第43話

数刻して老人が小さな袋を腰に下げ、大きな包みを背負って戻ってきた。

まずはと渡されたのが、小さい袋巾着に入っていた丸薬だ。真っ黒で、離れていても臭う。


「それは“世界樹の丸薬マギナ-マンティス”という、世界樹が五〇年に一度咲かせる花を煎じて門外不出の調合をし練り上げた丸薬じゃ。はっきり言って不味い。その上並の生物が口にすると、魔力マギの濃さに耐えきれず死ぬ。だがまあお主なら耐え切れるかのぅ」


「いや死ぬのはよろしくないぞ!死ぬのならば食えん!第一何故そんな物騒なものがあるのだ!」


全く冗談でないぞ。糞、ここに来てそんな賭け事をやるくらいなら真っ当に戦うわ。大体マギとは何だ糞。

そう猛っていたが、どうやら全く無謀な賭けではないらしい。


(この世界の魔力に順応する為に使い魔には、変換器及び外付け燃料貯蔵庫として貴様の手の甲にあるような六芒星が体のどこかにあるのだ。魔力とは魔法の源にして生命の根幹。この世界では魔力を無くすと死ぬのだが、生憎我らには魔力を生成する手段がない。契約者から供給されるか、魔力の高い物を体内に取り込むかしなければ得る手段がないのだ)


そう言ったダ・ブーンは俺の目線よりも少し高い所で滞空した。その腹には俺のと同じ様な紋様が浮かび上がっていた。


(貴様はまだ仮契約だから、後者のやり方でないといけないのだ。幸いにも魔力を貯蓄できる量は召喚した魔法使いの力量に左右される。人間を召喚する程の魔法使いなら万が一にも問題ないだろう)


しかしこの六芒星にはそんな役割があったか。魔力……なんだ魔力とは。話から察するに生命力だとか、または燃料の様なものだな。つまり度々六芒星が光っていたのは、気合に応じて沢山魔力を消費していたからか。

よくよく考えれば本当によく死ななかったものだ。物理的な死は勿論、魔力不足によっても死に直面していた訳か。何度か心当たりがある。それだけにゾッとするな。


渡された巾着から丸薬を取り出し……うお、た、堪らん。開けた瞬間ムワッと広がる刺激臭を含んだ凝縮した漢方の強烈な臭いが、鼻を殺しにかかって来やがる。鼻水と涙が止まらん。これを食っては駄目だと、身体中が叫んでいやがる。


堪らず巾着の口をきつく締める。すると見かねた老人が懐から布を取り出し俺に突き出した。何か包まれている。蟲?ミミズのような蟲だ。


「ゆっくり喋るからよく聞きなさい。これはお主のゲロより出てきた寄生虫だのぅ。こいつは数日潜んだのち、体中に卵を産み付けるために徘徊する。その際肉を食い破られる為に激痛が走る。寄生されると大抵そこで死ぬが、例え生き残っても孵化した虫達に食い殺される。嘔吐したとはいえ、まだ潜伏している可能性が高いのぅ」


「何、寄生虫だと。それは駄目だ、危ない。糞、だが何故それを今を……まさか、この丸薬は……」


「強い魔力に耐え切れず死ぬのは虫も同じ。察しの通り、世界樹の丸薬マギナ-マンティスは虫下しとしても抜群の効果を発揮するのじゃ。そしてこの世には、これ以上の虫下しは存在しないのぅ」


糞!どのみちこれを飲まなきゃならないのか!それでも、ああ、丸薬を飲もうにも、なんと口の固い巾着なんだ!


(何をまごついているのかしらないが、急いだ方が良いぞ。貴様と一緒に森に入った二人だが、どうやらマレスティ・ブーンに見つかった様だな。抑えていたのに鋭い。幸い距離は開いている。しかし、果たしていつ遭遇するか。だから早く飲め。魔力さえ高ければ多少の体調不良などどうとでもなる)


ああ、糞!飲まなければならないのか!ポノラとメイを助ける為にも!頑張れ俺!日本男児の、侍男子の誇りを見せるのだ!

先程よりも緩くなった巾着の口を開く。ああ、やはり臭い。涙と鼻水が出る。しかし飲まなければならない。一粒摘む。固い感触が指先に伝わる。


俺の覚悟が伝わったのか、老人はそっと水筒を差し出してきた。成る程、これで流し込めと言うのか。渡す時に言われた「よく噛め」と言う言葉が幻聴であれば、何とも痛み入る心配りだ。糞、幻聴な訳無い。つまり噛まなければならないという事か。糞。


口に入れる。ああ、臭い。間違ってカメムシでも食べたのではないか。発酵した漢方に硫黄を混ぜた様な臭いだ。さらに舌の上に苦味が広がる。不味いが、思った程ではない。これなら噛めるぞ。


奥歯で噛み砕く。パリッと弾けて口の中に広がる。臭いが強まる。獰猛な漢方臭さが鼻を抜ける。吐き気がこみ上げる。苦味が際立ち口の中に溢れる。何だこれは。激烈な苦味だ。

意識を手放したくなる。糞。糞。糞。

頑張れ俺。負けるな俺。噛み砕け。噛み砕け。糞、これは本当に花を原料としているのか。もういいだろう。何故先払いの報酬でこんなにも苦しまなければならないのか。

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