第10話

 友人達にあいつに冷たくするなと忠告され、一人で全女子生徒と戦う位の覚悟を決めた私だったが……早くも心が折れそうになっている。


「黄衣!」

「ああああっ、もう~!」


 しつこい! きいきい煩い!

 お前は悪の組織の一員か!


 できるだけ女子達や周囲を刺激しないよう、私は休憩時間などは身を隠すようにしていたのだが、あいつはしつこく私を探して追いかけてくる。なんで~!


 どうしてこうもめげないのだろう!

 粘着質過ぎる……納豆のゆるキャラも吃驚の粘度だ!

 うんざりしている最中も……。


『またあの子、神楽坂先輩を無視してる』

『気に入られているからって、やっぱり調子に乗っている』


 女子の冷ややかな目が私を追う。

 私への非難は高まり続け、クズの好感度が上がっているかと思うとうんざりする。

 世の中理不尽だ!

 さっさと撒いてしまおうと逃げる足を速めた。

 だが、あいつも今度は撒かれまいと追いかけてくる。


 どこか隠れるところはないかと探しながら移動していると、通りがかった教室から手が伸びて来て腕を引かれた。


「!? 離しっ……あ」


 あいつに捕まってしまったのかと焦ったが、私の手を引いたのはモブの冠をかぶった彼だった。


「きいちゃん!」

「A……じゃなくって英君!」

「こっち!」


 引かれるがままに教室に入ると、そこは三年生の教室だった。

 黒板には何やら会議の結果が書き込まれてる。


 ここでは、英君が参加していた委員会の打ち合わせがあったそうだ。

 さっき終わったそうで、英君はしなければいけないことがあって残っていたらしい。

 とっても真面目で素晴らしいです!


「助けてくれてありがとう~! でも、どうして私が逃げているって分かったの?」

「最近、きいちゃんを探している神楽坂先輩をよく見かけるから、また逃げてるのかなって……」

「あー……」


 男子にまで事情を察して貰える状況だなんて……胃が痛いな。

 でも、とても助かった。

 英君の顔を見ているとなんだかホッとした。

 お味噌汁のような効果があるね。


「きいちゃん!」


 安心して気が抜けていると、急に手を握られて意識が戻った。

 両手を包まれ、強く握られている。

 え? 何なの?


「オレ達男連中はみんな、きいちゃんを信じてる! きいちゃんが最後の砦だって信じてる! 男子はみんな、きいちゃんの味方だから!」

「……はい?」


 何の話だろう?

 よく分からないが期待されているようだ。

 キラキラと輝いた瞳で見つめられている。

『男子はみんな味方』とか、ありがたいけど女子の反感を買いそうなので遠慮したいです。


「あ、あとね……抜け駆けしないって約束もあるんだけど……オレ……やっぱり言いたい!」


 こちらは何のことか全く理解していないのだが、英君がどんどん熱くなってきている。

 手に篭もる力も増している。


「あの……手、痛い……かも」

「あ、ごめん! つい……」


 英君は慌てて手を放してくれた。

 でも、また握ろうとしているような……?

 テンションが上がっているところを悪いが、ここでゆっくりしているわけには行かない。


「ごめん、私もう行くね。ほんとに、助けてくれてありがと!」

「あ、ちょっと待って、まだ……!」


 何か話があるようだが、それは今度にして貰おう。

 扉を開けて進むと……正面から何かにぶつかった。

 柔らかいような……硬いような……壁?

 いや、違う……これは……『人』だ!!


「黄衣」

「ひいぃぃ! でた~!!」


 ホラーゲームなら死んでいただろう。

 実際、死にそうなくらい私の心臓はバクバクいっている!

 慌てて教室に戻り、英君の後ろに隠れた。

 助けてください! エロイムエッサイム!


「お前は……」


 英君という盾に隠れながらあいつの姿を覗くと、とても険しい表情をしていた。

 険しいというか……怖い~!

 私には見せたことがないような、冷たい表情——。

 整った顔がこういう表情をすると迫力がある。


「…………うっ」


 英君もたじろいでいる。

 負けるな英君!

 がんばれ英君!


「あ、あの、神楽坂先輩! き、きいちゃん、嫌がってます! もう追いかけないであげてください! いくらイケメンでも、女の子が嫌がることをするのはだめだと思います!」

「引っ込め」

「……うぅっ!」

「英君!?」


 モブ代表の英君は、ゲスだけどイケメンな先輩の一言で撃沈してしまった。

 弱すぎない~!?

 流石クズいと言っても主人公……腐っても鯛……。

 モブポジの英君では太刀打ちできなかったか……。


 だがしかし!

 私はモブの底力を信じている!

 昨今では『モブな主人公』というのもあるくらいだ。

 私もモブの方が好きだ!


 でも、英君は今にも逃げ出しそうだ……。

 だから、後ろから英君のシャツをギュッと握り、逃亡を阻止した。

 駄目、逃がさないんだから!


「!! き、きいちゃん……?」


 私が掴んだことに気がついた英君が振り返る。

 目が合ったので視線で必死に訴えた。


 『あなたこそが、私にとっても最後の砦です! 助けてくだい! お願いします!』


「…………っ!?」


 思いが通じたのか、英君はキリッと凛々しい顔つきになると、姿勢を正して奴の前に詰め寄った。


「い、嫌です! きいちゃんは、オ、オッ、オレを頼ってくれてますっ!! きいちゃんはオレが守ります!」


 ……ビビりながらも、とっても頑張ってくれている!

 なんていい人なの~!

 私はあなたを囮にして逃げようと、隙を伺っているというのに……!

 ああ、心が痛い!


「ひっ」


 英君が短い悲鳴を上げたので、何かと思ったら――。


「……ざけんな」


 切れ長の整った綺麗な目が、射殺すような鋭利な視線を英君に向けていた。

 纏っている空気も冷たく、怖い……。

 魔王を覚醒させてしまったうな気持ちだ……。


 一歩一歩と近づく先輩から、私達は後退りで逃げる。


「こんな地味な……前の俺みたいな奴に、黄衣を取られてたまるか……」

「?」


 ゲスが何かブツブツ呟いている……。

 その様子もなんだか怖い……。

 眉間の皺がだんだ深くなっていく……目つきもますます鋭くなる!

 黒いオーラが見えそうだ……あ、今だ!


「英君、ごめん!」

「きいちゃん!? うへっ!?」


 あなたの尊い犠牲は無駄にしません!

 隙を見て駆け出し、反対側のドアから逃げ出した。

 二人の驚いた顔が見えたけれど、私は足を止めなかった。

 英君、惜しい人を亡くしたよ……。


 ……今度謝ろう。

 本っ当にごめんなさい!!

 お菓子か何か、買ってくるね……!

 だから許して~!!

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