第八章

第28話 デートオアデッド①

「凄い……」

 午前二時半、俺の家がある皇都特区西三番街へ向かうモノレールの窓から望む夜を眠らぬ国を見て、トーコはためいき交じりに漏らした。

 深夜でも休む事のないモノレールではあるが、日中に比べ、車内は閑散としている。

 結局、トーコは俺の家に来る事になった。

 折野は実家であり、ミラの家は、奨学生用の衛学指定マンションで、管理が厳しく、長期の滞在が不可能である。

 俺の住むマンションも、奨学生用の衛学指定のマンションではあるが、男子である事からか、管理がミラのマンション程厳しくない。

 そういった巡り合わせで、当面は俺の家でトーコを匿う事が決まった。

 致し方のない事ではあるが、年頃の男子の家に年頃の女子が転がり込むとは、これなる事か。

 もちろん、最初は反対したが、ミラが病院に行く事とその原因を引き合いに出され、折野もその付き添いでそそくさと去って行き、半ば押し付けられる形で問題は終結した。

 よこしまな気は一切ないし、当人であるトーコが気にしていない事もあって、今ではしょうがないと割り切っている。

「モノレールも乗るの初めてなんだもんな。凄いだろ? 俺が作った訳じゃねえが」

「凄い凄い! 漫画とかで見た事はあったけど、凄い速くてびっくり……それに、外ってこんなに明るいんだね」

「この国が特別なだけなんだけどな。夜を眠らない国。電気の溢れているこの国では、灯りは消えない。いつだってきらびやかなままだ」

「へー! あそことは、大違い」

 そう言って、トーコは、自分の居たほのぐらい西側との風景を比べて、笑った。

 中央特区に近づけば近づく程、この国はその光を増す。

 番外地からしばらくは、暗闇に点々と光が映える中央とは違った景色が広がるが、西九番街付近を境に、中央にも劣らない光を放っている。

 外の景色にひとみを輝かせるトーコをに、周囲に気を張る。

 持っている荷物もそうだが、万が一職務質問にでもあったら、一巻の終わりだ。

 衛学の学生証を出せば、それだけでスルーされる事が殆どなので荷物は大丈夫だが、トーコはまずい。

 この国にデータが一切ないのだ。一緒に居る俺まで怪しまれる。

 それに、トーコの事情を知る様な国の部分にまで話が回れば、俺達の計画の全てはとんする。

 それだけは、避けたい。

 トーコの存在は、それだけで大きなメリットになるが、それだけに、リスクが高い。

 そのリスク管理の全てを託されている今、気を抜く訳にはいかない。

 真っ直ぐに家に帰りたいのに、この、折野の荷物から分けたエナメルバッグをしかるべきところに持っていかねばならないのが、ひどおつくうだ。

「トーコ、次の西二番街駅で降りるぞ」

「あ、はい!」

 すっかり昼間と変わらない明るさをまとう街をモノレールが進む。

 辿たどり着いた西二番街駅は、深夜にもかかわらず、けんそうで溢れていた。

「すご……人が沢山!」

「あんまきょろきょろすんな」

 周囲の光景にあっけに取られるトーコの頭をわしづかみにすると、引きるように改札を出る。

 皇都特区西二番街。

 多くの飲食店が乱立するこの街は、昼間の様な喧騒で夜を眠らない。

 古今東西様々な料理を扱う飲食店が立ち並び、大手チェーンのファミリーレストランから、いちげんさんお断りの会員制のBARまでがひしめき合っている。

 そんな雑踏の中をトーコとはぐれぬ様に、がっちりと腕を掴んで進み、行きつけの店に辿り着いた。

 BAR PLANETARIUM

 この世に一店舗しかないその店は、大通りを少し外れた路地にある。

「行くぞって、お前どうした?」

「え?」

 トーコに向き直ると、トーコは真っ赤な顔をしていた。

 人に当てられたのだろうか、それとも風邪だろうか。目に見える程紅潮している。

「顔、赤いぞ」

「え、え、ああ、な、何だろ! だ、大丈夫ですけれどもね!」

「お前そんな話し方だったか?」

「と、かく、大丈夫です!」

 本人が平気だと言うので、それ以上は気にかけずに店の扉を開く。店内では、大きな音でBGMが唸り、満席に近い人数が大騒ぎでグラスをあおっていた。

「いらっしゃいませお客様! 古今東西お酒の事ならBAR PLANETARIUMへって、ジョーじゃねえか」

 入店して声をかけられる。

 むかはらと書かれた名札を付けたウエイターは、いつもの白い制服と腰に巻いた黒いショートエプロンで俺を迎えた。

「よお。にわぐちさん居る?」

「店長不在な訳ねえだろ。カウンター席へどうぞーお荷物お預かりします」

 とても店員とは思えない態度で俺からバッグを奪うと、向井原は店のバックヤードに消えた。

 俺は案内のない中、騒々しい店内を歩き、誰も居ないカウンターまで行くと、一番奥の席に腰かける。トーコは隣だ。

 トーコは騒ぎ立てる客を一通り見渡すと、俺に耳打ちする。

「驤一さん、私知ってます。漫画で読みました。くらぶって言うんですよね、こういう所!」

「ああ、確かにBARよりそっちの方が近いよな。まあ、一応ここはBARだ」

「それも知ってます。お酒を飲む場所ですよね? でも、いいんですか? 驤一さんって、未成年の筈じゃあ……」

「そういうのは知ってるんだな。意外。まあ、ここでは飲む訳じゃねえからいいのさ。取り敢えず、トーコは黙っててな」

 トーコと話していると、バックヤードからツンツン頭の女性が現れた。左半分だけを刈り上げ、ラインを入れた頭髪は緑。遠目でも分かる攻撃的な容姿をしているのは、BAR PLANETARIUMの店長、庭口さんだ。

「いらっしゃいませお客様、古今東西手に入らなそうなもんならBAR PLANETARIUMへ。で、ジョー、今日は何?」

 初めて連れて来たトーコが居るというのに、庭口さんはトーコにいちべつもくれない。

 不確定要素のはずであるのに気にかけないのは、庭口さんと俺の信頼関係による。

 お互いに、首元にナイフを突き付け合う信頼関係だけれども。

「弾切れ」

 周りをはばからずに口にする。庭口さんはそれだけ聞くと、カウンターにある内線を取って一言二言伝えると、直ぐに受話器を置いた。

「取り敢えず、弾丸あるだけで五セットな。それにしても、まーだファントムなんて古臭いもん使ってんのか」

「別にいいでしょ。俺の勝手。それにしても、何かもっと他に取引の仕方ないの? 結構毎回冷や冷やしてるんだけど」

「はは、根性なしめ。いいんだよこれで。逆に人目のつかない場所での悪事ってのはバレ易いんだよ。押し入り強盗より、よっぽどモノレール内のケチなスリの方が捕まらないだろうさ。酒と音で馬鹿騒ぎしている連中は、アバズレのケツにてめえのモノがブチ込めるかどうかにしか興味がないのさ」

 言いながら、庭口さんはタンカレーのNO.10の瓶を直接呷る。

「木を隠すなら、森さ」

 トロンとした目で、庭口さんは瓶を掴む手で俺を指差した。

「森が燃えてる気がするけどね」

 軽口をたたいて席を立つ。

「はっ、山火事の中なら火事場殺人だってお手の物さ。また何か欲しけりゃ来な。金さえありゃ何でも用意してやる」

 庭口さんは酒瓶を空にして言う。

「え、驤一さんもういいの?」

「おう」

「え、ここって、お酒とか飲む場所だよね?」

 飲食店で何もせずに席を立つ俺に納得が出来ないのか、トーコは不安そうな顔で俺のそでを引く。

「いいんだよ」

 そんなトーコを引っ張って、出入り口へ向かう。

「ありがとうございましたー三百五十円のお返しでーす! お客様お帰りでーすお荷物どーぞー」

 待ち構えていた向井原からバッグを受け取る。この店でやる事は、お仕舞だ。

 けたたましい店内を出て、裏路地に出る。歩みを止めずに、大通りへ向かう。

「え? え? もういいんですか?」

「おう、終わった」

 軽くなったバッグに腕を通す。

 ここに来るまでバッグに入っていたのは、あの倉庫で戦った奴等が持っていた銃器だ。

 それらを売りさばき、対価を得て、装備を整える。

 それが、BAR PLANETARIUMの使い方だ。

「あそこな、バーの裏で非合法ブローカーやってんだよ」

「非合法ブローカー?」

「あーなんだろ。法律で禁止されてる物の売買をやってんの」

「ええ!? いいんですかそれ!?」

 外区に行く様になり、とあるきっかけで知る事となった俺達の重要施設。

 俺達の向こうでの装備は、衣服から銃器、先日のしゆりゆうだんの横流し品も、全てBAR PLANETARIUMで調達したものだ。

「非合法って……折野さんが許さなそうですけど」

「いや、そうでもねえんだよ。仕方のない事だっつってた。外区で戦う為には、必要不可欠だからな。それに、あいつは百人の命を救うのに一人を殺せるタイプの『ひとし』だ。命と悪事に点数か優先順位を付けられる人間。まあ、全部事が片付いたら告発しそうな雰囲気だけどな」

「な、成程……でも、そういう事なら、お金とか沢山かかりそうだけど……大丈夫なんですか?」

「確かに、この国は防衛庁の取り締まりがきついから、そういう組織にとって住みづらい国らしい。だからこそ、アンダーグラウンドな場所は貴重だし、その質も高い。規制が厳しいと、通り抜けようとする連中は悪事の練度を増す。それでも、その中で俺達は有利な方だな」

 俺達はそういう奴等ですら知らない調達ルートを知っている。

 外区だ。

「外区で集めた武器を買い取ってもらって、その金で装備を整える。勿論、何が高くて安いかも分かんねえから適当だが、取りえずマイナスにはならねえ。むしろ今のとこプラスだな」

「へーそうなんですか……と、兎に角、驤一さんは悪い事をしているんですね」

「ああ、まあ、それでいいよ」

 ちなみに、今のやりとりでは集めた武器を売って、ファントムの弾丸と三百五十万円の現金を得た。

 向井原に預けたバッグの中身は、バックヤードで入れ替えられている。

 庭口さんも向井原も、本名かどうかも分からない。

 あの場所で、誰が出入りし誰が売買をしているのかも、分からない。

「でも、ちょっとあれでしたね。そういう場所にしては、適当な気がしました。漫画とかだと、もっと警備とかすごいイメージが……」

「あー、それは俺も思う。でも、それがいいんじゃねえかな」

 一見緩やかに見えるあの店のシステムの中で、徹底して敷かれている事が、一つだけ。

 秘密は抱いていろ。それだけだ。

 一度、BAR PLANETARIUMが防衛庁警察局に目を付けられた事があった。

 俺がいつもの様に訪れると、路地は封鎖され、多くの警察局の人間が店に入って行くのが見えた。

 次の日に様子を見に行くと、店は普通に営業していた。

 何があったかは聞かなかったが、非合法の売買も当然の様に行えた。どうやって防衛庁警察局の調査をかわしたかは分からないが、兎に角、あの店は難を脱していた。

 その帰り道だった。

 街の大きなディスプレイに、とある企業がその事業の裏でマフィアと武器の密輸入を行っていた、というニュースが飛び込んだ。

 発覚した原因は、その密輸入の現場に居合わせた人間が全て惨殺された事だった。

 現場には、殺された人間の血で、秘密は抱いていろ、という文字が残されていたと、キャスターが原稿を読み上げた。

「ま、俺等の生命線みたいな場所だからな、通わない訳にはいかねえんだ」

 せんさくしなければ、大丈夫だ。

 秘密を抱いていれば、大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせ、あの場所に足を運んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る