛争によって災禍に見舞われていた。

 中でも被害が大きかったのは2083年の核爆発。

 某国が秘密裏に制作していた兵器の研究所に何も知らない敵国によって核が落とされるという悲劇というか。もういっそ喜劇。

 戦争は暴走を極め、世界は荒れ、人間は減る。

 その混乱を打ち止めたのが、世界平和維持機構。略称WPO(World Peacekeeping organization)。

 平和を花言葉に持つそのエンブレムから『マトリカリア』の名でも知られる統治機構は各国の首相を説得し(言論で)、武力放棄を引き換えに治安維持と財政支援を約束した。


 ...僕が持っている22世紀のどの教科書にも、このような抽象的な言葉で暴力的に纏められているが、絶対に裏があることなど口にしないだけで誰もが暗に認識している。

 していないやつはただ頭が無いだけだ。


 ややあってWPOは巨大化し、混乱に乗じてあらゆる国から国境を消した。

 そして表面的に一つの地球としての今の国が出来上がった。

 必然として世界政府となったWPOは混沌に対する防壁として、比較的天災の影響を受けない土地各所に、透明の鎧を纏った要塞都市を建設。場所は北アメリカだったどこか、ロシア西部だったどこか、イギリスだったどこか、日本だったどこか。

 ガラスに似た透過性特殊素材のパネルを陥没型の居住区に被せたことから、これが後に『ドーム』と呼ばれる。

 その名の通り、見た目は地中に半分埋まったスノードームだ。ただし雪は降らない。


 統計にして半分に相当する世界人口が減ったとは言え、生者の全てがドームに住めるわけでは無い。

 社会適正度テストにクリアしなかった者。

 犯罪傾向の進んだB級、A級でも凶悪と判断された者などの社会復帰の余地なしとされる犯罪経歴を持つ者。

 自らドームに住むことを拒否した者。

 ...すなわち個人の性質として現在社会不適合とされた人間達はドームから弾き出されることとなった。それがおよそ生き残った人類の5分の1である。

 やがて行き場のない彼らには政府から適当な衣食住と更生プログラムが与えられたが、その大半がそれを拒否した。

 彼らが集うようになったのは元世界の名残、都市部の遺跡。

『政府特別指定警戒区域』とされたそこは警察の部分統治下に。やがて社会に適合出来なかった彼らもの平穏を手に入れた。

 こうして今の世界が出来た。

 めでたし、めでたし。


 ここまでがひと昔前の社会の教科書に載っている文だ。


 ...ドームが築かれ、新たな統治制度が適用されて数十年。

 制度緩和によって、許された住人にはドームと区域との行き来が可能になった。

 大抵ははじき出された人達の第二世代。子供達だ。


 かつて警戒区域とされていたが、やがて安全な人の住処となった場所は『特別居住区』とされるようになった。

 なり得なずに取り残された現在の警戒区域にさえも、かつてのような濁った気配は無い。

 ただ街の残骸があるだけのように見える。


 今一番新しい教科書に載っているのはここまでだ。

 そしてここからのことはどの文献にも載っていない。

 この話は社会にとっては事実でも無く、大切な事でも無かった。



『都市伝説』

 これはそう呼ばれている。



 そこでは、人間が消える。

 かつての犯罪者達が、社会不適合者が、足を踏み入れて2度と戻らない。


 人はいう。

 あの警戒区域には、地獄への扉があると。



 この都市伝説は社会にとっては事実でも無く、大切な事でも無かったのかも知れない。


 けれど僕の日常は簡単に壊されてしまった。

 他ならぬ僕自身の手によって開けられた、地獄の門に吸い込まれて。



 人生に必要な大抵のことは、教科書には載っていない。

 己の頭に刻み込むしかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Heros_特別区域02 生存率48% @425023_48

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ