第3章:シャリン

神々《アクア》の星

 ホヌアの中央台地、東部。荒野と草原が交互に現れて、モザイク模様になっている。


 北部の高山から吹き下ろす風は気まぐれだ。乾燥しきっているかと思えば、急に、雨や霧を連れてくる。


「ここが、ネネの里なの?」

「小さな村だね」


 カロイモとサトウキビの畑が広がっている。ブタを飼ってるのが見える。木の実や果物を採っている村人がいた。


 里の代表として挨拶したのは、若い男だった。優しそうっていうか、気弱そうな印象だ。


「このようにひなびた里に、ようこそおいでくださいました。ワタシはクラと申します。長の代理を務めております」


 少年って呼んでもいい見た目で、むき出しの上半身は細く引き締まってる。でも、戦士の体つきじゃない。職業としては「農夫」なんだと思う。こんな村の住人だし。


「さっそくだけど、ヒイアカのホクラニを返してちょうだい。って言っても、クリアしなきゃいけない条件があるんでしょうけど?」


 ステージに登場するキャラクターは、AIだ。プログラムのとおりに動いて、しゃべる。アタシが口を開いて会話を促す必要はなくて、ニコルのユーザがボタンを押せば情報が聞き出せる。


 実際、アタシは今までAIとしゃべったりなんかしなかった。淡々とボタンをクリックして、ストーリーを進めてた。


 でも、今は違う。ラフやニコルとは、声に出して会話しなきゃいけない。自然な流れで、AIにまで話しかけてしまう。


 クラはアタシの言葉に反応して肩を落とした。


「ヒイアカさまがご結婚なさること、そのご婚姻の儀にホクラニが必要となること。そうしたことはすでにうかがっています。ワタシたちネネの民も、ヒイアカさまのご結婚を祝福しております。すぐにでもホクラニと贈り物を持ってフアフアへ参りたいのですが……」


「ですがって、なによ?」

「ないのです。ホクラニがネネの里にないのです」

「ない?」


 クラは地面に膝をついた。すがるような目でアタシたちを見上げる。


「ネネの里にお預かりしていたホクラ、『神々アクアの星』は、盗まれてしまったのです。どういたしましょう? 皆さまのお力をお借りすることはできませんか?」


 ニコルは眉尻を下げて、お人好しな笑顔をつくった。


「盗難事件ね。そうきましたか。ここは『はい』しかないよね。ボクたちにお任せくださいよ、と」


 ニコルのユーザが選択に答えたみたい。クラの表情がパッと輝いた。


「なんとお心強い! 皆さま、感謝いたします。立ち話のままというのもなんです。ワタシの家へおいでください。ことのあらましを、もう少し詳しくお話しします」


 クラに引き連れられて、アタシたちは、里の奥にある長の家へ向かった。


 長の家っていっても、ずいぶん原始的だ。いわゆる、竪穴式住居。

 地面を掘って造ったかまどが真ん中にある。丸太の柱と、タケの枠組みと、茅葺きの屋根や壁。窓がないのは悪霊の侵入を防ぐためなんだって、ニコルが知ってた。


 クラは、一人暮らしではなかった。がっしりとした体格の男が家の隅で寝ていた。アタシたちの姿を見て、のそりと起き上がる。頭にも腕にも脚にも包帯が巻かれている。大ケガしてるみたい。


「戻りました、とうさま」


 クラは男の前にひざまずいた。男はアタシたちに視線を向けた。


「客人か? 旅の戦士どのとお見受けするが。ワシはネネの里の長だ。ケガを負って、体の自由が利かない。話はすべて、ワシの代理を務めるクラから聞いてくれ」


 くぐもった声で告げて、男はまた横になった。


 アタシたちは、かまどのそばのムシロの上に、輪になって座った。クラがアタシたちに尋ねる。


「まず、何からお話ししましょうか? 順を追って説明しようにも、ワタシ自身、混乱していまして……」

「ニコル、任せるぜ」

「そうね」

「了解。選択肢は三つあるんだけど、最初はやっぱりホクラニの行方について教えてもらいましょーか」


 クラは、ひとつ、うなずいた。


「ワタシたちネネの民は、ご覧のとおり、自然任せに生活しています。十七年前、ワタシが生まれた年に、大きなかんばつが起こったそうです。その際、ヒイアカさまはネネの里においでになり、ホクラニに祈りを捧げ、雨乞いの舞を舞ってくださいました」


 思わずアタシは口を挟んだ。


「ちょっとちょっと、十七年前から踊り子やってた? ヒイアカはいくつなのよ?」

「さあな? 神の血を引いてるらしいし、そのへんは自由自在なんじゃねえの?」

「実はオバサンってこと?」

「その言い方はねぇだろ」


「クラは十七なら、アタシと一緒だわ」

「お、マジ? 『中の人』の顔が見えないからってサバ読むなよ?」

「読んでないわよ、失礼ね」


 ニコルが苦笑いした。控えめなスマイルに、たらりと流れる汗のマーク。


「続き、話してもらっても大丈夫かな?」

「いいわよ」


 クラが再び動き出した。


「ヒイアカさまはホクラニをネネの里にお貸しくださいました。ホクラニは、人の願いを叶える貴石です。冷害や虫の害、流行病やモンスターの襲来……里を脅かすことが起こるたび、ワタシたちはホクラニに願いました。ホクラニは願いを聞き入れ、里を救ってくれました」


 ニコルが合いの手を入れた。


「それが盗まれたわけなんだよね。いつの出来事?」

「一昨日の晩、つまり十三夜月の晩でした」

「その状況、詳しく聞かせて」

「ホクラニのほこらは、里の真ん中にあります。人が寝静まった夜中であっても、番犬たちは起きていたはずです。しかし、祠の番犬も家々の番犬も吠えませんでした。翌朝、気が付いたときには、ホクラニは消えていたのです」


 ラフが口を開いた。


「じゃ、番犬をたぶらかしたか眠らせたか。それとも内部者の犯行ってオチかな」

「ワタシたちがお預かりしていたのは、神々アクアの星です。神々アクアがホヌアの夜に集う望月のころ、最も強い力を発揮します。今宵は、その望月です。ですから、今宵にこそ、ホクラニを盗んだ者はその力を利用しようとするはずだと、ワタシは思っています」


「犯人の手がかりはないのかしら?」


 アタシの一言に、クラはハッキリと慌てた。


「こ、心当たりですか……それは、その……」


 ホクラニ盗難の情報はこれ以上、聞き出せなかった。


「コイツ、確実に何か知ってるよな」

「そうだね。まあ、次の情報を聞かせてもらおっか。長さんのケガについて、っと」


 クラはふるふると頭を振った。気持ちを切り換える仕草みたいだった。


「皆さんはこれまでにモオキハと戦ってこられたでしょう? 大トカゲの姿をしたモンスターです。あの大トカゲのことを、ホヌアの古い言葉でモオキハと呼びます」

「中央台地にゴロゴロいるアイツらのことね。ほんと、ヒットポイント高くて厄介だわ。派手なピンクのと地味な緑のと、二匹連れで出てくるとイヤになる」


「モオキハの繁殖期は、十二年に一度、訪れます。今年がちょうど、そのときに当たります。ですから、オスのモオキハは、メスの気を惹こうとしています。喉元から胸にかけて、鮮やかな色に変化させています」

「ふぅん。色違いがいるのは、そういう理由なのね」


「十二年に一度のこの時期、戦い方を知らない者は里の外へ出ません。若いオスはたいてい、年長のオスとの競争に敗れます。そのような若いはぐれ者は、とても凶暴なのです」


 ラフとニコルが顔を見合わせた。


「いやはや、モテない男はつらいよな」

「どこの世界も一緒だね」


 アタシはクラの話を先回りした。


「長のケガの原因は、はぐれ者と戦ったせいってわけね」

「先日、里の幼い兄弟が、言い付けに背いて森へ出掛けました。ネネの長である父は彼らを追いました。そして、はぐれ者に襲われた兄弟をかばって……体の強い父ですが、失血がひどく、一時は危なかったのですよ」


「痛ぇ話だな」

「父が言うには、森に居着いてしまったはぐれ者は本当に危険です。モオキハの中でも、最も大きく気性の荒いアリィキハ。あれが里を襲うことがあったら、ワタシたちには、打つ手がありません」


 クラの話はここで一段落した。

 ニコルはネネの里の買い物事情を尋ねた。


「旅の必要品、買えるの?」

「食品や薬を商う店、腕の立つ整体師の家があります。里の外れには温泉もあります。マップに書き込ませていただきますね」


 アタシはちょっとイライラして、ムシロの床を平手で叩いた。


「ホクラニ関係の話は、結局あれだけなの?」


 クラはビクッとして目を伏せた。


「……少し、考えをまとめたく存じます。夕刻に再びこちらへおいでください。『あのかた』はおそらく、今宵、動きを起こすはずですから……」

「あのかたって誰よ?」


 詰め寄ってみても、クラは黙っていた。

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