土曜日。この日も荒田の家に集合し、勉強会の予定だったが、自然公園まできたところで、荒田本人から電話がはいった。「母さんの機嫌が悪い」という、キャンセルの電話だった。

 手持ちぶさたになり、おれと風見は杉本の死体を見てから帰ることにした。

「進行が早いわ。タイムリミットは、月曜日の午前中というところね」

 月曜日の午前中。科学のテストと完全にバッティングしている。このテストを受けないかぎり、風見に百点はありえない。受けたところで結果も保証されないが。

 さらにまずいのは、おれがいまだに謎を解けていない点だ。どこかに手がかりが転がっているかもしれないと、意味のない場所を探す時間が続いている。

「風見、杉本の首にできている虫刺されのことを、もう少し教えてくれ」

「ぷつぷつと赤い、刺されたような跡がある。未来の死体は死んだ間近の状態で固定されているけど、時間が経ったらこれ、すごく腫れあがるんじゃないかしら」

 どう? と風見が顔を向けてくる。謎は解けた? 彼女の瞳がおれを離さない。失敗すればどうなるか、と脅されているような気分にさえなっていた。おれは、何をおびえているのだろう。

 無意味な焦りに、無駄な時間。タイムリミットはこく一刻と迫る。やはり何度経験しても、見えない死が近づいてくるこの時間は、慣れそうもない。



 そんなおれの心情を感じ取ったのか、翌日の日曜日、風見の電話がはいった。おれはリビングでテレビを見ているところだった。

「杉本の件を、解決しにいく」

「解決って、いったいどうやって」

 駅で待っているとだけ言われ、一方的に電話を切られた。

『日本中が夏の熱気につつまれて、いよいよ本番の季節が到来です。ハイキングや海水浴など、レジャーの機会が増えることも多くなりそうですが、注意しなければならないのは熱中症です。が、実はそれと同じくらい注意の必要なものがあり……』

 行くか迷ったあげく、テレビを切り、女子アナウンサーとさよならをした。

 待ち合わせ場所に向かうと、風見が普通に立っていた。その姿に拍子抜けする。何か用意があるのかと思えば、何も持っていなかった。

 電車で二駅、降りて自然公園まで向かう。杉本の死体のある場所までたどりつき、そこではじめて風見の持っているものに気づいた。隠していた服のなかからだしてきたのは、金属バットだった。

「お前!」

「杉本がここを通らなければいいのよ。恐怖を植えつけて、明日はコースを変えさせるように仕向ける」

「こんな強引な方法があるか。やめてくれ」

「だって、死因は解けていないんでしょう? 対処のしようがないじゃない」

「おれを信じてないのかよ?」

「そうは言ってない」

「だったら、大人しく戻ってくれ!」

「…………」

 風見がさらに先を続けたそうだったが、最後は黙った。気まずい空気のなか戻り、彼女がしっかりと家に帰るのを見届けて、おれも帰宅した。おれに隠れて杉本のところにいくかもしれないと考えたが、すぐに思いなおす。その気だったなら、最初から電話はかけてこなかっただろう。あいつはちゃんと、自宅で待機してくれる。おれを信じて。死因をまだ特定できていない、おれを待って。

 その夜、電話がかかってきた。また風見かと思っていたら、もっと厄介な相手だった。

「やあ凪野くん。勉強と死体の調子はどう?」

 電話の向こうからでも、彼の笑顔が見えてくるようだった。荒田静。

「あれから報告をあまり聞けていなかったからさ。ゆっくりと話を聞ければと思って」

「順調じゃないからゆっくり話す暇もない。切るぞ」

 と言ったのに、荒田は無視して話を続ける。

「一応調べてみたけど、やっぱりあの周囲に人間を殺せるほどの毒をもったクモや毛虫はいないよ。何か別の虫かもしれないね」

「別の虫って?」

「わからない。それをつきとめるのがきみの役目だろう? 正直に明かせば僕は、知識はあっても、それを正しく使う方法に関してはあまり長けていないんだ。それでも、どうしてもというのなら、僕が代わってもいいけどね」

「…………」

 代わるというのはつまり、風見との立ち位置のことを言っているのだろう。おれがいまいる位置を、荒田に明け渡すという意味だ。

「この前も言ったけど、僕はわりと本気だよ。きみにやる気がないのなら、もしくは適正がないのなら、僕にその位置をゆずってくれ。僕が風見さんをサポートする」

「お前はほんとに、いつでも寝首をかくつもりでいるらしいな」

「それもこの前に言っただろ?」

 電話の奥で、彼のくすくすという笑い声がした。その笑い声で、気持ちが少し楽になっていた。挑発ともとれる言葉だったが、もしかしたら、こいつなりにおれを気づかったのかもしれない。

「風見の横をゆずる気はない」

「だったら根拠を見せてくれ」

 荒田の電話を終える。

 明日はタイムリミットの日だ。

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