第6話 『なぞかけ』の始まり

「噂と……なぞかけ……」


 送られてきたのは、幼稚で大人が考えて作った文書とは到底思えないようなメッセージ。


「な、なんか子供の手紙みたい。こ、答え言っているって言われても、わ、私には何が何だか分からない。……け、けど、分かることも幾つかあるかも」


 部長が相槌を打つと、オカジャンの言葉を引き継ぐ。


「うん。まず、差出人は『ヒガンハナ』……『ヒガンバナ』と濁って発音すると思っていたけど、全てそう表記してあるから、僕達は、花の名前だと思っていたけど勘違いをしていたのかもしれない」


「あ、わっ、ほ、本当だ。そ、それは見落としていた。ぶ、部長良く気付けたね。わ、私がこの文書から気付けたのは、わ、『私』を見つける事。ろ、6個の噂が居場所を知ってる事。と……や、約束の花を、み、見付ける事くらいかな」


「あと、この『ヒガンハナ』のメッセージには、僕の予想通りこの町が『ゲーム』の舞台だと書かれている。れきは……歴の事だろうね。『ヒガンハナ』が彼と呼ばれた人物と過ごした彼岸町。あの頃と言っているのだから、この世界は過去の・・・彼岸町だ」


「か、過去の・・・彼岸町」


「まだ、いつかは分からないけどね。恐らく、今後『なぞかけ』を解くのに、いつの彼岸町か知る必要があると、僕は考えている」


 短い文章に散り嵌められたピース。

 所々、現状では意味不明な部分が目につくが、それでもこれからやるべき事が数多く示されている。


「それと、ここには何の『ゲーム』か記載されていないけど、噂と接触していく事で『ヒガンハナ』に辿り着くためのヒントが得られる」


 そう言って部長は、鞄から取り出したメモ紙に符号の振られた『六個の噂』を書き出していく。


 *****


 ① ひとみの綺麗な、マスクの女性を誉めましょう。

 ② がっこうまで、ワンちゃんに付いて行ってね。

 ③ んー、公衆電話は、四回目はとっちゃ駄目。

 ④ バカな放送は、私じゃないので無視してね。

 ⑤ ないた子を慰めてあげて。

 ⑥ のぼった所の鏡で、その日一番のあなたを見て。


 *****


「や、やっぱりこれだけじゃ、い、意味が分からない……」


 オカジャンの呟きに部長は沈黙する。

 と、そこにのほほんとした呑気な少女の声が響く。


「んー、部長、部長、ここのコロッケメチャメチャおいしいよー。しかも1個20円だって!安っ!旨い!懐かしい味に燃えるっ!」


「か、会話に入ってこないと思ったら!ま、マッチョン、な、何を呑気に一人で買い食いなんてしてるのっ!?」


「……1個20円だって?」


 この世界を出るために、真剣に悩んでいると言うのに目の前で口一杯に食べ物を詰め込んで、至福の表情を浮かべる友人に、オカジャンは苛立ちを覚えた。


 スマホと睨めっこをして考え事をしていた部長も、子供のように騒ぐマッチョンの方へ顔を上げる。


「あ、おばちゃんもう一個くれるの!?ありがとー」


 だが、そんなのはいつもの事。


「あっ、オカジャンっ!あっちに、駄菓子屋さんを発見っ!これはもう行くっきゃないでしょ。突撃~♪」


 会話に入ってこないもう一人の少女は、コロッケを頬張りながらオカジャンの怒りなど意に介さないように、商店街を忙しく駆け回る。


「ち、ちょっとマッチョン、き、聞いてるの!?」


「ちょっと待って、オカジャン」


 ついに我慢できなくなったゴスロリ少女は、こめかみに青筋を立てながら、この非常時にふざけた態度を取り続ける友人の詰め寄ろうする。

 そこでふいに、部長に手首を掴まれ、驚く。


「え、ぶ、部長?」


「コロッケってオカルト部のみんなで買い食いしながら帰った事があったよね?」


「う、うん?」


「そのときいくらだったか覚えている?」


「も、元値は、80円くらいだったかな……で、でも特別にセールとかでマッチョンの言っていた20円でみんな3個ずつ買ったような……きゅ、急にコロッケの話なんて、ど、どうしたの、部長?」


「――――!分かった。思い出した。オカジャン、マッチョンの所に行こう」


「え、え?」


 部長までコロッケの話をし出して、あまつさえ男の子ぶちょうに手を引かれ、柄にもなくドキドキさせられたオカジャンは調子が狂う。

 コロッケで何が「分かった」のか混乱する。


 それでも、歩きだした部長の顔は何かつっかえが取れたように晴れ晴れとしていて、二人はマッチョンの方へと歩みを進める。


「ほい、ほい。私の奢りさっ」


「熱っ!……もぐもぐもぐ、ありがとう、マッチョン。うん、やっぱり美味しい」


「あ、あちっ、あつっ!?な、何で私だけ直接口に!あ、熱いって言ってるでしょーがぁ!や、火傷するわぁ!ぁ……お、おいひい」


 コロッケがたくさん入った茶色の紙袋から、マッチョンが油紙に包んだコロッケを直接口にお裾分けする。


 ゴスロリ少女がリアクション芸人顔負けの100点満点の反応をして見せると、ケラケラとマッチョンが笑い、部長もつられて笑う。


 醜態を晒した事に赤面しながら、目を吊り上げて目の前の体育会女子をキッと睨むが、マッチョンは、まだケラケラ笑ったままウィンクして指を立てた。


「お腹が空いたらイライラしてしまうし、肩の力を抜こうオカジャン。知っての通り、お腹が空くと私にあっては本当に動けなくなって本当の役立たずになってしまうからねっ。大丈夫。私達が部長の力になれるときはきっとくるさ」


「……ま、マッチョンがまともな事を言ってる」


「オカジャンが頼りになることを私は知っているよ。まだ、ゲームは始まってもいない。だから今は、その時に備えるのが私はいいと思うのだよ」


 ……気遣われているのが分かった。


 確かに部長ばかりが『なぞかけ』と向き合って、何の力になれない自分自身に不甲斐なさと苛立ちを募らせていた。

 だから、マッチョンの態度にも苛ったのだ。


 一見して何も考えていないようなマッチョンに、心を見透かされたようで、一人でカリカリしてしまった事に、今度こそ本当に恥じる。


「ま、マッチョンごめん。あ、……ありがとう」


「ふふっ、私はこのオカルト部のメンバーが好きだからねっ。みんなでフツーちゃんの所に帰ろう」


「ふ、フツーちゃん……わ、私ここに来る前にフツーちゃんに、ひ、酷い事を言った。ふ、フツーちゃん大丈夫かな」


 ここにいない友人の事を思い出して、心が陰る。


「ここを出たらいくらでも謝れる。それで、部長もその顔を見ると何か分かったんだろう?」


「うん。ありがとう、マッチョンのお陰だよ」


「はははっ、それは何よりだ。私もしっかり食べて充電完了さ。って、お?おー!?懐かしいっ、棒きなこにべっこう飴、カステラ串にさくら大根まで!?感動だっ。私は猛烈に今感動している!」


「ほ、本当に、落ち着きが無い……」


 良い事を言ったと思えばすぐこれだ。

 ブレない友人に呆れて溜め息を漏らしながら、マッチョンなりに自分を心配してくれた事に微笑みを浮かべて、感謝した。


 ちなみに余談だが、さくら大根とは、駄菓子屋さんに売られているちょっと甘めの味がするピンク色の大根の漬物である。

 昨今、姿を見ることの少なくなった、なぜか駄菓子屋さんに漬物が売っていた時代の産物。今や都市伝説とも呼べる幻の駄菓子だ。


「そ、それで何が分かったの、ぶ、部長?」


「ここがいつの彼岸町か、さ。僕達のいる歴、つまり、時代は30年前の彼岸町だ」


「ど、どうやって?」


 部長が手にしたコロッケをかじると、衣がサクサクっと気持ちの良い音を立てる。


「僕達の食べたコロッケを売る店は、僕達の世界にもあったのを覚えている?確か、そのときは感謝祭で、お店に開業時の値段で販売と書いてあった。そして、以前、この店が安売りをしていたのは開業30周年記念セールだったのを思い出したんだ。つまり――」


「――こ、この世界は30年前の、ひ、彼岸町!?」


「おー、まさかコロッケからいつの時代か割れるなんて凄いじゃないかっ。私の食いしん坊も役に立ったのだね」


 二人の言葉に部長は朗らかな笑顔で頷いて答える。


「そして、これさ。僕は馬鹿だった」


「「ん?」」


 部長から差し出されたスマホの画面には、さっき受信したメッセージでは無く、『牡丹ヲオシテクダサイ』と、この世界へ来る前に見た、未だに消えていない『ヒガンハナ』からのメッセージが映し出されていた。


 とっくに『ハイ』『イイエ』の選択肢はもう残っていないのにこの一文だけが残っている。


 このサイト以外は、接続不可能で通信が繋がらない。


「……?そう言えば、牡丹を押せって何で残ってるんだろね?」


「そ、それは、せ、選択肢は、お、押したから、き、消えただけじゃないの?」


「もう、ボタンが無いのに?案外、この背景の牡丹を押せって意味だったりして」


 マッチョンが、冗談交じりに牡丹の絵柄を押す。


「あ――――っ!」


 パンポン♪


 クイズゲームの正解音のような音が響き、部長がマッチョンの行動を慌てて止めようと、慌てふためく――が、既に手遅れだった。


「あ」


「え、えっ、えー!?」


「ま、マッチョンが、ぼ、牡丹の絵柄を押したら、あ、新しいメッセージが出てきた」


 オカルト部の全員が自分のスマホ画面を見詰める。


*****


『ゲーム』スタート!頑張ってね


*****


 そこにはまるで、楽しい『ゲーム』を提供しているように、文書が太字の丸文字で記されていた。


「あぁ、まさかこんな言葉遊びに僕が気付かないなんて。はぁ~勿体ぶって注意を怠った僕が悪いんだ。とにかく、賽は投げられた。ここからは、何が起こるか僕も分からない……」


 異変は目の前ですぐに起こる。

 誰が見ても異様だと分かる形で。


「ところで、天才の部長に私は聞きたいのだけれど、なんで……みんながマスクしているんだ?」


 そう、それこそがおかしな点。


「分からない……」


 だって、商店街を行き交う人々全員が、モゾモゾとポケットからマスクを取り出して、それを取り決まりの様に着用すると、無言のままオカルト部の方へと集まって来たのだから。

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