人間には向かない職業

太ったおばさん

人間には向かない職業

 明日は憂鬱な日だ。明日も人が死ぬし人殺しが生まれる。そしてそれを職業とするものも増える。そう、私のような人間が。人間が人間である限り私のような職業は無くならないのだろう。後ろ手に417号室のドアを閉めながら、そう考えた。五畳ほどの部屋の中には三十代後半の男の死体がある。二週間は発見されまい。そういう風に調整した。綿密に細工し、周到に準備し、いつも通り実行した。部屋を出てマンションの階段を下り、私は無表情で歩き出した。部屋の扉を後ろ手に閉めた瞬間から、私の仕事は、普通の人間として普通の生活をするという最も重要なフェーズに移行したのだ。部署が変更になったために本来既にこれは私の仕事ではなかったのだが、途中の仕事を引き継ぐのも面倒だし、手を付けた仕事はやり遂げることにしているので最後までやらせてもらった。これで当分私が人を殺すことはあるまい。今までの仕事の数々を思い出し、その数を数えながらダッフルコートのポケットに手を突っ込んで、私は銀行まで歩いた。ATMから金を引き出す。組織からしっかり給料が振り込まれている。私は機械から出てきた札をそのままポケットに押し込んだ。そのまま行きつけのバーへ向かう。明日は憂鬱な日だ。

 そして部屋で目覚めた。頭が痛い。飲み過ぎたようだ。枕元の時計を確認するとすでに遅刻気味であった。出勤しなくては。重い身体を動かす。なぜ私がこんな仕事をしなければならないのだ。ぶつぶつ愚痴りつつ部屋を出た。

 組織の本部までは20分電車に揺られ、そこから10分歩くことになる。組織に名は無い。『教団』とか『機関』とか呼ぶ者もいるが、所属する大多数の者は『組織』と呼んでおり、外部の者もそう呼んでいるようだ。外部の者、と言っても組織の存在を知っているのは同業者と、それに深く関係する者のみだ。同業者というのは、つまり、フリーの殺し屋のことだ。彼らは仕事に飢えている。依頼を取り付けるためならいくらでも値引きをするし拷問などのオプションも無償で付ける。だが我々『組織』はそのような安売りはしない。依頼者には相応の報酬を組織に払ってもらうし、オプションには別途料金がかかる。その代わり仕事は確実だし、組織ならではの大掛かりなオプションやアフターケアも充実している。要するに顧客層が違うということなのだが……まぁいい。とにかく私は組織に属していて、上から割り振られた然るべき人間を然るべき期間内に絶命させ、然るべき給料をもらう……ことを生業としていた。過去形だ。今は違う。先月、人事部に異動になった。

 私は面接というものが嫌いだ。受けるのが嫌いなのは知っていたが、する側という立場においても嫌いであったのは人事になって初めて知った。憂鬱だ。今日は二次面接の日である。本部に着いた私は事務室内の椅子に深くもたれ、大きく息を吐いた。はあ。すると事務室入り口から耳を突き刺すような不快な声が聞こえた。私はいわゆるよく通る声が嫌いだ。

「何やってるんですか白井さん、面接者、もう待機してますよ」

 私より二年先に組織に入った、要するに先輩の中島が眉間に皺を寄せながら立っていた。後輩の私になぜか敬語を使う。現在は人事であり役職的に同じ地位ではあるが、彼は私が部下だった時から既に私に対して敬語を使っていた。

 ああ、と呻き声のような返事をして私は立ち上がった。中島は太っていて仕事の要領は悪いが人望があり人間観察が得意で、新卒で組織に所属して四年で人事担当になった。

「なぜ私が面接など……」廊下、中島の後ろを歩きながら私はぼやいた。「人を殺す仕事の方がまだマシだ。この前の一次面接、あれもひどかった。あの大勢でやるやつ……」

 グループディスカッションですね、と指摘して中島は続けた。「仕方ないですよ。前川さんが急に亡くなって、代わりいなかったんですから」

 前川というのは前に人事をやっていた上司だ。殺されたという噂だが真相は知らない。

「そうそう、グループディスカッションだ」

 私はそう言って柏手を打ち、一週間前の一次面接のことを思い出していた。



 一週間前。その日もこんな風に中島と廊下を歩き、私は憂鬱な気分で面接室となった会議室に足を踏み入れたのだった。初めて面接というものを、面接する側で経験することになる。それは憂鬱なことだった。そして中島は薄っぺらいコピー用紙5枚ほどで構成された冊子を私に渡し、こう言った。「喋るのはすべて私がやりますから、白井さんはそこに書いてある評価基準を参考に空欄を埋めていってください」

 渡された冊子には、グループA、と書かれた下に何人かの名前が羅列され、横に色々と評価基準が書いてあった。加点方式で点数を入れていけばいいみたいだ。履歴書の縮小コピーが最後に付されている。

 面接室に入ると、室内には既に10人のスーツを着た若者が緊張した面持ちで座っていた。はきはきとした挨拶が耳障りだった。窓がすべて開いていた。本日は足を運んでいただいてまことにありがとうございますとか中身のないことを中島が言い、面接者達は真剣に耳を傾けていた。それが2グループに分けられ、自己紹介があり、中島が議題を発表した。

「人を殺すのに必要なものを3つ、あげて下さい」中島は笑顔で、漠然とした、抽象的と形容してもいいテーマを言った。「三十分でお願いします。それでは、はじめて下さい」

 私は片方のグループ、いわゆるAグループと名付けられた方の評価を任された。面接室のドア側で、反対の窓側にはBグループと中島がいる。男三人、女二人のAグループは1つの楕円のテーブルを囲むように座り、私はそれを3メートルほど離れたところで座って見ていた。

 中島が「はじめて下さい」と言ってから5秒ほどの沈黙が流れている。まだ皆お互いを探っているようだ。ここにいるのはすべて、殺しを稼業としていく上でどちらかといえばエリートばかりである。いわばコネがある者が中心だ。それは能力や円滑な業務などの理由を付けることもできるが、実際は単に機密保持のためである。組織の性質上、門戸を広く開け放すわけにはいかない。コネ、紹介があり、更に書類選考を通った者だけがここに辿り着いている。紹介については、我々も紹介者は知らないのだが……そこは後述しよう。ちなみに私はヘッドハンティングで入った。今なぜこんな仕事をしているのかは、わからない。まぁいい。

「では、まず、議長を決めましょうか」右はしっこの爽やかな男が口火を切った。自己紹介で木下と名乗っていたはずだ。私は木下の『リーダシップ力』の欄に一点加点しておいた。こんな感じでいいだろう。評価基準なんてよくわからん。

「立候補します」間髪入れずに手を上げたのは真ん中の男だった。筋骨隆々、といった感じ。須藤、という苗字だったはずだ。須藤は続けて言った。「サークルでも三年生の時には会長をやっていましたし、それ以前にも学祭の実行委員などを任され、会員それぞれの意見をうまくまとめ上げ、成功に導くことができました。そういった経緯もあり、こういった進行は慣れているので、適任かと」

 須藤の過度な自己主張に若干他の四人は引いているが、皆すぐに持ち直し、右はしっこの女――佐藤――が「では議長は須藤さんということで、あとは書記とタイムキーパーを決めておきましょう」と自然に言った。須藤がはっとした顔で佐藤を睨み付け、しかし慌てて笑顔を作り「まずは書記を、立候補する方はいますか?」と皆に問い掛けた。

 うーん、と私は心の中で唸った。『書記とタイムキーパーを決めておきましょう』という発言は、議長が決まったのだから議長がすべきものだろう。須藤はそれを横取りされたと感じたはずだ。佐藤は、須藤が議長に決まった瞬間、油断した刹那に、ハゲタカのように発言をかっさらい主導権を手中に収めようとした、ということだろうか。雰囲気としては確かに、佐藤が一瞬場を支配したような印象を受けた。しかし本来須藤が言うべきことだったのは明白だ。私は佐藤の『リーダーシップ力』に一点加点し、『協調性』を一点減点した。難しいけどなんだか、コツがわかってきた気がする。

 書記が佐藤に、タイムキーパーが右から4番目の男――立川――に決まり、議論が始められた。佐藤は最初から書記をやるつもりで、書記になってからではなかなか発揮するのが難しそうな『リーダーシップ力』をまず稼いでおいたということか。だとしたら恐ろしい女だ。

「では、最初の十分が経過するまでは――あと九分ですね――、とにかく各々、“人を殺すのに必要なもの”を自由に挙げていきましょう。残りの二十分でそれを検討、吟味し、3つに絞る。よろしいですね」

 全員が同意し、「では挙手で、挙げていきましょう」と須藤が言った。最初に手を上げたのはまだ一度も発言していない、右から2番目の女――水野――だった。水野はおずおずと、しかし滑舌良く言った。

「“やる気”……ではないでしょうか」

 なるほど、という風に皆わざとらしく数回頷いた。書記が記録する。人を殺すのに必要なもの。やる気。

 続いて佐藤が手を挙げ、発言した。

「まず“凶器”だと思いますね」

 うんうん、と全員が頷く。はい、と間髪入れず木下が手を挙げた。

「“依頼”が必要です」

 なるほど、と三人がまた頷いたが、立川が首を傾げた。そして「あのぉ」と言いながら控えめに手を挙げた。「はい、立川さん」と須藤に促され、立川はぼそぼそとした声で発言した。

「あの、確認しておきたいことがあるんですけど」と立川は言って四人を見回し、一息置いてから続けた。「ええと、テーマのですね、“人を殺すのに必要なもの”というのは、あのー、この組織ないし我々のような者の“業務”において必要なもののことなのか、それともー、世の中の、人間全体における、すべての殺人においてのことなのか、あの、どちらなのでしょう」

 立川の発言に全員が「確かに……」という表情をした。やっと皆の、作ったものではない生の表情を見ることができた気がする。

「やはり、この場で訊かれているという点を考えると、業務においてなのでは――」

 3秒ほどの沈黙の後にそう発言した佐藤の言葉を、「いや」という須藤の言葉が遮った。

「後半二十分での討議はその点についての議論も含むと考えます。現段階ではまだいたずらに道を狭めるより、両方の解釈における“人を殺すのに必要なもの”をできるだけ多く挙げるのが先決かと」

 佐藤は少し唇を噛みながら、「なるほど、わかりました」と賛同した。

「みなさんも、それでよろしいですね」

 はい、と残り全員が返事をした。

 確かにここは須藤の言うとおりだろう、と私も思った。これは恐らくどちらが正解ということはないのだ。だがどこかの時点でどちらかに絞って考える必要が出てくる。それは吟味して決めるべきであり、現段階では時期尚早と言えよう。なるほど、よくできたテーマである。ただ、それを決めるのが遅すぎてもまずい。ここで一度指摘しておく、というのはベストのタイミングだった。立川はもしかすると全体のことを考えて時間構成をさりげなく組み立てているのかも知れない。タイムキーパーには適任だったということか。

 では、続けましょう、という須藤の再開の音頭と共に挙手が続けられる。

「“報酬”は不可欠ですね。もちろん、業務においてという解釈の場合ですが」と早速ここまでの流れを踏まえて木下が言った。

 それぞれ挙手をして後に続く。

「ええと、何にしても“準備”は必要だと思います。衝動的にというのはちょっと」と立川。

「“殺意”」と水野。

「“動機”が必要です」と佐藤。

「どうしても仕事には完璧を求めがちですが、こと殺人においては“妥協”が最も必要と言っても過言ではないかと」と須藤。

「結局のところ円滑な殺人の履行には“コミュニケーション能力”が不可欠だと思われます」と木下。

「そうなってくると“人望”や“信頼関係”なども重要になってきますね。殺人において怪しまれないことは殺すのと同じくらい重要です」と佐藤。

「思ったんですけど、殺すには前提として“命”が必要だと思うんです」と立川。

 若いなあ、と感心しながら私は若々しい若者たちを苦々しく見ていた。五人はそれぞれに“人を殺すのに必要なもの”を挙げ続けた。まったく、それにしてもけったいな面接方法を思いつくものだ。グループディスカッションなどと。どこの誰が最初に考えたのだろう? 

 ディスカッションが始まって九分が経過した。誰かが“絶対に殺してやるぞという気概”などと言い始めてそろそろひねり出すのも限界というムードが漂っている。

「十分が経過しました」とタイムキーパーの立川が言った。

 嘘だ。まだ九分のはずだ。皆を慮ってか、時間構成のことを考えてか……しかし議長が最初に決めたことを無視していいものか。私は加点も減点もせず見守ることにした。部屋の壁掛け時計で時間を確認できるのは立川だけではない。誰も指摘しないということは、少なくとも皆そろそろ無意味だと感じていたということだろう。

「では、絞り込みに移りましょう。佐藤さん、挙がったものを読み上げていただけますか」

 須藤がそう言い、佐藤が応じた。

「はい。では読み上げます。やる気、凶器、依頼、報酬、殺意、動機、妥協、コミュニケーション能力、人望、信頼関係、命、悪意、論理的思考力、判断力、創造性、熱意、意欲、社会経験、行動力、柔軟さ、生活力、善意、きっかけ、人柄、情報活用能力、発想力、冷静さ、冷酷さ、自己批判、主体性、協調性、社会性、ある種の反社会性、自己管理力、責任感、粘り強さ、学習意欲、知識、問題意識、バランス感覚、計画立案能力、臨機応変さ、競争心、表現力、自己認識力、自己問題提起能力、自己問題解決力、リーダーシップ、思いやり、社会貢献の精神、ポジティブシンキング、基礎的な学力、尊厳、学歴、生命への畏怖、教養、豊かな人間性、絶対に殺してやるぞという気概、以上です」

「ありがとうございます。では、そうですね……これらを総合して、テーマが人間一般についての殺しか、業務に於ける殺しなのかの解釈を決定しようと思います。これは純粋な議論で決めましょう。意見がある人はいますか」と須藤。

 はい、と水野が手を挙げた。水野はここまで発言がかなり少ない。

「私は、ここでの“殺し”は人間一般に於けるすべての殺人を指すと解釈するのが適当と思います。なぜなら、すべての殺人、の中には業務に於ける殺人も含まれているためです。すべての殺人において必要なことを考えれば、自ずと一般、業務両側の観点からの、より深みのある鋭い“3つの必要なこと”を提示することができると思います」

「しかしそれは……」と佐藤が額に手を当てながらゆっくりと、言葉を探り探り反論した。「業務における殺人はすべての殺人の部分集合なわけですから、確かにすべての殺人において言えることならば、業務における殺人についても言える。業務に於ける殺人にしか言えないことは、すべての殺人にはほとんど当てはまらないでしょう、しかし……考えてみて下さい。すべての殺人というものを考える場合、これは無限のケースが存在し得ます。先程挙がった“必要なこと”リストから考えても、例えば凶器のない殺人もある、動機のない殺人も存在するでしょう。殺意も……悪意もない、そんな殺人もある。やる気なんかなくても殺人は成立する。実に色々な殺人があります。おそらく……ですが、すべての殺人において言える“必要なもの”などというものは、存在しない、のではないでしょうか?」

 言い終わるか終わらないかの内に五人全体に緊張が走った。私の位置からは机が邪魔で見えないが、机の下で水野が小型拳銃を佐藤の脇腹向けて構えている。私にはそんなことは気配で分かる。水野からすれば意見を論破され、足蹴にされたように感じたのだろう。しかし顔は涼しげな表情を保っている。全員がこの事態に気付いているが表情は一切変えていない。大したものだ、就活生というのは。

「では業務に於ける殺人に必要なもの、という解釈でいきましょう。よろしいですか」

 須藤がそう言い、はい、と水野含めた全員が笑顔で頷きながら返答した。その瞬間に、佐藤が拳銃を抜き、机の下で水野に向けて構えた。須藤がナイフを抜き水野の腎臓の位置に突きつけ、水野は同時に銃口を佐藤から反らし須藤の脇腹に突きつけた。木下が、水野の太股にスタンガンを密着させた。そういうのは持ち込み禁止ではないのだろうか。

「では、各々1つずつ、先程挙げたリストの中から、最も重要だと思ったものを挙げていきましょう。そしてその5つの中から3つに絞る、という方式でいきたいと思います。よろしいですか」

 そのままの膠着状態で須藤は笑顔を崩さず言った。純粋な討議は不可能と判断して、早急に結論の出そうな方式を採ることにしたようだ。須藤の提案に、全員が、はい、とにこやかに返事をした。

「では、木下さんから」

「はい、そうですね……、その解釈であれば……やはり単純に、“依頼”がなければ、殺しはありませんね。原理的に」

「なるほど。では、水野さん」

「はい、それでいくと“報酬”ですね。やはりこれも、原理的にということになりますが」

「確かに。では次は私ですが……私は、“社会性”、ですね。他の、例えば“人望”だとか“責任感”だとか、“コミュニケーション能力”だとかをすべてひっくるめて言うと、これになるかと。次は、立川さん、どうですか」

「“団結”かな」と立川は言った。

「“団結”、ですか……挙がってないもののようですが」須藤が眉間に皺を寄せた。

「まぁ、みんな落ち着こうぜ」と立川。「これは協調性を見てるんだ。俺たちは敵同士じゃない。グループディスカッションでは1つのグループ全員が通るっていうケースもあるらしい。たしか就活情報サイトで見た。とにかく足の引っ張り合いはやめようぜ」

 全員が黙った。立川はニヤリと笑い、そこでだ、と続けた。

「そこでだ……。組織においての殺しに必要なものを考える。なぜこんなテーマで議論をさせる? 組織はどんな人間を雇いたいのか? 人材をどう見極める? そこんとこを考えると自ずと答えは見えてくる。簡単だ。殺しにおいて必要なもの。それは迅速に、且つ、対象が誰であっても――たとえ殺し屋であっても――、殺せる能力。そして“殺せる”という確固たる事実。あとは団結だ。このテーマで議論させるってことはつまり、“それ”を見てるんじゃねえかって思う。……わかるな」

 立川のその言葉に、真っ先に凶器をしまったのは佐藤だった。そしてそれに続いて水野、須藤、木下も凶器を懐に収めた。

「よし。Aグループ全員で次へ進もう」と須藤が仕切るように言った。雰囲気が良い。

 次の瞬間、Aグループの全員が席を立ち、Bグループに向けて各々の凶器を抜いた。みんな活き活きとした表情をしている。そして全員の頭が吹っ飛んだ。全員というのはAグループ全員だ。水野、木下、立川は窓の外からスナイプされ、佐藤と須藤は中島さんに撃たれた。ディスカッションが行われていたときには真っ白だった机がそういうテーブルクロスをかけたみたいに鮮やかな赤に染まった。椅子も床も同様だ。

 Bグループは全く動じずディスカッションを進めている。中島さんがため息を吐き、「君たちの選択は間違ってはいない。大正解だ。だが、“弱い”ということは“間違っている”ということよりもマイナスポイントなのだ。弊社にとってはね」と悲しそうにそう言った。確かに組織の中では底辺と言ってもいい戦闘能力の中島に惨敗では、到底見込みのない連中だった。そして中島は私の冊子を見て説教をはじめた。

「君はいい加減すぎる。ちゃんとよく観察して評価しないと。面接っていうのはね、する側だって本気で臨まなきゃダメなんだ。一人の人間の人生を決める可能性があるということに対して自覚を持ってほしい。いい加減な選考で、一人の人間の生涯を不当に終わらせてしまうかも知れないんだよ」

 私は反省した。反省したがずぼらな性格は生来なので直し方がよく分からなかった。結局二次面接にはBグループ全員が通ることになった。ちなみにBグループの選んだ「人を殺すのに必要なもの」は、“依頼”“凶器”“良い意味での図太さ”の3つだった。



 そして一週間後の今日である。私はまたも憂鬱な気分で面接室に入り、中島と並んで座った。今日は個人面接だ。Bグループの五人が一人ずつ入ってくるというわけだ。採用人数は最大で二人。基準に達している者がいなければ一人も採用しないということもあり得る、らしい。

 しばらくして、扉がコンコンと二回ノックされた。

「どうぞ、お入り下さい」中島が良く通る声を出した。扉が開く。

「失礼いたします」

 そう言いながら入ってきたのはスーツ姿の、髪を後ろに結った女。相当な美人だ。私は手元の履歴書を確認する。川村鴫絵、21才。一流大学の三年生だ。採用したいな、と私は思った。

 川村はドアを閉め、一礼をし、椅子の横まで移動した。そして自己紹介をし、どうぞおかけ下さい、という中島の言葉に一礼してから着席した。

「では、弊社を志望した動機をお聞かせ下さい」と中島。

「はい」とはきはきした返事をして川村は喋りだした。「私は主に政治的、宗教的、実利的な理由などにより要人等の殺害を密かに計画立案し、不意を衝いて実行する殺人行為に興味があり、そういった殺人行為を組織的に行っている機関で働きたいと考えていました。そんなとき、御社で要人暗殺を専門とする宮本先輩に先日の首相暗殺の仕事のお話をうかがい、この仕事をやりたい、と強く思うようになり、また、私の持っている狙撃技術は御社の業務において確実に役立つものだと確信し、また私も御社の一員となり、これまでの数々の業績に続く今後の輝かしい発展に是非貢献したいと考え、志望しました」

 宮本はクビだな、と中島が私に耳打ちした。確かに、トップクラスの機密事項を美人の後輩にほいほい話してしまうような構成員はまずい。上の判断如何によりクビではなく粛正もあり得る。

「なるほど、では、そうですね、」と中島が川村に向き直って言った。「例えばいつか結婚とかしますよね。結婚したら仕事はどうなさるおつもりですか」

「続けるつもりです」

「つもり? うーん、それじゃまずいんだよねぇ」

 中島の態度が一変し、川村の美しい笑顔が一瞬だけ引き攣った。

「つか、はっきり言わないってことは要するに辞めるんでしょ? いずれ辞める人を雇って当組織にどういうメリットがあるか教えていただけますか?」

 中島は笑い顔のままそう言った。これは圧迫面接だ。川村は硬直した表情のまま何か言おうとしたが言葉が出てこなかった。

「じゃ、次の質問にいきますか。えーとですね、現在当組織ですがー、狙撃手は足りてて、狙撃の技術持った人って特に新しく必要ないんですけど、あなたを雇う利点ってなんですか?」

 川村の整った顔が少し震えている。十秒ほど沈黙が流れ、中島が追撃を続ける。

「他に何かないんですかねぇ? ……あー、はいはい、いいですねぇ美人に生まれた人は、そうやって黙ってれば今までは誰かが助けてくれたんでしょ? でもそれ、社会に出て通用するかなぁ」

 川村は下を向いた。そして拳を握りしめて震えていたが、唇が小さく動いた。声は聞こえなかったが私には読唇術で何を言っているのかは分かった。彼女は「こういう技術があります」と、言っている。

 次の瞬間、中島が机の上にごとりと俯せに倒れた。何の前触れも音もなく突っ伏したので、急に近眼になって手元の資料をよく見ようとしたみたいに思えたが、違った。意識を失って倒れたのだ。

「暗器か」私は呟きながら即座に中島の後ろにするりと回り込んだ。その瞬間、背後の窓ガラスにびしりと蜘蛛の巣のような亀裂ができた。手の中の何かを飛ばしたな。しかしこのような技術もあるならなぜ履歴書に書かなかった? いや、答えは明白だ。最初からこのような展開も“ある”と考えていたに違いない。川村が立ち上がり近づいてきている。中島め、一対一なら負けることはないだろうと自惚れて狙撃手を配置しておかなかったな。私は中島の後頭部の髪の毛を掴んで思いきり引っ張って身体を起き上がらせ、そのままうなじの辺りに上向きに銃口を突きつけ、マグナム弾をブチ込んだ。轟音が室内に谺した。悲鳴こそ上げなかったが、突然眼前の人間の頭部の中から襲いかかってきた脳や血液や骨やその他諸々の混ぜこぜ丼定食をまともに浴びて、川村はその動作と思考を一瞬停止した。私はその刹那を見逃さない。見逃すほど錆び付いてはいない。川村の意識が現実を受け入れるのに手間取っている間(恐らく0,01秒程度だっただろう)に、すべての決着を付けた。

「その手の動作を止めろ」

 圧倒的な能力の差と銃口を額に突きつけられて尚、健気に手の中の武器で立場の逆転を図ろうとする川村に私はそう宣告した。

「殺すの?」万策尽き、さらには身体中に人間の脳味噌の破片を付着させている川村は冷静にそう言った。

「さぁな」と私は言った。「後処理が大変だ。中島もそうだが、宮本のこともある。どうやらこの組織、機密保持には重大な問題があるようだ。この面接の形も見直さなければならないのかもしれないな。近いうち大粛正を行う必要がありそうだ」

 この面接に来ている者達は皆、“誰か”からこの組織の存在と、それが面接によって採用を行うこと及びその日時と場所を教えられて辿り着いている。その“誰か”を我々は問わないし、“誰か”は誰でもいいし、また“誰か”を我々が知ることもない。構成員を厳選し絞り込むことによって、それでも秘密はある一定の所で保たれてきていたのだが……。社会の情報化によって既にこの古い形式には寿命が来ているのかも知れない。まずは口の軽い者を片っ端から粛正だ。忙しくなる。

「とりあえず、そうだな。お前にこの組織、そして採用情報を教えた者を言え」

「言ったら、命は助かる……?」

「ああ」

「言わなかったら……」

「地獄への内定をくれてやる」

 川村は絶望的な表情を顔に浮かべた。だがそれは数秒のことで、すぐに笑みを見せた。そして静かに深呼吸をし、「なら就活も終わりってわけね」と、言った。「思ったよりだいぶ、早かったわ」

 私は笑った。川村もなぜか笑いだした。室内には笑い声だけが跳ねていた。一通り笑った後、私は舌打ちし、川村に背を向け自分の席まで戻り、ため息を吐きながら深く腰掛けた。川村が怪訝な顔をする。

「これで面接を終わります」私はそう言った。

 川村はその言葉の意味を数秒吟味し、やがて何かを悟ってぴしりと姿勢を正し、深々と一礼をして絞り出すようにこう言った。「本日はお忙しい中、お時間をいただき、誠にありがとうございました」そして、ドア付近まで姿勢よく歩き、私の方に向き直り、「失礼いたします」と言いながら再度一礼し、部屋を出ていった。

 疲れた。と私は思った。

 しかし疲れたからといって手を抜くわけにはいかない。私は面接を続けた。幸いだったのは、残りの四人の面接は穏便に済んだということだ。まぁ、圧迫する奴が不在だったというのもあるが……。私の横の頭部のない死体は、無いものとして進められた。圧迫の代わりにいい威圧になっただろう。そのようにして二次面接は終わった。



 送信しました、と画面に表示され、私は深く息を吐いた。


 二次面接から数日後、私は組織の自分のパソコンで面接者たちに出すメールを作成した。四人に出すメールは同じ文面である。いわゆるお祈りメールだ。これらを送信してやっと一段落という感じがした。ようやく肩の力が抜ける。




       さま


 時下、ますますご健勝のことと、お慶び申しあげます。

 このたびは当組織の採用試験にご応募いただき、厚くお礼申しあげます。

 さて、試験の結果につき慎重に協議いたしましたが、誠に残念ながら、今回は貴意に沿いかねる結果となりました。ここにご通知申し上げますと同時に、悪しからずご了承くださいますようお願いいたします。

 尚、選考結果に関するお問い合わせにつきましては、お答えいたしかねますので併せてご了承のほど、お願い申し上げます。

 末筆ながら今後のご精進とご成功をお祈りいたします。




 これが苦労した。このような文面は今まで考えたことがなかったからだ。得意そうな中島も死んでしまったし。

 さて、残りの一人に出すメールの文面は違っている。いわゆるお祈りメールではないからだ。




 川村鴫絵さま


 時下、ますますご健勝のことと、お慶び申し上げます。

 このたびは当組織の採用試験にご応募いただき、厚くお礼申しあげます。

 厳正なる選考の結果、あなたを採用することに決定しましたのでここに通知します。

 入組要綱は別途送付します。必要事項を記入して入組日にご持参ください。

 末筆ながらお祝い申し上げさせていただきます、地獄にようこそ。


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