第29話 デートオアデッド②

 路地を抜け、大通りに戻る。相変わらずの喧騒に、多くの電気自動車のライトが反射する。

「駅まで行くのもなんだし、タクシー拾うか」

 自分の家に向かう為、反対車線へと渡り道路を見る。

 時間帯に関係なくタクシーが拾える繁華街ではあるが、中々その姿が見当たらない。

 きらめくビルを背に、道路を見渡す。こちらに向かって一台のタクシーが見えたので手を挙げるが、スーパーサインには『賃走』の文字。

 思わず舌打ちをしてしまったが、運の良い事に、タクシーは俺達の居る路肩に寄ると、スーパーサインの表示が『支払』に変わった。

 丁度良い。手を挙げ運転手と目が合ったので、支払いを終えるまで待とう。

 それが間違いだった。

「驤一?」

「げっ」

 支払いを終えてタクシーを降りる人物の声に、思わず声が出る。

 そこには堂島さんが立っていた。

 堂島剛也。親父とは防衛庁付属学院からの同期であり、両親の死後、俺の面倒を一番見てくれた〝赤の他人〟である。

 今の家への入居、この衛学の奨学金の手配など、例を挙げればきりがない程お世話になっている。

 俺も親族も申し訳なくなる程注力してくれたのだが、遠慮しようとすると決まって「驤慈と一花を安心させてやらないと」の文句が飛び出し、誰も何も言えなくなる。

 悪く言えば、お節介だ。

「堂島さん何しているんですか?」

「何って、仕事に決まってるだろ。衛学の会議が終わって、今から防衛庁の打ち合わせだ」

 そう言って、高級料亭が入っているビルを指差す。

 公務員の役得というやつだろう。

 堂島さんは忙しい。最近では、会話する事は滅多にない。

 俺が衛学に入学したというのもあるが、それ以上に堂島さんの役職が暇を与えない。

 皇都防衛庁付属学院学長、俺達の通う学院で一番偉い人だ。

 そして、その学院を管轄する皇都防衛庁、その副長官を務めている。

 皇都防衛庁で、二番目に偉い人。生粋のエリートだ。

「それより驤一、こんな時間まで何してるんだ?」

 まずい。

 こういう雰囲気になると、堂島さんは長い。やれ驤慈はだの、やれ一花はだの、親父と母さんの名前を出して俺を説教してくる。

 慣れた事ではあるが、別に説教されるのが好きな訳ではない。どうにか切り抜けたい窮地ではあるが、特に言い訳は浮かんで来ない。

「て、あれ? 一緒に居るの誰だ?」

「げ!」

 本日二度目。一日でこんな声を二度も出す事はもうないと信じたい。

 今日は俺の後ろには、トーコが居る。

 脳みそが回転する。この場を脱さねば。

 ただでさえ不利な状況だというのに、ここに来てのトーコ。女の子。相手に付け込まれる要素としてこんなにも不利なものがあるだろうか。

 引きりそうな顔を無理矢理平常に保つ。

 何か、何か言わなければ。

 そんな俺に差し伸べられた救いの手は、意外な場所からだった。

「こんばんは!」

 背後のトーコは、俺の腕を抱えると、声高々と堂島さんにあいさつをした。

 予想外の出来事に、三度目の声が出そうになるのをこらえる。

「おお、こんばんは」

「初めまして堂島さん。お話は伺っておりました。私、ジョー君とお付き合いさせて頂いているトーコって言います」

 ジョー君? お付き合い?

 ろうばいした頭に聞き慣れない単語が叩き付けられ、混乱が加速する。

「おお、何をこいつが言っているか分かりませんが、これはこれは……ほー、お付き合い、成程成程」

 堂島さんは、一目で分かるよこしまな目をして俺を見る。

「それじゃあ若いお二人を邪魔するのは野暮ってもんですな。年寄りはさっさと去りますか。トーコちゃん、驤一をよろしくね。じゃあな驤一!」

 そう言って俺の背中を叩くと、堂島さんは機嫌良さそうにビルへ入って行った。

 何か思い返されてもまずい。その背中を最後まで見送る事なく、俺はトーコの腕を引いてタクシーに乗り込んだ。

「すみません、西三番街駅南口の大通りまでお願いします」

 行先を伝えると、タクシーは夜の街を進む。その中で、俺は大きく息を吐いた。

「危ねえー! すっげー厄介な人に出会っちまった! トーコ、お前意外と機転が利くんだな!」

 安心と感嘆の声を上げながらトーコの肩を叩く。

「あう……うう……」

 しかし、俺の様子とは一転、トーコはうつむいてうめき声を上げる。

「な、何だよ、どうした!?」

「うう……わ、私の読んだ事ある漫画に、変な人に絡まれたら恋人のフリをしてやり過ごすシーンがあったから真似してみたんだけど……は、恥ずかしくて」

 とつの機転は漫画の知識だったのか。漫画もあながち馬鹿には出来ない。

 それにしても、知らないとはいえ、変な人認定されている堂島さんが少し惨めだ。

「う、腕も思いっ切りつかんじゃったし……な、名前も……驤一さんごめんね……」

「いや、謝る必要はねえだろ。むしろ助かってるし」

「うう……」

 確かに、俺も思い返すと少し気恥ずかしい。

 トーコの様に赤面する程俺は子供でも純情でもないが、いきなり腕を抱えられたのはびっくりした。

 記憶を辿たどると、感触が柔らかかったかもしれない。

 トーコはミラのそれとは違うのが、服の上からでも十二分に分かる。

 それは俺の好みだったし、不意な状況での出来事だったので、今更ながら気恥ずかしい。

「あ、まあ、何だ、取り敢えず家に帰ろう。な?」

「はい……」

 タクシーの運転手さんからしたらが出そうになる様な初々しさじゃないかと心配になる。

 それ以前に、初々しいとかそういうのは恋人同士での話だ。別にそういう訳でもないから、今のこの状況が俺にはよく分からない事になっている。

 そんな微妙な空気の中、家路を行く。


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