第26話 月夜の密会②

「それで、俺達はここに居る」

 静寂が逆巻く様にはやる気持ちを抑えながら、俺は、三人の身の上話やこの外区に来ている理由を、大まかにトーコに説明した。

 もちろん、何も知らないというトーコに対して、皇都という国や、外区の成り立ちについてまでもだ。

 トーコはミラと同じ年齢だと言った。それならば、大地世界のテロ事件の時には既にそういう分別がつく年齢だったはずだ。

 それなのに、トーコは外区の事はおろか、皇都についても、何も知らないと言った。

 俺が説明するこの国に対して、興味深そうに耳を傾けていた。

「そうだったんですね……」

 一通りの話をゆっくりと飲み込みながら、トーコは息を深く吐いた。

「皆さんが、この『外区』という場所に来ている理由も、皇都という国についても、何となくは理解しました……その、七年前の事も……でも……」

「トーコから言える事は、何もない、と」

「はい……」

 何も知らない、と言ったトーコは、その言葉に偽りなく俺達の話を物珍しそうに聞いていた。

 想定外の出来事ではあるが、それは逆に、新たな興味を湧かせる。

「トーコ、お前が何も知らないってのは分かった。けど、おかしいじゃねえかよ。七年前にお前が分断されたこの国の、大地世界側に行ったとしよう。それでも、皇都の事を何も知らないってのは道理が通らねえぜ」

「そう思いますよね……だから、今度は私が話す番ですね……」

 言って、トーコはおもむろに立ち上がると、あの時の様に、目を閉じた。

 初めて俺の目の前で見せた時の様に、小さく息を吸うと、バチンと聞き慣れた音がした。

 黒い髪の毛が金色に染まっていきり立って、トーコは青白い光を放って、元に戻った。

 到底理解の及ぶ光景ではないが、もうそれをうたぐる余地はない。

 トーコは改めて見る特異な光景に圧倒される俺達を見ると、はっきりとした声で言う。

「皆さんのお話を聞く限り、皇都には居ないのでしょうね……だから、信じられないかもしれませんが、私はこういう能力を持っています。ある程度の、発電能力……」

 鋭利な音が跳ねる。静電気の音が、トーコの体から小さく響く。

「私、人に造られたんです……所謂いわゆる、人造人間」

 にわかには信じ難いその台詞せりふは、ここ数時間の確かな記憶が明確な証拠となり、現実味を纏って耳に届く。

「私、頭打ち過ぎたんじゃないかと思ってる」

「驤一先輩に連れられて初めて外区に来た時や、戦部さんと初めて出会った時も、とても現実味がある状況ではありませんでしたけど、正直比べものにならないですね……」

 ミラと折野は、頭を抱えながらそれぞれの形で事実を受け入れようとしている。

 それは、俺も同じだ。

「さっき戦ってたあいつらも、トーコと同じなのか?」

「大きい人は、そうです。研究所の中で見かけた事があります……でも、その他の人達は知らない人でした」

「その他ってのは、ミラが殺した奴とか、倉庫内に居た奴等か?」

「はい……見た事のない人達でした。でも、私を捕らえる用の装備でしたから、向こうは私の事を知っているのでしょうけど……」

「それで、その研究所ってのは何だ?」

 俺とトーコの問答は、淡々と進む。

 確信があるから、驚きに足を止めている暇はない。

「研究所……中に居た人達は、地下研究所とか、施設とか、色々言っていました。私達は、その研究所の試験管の中で生まれて、〝被験体〟と呼ばれて育ちました。外に出た事は一度だけしかなくて、ずっとずっと、広い地下の世界で育ちました。研究の関係上、勉強をする時間はあったんですけれど、外の事は全く……研究所に居る人が持ってきてくれる漫画本とか、たまに外の話をしてくれる人が居たので、少しだけ知っていましたけど、それでも、ほとんど何も……」

 とても想像の出来ない、トーコの出生と、その生い立ち。

 想像出来る事は、本当に少しだけだ。

「毎日毎日、実験だって、沢山薬を飲まされて、注射を打たれて。調べものだって、眠らされて、体を切り開かれて。成果を見なきゃって、毎晩一緒に寝ている友達と戦わされて……そんな、そんな毎日でした。ところが、五日前の事です。被験体の一人が暴走して、施設の一部が破壊されたんです。施設自体は大きいので、運用に問題を来す程ではなかったんですが、地上までの道が出来たんです。私は丁度その時、その場に居合わせていました。今しかないと思いました。ここしかないと思いました。当てもないし、目的もないけれど、でも、今は行くしかないって……」

 回想しているのであろうトーコの表情から、れつであったその生活が伝わる。

 この外区での修羅場ですら生温いような、そんな環境の話。

「トーコ、一度しか外に出た事ないって言ったよな? どうやって、地上に出て、ここまで来れたんだ?」

「あ、それは、一度だけ外に出た時、夕陽に向かって、車で輸送されたんです。多分、研究所の引っ越しだったのかな……理由は分からないんですが、一度だけ、研究所の場所が変わったんです。その時、沈む太陽に向かってひたすら走って、大きな壁を越えたのをおぼえていたので、それなら、今度は逆だって。地上に出た時、丁度夕暮れ時で、陽が沈んでいたので、それを背に只管ひたすら走りました。走って走って、そしたら、記憶にあるものかは分からないけれど、大きな壁が見えて、警備の人も沢山居たけれど、何とかそこを越えて、それで、ここまで来ました」

 トーコは確かに、俺達の知りたい事を知らないかもしれなかった。

 けれど、確信は間違いではなかった。

 トーコ自身が、何よりの証明になる。

 折野を見ると、開口したままこの世の終わりみたいな顔をしている。

 目の前の事だけで脳みそがパンクしそうになっているのだろう。その背中をたたいて、言ってやる。

「一歩前進だな。でか過ぎる前進だ」

 俺の言葉がこの状況にあまりにもそぐわないと感じたのか、折野は数瞬げんな顔で俺を見てから言う。

「何、言っているんですか驤一先輩……僕は正直、もう何がなんだか……」

「何でだよ、俺とお前にとって、これ以上ない収穫じゃねえか」

「でも、トーコさんは何も分からないと」

「関係ねえんだよ。トーコが何を知っているか、なんて」

 俺は自信満々に折野を見る。

「トーコの話を聞く限り、トーコの居た研究所は大地世界にある事は間違いねえだろうが、移転する前はどこだ? トーコは壁を越えたと言っていた。つまりはそうだ。九分九厘、この外区の中だろうよ」

 俺の言葉に、折野が目を見開く。

「トーコ、その移転した時って、何年前か憶えてないか?」

 俺は最後の質問を、トーコに投げかける。

 もう、殆ど確信しているそれを、投げかける。

「え、えっと……あいまいなんですが、確か、私が八歳か九歳の時だったと思います。ただ、季節は春でした。桜がいていたのが、車の中から見えたのだけは、鮮明に」

 大地世界テロ事件は、桜の降る季節の出来事だ。

 六年と六か月前の、この場所で。

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