第12話

「……イエ。ラ、ザバメイエ!」


……声がする。ポノラの声だ。ああ糞、起き上がろうにも全身が怠い。瞼が重い。こんな事、こっちの世界に来る途中以来か。とすると死にかけているのか、はたまたまた変な所に連れてかれるのか。


「ラ、ザバメイエ!ザバメイエ!ラ、ザバメ……ヒック……イエ……」


泣いているのか、ポノラ。嗚咽交じりの声が今にも消え入りそうだ。

鋼鉄の瞼をこじ開け、鉛の様な身体を起き上がらせる。横にはポノラがいた。やはり泣いていた。


「……ル、ザバメイノ?ラ、フーセイノ!?ラ、バッタ、デ、バジーナイエ。ル、ポウポウ、フーセイエ」


何を言っているか分からないが、心配してくれていたことだけは分かる。


「ありがとうポノラ」


伝わったのか、ポノラはニコリと笑うとそのまま倒れる様に寝てしまった。安心したのか、疲れたのか。上着をかけてやろう。

おそらくポノラが起こしたであろう焚き火の横には、こんがり焼かれたアグノーの肉が切り分けられて葉っぱの上に乗せてあった。食べた形跡がある。ポノラか?

そういえば物凄く腹が減った。その肉を味わう様にたっぷりと噛む。美味い。相変わらず活力の出る味だ。心なしか臭みも減った気がする。


そういえばここは……河原か?滝が見える。落ちた場所からそう遠く無い。ここまでポノラが引っ張って来たのか?いや、思い出して来たぞ。そうだ、確かーーーーーー



ーーーーーー滝壺が迫る。死ぬ!死にたく無い!

思いに呼応するかの如く、右手の紋様の光が増す。それと共に周りの風景が遅くなる。水飛沫が玉となって見える。世界が遅い。

滝壺までもう10mも無いだろう。遅い世界の中、俺だけは普通に動ける。空中だからどのみち自由にでは無いが。掴むものは無い。あまつさえこのままでは、落ちる場所は滝壺ではなく横の河原だ。


受け身だ。とにかく受け身だ。背中のポノラを胸に抱きかかえる。こうゆっくりならば、落下の衝撃を全て分散させられるのでは無いか。受け身だ。ここで受け身を極めるのだ。


地面とつま先がゆっくりとくっ付く。それに合わせ膝を曲げ、背中から転がり、また転がる。ゆっくりなれど勢いが死なない。無理矢理膝を伸ばし立ち上がる。地面を削りながら後退し、ようやく止まる事が出来た。


ポノラは……よし、無事だ。

ロブロジャーラが追ってこないとも限らん。逃げなければーーーーーー



ーーーーーーそうだ、そこで気を失ったんだ。身体の力がいつにも増して凄かった。手の光のせいか?だとすると、恐ろしく体力を使う代わりに尋常では無い力をさらに尋常では無くするのか。だから今なお身体が怠いのか。


だがそうも言っていられない。あの蛇が追って来るかも……うん、変だな。そういえばもう夜だ。俺は結構寝ていたのだろう。何に周りに敵意が無い。ポノラが見張っていたからか?周りを見回す。やはり何もいない。


うん?地面に何か打ち込まれている。楔か?一個や二個では無い。俺達を囲う様にズラリと打ち込まれている。ようく目を凝らせば、楔から発せられる様に何かがある。目を凝らさなければ見えない程に透明な、膜の様なものだ。


バチッ


「痛っ!」


触れてみると電流が走った。何だこれは。これも魔法か?考えるに、結界の様なものか?

ポノラが設置したと考えるのが妥当だろう。もしやポノラは魔法使いか。まあ矢を曲げた奴もいたから、そう珍しいものでは無いのかもな。


寝息を立てているポノラを見る。やはり幼い。しかしその幼い子供が、気絶中の俺を守ってくれた。恩は返さなければ。絶対無事に故郷に送り届けてやろう。


そういえばマリティも命の恩人だな。次に会った時には何か恩を返した方が良いかもな……



夜が明けた。ポノラが目を覚ました。

起き抜けのくせしてすぐに俺の心配をして来たが、笑顔を見せるとすぐに安心してくれた。言葉は分からずとも、何となくは通じるものだ。


焚き火で石を焼き焼け石にする。それで残っていた肉を温め直し二人で分けて食べた。

しかしこれで肉がなくなった。何か狩ら無ければな。そんな事を考えていると、食べ終わったポノラは外套からアグノーの爪を取り出した。

何か加工がしてあるな。根元の部分に蔦の様なものが巻き付けられている。爪自体を火で炙ったのか、色味が濃くなっている。


「ラ、カッテイエ。ダ、ウェボウイエ」


使えという事か。肉が切り分けられていたが、これを使ったのか。


「ありがとうポノラ」


「フーセ!」


フーセ。どういたしましてとか、大丈夫とか、そういう意味だろう。


その後は楔を回収して、今度はポノラを背負わず歩いて移動することにした。俺の体力はまさしく燃料のようだし、なるべくなら節約したい。ポノラも文句を言わず、楽しそうに歩いている。なあに、追手が来たらポノラを抱えて全力で走るさ。


歩きながら何とか会話を試みる。と言っても言葉を教わると言った方が正しい。あれこれを指差しながら名称を知ったりだとかだ。それに嫌な顔せず付き合ってくれるからありがたい。


途中、木の実を見つけて食べたり、ポノラが見つけた豚と兎を合わせたような獣を狩って食べたりと腹を満たしながら進む。


そうして進んでいくと、少しずつ人の気配がする様になった。まだ新しい足跡や、狩猟の為の罠らしきものがある。


「ビレジ!ダ、ビレジイエ!」


そこからさらに歩くと、ポノラが何かを見つけたのか走り出した。

山に入って三日目。既に夕方。俺はようやく集落を見つけ出せたのだった。

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