9 奇妙な二人

「私は聖騎士団第一師団長ウィル・フェリックだ。事件の鎮圧のため、法王庁から派遣された」

「そうか……あなたが聖騎士団の……」


 その言葉はエミリオの顔を曇らせた。始業の教会のリーゼの舌が安置された部屋の封印を破ったのは聖騎士団の騎士が使用する法術だったということを、エミリオは忘れてはいない。


「? どうかしたか?」

「いや、別に」


 エミリオの異変を敏感に感じ取ったウィルだが、そのウィルの質問に対してエミリオはウソをついた。このウソはウィルを牽制し、それ以上の追求を躱す目的があった。


「そうか。ならいい。とにかく無事でよかった。自警団はどうなった?」

「リーゼ大聖堂の自警団は全滅しました。その後の街の様子を見る限り、他の施設の自警団も恐らくは……」

「全滅したか……」

「はい。……聖騎士団はこれからどちらに?」

「南部修道院に向かう。共に来るか?」

「……同行いたします」


 やはり聖騎士団は南部修道院に向かうか……エミリオの警戒が解けたわけではない。むしろその目的地が分かってなおさら聖騎士団に対する警戒が強まった。南部修道院は自称リーゼの話によるとまだ襲われておらず、安置されている目はまだ無事だ。その南部修道院に向かうと言われれば……自称リーゼと『封印を守る』と約束したエミリオにとってはおだやかではいられない。始業の教会の舌を奪取したのが聖騎士団だとすればなおさら。


『気をつけてくださいねエミリオさん。この人、法術が使えますから』


 エミリオに対し、自称リーゼが語りかけてくる。本当は返事をしたいエミリオだが、今自分の目の前にいる聖騎士団のウィルに会話を聞かれるわけには行かない。むしろこの自称リーゼの声が相手にも聞こえないかが心配だが……


『私の声がこの人に聞こえることはありません。大丈夫です』

『……』

『法術“子守唄”を使用しました。今の私たちなら心で会話が出来ます。返事して大丈夫ですよ』

『そっか良かった』

『どんな法術を使ったのかは分かりませんが、恐らくあの扉を破ったのはこの人です』


 警戒を解かない声で自称リーゼはエミリオにこう告げた。ならば警戒したほうが良いだろう。真相はまだ分からないが……リーゼの舌をこの男が持っている可能性がある以上、仲間として全面的に信頼するのは危険た。


 一方で、ウィルもまた自警団の生き残りがいた事を喜ぶ一方、このエミリオに対して警戒を強めていた。


『ウィル、この者のサーベルには法術が使われています』


 ウィルに憑依しているリーゼがウィルに静かにそう告げた。そのことはウィルも言葉と態度に出さないだけで気付いている。今自分の目の前にいる自警団の生き残りの腰には、法術が使われたと思しき機械じかけのサーベルがぶら下がっていた。筒の付いた片刃の刀身、レバーが伸びている柄……ウィルが今まで見たこともないサーベルだ。強いて言えば以前に少しだけ見たことがある銃という武器に似ている。そのような不可思議なサーベルには法術の痕跡……この自警団の生き残りの正体をウィルは測りかねている。


『私とあなたなら、声に出さずとも会話は可能です』

『助かります』

『この者は私と同じ力を行使出来るようです』

『あなたと? どういうことですか?』

『……ぁあなるほど』

『リーゼ?』

『あとで話します』


 含みを待たせる聖女リーゼのこの発言にも疑問を抱いたが、ウィルにとって今警戒するべきは、この正体の掴めない自警団の生き残りだった。


 その後ウィルは再度馬に乗り、エミリオはそのまま徒歩で、二人で南部修道院を目指す。街の平和と安全を取り戻すという目的は同じだが、互いに相手を警戒し牽制し合う状況だ。二人にとって互いは味方であると同時に、正体の掴めない信用出来ない人間ということになる。会話の中での言葉の牽制を駆使し、互いを探る攻防が続く。


「ヤツらの正体は掴んでいるのですか?」

「悪名高き思想集団『人の使徒』のようだな」

「何か証拠みたいなのは見つけたんですか?」

「この街が占拠されたのと同時に『人の使徒』が解放条件として法王の辞任と議会の解散を要求している。実行犯ではないとしても関係はしているだろう」

「なるほど……」

「きみはきみで、本当に自警団なのか?」

「?」

「その腰にあるサーベルだ」


 ウィルに“魔女の憤慨”を指摘され、自然と柄に手を置くエミリオ。今は確かに“聖女の寵愛”の装填中のためそこまで目立たないが、装填が完了するとこのサーベルはほのかに光を帯びる。そうなると少々やっかいなことになるかもしれない……。


「そんなサーベルは私も見たことがない。こう言っては失礼だが、ただの自警団が持っているサーベルにしてはいささか異様だ」

「あなたのメイスこそ、聖職者が持つにはいささか残酷すぎる気がしますが……」


 フと目に入ったウィルのソーンメイスの話を振って、なんとか話を逸らしたいエミリオだが、ウィルもそこまで馬鹿ではない。エミリオの狙いは読めている。


「……何かそのサーベルには触れてほしくない事情でもあるのか?」

「いや別に。単純に気になったものですから。聖騎士団の人たちってもっと慈悲深い武器を使うものだと思ってましたから」

「これはソーンメイスといい、神の怒りの拳を模倣したものだ。今回のような説教の通じない凶悪な不信心者が相手の場合は、法王の許可の元この武器を使用する」

「教会の関係者が扱える武器は打撃武器だけだと聞いたことがありますが……」

「ソーンメイスは一種のモーニングスターだ。キミのサーベルに比べるとかわいいものだよ」

「……俺の武器は特別製です。サーベルに銃の機構がついています」

「特注品のサーベルの所持が許されているのか。よほど腕が立つようだ」

「よしてください。そういうのではないです」

「いや、心強いよ」


 相手の正体を探る会話が続く。相手にこちらの真意が感づかれないように……だが相手の言葉の端々から相手の真意を読み取れるような質問を……互いに気が抜けない。この攻防はエミリオにとってはフレッシュゴーレムとの戦いのように、ウィルにとっては先程のユキとの戦闘のように神経に負担がかかる。


『やっぱり……』


 二人の視界の先に南部修道院が見え始めた頃、エミリオに憑依している自称リーゼがこうつぶやいた。南部修道院は今のところ特に目立った異変はなく、静寂に包まれているようだった。


『どうかしたの?』

『この人のいないところで話します。だから別行動を取ってください』

「どうかしたか?」

「いえ。……南部修道院、そろそろ見えてきましたね」

「そのようだ。私はこのまま第一師団と合流する。キミはどうする? できれば聖騎士団と合流して欲しいのだが……」


 ウィルは本音を言えば、エミリオを自分の目の届くところに置いておきたかった。エミリオ本人が言うところの特別製のサーベルには法術の痕跡がある。どのような理由であれ秘匿された秘技である法術を扱える得体のしれない人間を野放しにしておくのはやっかいだ。さきほどのユキの件もある。これ以上不安要素を残しておきたくはない。


「我々と共に戦ってはくれないだろうか?」

「遠慮しておきます。俺はそんなに信心深くはないですし」

「聖騎士団は凶悪な不信心者には容赦はしないが、単に信仰心が薄いものには寛容だ。見ての通り南部修道院でも戦闘が起こっている。我々の損耗も激しい。第一今はこの街のために力を合わせるべきだと思わないか?」


 なんとか自身と共に行動するよう説得を試みるウィルではあったが、エミリオからすればそれは逆に飲めない話である。


『エミリオさん、あの……』

『分かってる』


 自称リーゼに釘を刺されそうになるが、そんなことは分かっている。この聖騎士と行動をともにする訳にはいかない。


「じゃあこうしましょう。俺は南部修道院の裏から侵入します」

「『人の使徒』が我々との戦闘に気を取られている隙に挟撃するか」

「俺にそこまでは出来ませんが、あなたたちが敵の目を惹きつけてくれていれば、俺は建物内では動きやすくなります。内部を探索して、敵の主要人物がいれば……」

「『人の使徒』の重要人物の排除が容易になるか……分かった。頼めるだろうか」

「ええ」


 こうして二人は別行動を取ることで合意し、ウィルはそのまま聖騎士団と合流するべく聖騎士団の陣へ向かい、エミリオは南部修道院に裏から侵入するために正門とは逆方向へと向かった。エミリオにとっては思惑通り、ウィルにとっては負けといえるだろう。


『エミリオさん』

「ん。さっきは何を言おうとしたの?」

『あの人には、もう一人の私が憑依しています』


 ウィルと別れた後、自称リーゼはエミリオにこう告げた。


「もう一人のきみ?」

『はい。封印された私の身体の部位には、対応した人格がそれぞれ込められているんです』


 自称リーゼの話によると……聖女リーゼがこの街の5つの施設に祀られた際、リーゼの人格が四つに分けられた。それぞれがその人格に最も適した部位に割り当てられ、封印されたという話だ。


 各部位に割り当てられた人格は……目には真理を探そうとする好奇心と探究心、心臓には無意識の自己防衛と博愛、舌には理性的な思考力と表現力、右腕には力を行使しようとする実行力と執着心。血液だけは人格がなく、各部位を有機的につなぐパイプと純粋な力を司っている。


『あの騎士の人に憑依していた人格は右腕です。右腕はもう封印が解かれてるから、あの人に憑依出来てるんじゃないかなぁ……』

「ちなみにきみは?」

『私は目です』

「あれ……目はまだ安置されたままだよね?」

『私も不思議なんですけど……なぜか私は右腕と違って目そのものは封印されているのに外に出られてるんですよね……』


 血液以外の四つに分けられた人格は今はそれぞれ別人格ではあるけれど、それらすべてが私なんです……と真剣な声色で説明を続ける自称リーゼの言葉をどこまで信用していいのか、それはエミリオには分からない。そもそも聖女リーゼの人格が四つにわけられ、それぞれの部位に閉じ込められて祀られていたという話は初耳だし、あまりにも突拍子がなさすぎる。


 だが、それ故に自称リーゼの言葉の信ぴょう性が増していた。元々、この自称リーゼとは目的の合致があって共に行動をしているだけであり、本当に彼女があの聖女だと信用したからではない。彼女のこの朗らかな性格ゆえに警戒をする気はないエミリオではあるが、その存在そのものには疑問が尽きないというのが本音だ。そしてそのことは、おそらく彼女も気付いている。


 故に、もし彼女の目的が別にありそのために自分を騙そうとしているのであれば、もっと現実味を帯びた嘘をつくであろう。突拍子もない嘘くさい話であるがために逆に信ぴょう性が高いというのも妙な話ではあるが、自称リーゼの話を聞いたエミリオはそう解釈し、彼女の言葉を信用することにした。


 一方で、全く違う真実をパートナーに突きつけられた者もいる。ウィルは自身から離れていくエミリオの背中を見送って自陣に合流するまでの間、リーゼから全く異なる事実を教えられていた。


『あの方も、私が憑依したあなたと同様……誰かが憑依しています』

「なるほど。それ故に法術が使えるということでしょうか」

『きっとそうです。あの方の武器は法術“匠の鍛造”によって生み出されたもの』

「匠の鍛造?」

『私の時代にあった古い法術です。今はもう使い手はいないでしょう』

「誰が憑依しているのか分かりますか?」

『そこまでははっきりとは……ただ、私の復活を阻止しようという意思は伝わってきました。ひょっとすると、古き赤黒い獣かもしれません』


 古き赤黒い獣……かつて強大な力を誇った聖女リーゼが、その身体と魂を犠牲にしてやっと封印出来た太古の魔物のことである。


『私の束縛の力を破り、すでに精神だけは外に出てしまったのかもしれません』

「……」

『あるいは別の……私が復活すると都合の悪い誰か……どちらにせよ、私たちの障壁となる存在のものです』


 南部修道院付近にたどり着いたウィルは、そのまま近辺に展開されていた自陣に戻ってきた。団員たちは皆一様にウィルの帰還を喜んでいたが、ウィル自身はどうにもスッキリした気持ちでいることが出来なかった。


「団長! お待ちしてました!」

「ああ。修道院への攻撃はどうなってる?」

「はッ。準備は整っています。あとは団長の号令があればいつでも……」


 団員たちの報告を聞きながら、先ほどのエミリオとの会話、そしてリーゼからの報告を思い出す。リーゼの言うとおり、もしあの自警団の青年に憑依しているのが古き赤黒い獣で、その目的がリーゼ復活の阻止であれば、やはり別行動を取らずに強引にでもこちらに合流させるべきであった。結果論でしかないが、一つの些細な失敗が作戦全体の成功を崩す場合もある。結果を残したいのであれば、常に失敗を犯してはならない。


 同時に、その失敗のリカバリーの方法を考えなければならない。もし本当にあの自警団員が我々の目的遂行の壁になるのであれば、次に出会った時は、確実に排除しなければならない。なんとかして探しださねば……この戦いでうまく見つけることができればいいが……。


「団長、そろそろご指示を」

「……このまま南部修道院を20人で占拠する。残りは西の『宵闇の礼拝堂』へ向かうんだ」

「二箇所を同時に攻めるんですか?」

「その通りだ。南部修道院へは私も攻め入る。そうすれば兵力はほぼ同等だろう」

「ですがその分占拠出来る可能性が低くなるのでは?」

『私もそう思いますが……?』


 今、聖騎士団の兵力は五十余名ほどだ。それを二手に分けるわけだから、確かに占拠出来る可能性は低くなる。


 だがウィルには勝算があった。ここまで聖騎士団と激戦を重ねてきた『人の使徒』。これまでの戦いにおいての人的損失は、どれだけ大雑把に見てもこちらよりも大きい。それは、兵士一人あたりの実力はこちらのほうが高いことを意味する。


 こちらよりも数的損失が多く、さらにこちらの兵士よりも練度が低い。つまり、数の上でも質の上でも、聖騎士団の方が有利だとウィルは踏んだ。


 ならばあえてここで聖騎士団を二手に分け、目の前の南部修道院と西の宵闇の礼拝堂を同時に攻める。戦力を分割しているのは相手も同じだ。ならばこちらも二箇所を同時に攻めても占拠出来るだけの兵力差は充分にあるだろう。


「ここから『宵闇の礼拝堂』まではどれぐらい離れている?」

「この街は聖女リーゼを祀る施設の関係上、中央の鐘塔『聖女の賛美歌』を除く各施設間の距離はほぼ変わりません。恐らく『始業の教会』からここまで来るのにかかった時間ほどだと思います」

「ならば今から移動すれば日没頃には到着できるか……」

「分けるのですか?」

「ああ。全員に伝令。第一、第二の小隊はこのまま南部修道院で待機。残りの小隊は西の『宵闇の礼拝堂』に向かって聖女リーゼの心臓を確保しろ。日が西の地平線に触れたら攻撃開始だ」

「かしこまりました。そのように伝えます」


 いけるはずだ。自分の読みが正しければ、二箇所共に占拠できるはずだ。虐殺者ユキ……そして正体不明の自警団の生き残り……アクシデントや想定外の出来事は多かったが、相手も確実に戦力は削がれている。ならばここは二箇所を同時に攻めて効率的に動いたほうが得策だ。


 自警団の生き残りのあのエミリオという男にも作戦内容を伝えたいが……まぁいいだろう。一人で焦って潜入した結果命を落とすなら、それはそれで不安要素が一つなくなる。我々の攻撃にうまくタイミングを合わせ、南部修道院にいるかもしれない敵の重要人物を始末してくれれば、それはそれでことが有利に運ぶ。いよいよの時は、自分があの自警団員を殺せばいい。あの特別製のサーベルを見るに警戒すべき実力者なのかもしれないが、少なくとも虐殺者ユキほど手こずるということはないはずだ。


『ウィル』

「ハッ」

『焦っているわけではないのですね? 私を復活させるためなのですね?』

「もちろんです。勝算がある故、この作戦にいたしました」

『ならば私は、あなたに助力いたします』

「ありがとうございます」

『一刻も早く復活しなければならないのは変わりません。私はあなたの策略を信じます』


 このまま夕方になり、地平線に日が触れた時、攻撃がはじまる。


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