第41話 超空間


始まりはそこからだった

幾億光年のまどろみに委ねられ

気の遠くなる遥かなる旅路

忘却の彼方より いま覚醒する



 第四十一話 『超空間』



 ここは、超空間。

あえてこの場所を『超空間』と呼んだのは、他に説明しようがないのである。

マーブル模様のようにグニャグニャと捻じれ曲がったピンクや黄色のシマ模様。

伸び縮みながらあたりを飛び回る琥珀色や藍色の球体。

それら全体が激しくゆっくりと不規則に回転し、まるで上下の区別がつかない。

ある部分は漆黒の闇のように黒ずみ、ある部分は閃光のように輝いている。

そんな空間をあえて表現するのなら、そこは『超空間』しかない。


 黒い大渦の邪気を取り込み、強大になった撫子。それに立ち向かうリョーマとタケル。

我王の駆るアシュギイネを特攻させるも、敵の銀杏部隊に阻まれてしまう。

萌とみんなのインガで復活したタケルは、撫子の 天明神槍と同じ技を繰り出す。

大地が割れ、地が裂けた後、そこに残された者は、はたして。


(こ……ここは……)


 タケルは目を開けてあたりを見回した。

「う!……な、なんだ……こ、ここは……」

タケルが驚くのも無理はなかった。

うっすらとした意識の中で、この場の雰囲気が異常であることに気がついた。

そこは、見たこともないような、不気味で不思議な空間だったからだ。

「どいうことだ?……たしか、撫子の技とぶつかり合って、それから……」

タケルは額に手をあて、その時の状況を思い出してみた。

「そうだ! 押しつぶされそうになった撫子は、何かの力を使い、そして、黒い闇が広がっていった…」

「ここは、黒い大渦の中ぜよ」

その声のする方向を振り向くと、そこにはリョーマがいた。

「おまえ、無事だったのか? それに、まさか!……ここが、あの黒い大渦の中だってぇのか!?」

「信じられんのも無理はないぜよ……そして、無事だったというのは間違っているぜよ……」

「なんだよ? どういうことだよ? 俺たちは今こうして……」

タケルは意味がわからなかった。

黒い大渦の中にいること自体意味がわからないのに、リョーマは無事ではないという。

無事ではない……リョーマやタケルの外見上は、怪我などしていないように見える。

「ここは、とんでもなくヤベエとこなのか?」

「いや、無事ではないというのは、そういう意味じゃないぜよ」

「だったら、どういう……」 

「……確かに、ワシらは黒い大渦の中にいる……だが、無事ではないという意味……」

「……グクッ」

タケルはつばを飲み込んだ。

「ワシらは死んでいるんじゃ」

「なんだと!? じゃあ、ここは天国だというのかよ? それとも夢か!?」

「いや、すべて現実ぜよ……ワシもタケルも今ここにいるのは間違いない」

「わからねぇ! もっとわかりやすく説明しろ!」

「ええじゃろう、驚くなよ……地球は既に崩壊した。そして、ワシらの肉体も崩壊したんじゃ」

「なんだと!? 俺たちは死んだってのか!?」

「ああ……じゃが、死んだのは肉体だけじゃ、精神はこうして生きているぜよ」

「精神は生きているだって?……どういう……」

リョーマの言葉に嘘はなさそうだ。しかし、そんなことを、ハイそうですかと信じられる訳がない。

「ふふ……信じられんのも無理はないじゃろ……でも、これから起こることは全て真実なんじゃ……」

タケルは、リョーマの眼をジッと見詰めた。そして、リョーマには強い意思が感じられた。

「戦うぜよ……」

「……それも、ウソには聞こえないな……」

「どちらかが死ぬまで……その先に、おんしゃの知りたい答えがある……」

「どうやら、トンズラできる状況じゃねぇみてぇだな?」

「ひとつだけ言っておくぜよ……おんしゃがワシを殺した時、おんしゃは最強になる……そして、最終を導くことができる……」

「ワケわかんねぇな……でも、なんとなくわかったぜ」

「上等ぜよ……」


 ブワシュッ! ブアアアッ!


 肉体は崩壊したというリョーマの言葉。

だが、ここには現実にタケルがいる、リョーマがいる。

精神体となった両者は、尚も戦い続ける。


 リョーマは、全身のインガを一気に高めた。そして、全力の一撃を放った。

バズンッ!

リョーマのパンチは、タケルの腹部に深々と刺さった。頭をうな垂れるタケル。

「とんでもねぇ痛い一撃だな。肉体はなくてもイテェぜ」

「痛みに肉体も精神も関係ないぜよ」

「そのようだな。オマエの本気、受け取ったぜ!」

ズボオッ!

お返しとばかりに、タケルもリョーマの腹部へとアッパーをお見舞いした。

「うごッ!……ふふふ……」

「へへへ……」

お互い不気味に笑い出した。

「なんだか、気分良くなってきたぜよ……」

「そうだな、オイ、楽しいな……」

「もっと楽しくするぜよーッ!」

リョーマは、今度は刀を抜いて切りかかってきた。タケルも刀を抜くとリョーマに切りかかる。


 ギャリン! ギャリンッ! ギャアアァン!


 耳をつんざく様な轟音が響き渡る。斬る! 受ける! 斬る! 受ける!

お互いの応酬は続く! 続く! 続く! 滲む汗。飛び散る血飛沫。

全力同士の戦いは、同じ実力の二人の体力をみるみると吸い取っていった。

(ぐっ! リョーマのインガ! これほどまでに強いのか!?)

(タケルめ……全く以ってすばらしいインガじゃ……スキがないぜよ!)

だが、しかし。その均衡を破ったのはリョーマの意外な行動だった。

リョーマは、タケルから距離を離すと、刀を鞘に収めてしまった。

「どうした? まさか怖気づいたワケじゃねぇだろうな。それとも武神機でも呼ぶのか?」

「……タケル、おんしゃは力がある……だから選ばれたんだと思うぜよ。だから教えるぜよ」

「選ばれただと? まさか、説教でもするつもりかよ」

「おんしゃは、これから強大な運命に立ち向かう事になるぜよ……それは、全ての因果関係を断ち切らなくてはならない辛い事ぜよ……」

「インガ……カンケイだと?」

「そうぜよ、すなわち、親子、兄弟、友、そして恋人……全ての血縁、友情、愛を凌駕する強い意志が求められる……それをおんしゃは断ち切らなくてはならないぜよ!」

「まるで、鬼にでもなれって言ってるみてぇだな」

「そうじゃ! そうでなければ、この黒い大渦の意思を超える事はできんぜよ!」

「……ますます意味がわかんねぇぜ……だが、おめぇの何かを強く訴える気持ちは伝わる……」

「伝わっておるか……それを感じ取るんじゃタケル! そして好敵手として友として! ワシが伝える!」

「ライバルだと? 悪友の間違いじゃねぇか?」

「それでもいいぜよ……いでよ! ワシの伝説の武神機、邪皇武(ジャオーム)!」

「それならこっちも! 天空雷鳴! 破壊の限りを尽くせ! ヤマトタケル!」

タケルとリョーマは、それぞれ伝説の武神機を呼び出した。そしてメンタルコネクトした両者。

凄まじいインガを放つ両機体からは、すでに戦闘体制に入っていた。


「オレに何か教えるとか言ってたなぁ、リョーマ? それを見せてもらうぜッ!」

タケルの先制! だが、リョーマをそれを難なく跳ね返した。

「タケル! 攻撃というのは力、速さ、間だけじゃない!」

「ぐっ! くそ!」

「ちがうぜよッ!」

バッチィン! ドザッ! 

タケルの攻撃は跳ね返され、後ろに飛ばされたタケル。

「攻撃というのは技なんじゃ! 技とは心の強さ! 精神の強さぜよ!」

「……う」

ゆっくりと起き上がるタケル。

「そうかい、確かにおめーの言うとおりだな。ここに来て、てめぇのインガが全然違う……今までのように怨念だけで戦っちゃいない……本当に俺に何かを託すような、そんなインガだぜ」

「技ぜよ! タケル!」

「ワザワザうるせぇんだよ!」

ヤマトタケルの背中に装備された四本の剣を抜き、両肩からは新たな腕が出現した。

「ほう……四本の腕で四本の剣を持つ……まるで阿修羅じゃの」

「かわせるものなら、かわしてみろー!」

タケルの四本剣の凄まじい攻撃。

「それが、おんしゃの技だというんかいの! ただの上辺の技だけでは効んぜよ!」

「くそっ! どうなってやがる!? 俺の攻撃がちっとも当たらない!?」


 タケルは焦っていた。

何故、こうもリョーマは強くなったのか? いや、以前とは異質のインガを備えていたのだ。

黒い大渦の中にやって来たからだろうか? タケルには解らなかった。

とにかく。リョーマの新しいインガの前に、タケルの技はいとも簡単に破られた。


「うげ!……く、くそう!」

ヤマトタケルは力尽き倒れた。そこに、ジャオームが近づく。

「ここで終わるか、タケル……残念ぜよ……おんしゃは好敵手に打ち勝てなかったぜよ」

「ら、ライバル……」

「そうじゃ。おんしゃの今まで戦った相手……その全ても所詮、それ以下ということぜよ」

「お、俺の戦った相手……ライバル……好敵……友……」

「そうじゃ! そいつら、全てがちっぽけだんじゃー!」

「!!」


 タケルはその瞬間思った。

(俺の戦ってきた相手……天狗、烏丸、犬神、般若、我王……そして、ベン……

こいつらが全てちっぽけだった?……いや、そんなことはねぇ……

どいつもスゲェ相手だった……その強さに怯え、勝負への信念に尊敬すらした……

そんなヤツラがちっぽけのハズがねぇ!……そんなことはねぇ!)


「うおおおーッ! そうじゃねぇーッ!!」

ヤマトタケルは勢い良く跳ね起きた。

「お。まだやれるのか?」

「当たり前だー! 俺が戦ってきた相手はどいつも俺より強かった……だけどよ、それを俺は乗り越え、そいつらの魂を背負ってきたんだーッ! おおおッ!」

ヤマトタケルが眩く発光すると、機体が4体に分身していった。

四本の剣を持つ体が四体に増殖し、合計十六本の剣がジャオームに向けられた。

「ほう……こいつは手強そうぜよ……おんしゃ、やっと本気になったようぜよ」

「うらああーッ!」

「見えるぜよ、おんしゃの戦った相手の魂が……これは烏丸、これは我王……そして!」

ヤマトタケルの攻撃が、ジャオームの機体の装甲を剥ぎ取ってゆく。

「この強大なのが……あの狼! ベンというヤツのじゃな!?」

「そうだ! こいつらの魂を俺は背負った!」


 ズガガガッ!


 空中に弾き飛ばされたジャオーム。その機体はズタズタに引き裂かれていた。

「ふふ……こ、これでいい……これで、ワシも……」

「りょ、リョーマー!」

ジャオームの機体の表面がヒビ割れ、その体内から無数の光線が放たれた。

「お、教えるぜよ……い、いや、ワシが教えなくても、おんしゃにはわかっている……か……」

ジャオームから放たれた光がヤマトタケルを照らす。すると、リョーマの意思がタケルに届いた。


(これは、リョーマの精神……これがおまえだというのか!?)

(そうじゃ、タケル……ワシらの肉体は崩壊し、今のように精神だけが生きているぜよ……)

(どうしてだ? 何故こうなった?)

(おんしゃと撫子の超攻撃のせいで、地球は壊滅的ダメージを受ける寸前だった……だが、そこで撫子の放った技によって、ワシらはこうして精神体として黒い大渦の中に取り込まれたんじゃ……)

(俺たちは、黒い大渦のおかげで助かったというのか?……いや、この状況が助かったと言えるのか?)

(そういう問題じゃないぜよ、タケル……サイは投げられ終局を迎えた……だから、おんしゃがいる……)

(意味がわからないぜ……俺は何をすればいいんだ?)

(全ての感情、絆、そして因果。これらを真っ白に返すんじゃ……それが唯一、黒い大渦を打ち破るぜよ)

(インガをまっ白に……それにはどうすればいい? 俺は何をしたらいいんだ!?)

(簡単ぜよ……ワシを倒したように、残りの瑠璃玉をあつめればいいんじゃ……)

(瑠璃玉だと……?)

すると、リョーマの精神から輝くひとつの玉が現れた。

(すべての瑠璃玉を、おんしゃの体内に宿すぜよ……それだけぜよ……)

(すると、伝説の武神機から全ての瑠璃玉を集めればいいってことか……だけどよ……)

(大丈夫ぜよ……おんしゃはワシを倒した……それでおんしゃに勝てる相手はいないぜよ……)

(そうなのか……俺はそんなに強くなれたのか?)

(強さじゃないぜよ……ワシはもともとおんしゃとひとつだったんじゃから……それがひとつに……)

リョーマの声は、だんだんと小さくなっていった。

(聞こえねぇぞ!? 俺とおまえがひとつ?……どういうこった!)

(いまにわかる……タケルよ……ワシは楽しかったぜよ……さ、最高にな……)

(リョーマ! 消えるな!)

(さらば我が友! そして、もうひとりのワシ……さらば……ぜ……よ……)

リョーマの声はそこで途絶えてしまった。


 タケルの目の前には、リョーマから授かった瑠璃玉だけが優しく輝いていた。

タケルはそれを両手で受け止めると、目を閉じ、リョーマとの思い出を思い返していた。

「りょう……ま……リョーマ……うぅ……!」


 それにしても。黒い大渦の中にいるタケルの使命とはなんだろうか?

リョーマから託された謎の言葉。その答えが全て明かされるのも、もうすぐだった。





「来ますね……」

黒い大渦の空間に、少年のような声が静かに響いた。そこに、ひとりの少年が立ち上がった。

「ウン、そろそろ来るね♪」

もうひとつの声は女の子で、その声は心躍るように弾んでいた。

それは、シャルルとポリニャックだった。

「それにしても、タケルさんのこのインガ……以前とまるでちがう……まさか」

「そうだね。変わったっていうか、変われたっていうか」

「それを言うならポリニャックさん、ひとつになった……ですか?」

「ああ、そうそう! そうだよ、タケルはやっとひとつになったんだよ」


 シャルルとポリニャックの意味深な言葉。その意味とは?


「よお、待たせたな」

「タケルさん……お待ちしてました」

「もう、待ちくたびれちゃったよ。早くやろ!」

「フン……てめぇらも、全てわかっているようだな?」

「ハイ、そうですね。それはあなたも同じでしょ、タケルさん?……いや、古の勇者タケル……」

「ヘン! 何でもお見通しか? 相変わらず頭の切れるヤロウだぜ……いったい誰に似たのやら」

「はは。まちがいなく父さんではないことは確かですね」

「言ってくれるぜ……出来の良すぎる息子を持つと苦労するぜ」

「やっとボクがあなたの息子だということを思い出してくれたみたいですね」

「ああ……おまえは俺の息子だ。古の大戦時、萌と俺との間に出来た子供だ」

「え?……そ、そうだったの? ビックリ!」

ポリニャックは驚いていた。だが、それは無理もない。


 タケルは静かに語り出した。

「古の大戦……俺は黒い大渦を封印した。そして、萌と赤ん坊であるおまえと共に、ヤマトの世界の要石

に精神を封印した……だが、長い永い年月が経ったある日、その封印は破られた……」

「成人の儀式に訪れたキトラさんと撫子さんですね?」

「そうだ。あいつらがシャルル、おめぇの精神だけを眠りから起こしたんだ。そして、おめぇは般若によって助け出され、レジオン王の子供として育った……」

「はい。インガが強かったボクは、ヤマトの国から逃れるためにミブキの森に篭った。メイプおばあちゃんと共に……そして五年後、そこで父さんと再会したんですよね」

「ふぇ~、苦労してんだね、アンタ」

ポリニャックが茶々を入れた。

「考えてみれば因果な話だぜ。自分の子供に会うのに何年経ってんだ?」

「本当ですね。それに、地球に来た際に時間のズレが生じ、ボクはまた大きくなってしまったんですよ」

「まったく……親不孝っつーか、子供不幸っつーか……なんつーか、例えようもねぇや」

「それを言うなら父さんも……だって、あなたには父さんがふたりもいたんですから」

「あ? ああ、キトラのオヤジのアマテラスか……あれは豪快なオアヤジだったぜ! それと……」

タケルは少し間を置いた。

「本当の俺のオヤジな……どうしようもねぇヤツでな……大っキライだったぜ!」

「それも、親不孝って言うんですよ? 父さん」

「あっ、そうか! わはは! そうだったな、ぐわははは! は、腹いてー!」

「ははは、本当におもしろですね!」

タケルとポリニャックは、お互い声を荒げて笑った。

それを見たポリニャックは思った。

(いいなー……)


「さて。くだらねぇ世間話はこれくらいにしてと……」

「そうですね。黒い大渦を消滅させるかどうかは、父さん、あなたに掛かっているのですからね」

「ああ……それはリョーマに教えてもらったからわかる。どうすればいいかもわかった」

「では……」

「そうだな、やるしかねぇか」

「はい。では、ポリニャックさんは下がっていてください。最初にボクから行きますから」

「あ?……なに言ってんだオメー。 まさか、リョーマを倒した俺の力がわからないのか?」

「ちょっとタケル。いくらなんでも、ウチら二人がかりで勝てると思ってんの?」

ポリニャックが不満そうに言った。

「わからねぇのか……リョーマを倒し、おれはひとつになったんだぜ……」

タケルから発せられる無言の圧力からは、自身と確信が感じられた。

シャルルもポリニャクも、その勢いを感じ固唾を呑んだ。

「ポリニャックさん、二人で戦いましょう! 今の父さんは、今までのタケルではないのです!」

「う、わかったよ……なんとなくだけど、ウチもわかってきたよ……でも!」

ポリニャックは、そう言うが早いか、タケル目掛けてツメを突き出した!

ガシッ!

その腕を難なく掴むタケル。ギリギリと締め付けられ、苦しんでいるのはポリニャックだった。

「くっ! この!」

ポリニャックは足蹴りを繰り出した。

ガギィン!

タケルの頬にヒット! しかし、タケルは微動だにせず、顔色ひとつ変えなかった。

「ポリニャックさん、これでわかったでしょ。父さんは変わってしまったんです……本当の姿に……」

「くっ! じゃ、じゃあ伝説の武神機で勝負よ!」

ポリニャックは伝説の武神機アーマーゲイを呼び、シャルルはカムイを呼んだ。

しかし、タケルは動かない。武神機を呼ばない。

「どうしたの!? 早く呼びなよ!」

「いや、その必要はねぇ……オレならこのままでも戦ってやるぜ?……へへ」

なんという自身だろうか? タケルは生身のまま武神機と戦うと言うのか?

「父さん、ヤマトタケルを呼んでください……そうしないと意味はないのですから」

「しょーがねぇな、わかったぜ」


 今ここに。伝説の武神機の二対一の戦いが始まろうとしている。

それは、どんな熾烈で過酷な戦いになるのだろうか? だが、しかし。それは意外な幕引きとなった。


「オレの伝説の武神機ヤマトタケル……その真の姿を見ろ!」

ヤマトタケルが眩い光に包まれ、そこに現れたのは今までのヤマトタケルではなかった。

白銀の鎧に包まれた、神々しい光を放つ機体がそこにあった。

「これが、本当の姿……大和猛・新(ヤマトタケル・ネオ)だぜ!」

「こ、これが……父さんの力……ものすごいインガプレッシャーだ!」

「インガウェーブも相当なものだね……これほどまでとは、何かズルイ!」

「さぁて……どっからでも来い!」

「父さん! 胸を借りますよ!」

「タケル! 殺したいほど好きだよ!」

「うおおおッ!!」

ヤマトタケルは竜に変形し、超スピードでカムイの背後にまわった。

「う! うわあっ!?」

そして、カムイの右腕と右足を引き裂き、バランスを崩したカムイ目掛けて突撃するヤマトタケル・ネオ。

グシャア!

ヤアトタケルの尖った顎と爪によって、頭部を掻き毟り取られたカムイ。もはや反撃はできない。

「うう……このカムイよりも速いだなんて……!」

その様に呆気にとられていたポリニャックはハッとした。

「いない! タケルが!?」

「ここだぜ、ポリニャック!」

アーマーゲイの背後から、ヤマトタケル・ネオが突っ込んできた。

「うああッ!」

ガッギィン!

アーマーゲイは、背中の巨大な爪を展開させ、その攻撃をなんとか防いだ。

「やるなアーマーゲイ! やるなポリニャック! だがこれはどうだ!」

ヤマトタケル・ネオは人型形態に戻り、両腕と肩と足の装甲を展開し、ビームファングを放出した。

「うえ!……あれは!?」

「これが、ヤマトタケル・ネオの最も凶暴な形態……獣化形態!」

グオワアアッ!

その姿は、先程までの白銀の鎧に包まれた神々しさはなく、まさしく獣のようなおぞましい姿だった。

「そっ、そんな姿に変わったって! このアーマーゲイも負けてはいないよっ!」

アーマーゲイの背中の巨大な爪と両腕の爪が伸び、ヤマトタケル・ネオを襲う!

グワシィッ!

それを片手で軽々と掴んだヤマトタケル・ネオは、容赦なく握りつぶした。

そして、アーマーゲイを本体ごと上空へと引っ張り上げると、その勢いで爪と両腕を引き千切った。

更に、空中でビームファングで胴体を串刺しにすると、そのまま地面へ落下しながら叩きつけた。

ピカァ!

黒い大渦の中の超空間に、とてつもなく眩い超閃光が広がった。

勝負は一瞬だった。ヤマトタケル・ネオの足元には、崩壊した二機の武神機が横たわっていた。

そして、二個の瑠璃玉が機体内から吐き出されるように宙に浮いた。

ヤマトタケル・ネオは、それを体内に取り込むと、さらなる輝きと共にインガを増していった。

タケルは感じ取っていた。そして対話していた。消え行くシャルルの精神、ポリニャックの精神と。


「さすがですね、父さん……リョーマさんとひとつになった本当の父さんにはとても敵わない……」

「ああ、もともとオレとリョーマはひとりだった……だが、要石で眠る際に二つの精神に別れたらしい」

「ああ、くやしいなぁ……少しぐらいなら通用すると思ったのに……」

「ははは、父の背中は偉大だったろ? まだまだガキだな」

「でも、今度は負けませんよ。だから、また今度……」

「今度か……そうだな、今度を作らないとな」

「そうですよ……期待してます、父さん……誰よりも強い父さん……」

シャルルの精神は消えていった。タケルはニッコリ笑ってそれを見送った。


 タケルは、ポリニャックの精神を見つめる。だが、ポリニャックは精神が消滅することを阻んでいた。

「まだ……まだだよ! タケル!」

「……」

「まだ、ウチは消えたくないッ!」

「……何を、そんなに恐れているんだ?」

「え?……バカ! ウチは何も恐れてなんか……!」

「わかってるよ、オマエの強さは……オマエは強い、そして、獣人族の誇り高い精神を持っている……」

「フンだ! おだてたって!」

「だから弱い」

「なっ、なんだと!?」

「オマエは獣人族で一番強かった……だが、あまりにも強すぎたから敵ばかりで仲間がいなかった……」

「……仲間なんてくだらないよ! 獣人族は自分の闘争本能が全てなんだよ!」

「ポリニャック、おまえは自分の精神を封印し、無邪気な子供の性格を作った。そして、都合の良い時期になるまで眠りに入った……けどよ、本当にそうか?」

「な、なによ……どういうこと!?」

「おまえは自分を封印していたんじゃねぇ……無邪気なポリニャックは、仲間と楽しく暮らせて居心地が良かった。おまえの願望だったんじゃねぇか?」

「う……!」

「幼いポリニャックには、ベンやアジジ、キリリやシャルル、紅薔薇にボブソン達との多くの仲間との記憶がある。その記憶がある以上、今のおまえは本当のおまえじゃねぇんだよ!」 

「う!……うぅ!」

「さぁ、本当のポリニャックに戻れ! 本当のおまえは、そんなおまえじゃねぇハズだぜ!」

「ううううう!」

「俺がいる!……そして仲間がいる!……そんな世界を俺はもう一度作り出す!」

「ううう!……ああああッ!」

「俺を信じろッ! ポリニャック!」

「ううううぅ……あ……ぅ……だ、ダーリン?」

「……ああ! そうだぜ、ポリニャック!」

「ダーリン、ウチ、とってもヘンな夢を見ていただっぴょ?」

「ああ! ああ! そうさ、とってもヘンな夢を見ていただけだぜ!」

タケルは、ポリニャックの精神を抱きしめた。

「ダーリン……あたたかいだっぴょ……まるで、ウチのお兄ちゃんみたいだっぴょ」

「そうだな……俺はおまえのアニキになってやるよ」

「本当だっぴょか? わーい! うれしいだっぴょ!」

「はは! そんなに暴れるなよ、こら」

「うふふ……あ、そろそろウチ行くだっぴょ……あっちでベンも呼んでるだっぴょ」

「わかった……俺たちは兄妹だからな……またな」

「うん、バイバイ、お兄ちゃん!」

ポリニャックの精神は輝きながら上空へと消えていった。


 最強の獣人であったポリニャックは、強さと引き換えに仲間を失っていった。

その寂しさが、自分でも知らぬうちに、無邪気なポリニャックの性格を作り出していたのだ。

だが、これで、ポリニャックは強さを捨てることができた。

タケルとベンと兄妹になったことで、何物にも変えれない強さを得ることが出来たのだから。

だから、ポリニャックは笑っていた。だから、タケルも笑うことができた。





 タケルにはわかっていた。これから成すべき事。そして倒すべき相手。

その行き行く先には、当然のように撫子の姿があった。タケルは進む。進む。進む!

この右も左もない超空間。いや、上と下の区別すらわからない。そんな空間をどちらに行けば良いかなど、タケルには知る由もなかった。だが、タケルは確実に撫子に近づいていった。お互いが惹かれ合うように。この戦いを終わりにする為、地球を平和にする為、タケルは撫子に挑んだ。


 そして、終局が始まった。


「よく、ここまでこれたな……タケル」

「撫子……」

撫子と対峙するタケル。タケルは撫子の眼を睨み、撫子もタケルの眼を睨んだ。

超空間には、星々がキラキラと輝き、まるで宇宙全体を見渡しているようだった。

「オパージオ・ネメスにようこそ」

「オパージオ……ネメスだと? それがこの黒い大渦の名前なのか?」

「そうだ。オパージオ・ネメスとは、人間の邪念を吸い取り、無限に膨張していく存在なのだ……」

「教えろ……なぜ、オパージオ・ネメスはこの地球にやって来たんだ?」

「それには先ず、私自身の生い立ちも話さねばならないな……」

「長話は苦手だが、そうも言ってられねぇみてぇだな」

撫子は目を瞑ると、静かに話し始めた。

「オパージオ・ネメスは遥か銀河の彼方からやって来た……そして、私の住んでいた星の人間全てが邪気に染まった……結果、人間は自ら崩壊の一途を辿っていったよ……」

「黒い大渦は、オパージオ・ネメスは、宇宙からやって来たのか」

「私や銀杏、僅かに生き延びた人々は、その無念さからオパージオ・ネメスを調査しようと、この地球にやってきたのだ」

「初耳だぜ。おめぇが自分の事を話すなんてよ。まるっきり秘密にしたやがったくせに」

「話しても意味がないからだ……現に、古の大戦でも、封印するのがやっとだった……」

「それ言われると、返す言葉もねぇな……そこで、この俺と出会ったというワケか……」

「貴様はサムライとしてのインガを高め、最後には黒い大渦を封印するまで成長した……」

「最初は、俺を本気で殺そうとしたクセによ」

「ふふ、私の直感は当たっていたようだ。そして、古の大戦後、精神体となって要石で生き続けてきた私は、何万年もの間ずっと考えた……黒い大渦の邪気を消し去るには、さらに強大な邪気をもってコントロールすれば良いと考えた……」

「それが、おまえのヤマトで行った計画だったんだな?」

「そうだ。そして貴様との相打ちの際に肉体を失い。黒い大渦……オパージオ・ネメスの体内に取り込まれる事になってしまった……因果な話だがな……」


 タケルは少し間をおいて考えた。

「けどよ? 黒い……いや、オパージオ・ネメスに取り込まれた俺たちの精神は、どこか安らかだぜ?」

「そうなのだ。人の邪気を吸い取っている筈なのに、内部は邪気で満たされておらん……貴様の言うように安らぎすら覚える」

「どういうこった?」

「オパージオ・ネメスは、邪気を貯蔵しているのではない……むしろ浄化を行っていたのだ……そのせいで、童魔のような削りカスが生まれてしまったのも、仕方のないことなのだ……」

「ちょっと待てよ!? そうすると、ここでは、光と影が一緒になっているってことか?」

「簡単に言えばそうなる……その証拠に、 私の星で邪気に囚われて死んでいった者の魂の声が聞こえたのだ……彼らはこう言った」


(私たちは死んでしまったが不幸ではない……むしろ幸福に包まれている……)


「そう言った彼らの声は安らかだった」

「待てよ。オパージオ・ネメスの邪気に取り込まれたのに、何で幸せなんだ?」

「わからなかった……だが、今はわかる。彼らの言葉に迷いはない。気持ちに嘘が感じられない」

「そうか……そうなのか?……だったら、人はいずれ、この空間に飲み込まれた方が幸せだっていうのか? だったら、俺達の戦いは全く無意味だったってことなのか!?」

「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない……」

「まわりくどい言い方しやがって! じゃあ、死んでいったヤツラはどうなるんだ!?」

「それを今から決めるのであろう?……そして、それを決めるのがおまえなのだ……」

「だからか……だから、俺は今こうしている……おまえの前に立っているということだな?」

「意味のない事象などない。偶然は全て必然なのだ……生きとし生きるものは、己の因果をこの世に留める事無く、浄化され、無に戻る宿命なのだ……」

「それじゃあ、生きている意味なんてないじゃねぇか!」

「意味はある……因果を断ち切る事……それが生きる意味だ……」

「人がいるから因果があるのか……因果があるから人なのか……考えてもわからねぇってことはわかったぜ」

「……」

お互いふたりは見詰め合って沈黙した。

「ふふ……少しは利口になったようだな、タケル」

「ありがとよ……そんで? どうする? ここでおまえと戦って、因果を断ち切ればいいってことか?」

「そうではない……貴様との決着はもうついている」

「なんだと? おまえらしくねぇな? だったら、何故おれ達はここにいるんだ!」

「最後の因果を断ち切る為だ……貴様は、リョーマとの因果を経った事により、本当の自分を取り戻した……そして、シャルルとの戦いで親子の因果を経った……獣人とは兄弟の因果を……」

「ああ、そうだな……自分自身と、人の絆、親子、兄弟、友の因果は断ち切ったぜ……」

「残るは愛なのだよ、タケル」

「愛だと? 誰とだよ? まさか、おまえってことはないよな?」

すると、撫子の精神体は、タケルの目の前まで近づいてきた。そして、顔を寄せる撫子。

「な……撫子……」

「ふふ……タケル……貴様とは永い付き合いだったな…… 私は貴様の全てを理解しているよ……」

撫子は、タケルに腕をそっと絡めて抱きついた。ふたりの精神は重なった。

「撫子……おれは……」

そして、撫子はタケルの頬に軽く口付けをした。

「……撫子……」

「勘違いするな、馬鹿者め。私は貴様に敬意を払っただけだ。これはその印だ。地球では、こうするのが証でもあるんだろう?」

「ああ、まぁ……そ、そうだな」

「行くが良い、この先に。そこで貴様を待ち受けている試練を。そしてこの宇宙の未来を決めてくるのだ」

「わかった……そうするしかねぇみたいだな……」


 撫子は、伝説の武神機、コスモス・ネオを呼び出した。タケルもそれに答えるようにヤマトタケル・ネオを呼び出した。お互いの武神機は、共鳴するかのように惹かれ合いながらインガを放っていた。


「……こうしていると思い出すな。貴様と初めて戦った時を……」

「ああ、キサマはサムライか? なんて言いながら蹴りくれやがったな、へへ……」

「ふふ……あの時から始まったのだな……そしていま終わろうとしている……」

「そうだ……行くぜ……!」

「貴様との因果を終わりにするッ!」


 両機の激しい激突! 閃光が弾けながら闇夜を明るく照らす。その凄まじい衝撃に、空の星々までも落ちてきそうだった。勝負は長引く事はなかった。お互いは、最大の技を繰り出そうとしていた。


「へん! 結局、こういう事になっちまうな! おめぇのその槍が勝つか? この俺の剣が勝つか!?」

「我の天明神槍と相成る技……天明神剣とでも名づけるか? タケル!」

「そのネーミングいただきだぜ! うおおッ!!」

「えやああッ!!」


 強大なインガの衝突は、爆発を瞬時に包み込む煌きによってあたり全てを一瞬のうちに染めた。

タケルと撫子。それは技と技のぶつかり合いではない。インガと因果のぶつかり合いなのだ。


「撫子……」

「ふっ……強くなったな、タケル……これでおまえは立派な……サムライだ……」

「撫子ーッ!」

「来るな!」

コスモス・ネオは大破していた。左腕右足はちぎれ、機体の各所にはヒビが入り、火花が散っていた。

「おまえ……こうなる事を……」

「当然だ……この空間には黒い大渦の邪気は存在しない……もともと、その邪気をインガに変えていた私の力が貴様に劣るのは当然のことだ……だが、見事だったよ……」

コスモス・ネオは、今にも崩れ落ちそうだった。タケルはとっさに側に近寄った。

「来るなと言っている! まだ貴様にはやるべき事があるだろう!? タケル!」

「や、やめろーッ!」

コスモス・ネオは、瀕死の状態でヤマトタケル・ネオに突撃していった。


 ブズッ!


 ヤマトタケル・ネオの刀は、コスモス・ネオの胸部を貫いていた。

切り裂かれたコクピットからは、撫子の顔が見えた。

「撫子……何故こうなるとわかって戦いを挑んだんだ? 瑠璃玉さえ渡せば良かったんだぞ!」

「いや、この機体、コスモス・ネオには瑠璃玉はないよ……」

「なに、どうしてだ? だって、こいつは伝説の武神機……」

「そうだ、コスモス・ネオは伝説の武神機だが、それに認められた者しか瑠璃玉は宿らない……」

「すると、おまえは……伝説の武神機乗りではなかったというのか?……バカな! じゃあ誰が!?」

「私は、黒い大渦の力によってこの武神機を動かしていたに過ぎない……それは、本当の認められし者の精神と一体化することによって成し得た力だったのだ……」

「なん……だと?……すると、そいつは……」

「飛鳥萌」

「…萌だと?」

「彼女に会え。全てはそこで明かされる……さらばだ、タケル……」

「ま、待て! 待ってくれッ!」

「私は充実しているよ……こんなに素晴らしい戦いを、体に刻み込むことが出来た……」

「撫子ッ!」

「これで……安心して……任せられ……る……」

「な……撫子ーッ!!」


 全てが白い閃光で包まれた。タケルが目の眩みを終えると同時にそこには。


「萌……おまえが……」

「……」


 タケルの目前には、タケルの幼馴染である飛鳥萌がひとり佇んでいた。

ゆっくりと目を開け、タケルの方を振り向いた萌の表情は、悲しみに包まれていた。

そして、その後ろには、巨大な意識を感じた。オパージオ・ネメスの意識がそこにあった。


「萌…おまえが…オパージオ・ネメスだったのか?」

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