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 爆発音がまた響いた。そのたびにひとびとは一度かがみ、避難を開始するという動作を繰り返していた。おれたちは流れに逆らい、まっすぐバンジージャンプに向かう。

 高台の足元につく。近くに巨大なネットが張ってあり、落ちて紐が切れたときの、万が一の防止がなされている。

 エレベーターは止まっていて使えなかった。バンジージャンプの高さは九十五メートルと、かなりだ。どうすると聞く前に、すでに風見は走りだし、そばの階段をかけのぼっていた。未来の死体は風見にしか視えない。情けないが、おれは待つことしかできなかった。

 近くの柱にそなえつけられた時計には爆発の衝撃か、ヒビがはいっていてとまっていた。携帯で時刻を確認する。十分後の、五回目の確認でようやく風見が頂上の高台についたのがわかった。こちらからは風見の様子がよく見えない、米粒のようで、ほんの少し風に揺れている長髪が確認できるだけだった。

 風見はきっと園内を確認している。どこに爆発が一番少ないか。未来の死体の少ない場所は。

 やがて風見が観察を終えて、動きを見せる。実際に経ったのは二分ほどだろうか、それでもおれには、階段をのぼるよりも長い時間に思えた。

「風見、早くおりてこい」

 つぶやいた直後だった。

 高台から、ふわりと浮く影。

 風見が飛び降りたのだとわかった。

 さらに目を見張る。その体には伸びているはずのロープがついていなかった。重力に無抵抗な様子で、両手をひろげて落下してくる。投げだされた体は一回転をはじめていた。

「おいおいおいおいおい!」

 叫んでいるうち、あっという間に風見が防止用のネットに叩きつけられる。ネットを取りつけている柱から、ぎしぎしと揺れる。着地した風見は一度だけ衝撃でバウンドし、最後はネットにからめとれていった。それをすぐにときほぐし、ネットから脱出してこちらに飛び降りてくる。しなやかな動きだった。

「来てよかったわ」何食わぬ顔で風見が言ってくる。

「お前、無茶しすぎだろ!」

「でもこれで場所はわかった。ここのすぐ隣のエリアにある教会。あのまわりだけ、爆発も起きていないし煙もあがっていない。未来の死体も、少し遠かったけど見えなかったと思う。爆発が起きてなくて、未来の死体もない場所は、あそこだけよ」

 地図を広げる。隣のエリアは北欧エリアだった。風見が言っていた教会も確かにあった。紺色と白いラインのはいった、鮮やかな教会だった。

「ここへ向かいましょう」

 風見とともに走りだす。階段をあれだけ登って、最後には飛び降りたというのに、風見の速度はおれと大差がなかった。

「バンジーはどうだった?」

 気休めのつもりの質問だった。

 風見は走りながらおれを見て、こう言った。

「死ぬかと思った」



 爆発が起きながら、避難する人々の流れに逆らないながら、教会に向かいながら、息を切らしながら、それでも脳は冷静にまわっていた。

 すなわち、今回の爆弾魔の正体。

 風見を狙うということは、死神本人か、もしくはそれに関わる誰か。個人で行っているのか、もしくは複数か。この規模の爆発を起こすのなら、そうとうな数の準備と協力者がいるはずだ。その人数はわからないが、それでもひとりだけ、おれが確かに名指しできる人物がいた。

 おれたちの身の回りに起きた、三つの爆発は偶然ではない。

 まず問題なのは、なぜ遊園地を爆破することができたのかという点だ。わかりやすくするなら、なぜ、風見がここにやってくると犯人は知ることができたのだろうか。しかも犯人は、おれたちがやってくるまでの間に、これだけの準備を済ませることができていた。

 そして風見の家の爆破。今回の遊園地のものと、同一犯である可能性が高い。そいつはどうやって、風見の家を知ることができたのか。

 最後に蜂の巣の爆発。学校という閉鎖された空間、それも奥地に怪しまれることなく、巣に爆薬を流しこめたのはいったい誰か。

 一見すれば、どれもバラバラに散らかっている疑問たちに思えるが、それらはすべて、ひとつの答えへと収束していく。

 風見が遊園地にくることができたのは、期末テストがきっかけだった。科学のテストで百点を取ったことがきっかけだった。

 そして思い出すのは、桐谷が語ったあの言葉。

『夜子がやったと断言するわけじゃないけど、科学のテストだけ、筆跡が夜子のものと違っていたわ』

 誰かが風見のテストを百点にするために、彼女の回答を改ざんしたのだ。それをすることができたのは、誰だろう。

 そもそも、科学のテストで百点を取ることで、遊園地に行けると最初に言いだしたのは、誰だろう。

 あの巣の爆発は、作業員を特別に狙ったものではなかったとしたら、どうだろう。最初に巣を見つけ、高藤先生に駆除を依頼した人物は、誰だろう。

 教会の目の前につく。紺色の建物に白のラインが入っている。左右対称にステンドグラスがはめ込まれていて、かなり巧妙につくりこまれているのがわかる。

 教会の二枚扉を、風見と二人で開ける。ぎぎぎぎぎ、と扉の下で車輪のこすれる音がする。扉は重く、最後は勢いで、押しのけるように開けた。

 建物のなかも、教会らしいつくりになっていた。左右をいくつもの、木製の長椅子が並んでいる。そして一本道の通路の先に、ひとが立っていた。

 あたりは不思議な涼しさが漂い、ステンドグラスからもれる外の日差しが、浮いているほこりを反射していた。いつかのときにはいった、生徒準備室を思わせた。

「やっぱりあんただったんだ」

 おれの声で、そいつが振り向く。

 長い二つの束の髪が、ふわりと揺れる。ウサギの耳によく似ていた。

「きてくれないかと思っていたわ」

 おれたち二年A組の、担任教師。

 そして爆弾魔の犯人。

 白埼ユミが、不適に笑った。

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