第12話 彼岸花を摘んで

 *****


 一つ、彼岸花を持ち帰っていけない。

 家が燃えるから。


 一つ、彼岸花を摘んではいけない。

 手が腐るから。


 一つ、彼岸花を摘んではいけない。

 死人が出るから。


 *****


「ん、なるほど。彼岸花の伝説だね」


「ひ、彼岸花の下には昔から、し、死体が眠っていると言われていて、じ、地獄花や死人花って別名も存在するの」


「赤くて綺麗な花なんだけどな~。私は結構好きなんだが、食べれるらしいし」


「菊さんって人が、ここに来る前にお好み焼きにして食べさせてくれたよ。何でもデンプンを抽出して、粉物にして食べるんだって」


「おぉ、美味しそうじゃないかっ!」


「あ、でも、そのまま食べると猛毒らしいから、いくらマッチョンでもそのまま毒抜きしないで食べると死んじゃうかも」


「……本気マジか……」


 そんな雑談を交わしながら、裏野ハイツの敷地へ移動する道すがら、『ヒガンハナ』から送られてきたメッセージに目を通す。


 白雪は、元通りオカルト部の面子とこうして話が出来ることに上機嫌だったが、そこに話を黙って聞いていた裏野は、やや不機嫌そうに会話に入ってくる。


「……彼岸花は、曼珠沙華地かんじゅしゃかとも言われ、天上に咲く華と尊ばれる面があるように、不吉を言い表すばかりの華では無い。事実、彼岸花の花言葉には『情熱』や『再会』を示す」


 裏野から彼岸花の花言葉なんて庫洒落た知識を披露され、粗雑な話し方をしてきた男の意外な一面に、オカルト部のメンバーは目を見開いた。


 その視線に「失敗した」と苦々しく表情を歪める。

 彼岸花は、世間的に嫌われる事の多い花だが、恐らく花との思い出の花である彼岸花を悪くは言ってもらいたくなかったのだろう。


 少し目を見開いた程度で、誰も裏野の言葉に言葉を発っせずにいたのだが、周囲の生暖かい視線に耐えきれずに、聞いてもいない補正を自分で入れた。


「チッ、うるせぇな……花の入れ知恵だ」


「ふふっ、薫さん。誰も何も言ってませんよ」


「チッ」


 裏野の生きる現実の世界と、花が死後を魂となって生きる世界を繋げるという願いを込めて、彼女の名前の由来であり、彼女が好きだった彼岸花にかけて、このシステムを『ヒガンハナ』と命名したのは裏野だけの秘密である。


 30年前の、まだ10歳の子供だった頃を思い出し、何よりも大切だった幼馴染みの笑い顔が脳裏に甦った。


 一体、いつからだろうか?

 花の事を忘れて、現実を過ごすようになったのは。


 花が死んでしまったときは、毎日悲観に暮れて、こんなにも涙は出るのかと思いながら、花の名前を呼んで泣いていたのに。


「薫さん……?」


 物想いに耽っていた裏野へ、白雪が心配そうに声を掛ける。


 どこか遠い昔の記憶として、埃を被っていた思い出に触れて感傷的な気持ちが胸を満たす。


「何でもねぇよ。大丈夫だ。……行くぞ」


 *****


「ここが裏野ハイツの建っていた……ん?建つ予定の場所」


 菊の話通り、目の前には一面の彼岸花が広がっていた。


 真っ赤な火花のように美しい花弁が、鮮やかに咲き乱ている。

 空の夕焼けの柔らかな朱色と、地面の鮮やかな彼岸花が、まるで一枚の絵画のように色彩豊かな美しい赤の情景を作り出す。


「凄く綺麗……」


 圧倒的な存在感を示す赤い花。

 初めてこの光景を見た白雪が、感嘆を漏らす。


 咲き乱れる赤、その中に一か所だけ異質を放つ白い彼岸花が淡い光を灯して咲いていた。


 恐らく、あの花こそが『ヒガンハナ』の眠る彼岸花だ。


「あそこに花さんがいるんだね、薫さん」


「そのはずだ」


 無愛想な短い答えに、目標へと視線を戻す。

 それ以上は、誰も言葉を発する事無く、白い彼岸花まで歩みを進めた。


 柔らかな淡い白の光を放つ彼岸花は、訪れた白雪達を歓迎するように、夏の風に吹かれて左右に揺れる。


 そこで、顎に指を当てて部長は『なぞかけ』の答えの正しい実行を導きだそうと頭を捻る。


「間違いなく目的の場所はここだ。だけど、彼岸花は自分で摘んではいけない……どうやって、僕たちは『ヒガンハナ』と会えばいいんだ?」


 部長が頭を悩ませていると、迷わずに行動するのは白雪だ。

 一切の躊躇なく彼岸花の傍らに腰を下ろして、地面に膝を着く。


 白い彼岸花へと、話し掛ける。


「花さん、私に彼岸花を摘ませて」


 ――――ササササッ。

 返答は無く、風が草葉を揺らした音だけがその場に響く。


「大丈夫。私はもう怖がらないから」


 土へとそっと指先を差し込んで沈めていくと、根を切らないように、茎が折れないように、土を掬っていく。


「駄目だフツーちゃん!都市伝説の噂のように、夢の中とは言え怪奇が現実となるのなら、彼岸花の伝説も多分同じだ。だから、その花を摘んじゃ駄目だ!」


「大丈夫、部長。大丈夫だから。……私を信じて」


 心配して自分へ叫んだ部長へ、白雪は笑みを浮かべる。

 白い彼岸花へ向き直った白雪は、丁寧に摘んだ白い彼岸花を、土ごと両手で自分の胸へと抱き寄せた。


「花さん、お願い。私達を元の世界に帰して。私は、私の大好きな『普通』を返して貰うためにここに来たの」


 すると、周囲の赤い彼岸花が柔らかな赤い炎に変わり、蛍のような淡く白い小さな光が無数に浮かび上がった。


「き、綺麗……ん?な、何か、光の中で動いてる?」


「本当だね。彼岸花が燃えてる!私は、こんな綺麗な景色見たことがない。んー、オカジャン。近くの光にも、遠くの光にも中で人が動いているようだよっ」


「これは、『ヒガンハナ』の思い出?」


 部長が手元に漂ってきた光を手で包み込んで覗きこむと、小さな赤いレインコートを来た少女と、同じ年頃の男の子がこの世界と同じ彼岸町を仲良く遊ぶ姿が映し出されていた。


「これは……俺と花が一緒にいた頃の記憶?」


 鼻先を掠めた光に、裏野は忘れかけていた懐かしき情景を見る。


 ――――どさっ。


「……え?な、何っ!?」


 思い出の光が織り成す幻想的な美しい光景に、瞳を奪われていた全員の意識を突如鳴り響いた鈍い音が引き寄せた。


「――――なっ!?お前大丈夫かっ!?」


「ふ、フツーちゃん!?……手が!?」


 白い彼岸花を摘んだ、白雪の手首が腐って落ちていた。


 手首から先を失い、手首のあった場所は紫に近い暗赤色へと変わり、変色した皮膚の下に青色の血管が走る。


 それでも、白雪は慌てる事無く、醜く腐り落ちた手の無い腕を伸ばして、腐敗して落ちた手に抱えられたままの彼岸花へ話し掛ける。


「最初にあなたの事を怖がってしまって、ごめんなさい。……私ね、今回の事で大切な事に気付いたの。当たり前にあるものは失ってから気付いたんじゃ遅いんだって……そんな当たり前で、大切な事を花さんが気付かせてくれたんだよ」


「お前、正気か!?もういい!止めろ!」


 話続ける白雪を止めようと、裏野が豆柴の小さな体で手を掛けるが、強い意志の宿る瞳で首を横に振る。


「花さんは私達に伝えたいことがあったんだよね?だから、私と……私達と友達になって欲しいの。私の友達も、都市伝説やオカルトの噂が大好きなの。だから……、だから、きっと花さんと友達になれるから」


「ふ、フツーちゃん……」


 一向に返答の無い彼岸花へ懸命に語り続ける少女。


「わ、私も、花さんと友達になりたいっ!」


「あぁ、フツーちゃんがそこまで惚れ込むなら、是非、私も熱い友情を結びたいものだねっ」


「僕もだ。だって、怪奇と友達になれるなんて、それこそオカルト部の本懐じゃないか」


 豆柴の体で、裏野の顔は驚きに染まる。


「お前らは……バカなのか?」


「ふふっ。えぇ、オカルト部のみんなは、私も含めてバカなんです」


 白雪の言葉に口をパクパクさせて、呆れる裏野。


「花さんが病気で亡くなる前に、薫さんや菊さんへ白色の彼岸花を摘んで渡したんだよね。もしも、自分が死んでも現実世界と天国、両方に咲く花が想いを繋いでくれるようにって」


 これじゃまるで、バカになれない大人の俺だけ格好悪いじゃねーかと、お座りして白い彼岸花に向き合う。


「――――花ぁあ!こんなガキどもに迷惑掛けてんじゃねぇ!だいたい、友達なら、ぐっ、俺がいるだろぉーがぁ!」


「花さん」


 手を失った腕を撫でるように白い彼岸花へ添えると、周囲の光が白い彼岸花へ集まる。


『――――本当に友達になってくれる?』


 集まった光が目の前で弾けると、白い彼岸花が宙に浮かび、半透明の少女が現れる。

 少女は、ぼんぼんで髪を縛り、赤いレインコートを着ていた。

 10歳くらいの幼い少女。


 屈んでいた顔を起こして、白雪はやっと会えた花へと微笑みかける。


「初めまして、じゃないか。でも、やっと会えたね花さん」


『もうっ、お姉ちゃんを驚かそうとしたのに全然驚かないんだもの。最初に会った時は、あんなに私の姿に怯えてくれたのに。それと薫君。私を呼び捨てるなんて生意気ね』


「……うっ」


 さすが菊さんの孫だと苦笑いをしながら、白雪はたった一言で花と薫の上下関係を理解した。


『それに、残りの噂の子達もみんなと会えるのを楽しみにしていたのに薫君のせいで台無しだよっ。でも、本当に困っちゃったな……』


「困るって、どうして?」


 少し悔しそうに唇を尖らせて、花は語る。

 少女の心臓の部分で白い彼岸花が光る。


『みんなを怖がらせたのは、悪いと思っているよ。だけど、ちゃんと私にも理由があったんだ。私や噂達は、語り継がれる事で存在を維持しているの』


「噂は……忘れられたら消えてしまう」


『そう……だから、忘れられないようにみんなを怖がらせたの』


 夕焼けを見詰めながら花が語る言葉は、寂しく哀愁を感じさせた。


「……だったら問題ないよ」


『え?』


「私達はまた会いに来る。そして、経験したオカルトを語り広めるから。ねっ、部長?」


「あぁ、喜んで。しかし、フツーちゃん……」


「う、うん。み、見違えたね」


「なんというか、したたかになったねっ!」


「花さんのお陰で私、肝を据えたもの。でも、花さん。もしも『なぞかけ』が解けなかったら、みんなを帰してくれないつもりだったでしょ?」


 心臓に当たる部分で淡い光が一瞬明滅して、いたずらな笑顔に舌をペロッと出して、白雪の言葉を肯定する。


『えへっ、バレてたか』


 サラッと笑顔で爆弾発言を認め、白雪を除いたオカルト部のメンバーは顔を引きつらせる。


「花、お前はっ!?」


『だって……寂しかったんだよ、私』


「――――花……」


『薫君も私の事を忘れて、誰も私の事を思い出さない。菊お婆ちゃんさえ、私との記憶を遠いものとして薄れさせてしまうから……私はみんなを私の世界に招いたの』


 でも、花は笑顔を浮かべる。


『でも、また来てくれるんだよね。私からもお願いするよ。私やここの噂の子達と友達になって下さい』


「うんっ。よろしくね、花さん」


『もちろん、薫君も来てくれるんでしょ?って言うか、来なさい』


「チッ、分かったよ、花ちゃん・・・・


『クスクスッ、よろしいっ』


 久方ぶりに再会した、幼馴染みの二人を見守るオカルト部のメンバーは優しい気持ちで頬を綻ばせていた。


『温かな記憶、悲しい別れ、心に刻まれた恐怖。特別な想いは強く、薄れない大切な記憶になるの。だから、私はみんなに恐怖を植え付けた』


「うん。きっと、私達は裏野ハイツで起きた事を忘れない」


「あぁ、僕もこんなにも恐怖したのは生まれて初めてだ。絶対に忘れない。『恐怖』をありがとう、花さん」


「わ、私もこんな美味しい食事かいきを知ったら、ま、ますます『オカルト中毒』が深刻化しちゃうわ。だ、だから、ま、また、来る」


「私は馬鹿だけど流石に、この世界の事は忘れられないよっ!怪奇の花さんや都市伝説との勝負、燃えたっ!オカルト部で良かったと、心から感謝さ」


 全く、このオカルト部のメンバーはおかしい。

 怪奇である自分がそう思うのだ。

 クスクスと赤いレインコートを上下に揺らして、ふわふわ浮かんだ花は笑った。


「……なっ、花ちゃん。コイツらバカだろ?」


『うん、うん。大バカだね。みーんな、大好きになっちゃった。私、みんなをこの世界に招いて本当に良かった。でも、そろそろ一度お別れ、かな。最後に、私からプレゼントだよ』


 オカルト部のメンバーへ花が指を鳴らすと、足元の赤く燃える彼岸花が一輪宙に浮かび、赤い炎は、白い炎の彼岸花へと姿を変える。


『白い彼岸花の花言葉は『また会う日を楽しみに』。それと、『再会』だよ。私、待ってるから』


 目の前の白い炎の彼岸花は、火の勢いを強め全員が炎に包まれる。

 だが、その炎は熱くない。

 炎が抱き締めるように優しく肌を撫でる。


「あ、両手が元に……戻ってる」


 気付かぬ間に、復元された手を白雪はにぎにぎ感触を確かめる。


『言ったでしょう?驚かせたかっただけだって。次来るときは、最初から万全の状態で遊びましょう。ビックリさせられなかったけど……『恐怖』は刻めたかしら?』


 やられた。

 平然としていたけど、本当は手が腐って落ちた時、内心相当焦っていたのだから。


 そんな白雪の心の内を見透かしたように、花は舌をペロッとイタズラに笑う。


 これは、再戦しないわけにはいかない。


『またね、フツーちゃん。また、彼岸花を摘みに来て』


「腕が腐るのはもう御免だけど、また会おう花さん。絶対にまた来る。だって、あなたはもう――」


 白い炎が色を強め、目の前の景色が白一色に染まる中オカルト部のメンバーは、手を繋ぎ、息を大きく吸い込んだ。


「「「「――――オカルト部の一員だ!」」」」


 そうして、白い炎で完全に視界が覆われると、オカルト部のメンバーと裏野は裏野ハイツの前で倒れていた。


 まだ夢の中にいるような余韻に酔いながら、辺りを見回す。

 空はどこまでも青く、澄み渡っていた。


 白雪が、何かに気付く。


「ぁ……彼岸花」


 部長達が連れ去られて、3本の枯れない赤い彼岸花が咲いていた場所に、白い彼岸花が一輪、誇らしげに咲いていた。


『……ありがとう』


 道路の真ん中で、同じ様に座り込んでいた全員が微笑んだ所を見ると、声が届いたのだろう。


「こちらこそ、ありがとう『裏野ハイツの怪奇』さん」


 夏の刺すような太陽に向かって、掌で覆いを作った白雪が呟いた。


「ところで、フツーちゃん!?僕達は全然君の駆けつけた経緯を聞いていないんだけど、教えてもらえるのかな?怪奇と同じくらい興味があるんだけどね」


「う、うん!わ、私も不思議に思っていたのっ!」


「私も、興味があるけど……とりあえず、お腹が空いたよ」


「んー話すと長いんだよね。じゃあ……商店街でコロッケでも食べながら話をしよっか?」


「「「……え!?」」」


 コロッケに何かトラウマでもあるのだろうか。

 引き攣った顔のメンバーに、白雪は怪訝な表情を浮かべる。


「おい、お前。ありがとうな」


「薫さん。今後の事で大切な話があるので、セバスチャンを連れてまた伺いますね」


「……大切な話?」


「あなたを雇わせて下さい。私個人としてです。お父さんにあなたは勿体無さすぎるので渡しません。それに、『ヒガンハナ』のシステム、本腰を据えて整備しましょ」


「呆れた……あぁ……全くお前には敵わないよ『フツーちゃん』。了解、雇われてやるよ」


「ふふっ、やっと私の事を名前で呼んでくれましたね。『フツーちゃん』のこれからの『普通』には、薫さんも花さんも組み込まれたのだから――覚悟決めてくださいね」


 こうして、『フツーちゃん』を含めたオカルト部の『裏野ハイツの怪奇』は一旦幕を閉じた。

 再び、彼等は新たな噂を求めて『裏野ハイツ』を訪れるのだが……それはまた別のお話。

























 通りゃんせ 通りゃんせ~♪


 行きは良いけど……帰りは怖い。



 *****


 あ~、終わっちゃたね。

 りんとした風鈴が鳴るここは夏の彼岸町。

 がんばって、私も噂も、もてなすから。

 とっても楽しみにみんなとの再会を待ってる。

 うん……私の名前は『ヒガンハナ』。


 *****


 忘れられない『恐怖』を刻むから。

 また、遊ぼう。クスクスッ。

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フツーちゃんは、彼岸花を摘みに行く べる・まーく @shigerocks

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