第14話

腹を満たし、水浴びをし、用意された衣服に袖を通し、この家を訪れた幾らかの人と(ポノラが)言葉を交わし、あてがわれた寝床で眠りについた。


布団が柔らかい。天国にいるかのようだ。この世界に来て初めて文化的な夜を迎える。贅沢だ。隣の寝床にいるポノラはすぐに寝てしまった。疲れていたのだろう。俺もとてつもなく眠いが……なんだ、胸騒ぎがする。

窓から月明かりが差し込む。外は少し冷える為開けてはいないが、隙間から漏れる空気に不穏な気配を感じる。よく鼻を凝らす。なんだ、獣臭がするぞ。


今朝ポノラから貰ったアグノーの爪を手に取り、音を殺して家から出た。外に出ると何かの気配を強く感じる。何か来る。気配は、緑色共が……ええい、呼びにくい。小鬼としよう。で、小鬼共がポノラ達を連れ去ろうとした方からする。森、いや、山か。


この臭いは小鬼共と同じ。とすると、奴らの仲間が夜襲を仕掛けようとしているのか。

集落に入られると守りきれない。幸い気配は散らばっていない。一箇所にまとまっている。ならばこちらから先にゲリラ戦をかましてやろう。……俺、陸軍では無いんだがなぁ。


短期決戦よ。なるべく足音を忍ばせ気配へ突撃。韋駄天の如き速さで森を駆け抜ける。迫り来る木を避ける、避ける。飛行機乗りの経験が活きているな。


はたして気配とはすぐに遭遇した。胸騒ぎがもう少し遅ければ集落に侵入されていたかもという距離だ。気配の正体はやはりあの小鬼共。ただ、棍棒ではなく鋭利な石でできた手斧を手にしていた。

小鬼共が全部で15体。以前より多い。そしてその中央で油断なく辺りを見回している、周りとは二回りほど大きな個体がいる。小鬼共が餓鬼だとすると、あれは地獄の獄卒だ。肌の色は同じといえど、全身が盛り上がった筋肉。獅子のたてがみの如し髪。猛禽類の様に鋭い眼光。手には巨大な両刃剣が握られている。間違いなく強い。以下あれを大鬼とする。


む、目があった。気付かれたか。ええい、構うか!


忍足をやめ、足に力を込め一気に距離を詰める。


接近直後緑色の喉笛を掻っ捌くのと、大鬼が雄叫びをあげるのはほぼ同時だった。

連携の取れた動きで俺を囲おうとするが、その間に三体の小鬼を斬り捨てる。素晴らしい切れ味だ。

背後から振り下ろされた手斧を半身でかわし、あいた腹を思い切り蹴り飛ばす。そのまま右手側にいた小鬼を袈裟斬りにした時、少し離れた奴が手斧を俺に投げつけて来た。それを空中で掴みそいつに投げ返し仕留める。

その次の瞬間三方から同時に切りつけられそうになるが、一体の懐に潜り込みやり過ごすと、そのままそいつを蹴り間合いを開け、今度は突きでトドメを刺す。振り向きざまに二体を斬り払う。

次いで、背後から来た二体の手首を振り向かずに斬り落とし、振り向いて手首ごと手斧を投げつけ額に突き刺す。そいつらが倒れる前に手斧を抜き、それぞれ間合いの外にいる二体の頭に投げつける。


残りは最初に蹴飛ばした小鬼に、大鬼のみ。


怒りの形相の大鬼が剣を振りかぶりながら俺へと迫り来る。かなり速い。なにより間近で見ると尚の事デカイ。アグノーと同じくらいか。

大鬼が剣を横一線に振り切る。軌道上にあった木は無残にも切り倒される中、前転でそれを避ける。起き上がるとと同時に右足のアキレス腱を断ち切ると、そのまま跳ね上がり背中越しに心臓めがけてアグノーの爪を突き刺す。


だが、大鬼も流石よ。僅かに体をズラして急所を避けると、筋肉を硬直させてきやがった。く、抜けん。

その一瞬の隙を突かれた。唐突に浮遊感に襲われた。大鬼が俺を押し潰そうと倒れたのだ。


「ぐぅ」


「ガァ!」


逃げられなかった。重い。動けん。

今のによってアグノーの爪はより深く刺さった。実際こいつは苦しんで呻き声をあげた。それなのになぜこんな行動をとったんだ。


ガサリと、何かが動いた。さっき蹴り飛ばした奴か?


辛うじて見える隙間からは、こいつが剣を手放しているのが分かる。もしそれを小鬼が持って、大鬼ごとやられたら……。こいつ、もしや刺し違えてでも俺を殺す気か。


糞、死んでたまるか。死ぬものか!


「うぐおおおぉぉぉぉおう!」


手の甲の紋様が光る。力が溢れ、大鬼を腕の力だけで持ち上げる。そのまま放り投げ、アグノーの爪を力任せに引き抜く。鮮血が舞う中、既に大鬼には僅かな力しか無かった。


「さらばだ良き将よ。この力が無ければ到底かなわなかったであろうよ」


大鬼の首をはねると、間も無く全く動かなくなった。南無阿弥陀仏。


「さて」


残った小鬼は……お、剣を放り投げてどこかへと走り去っているじゃあないか。仕留めなければ……いや、待てよ。


小鬼の後を気配を殺して追いかける。


もしかしたら住処があるのかもしれん。俺だってゆっくり寝たいんだ。そう何度も襲撃されたらかなわないからな。住居ごと攻め滅してやる。


しばらく追いかけていると、山の中腹に何やら洞窟のようなものがぽっかり現れた。小鬼はそこに入って行ったな。だが、妙だな。石器はともかく、あんな立派な剣を扱う奴らが、はたして洞窟に住むだろうか。住処では無いのか?罠か?


注意しつつも、俺は洞窟へと足を踏み入れた。

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