歴史小話

名前のルール～姓と氏名と本名と～（日本史・古代～江戸時代）

【あなたのお名前なんてーの？】

　皆さんの名字は何でしょう？

　では、氏は？姓は？

　何だか全部同じ意味なのに、何でこんなに種類があるのかと思うかもしれません。

　実はこれ、全て違う意味を持っています。

　明治以降はこれらが全て統一されたため、ややこしいことになっているようですが、時代劇を見ると「やけに長い名前だな？」と思う事もあるのでは？

　今回は、そんなお話をしたいと思います。

【名前なのに呼んじゃダメ？】

　現在と昔の名前のルールはかなり異なっています。

　例えば

　真田源次郎信繁（さなだげんじろうのぶしげ）

　真田左衛門佐信繁（さなださえもんのすけのぶしげ）

　これは、どちらも同じ人物です。

　大河ドラマ『真田丸（さなだまる）』の中で、真田信繁（さなだのぶしげ）（幸村（ゆきむら））が左衛門佐（さえもんのすけ）という役職に就いた時にも登場人物の間でこんな会話が交わされていました。

「これからは左衛門佐（さえもんのすけ）様と呼ばなくてはいけないな」

「いえ、私にとってはいつまでも『源次郎（げんじろう）様』です」

　そもそも、時代劇では相手の名前を呼ぶ機会が非常に少ないです。

　真田信繁（さなだのぶしげ）も『信繁（のぶしげ）』と呼ぶ人物はまずいません。

　基本的に源次郎（げんじろう）or左衛門佐（さえもんのすけ）と呼びます。

　何故なのか。

　それにはまず、古代中国の思想がルーツであることを学ばねばなりません。

『諱（いみな）』と言う言葉をご存知でしょうか。

　これが、我々で言う名前（本名）の部分に当たります。

　先の真田源次郎信繁（さなだげんじろうのぶしげ）では『信繁（のぶしげ）』の部分に該当します。

『諱（いみな）』は『忌（い）み名（な）』に繋がり、この部分を気軽に呼ぶことは失礼とされていました。

　本名はその人物の霊的な人格と強く結びついていて、口にするとその霊的人格を支配できると考えられていたそうです。

　そのため、親や主君以外が本名を呼ぶことは極めて無礼なこととされていました。

（なので、水戸黄門で『水戸光圀公（みとみつくにこう）にあらせられるぞ！』と言うのは実は不適当）

　呼ぶ時は相手を呪う時など、敵対している相手なら呼ぶ事もあったようですね。（実際、『真田丸（さなだまる）』でも敵対している時には徳川家康（とくがわいえやす）に「家康（いえやす）」と呼んでいます）

　昔は主従関係を結ぶ際、相手に自分の名前を書いた物を提出するしきたりもありました。

　そのため、公式文章に残りやすい武士や貴族などは名前が歴史上に残りやすく、名前を書く必要が少ない女性の名前はほとんど知られることなく、歴史に残されないケースが多くなっています。

　例を挙げるならば、「紫式部（むらさきしきぶ）」「清少納言（せいしょうなごん）」「藤原道綱母（ふじわらのみちつなのはは）」（『蜻蛉日記（かげろうにっき）』作者）「菅原孝標女（すがわらのたかすえのむすめ）」（『更級日記（さらしなにっき）』作者）など、皆、本名が判明していません。

　女房（にょうぼう）名はわかっていても、系図にすら女性の諱（いみな）は登場することは稀で、著名な文人ですら本名が判明していない人物が多いのです。

「北条政子（ほうじょうまさこ）」や「藤原薬子（ふじわらのくすこ）」あたりは珍しいパターンと言えますね。

　中国では同じ漢字を使うこと自体、その方の霊的人格の侵害とされ、皇帝と同じ漢字を使用することが禁止されていた事もあります。

　日本も古代の豪族「大伴（おおとも）氏」が平安時代初期の天皇、淳和天皇（じゅんなてんのう）と諱（いみな）（大伴（おおとも））が同じと言う事で「伴（とも）氏」に改称していることが例として挙げられます。

　そのため、大伴金村（おおとものかねむら）、大伴旅人（おおとものたびと）、大伴家持（おおとものやかもち）らと応天門（おうてんもん）の変で失脚した伴善男（とものよしお）らは同じ一族となります。

　また、逆に相手の名前の字を一文字いただくことで、相手への忠誠を誓うと言う場合にも用いられています。これを「偏諱（へんき）」と呼びます。

　例：後醍醐天皇（ごだいごてんのう）（諱（いみな）：尊治（たかはる））

　　　　→足利高氏（あしかがたかうじ）が「尊氏（たかうじ）」に変更

　　　徳川家慶（とくがわいえよし）（江戸幕府12代将軍）

　　　　→徳川慶福（とくがわよしとみ）（後の14代将軍家茂（とくがわいえもち））、徳川慶喜（とくがわよしのぶ）（15代将軍）

　あるいは同じ一門を示すため同じ字を使う風習も存在しています。

　これは、「通字（つうじ）」とよばれ、武士の一門では度々見られますね。

　例：北条家『時』、足利家『義』、豊臣家『秀』、徳川家『家』など

【じゃあなんて呼べばいい？】

　では、普段、彼らはどう呼び合っていたのでしょうか。

　時代劇でも名高い、「大岡越前（おおおかえちぜん）」を一例で上げましょう。

　彼の本名は「大岡越前守忠相（おおおかえちぜんのかみただすけ）」

「暴れん坊将軍」では、将軍など目上の方は『忠相（ただすけ）』と呼んでいましたが、江戸の方々は『お奉行（ぶぎょう）』と呼んでますね。幕臣（ばくしん）らは『越前殿（えちぜんどの）』と呼んでます。

　まあ、時代劇では演出上、本名を呼ぶ事は多々ありますが、大概は役職名や幼名（ようみょう）、あだ名などで呼んでいました。

　役職や通称であっても当時は正式な名前として扱われていました。

　本名の代わりに相手を呼ぶ時に使われるこちらは「字（あざな）」と呼ばれています。

　名字などで呼ぶと紛らわしい。

　かと言って本名（諱（いみな））で呼んでいい人は限られている。

　となれば、役職、通称が呼び名として用いられるのです。

【あれも名前、これも名前】

　先ほどから本名（ほんみょう）だ字（あざな）だ名字（みょうじ）だと色々と混乱してきた頃だと思いますので、ここいらで一つ、分かりやすい例を出しましょう。

　徳川家康（とくがわいえやす）のフルネームです。

　徳川（とくがわ）………名字(家名)

　次郎三郎（じろうさぶろう）…通称（字）

　源（みなもとの）…………氏(本姓)

　朝臣（あそん）………姓(かばね)

　家康（いえやす）………諱(本名、実名)

　通称の部分はその時の役職が入ることもあります。

　身内以外だったら「内府（だいふ）どの」「中納言（ちゅうなごん）どの」といった感じで呼んでいたようです。

　氏（うじ）と姓（かばね）は、古代ヤマト朝廷の頃に定められた制度で、『どこの誰で』『朝廷内のどんな地位か』を表していました。

　例を挙げるなら蘇我氏と物部氏です。

＜蘇我馬子（そがのうまこ）＞

　蘇我（そがの）（氏）

　臣（おみ）（姓）

　馬子（うまこ）（本名）

＜物部守屋（もののべもりや）＞

　物部（もののべ）（氏）

　連（むらじ）（姓）

　守屋（もりや）（本名）

　臣（おみ）と連（むらじ）は当時のヤマト政権内では臣下の最上位として政治を担当する役職です。

　つまり馬子ならば『蘇我（そが）一族の』『臣（おみ）の地位にいる』『馬子』ということになります。

　まあこの当時は諱（いみな）の風習があまりなかったので本名で名乗ることは一般的だったようですが。

　氏（うじ）と姓（かばね）の定着後、名字（みょうじ）（家名）が登場します。

　平安時代以降は中国文化の定着により諱（いみな）の慣習も定着してきました。

　この頃になると同じ一族でも家によってランクが出てきます。

　藤原氏の中だけでも藤原南家（なんけ）、北家（ほっけ）、式家（しきけ）、京家（きょうけ）の四つが登場します。

　この中で最も隆盛を極めたのが藤原道長（ふじわらのみちなが）らを輩出した北家です。

　その後は権力争いに勝利して藤原氏は朝廷内で爆発的に増えます。これでは区別がつきません（汗）

　そのため、更に区分する必要が出てきました。

　その結果、名字が登場するようになります。

　藤原氏が加藤、工藤、斎藤などに改称したのがいい例ですね。

　他にも源氏からは足利、新田、佐々木などが登場しています。

【名前で血筋がすぐわかる！】

　話を戻しましょう。

　徳川家康のフルネームですが、朝廷で使うような公式文章ではフルネームで書く必要があります。

　氏（うじ）と姓（かばね）、そしてその血筋の何という家の名前なのか。

　自分の家系の祖までわかります。

　つまり『徳川家』の、通称『次郎三郎（じろうさぶろう）』と呼ばれる、『源氏』の血筋で、『朝臣（あそん）』の地位にいる『家康』と言う名前の人物と言う意味になります。

（ちなみに「次郎三郎」というのは、親が次男で、本人は三男という意味です）

　先ほども源氏から足利氏が登場したと言いました。

　つまり、鎌倉、室町、江戸幕府は全て「源氏」が成立させていたことになります。

　まとめてみましょう。

　日本人のフルネームは五つの要素で構成されていました。

　①自分の家を表す名字（みょうじ）（家名）

　②普段の呼び名である字（あざな）（通称or役職名）

　③一族を表す氏（うじ）

　④地位を示す姓（かばね）

　⑤本名を表す諱（いみな）

　まあ、明治以降は名字・氏・姓が統一され、通称は廃止。

　諱（いみな）の習慣も廃止され、本名で呼ぶのが当たり前になってしまったので、今だと自分の家のルーツがわかりにくくなってしまいましたね。

　今回はこの辺で。