第8話

墓地。海から近く、潮の匂いに包まれ、あたりは防砂林のための松が植えられていた。


平日の昼間に、ただ一人、青年が墓地の前で手を合わせていた。


綺麗な紫陽花あじさいを飾らせ、お香を焚きながら。


アタシは、彼のもとへ歩く。


砂利が踏みつける度に音をたて、それに彼は気づき、アタシを見つめる。


彼は立ち上がり、言葉を放った。


「なんでここに?」


アタシは、制服のスカートのポケットから何回も折られた紙を取り出す。


「今日のホームルームで配られたプリント……これを届けに」


彼は、それを聞いて、プッと笑った。


「そんなことのために俺を探したのかよッ。それにしても、誰にここ聞いた? 母さんか?」


「いや、あんたのお姉さんにだよ」


鋭い眼光がアタシを刺す。眉間にシワがより、体が強ばる。


「お前、言っていい冗談と悪い冗談があんだぞ」


「冗談じゃないよ」


そう、冗談ではない。


たしかに、アタシは聞いたんだ。


職員室をあとにしたアタシは、保健室で、仮病を偽って、数十分の仮眠をとった。


疲れたからではない、彼女に会うためだ。


その夢の中に、彼女、篠田かおるさんが現れ、アタシは彼女と会話した。


そして、ある『お願い』をした。


「ふざけんな!」


怒鳴り声をあげて、こうたはアタシに近づく。


目の前に来たとき、アタシはこうたに後ろを振り向くように指示する。


「え……?」


驚いて地面に腰をつく、こうた。


唇は震え、目からは水分が溜まっていく。


その目先には、墓の上で座り、微笑んでいる、かおるさんの姿があった。


「お、お姉ちゃん!?」


「久しぶりだね。こうちゃん……」


そう、これが彼女とかわした『お願い』。実際に、こうたと顔を合わせて欲しかったのだ。


そのためには、幽霊として姿を現すためには、アタシの『心臓』が必要であったらしい。それも、わざわざ学校を休んでまで、二つ町を超えてまで、ここに来た理由だ。


自然と、彼女の目から大粒の涙が、流れる。


それは、地面に落ちようとすると、蒸発するように消えていった。


「ごめん、お姉ちゃん! あんなこと言って!


カッとなっちゃって言っちゃったけど、本当は好きだから! お姉ちゃんのこと大好きだから!


本当にごめんなさい!」


かおるさんに向かって、こうたは土下座をする。


それでも、彼女の涙は止まらない。


哀しそうな顔が晴れることなく、曇り続けている。


「どうして泣いてるの?


俺、お姉ちゃんが言う通りに頑張ったんだよ?


勉強できるようになったし、体鍛えて運動できるようになったんだよ?


僕はお姉ちゃんの言ったとお……」


「バカッッッ!!!」


彼女は叫んだ。


「別に頭が良くなくていい!」


死んでもなお心に詰まっていたことを。


「別に喧嘩が強くなくていい!」


彼に伝えたかったことを。



「だから……!」


あのとき言えなかったことを。


「こうたは、いつものそのままの優しい人間であり続けなさい……」


涙ながら、笑みを作って、彼女は伝えた。その言葉は、何より重く、何よりこうたの心に響いた。


「ごめん、ごめんよぉ、お姉ちゃん……」


うつむいて泣くこうたを、宙に浮きながら移動して、優しく両手で包み込んだ。


「よしよし。お姉ちゃんもごめんね。さみしいと思うけど、これからも、ちゃんと近くで見守ってあげるからね」


すると、かおるさんは、アタシのほうに顔を向けた。


「こんな弟だけど、これからもよろしくね」


アタシは真剣な面持ちで答えた。


「もちろんです! アタシがしっかりと、責任もって付き合ってあげます!」


「ありがとう……」


その言葉を最後に、彼女は光の粒の集合体になり、それらが天高く舞い上がっていった……。


そして、今度はアタシが、こうたを後ろから抱きしめた。


強く、そして優しく。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る