溢れ出る、好き
夜。キョウスケが部屋にいることをしっかりと確認してアオイは力強くノックする。
「兄貴、今いいかな」
わずかな沈黙の後に「なんだ」と返ってきた。今日は「入れ」とは言ってくれないのか、とアオイは密かに落ち込む。
「入るよ」
部屋に入ると数日ぶりのキョウスケが、いた。
思わずアオイの胸がドキリと高鳴る。
しばしの間見惚れていると、先ほどと同じ抑揚のない声で「なんだ」と言われた。まさか直球で、俺のこと避けてる? とは聞けない。
「あー、えっと、最近忙しいの? 朝とかホラ、あんまり会わなくなったからさ」
「ああ。確かに忙しかったかもな」
「そっか……。あの、この前言ってた家を出るって話だけど───」
「その話はもう終わったはずだ」
遮るように吐いたキョウスケの言葉が突き刺さる。
キョウスケの周りがどこかイラついた空気になったのがわかったが、アオイも納得がいかず反論する。
「そうだけど、なんかもっとこう、あるんじゃないかなって思うんだよね」
「じゃあ聞くが、なんで急に出て行こうと思った?」
「それは……、」
答えられないアオイに対し、キョウスケのイライラが増した。
「おおかた、好きな奴でもできてそいつと一緒に暮らすんだろう」
「え、何それ」
突拍子もないことを言われ、アオイが目を丸くする。
「相手は誰だ、仕事場の店長か?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそこで店長が出てくんのかわかんないし!」
「じゃあ、別の男か」
「男?! ってなんで?! そもそもそんな理由じゃないよ!」
「…………。」
キョウスケの目が「それはどうだか」と言っている。
「兄貴、オレが誰かと暮らすと思って怒ってんの? もしかして最近俺を避けてたのも、出て行くって言ったから……?」
「……避けてない。忙しかっただけだ」
鋭くアオイを見ていた瞳がフイと逸らされた。
「出て行くって言った時冷たかったのも、まさか寂しかったから、とか……」
「違う!」
座っていたキョウスケは勢いよく立ち上がる。
怒ってるのか照れているのか、ほんのり顔が赤くなって、睨みつける目も心なしか潤んでいる気がした。
自分の都合のいい脳内変換だろうか。
可愛い。嬉しい。可愛い。
一気に身体中の血がめぐり出したのがわかる。
心臓はドキドキしてどうしようもないし、恥ずかしいけど手はわずかに震えている。
アオイは無意識にキョウスケへと近づき、自分より少しだけ大きな身体を抱きしめていた。
「ッ! おい!」
「兄貴……好きだ……ホントに好き……」
アオイの腕を振りほどこうとしていたキョウスケがピタリと止まる。
「何言ってる。どういう意味だ……」
「こういう意味」
アオイは抱きしめていた身体を少し引いて、キョウスケの薄い唇にそっと口付けた。
初めて2人がキスした時と違い、キョウスケは少し目を見開き驚いた様子だ。
制止させようとしたためか「アオイ」と言葉を発した時に舌を滑り込ませた。
逃げようとするキョウスケの舌を追いかけて深く絡ませる。
「……はっ……」
部屋には2人の吐息と舌が絡み合う音だけがしていた。
拒絶されないのをいいことに何度も角度を変えて唇を堪能していると、次第に強張っていたキョウスケの身体から力が抜けていく。
開いていた瞳も、今はギュッと閉じられている。
そんな時、アオイはヒナタが言ってたことを思い出していた。
───カスミ先輩にキスされたんだ。気が付いたら私も好きになってたの。
今目の前にいるキョウスケも、このキスで自分のことを好きになればいいのに。
少しでも可能性があるなら、カッコ悪くてもいい、すがりつきたい。
アオイは心からそう思った。
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