5-3

 ちょっとして、良一が落ち着いて、スイカの最後の一切れを誰が取るか、じゃんけんをした。あたしは特にほしいとも思っていなかったけれど、流れで、何となく加わった。結果は、和弘の勝ち。

 明日実は自分のスマホを取り出して、和弘がスイカにかじり付く様子を撮った。和弘が文句を言うのにも耳を貸さず、その写真をメッセージ付きで誰かに送ったらしい。すぐに返信が来るのが、スマホのバイブレーションでわかる。

 あっという間にスイカを平らげた和弘は、伸び上がって明日実のスマホをのぞいて、大きなため息をついた。

「ねえちゃん、才津先輩に写真送るなら、自分のやつば送れっち」

「よかやろ」

「全然よくなか。ねえちゃんが才津先輩に送りよる写真、別んとこに共有されよっとぞ」

「知っちょっよ。アキくんのいとこのサワちゃんが、和弘の写真、保存しちょっとでしょ」

「わかっちょっくせに、おれの写真送りよっと? やめろよ」

「何で? サワちゃん、いい子よ。まじめやし」

 和弘はもう一度、盛大にため息をついた。

「余計なお節介すぎる」

 明日実は和弘の抗議なんか耳に入っていない様子で、お気楽そうに肩をすくめて、あたしと良一に説明した。

「このスイカ、うちの彼氏がくれたと。アキくんっていって、家が農家でね、いろいろおすそ分けしてくれると。その代わり、うちは魚ば持っていったりしてね」

 サラッとした口ぶりだった。でも、あたしは、何ともいえないショックを受けてしまって、リアクションできない。良一も、何か間抜けな声を漏らしたところを見ると、同じような印象をいだいたみたいだけど、あたしよりはまともに動けた。

「そっか。彼氏。付き合ってること、家族公認なんだ?」

「まあね。うちは同じ高校に和弘がおるし、アキくんもいとこたちがおるけん、隠しても、どこからかバレるもん。でね、アキくんのいとこで、和弘と同学年のサワちゃんが、和弘のこと好いちょっと」

「そっか」

「うちは普通の高校生やけん、付き合っちょっ人がおるかおらんか、それが生活とか人生とかの中でいちばん大きか問題さ。良ちゃんや結羽には、きっと想像できんよね。モデルとか唄とか、普通の高校生よりずっと刺激のあること、しよっちゃもん」

「そっか」

 良一の口からは「そっか」ばっかりが出てくる。どう応えればいいか、良一もやっぱり戸惑っている。

 たぶんだけど、良一の考えていることが、あたしにはわかる気がする。小学生のころ、明日実は良一のことを好きだった。あたしも良一自身も感じ取れるくらいに、明日実の気持ちはハッキリしていた。

 だから、明日実が良一の前で何のためらいもなく今の彼氏の話を始めたことに、あたしは驚いた。良一の驚きも、同じ種類のものだと思う。和弘が気まずそうに黙ってしまった理由も、きっと同じ。

 あたしのほうがおかしいんだろう。

 フツーだったら、嬉々として、あたしの今カレはねって、明日実と一緒に恋バナに興じるものだ。小学校のころなんて、ずっと昔のできごと。中学で彼氏ができなかったなんて言ったら、ヤバすぎとかって、ウケたりして。

 そんなふうにできればよかったのかな。でも、フツーのふりをしようとしても、すぐにボロが出る。

 だいたい、ここにいる三人とも、あたしと実際に会って話すまでもなく、知っていたんだろうし。あたしがフツーの世界からこぼれ落ちてしまったことを。

 遠くで防災無線のスピーカーが音楽を流し始めた。正午を告げる「エーデルワイス」が山々に反響する。

 防波堤の上では、聞こえる音量は小さいし、音割れしている。初めて聴く人は、これが「エーデルワイス」だと気付かないだろう。

 良一は青空を仰いで、そこに唄の姿があるかのように微笑んだ。

「この音、この曲、なつかしいな」

 和弘が、ひょいと立ち上がった。

「なあ、良ちゃん。時間はたっぷりあるし、泳がん?」

「え、泳いでいいの?」

 泳ぐというのは、海水浴をするという意味じゃない。潜って獲物を採ることだ。小近島の夏を経験して以来、あたしは海水浴という言葉の意味がわからなくなってしまった。それくらい、小近島の海で泳ぐことは、楽しくて刺激的だった。

 和弘は昼ごはんのゴミをまとめながら言った。

「泳いでよかっち、とうさんの許可、もらってきた。潮は微妙やけど、獲物がおらんことはなかやろ。このへん、一昨年から泳いじょらんけん、サザエやミナが採れるっち思う」

 陸上の土地と同じように、陸寄りの海にも管理者がいる。管理者の許可なしには、泳いで貝や海藻を採ってはならない。このあたりの瀬の管理者は、明日実と和弘のおとうさんだ。

 良一は顔を輝かせた。

「泳ぎたい!」

「そうくると思った。道具、自転車に積んできちょっけん、取ってこよう。着替えるなら、おれの体操服あるけど」

「いや、今日の服は、このままで大丈夫。こういうこともあろうかと思って、いくらでも替えのきくリーズナブルな値段のやつ、着てきたから」

「よし、じゃあ、良ちゃんが普段着のままで海に飛び込むとこ、動画で撮ってやるけん。これが島での普通やった、水着なんか誰も着らんぞって」

「それ、最高!」

 良一と和弘は防波堤を駆けていく。明日実も二人を追い掛けた。

 あたしは波間を見下ろした。朝よりもずっと潮が引いている。防波堤から海面までの高さは、三メートルほど。最大限に潮が引いているときでも、海底までの深さは十分にあるから、あたしたちが海に入るときはいつも、階段を使わず、飛び込んでいた。

 和弘がさっき、潮があまりよくないと言っていたから、まだもう少し、引き潮が続くんだろう。サザエ採りをするなら、干潮から少しずつ満ち始めるころがいちばんいい。

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