3-5 忍の拳

 屋外おくがいにある学校のゴミ回収倉庫へと、放課後の掃除でまとめたゴミ袋を放り投げた所だった。ばしゃあ、と背後から液体をぶっかけられた。


「よお。穂村忍。八年ぶりだな」


 知らない声。だが顔には見覚えがある。忘れもしねえ。

「てめえは……放火魔じゃねえか……っ! なんでもう出所しゅっしょしてやがる!?」

「脱獄したんだよ。成功させるのに八年かかったけどな」

 思わず殺意が芽生めばえる。しかしそれを自制する。俺は変わったんだ。

「……何の用だ」

「お? 冷静だな。なりふり構わずぶん殴ってくるのかと思ったぜ」

「いいから早く話せ。そして二度と俺の目の前にあらわれるな」

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。こんな奴にペースを乱されるな。あの人ともう間違いは犯さねえって誓っただろ。

 つうか、さっきから何の匂いだ。……ガソリン?


「他でもない。お前を殺しに来たんだよ。穂村忍」

「あ……?」

「わざわざ計算してあちこちで放火事件起こしてからお前んちに火をつけて一家皆殺しにしようとしたんだけどよ。どっかの馬鹿野郎がお前だけは救ったって聞いてな。確かめりゃ確かに生きてんじゃねえか。驚いたぜ」

「……家族を殺すのが目的だったのか……?」

「おうよ。だからこうして準備をして出向いてきたんだ」

 放火魔はオイルライターを点火する。地面に放り投げると溜まっていたガソリンに引火し、俺の身体からだは炎に包まれた。


 ◇◇◇


「あばよ。もう俺の顔を見れなくて良かったな。ひっひっひ」

 そういって、放火魔は背を向ける。一歩目を踏み出そうとして、止まった。

「誰が馬鹿だって?」

「あ?」

 放火魔は振り返る。そこにいるのは確かに火達磨ひだるまになっている穂村忍だ。

「……なん、だ。お前は」

 思わず腰を抜かして地面に座り込む。目の前の穂村忍は、ゆっくりと歩き出した。

「火力が足りねえな。このくらい、あの時と比べたら屁でもねえ」

「いやいやいや! 何言ってんだお前!? というかこっちに来るなッ!!」

「つれねえこと言うなよ。八年ぶりの再会だぜ? ここは仲直りの印として、熱い抱擁ほうようで迎えてやるよ」

「本当に熱い抱擁なんていらねーよ!! つーかさっきと言ってることちげーし! やめろ、近づくな!! うわぁあぁああああああああああ!!!!!!」

 放火魔は断末だんまつの叫びを上げる。やがて炭化した亡骸なきがらを手放すと、溜息をついて言った。

「復讐、達成しちまったな……」

 黒いゴミ袋に遺体を放り込んでかつぐと、現救人部部室に向かう。


 部室の壁をノックしたのち、声をかけた。

「穂村忍だ。開けてくれ」

 ぎいい、と存在しないはずの扉が開くと、中から幼女が顔をのぞかせる。

「よんだ」

「おう。こいつをそっちに捨ててくれねえか?」

「なにこれ」

「放火魔」

「わかった」

 幼女は袋を受け取ると、扉を閉めようとする。去りぎわに少し顔をのぞかせた。

「過去異能ひつようだった」

「ああ。おかげで死なずにんだ」

「よかった。じゃあね」

 幼女が扉を閉めると、扉は消えて無くなる。忍は部室の窓から外を眺めると、愛たち三人がこちらにやって来るのを見つけた。


「……あいつらには、話しておくか」


 部室のソファに座って、穂村忍は三人が来るのを待った。

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