3-2

 翌日の、水曜日。昨日は死体見聞に時間を割き過ぎて、荒田家のテスト勉強はまともに行われなかった。今日も荒田家に寄る前に、風見は死体見聞にとりかかろうとしていたが、荒田と桐谷がこれを収めた。

「夜子。あなたにはテスト勉強もあるでしょ?」

「でも、死体が……」

「風見さんだけで事件を解決するわけじゃない。僕や桐谷さん、それに凪野くんだっているさ」

 二人に説き伏せられ、風見は大人しく、荒田の部屋でテスト勉強をはじめる。たまにそわそわとした様子で窓の外を眺めていたが、すぐにテストへと意識を戻させた。荒田と桐谷がおれを見て、静かにうなずいた。

 昨日、風見が杉本を追いかけておれたち三人だけになったとき、おれは荒田と桐谷に、ある頼みごとをしていた。

「できればおれは、風見をテストに集中させたい。二人とも協力してくれないか?」

 すぐに桐谷が答えた。

「もちろん協力するのはかまわない。けどあの夜子が、そう簡単に未来の死体をあきらめるかしら?」

「未来の死体に関する執着は知っている。あいつは昔から苦しんできた。だけど、いまは違うだろ」

 おれは二人の顔を見る。

「いまのあいつはひとりじゃない。あいつには、できれば普通の学生生活を送らせてやりたいんだ」

 これまでできなかったことを、未来の死体に邪魔されてきた普通の生活を、取り戻させてやりたい。未来の死体を視ることができる特別な目を持っているだけで、あいつが普通の日常を送れない理由にはならない。なってはいけない。あいつにだって、人並みに日々を過ごす権利があるはずだ。

 なにも期末テストに限ったことじゃない。

 この先何年、何十年と、風見はあの力とともに生きていくかもしれない。人生の節目の大事なときに、運悪く未来の死体にでくわしたら、きっと彼女はそのたびに、救出を優先するのだろう。自分の人生を、いとも簡単に棒にふってしまうのだろう。それをとめられるのは、助けてやれるのは、そばにいるものだけで、いまの場合はおれたちだ。

「具体的には、どうやって?」荒田が訊いてきた。

「おれが死体の謎を解く。二人は風見に、勉強を教えてやってくれ」

 ひとつの決意。今回のおれたちの行動は、今後の風見を助けるための、大きな試金石となるだろう。

 荒田と桐谷は、交互に彼女に指導していく。

「一日に一教科ずつ。科学に時間を割きつつ、ほかの教科も赤点以上は取れるようにしましょう」

「今回のテストでの要注意は、国語の荻原先生と、数学の高藤先生だ。二人とも、二学年のクラスのすべてのテストを担当しているから、だされる問題も同じだろう」

「どうして二人が要注意なんだ?」おれが訊く。答えたのは桐谷だった。

「荻原先生と高藤先生は、二人ともある教師に夢中だからよ。その教師の前で見栄をはるために、テストの問題を難しくするはず」

「ある教師?」

「最近復帰した、科学に教養のあるおしとやかな女性教師」

「……白埼先生が?」

 桐谷はおれにある噂があることを教えてくれた。かなり信憑性の高い噂だったらしく、おれが知らないことを、彼女は驚いていた。荒田でさえも知っていたほどだった。

 国語教師の荻原ひつぎ先生は、白埼先生に好意を抱いているらしい。荻原先生の趣味は、花火を集めることで、花火の着火の仕組みや、火薬の色のことに関して白埼先生と盛り上がったのが、親しくなったきっかけだという。白埼先生が休職してからの荻原先生の授業のクオリティががくっと下がったことから、生徒が疑いを持った。

 そしてもうひとり、白埼先生に熱い視線を送る教師がいた。数学の高藤先生だ。

 体格は体育教師並みだが、意外に器用で、黒板の字もきれいだと評判だった。力仕事を白埼先生に頼まれ、そのときの会話がはずんだのがきっかけ。白埼先生が休職してから、黒板に書く文字がおそろしく見にくくなったことから、疑いを持ったらしい。

 そして白埼先生が戻って以降、二人の教師の授業が妙に活き活きとしだした。さらには荻原先生と高藤先生が、お互いにいがみ合っているのを目撃した生徒がいたことから、いよいよ確信に変わったとのこと。

「というわけで、荻原先生と高藤先生は、白埼先生へのアピールに、自分のつくるテスト問題に余計なクオリティを加える可能性が高い」

 自分はこれほど緻密で、かつ生徒の学力を向上させるような問題をつくることができる、聡明な教師です。そういうアピールを白埼先生にしたいということか。厄介きわまりない。もしかしたら、本当に風見の心配ばかりをしている暇はないかもしれない。

 それでも、やっぱり風見を助けるために、できることはしたい。テストへ集中させてやるために、おれたちだけで未来の死体の謎をとき、解決してやりたい。

 そのうえで、解決するためには生半可な覚悟ではいけないことも、おれは知っている。テストで百点を取ることができなくても、極論をいえば困らない。誰も死ぬわけではないから。だけど、未来の死体の謎だけは違う。

 この問題だけは、満点回答が必要だ。

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