第27話 血縁のない絆

猿は黒蜜を舐めようとして

その体を壷にめり込ませてしまった

獏は黒蜜を舐めようとして

その舌が進化して伸びるまで待ったという

結果と過程のどちらを重んじるか

そこに正しい選択肢など存在しない



 第二十七話 『血縁のない絆』



「待ってろよ! アマテラスの大将! いや……オヤジッ!」

タケルの乗る大和猛は、猛スピードで戦武艦『光明』へと向かった。

しかし、朱雀という仮面を被ったリョーマの操る武神機、『芭王無(バオーム)』。

その攻撃によって半壊させられた光明は、今にも落ちようとしていた。

ブリッジからは黒煙がモクモクと立ち上り、ほとんどの兵が息絶えていた。

アマテラスは顔から流血しつつも、かろうじて生きていた。


「ま、まだじゃ……こんなところでワシは死ぬ訳にはいかないのだ……キトラと撫子が復活するまではな!」

ブオオッ!

光明の半壊したブリッジに顔を覗かせたバオーム。

「くくくッ! 無様じゃのお、アマテラスさんよ!」

「その声は……キサマは犬神の部隊にいた男か……たしかリョーマとか言った……」

「よく憶えていたな。おんしゃには感謝しとるぜよ。ワシをヤマトのサムライとしてコキ使ってくれたが、今ではおんしゃ以上の力を持つことができた! わはははッ!」

「ヤマトのサムライだった貴様が、何故レジオヌール軍に手を貸すのだ?」

「復讐ぜよ!」

「復讐だと?……このワシにか?」

「そうじゃ、おんしゃはワシらをゴミ扱いし、ダハンの村を壊滅させた。その怨みは憎んでも憎みきれんき!」

「貴様はダハンの村出身であったか……」

「タケルに敗れた瀕死のワシを、シャルルは助けてくれた。そしてこの武神機まで与えてくれたんじゃ!」

「その武神機……特別な装置を搭載しているというのか・・・そうか、あの小童め! ふふ、そこまで利用するというのか」

「どういう意味じゃ?……まるでこのワシが騙されているような言い方じゃな!」

「愚か者め! よく考えてみろ。シャルルはキサマ以上のインガを持ちながら、何故、自分でその武神機を操ろうとせんのじゃ? 何故、貴様如きに与えたのじゃ?」

「だ、だから、そこがおんしゃと器の違うところなんじゃ! たぶんシャルルは戦闘が苦手で……だから」

「ゴミの考えなぞその程度……所詮キサマはタケルにも劣らずの愚か者だ!」

「ぐううッ! ワシが利用されているというのか? 

「その通りじゃ、愚か者め!」

「こっ、これ以上ワシをバカにするのは許せんき! ワシが地獄で味わった屈辱を、何十倍にもして返してやるわいッ! 死ねいッ!」

バシュオオオォッ!

バオームのムチのように伸びた剣が、ブリッジに向かって突き刺さる! その時!

バッギィィン!

「ぬぐぐ!……まだ邪魔をするのか! タケルッ!」

ブリッジの直前で、バオームの剣を弾き飛ばしたヤマトタケル。

「へへっ、何とか間に合ったようだな。生きてるかアマテラスの大将!」

「今頃遅いわ、この役立たずめ!」

「相変わらず口の悪い大将だな。こっちもいろいろと大変だったんだからよ」

「真実を知ったというワケじゃな?」

「……ああ、そういうことになるな……」


 キトラの肉体を持つタケルの精神。

精神は違っていても、目の前にいるのは、この肉体を与えてくれた父親なのだ。

タケルは、この奇妙な血縁に少し戸惑っていた。


「ならば貴様が、この世界で何を成すべきか理解したのだな、我が息子キトラよ?」

「……いや、俺はアンタが思っているキトラでもねぇ、ましてや地球を封印した古のタケルでもねぇ……」

「すると貴様はいったい誰だと言うのだ?」

「へへっ、俺自身よくわかってねぇんだが、第三の人格者であるタケル……らしいぜ?

「な、何じゃと!?」

「それでも俺の肉体は、アンタとの血縁を感じている。アンタとの絆を理解しているんだ! だから守る!」

タケルは目の前にいる朱雀とバオームを睨みつけた。

「……ふん、どういう関係か知らんが、どうやらタケルとアマテラスは親子ってことかいの?……ふふふ……ふわーはっはぁ!」

「?……何がおかしいんでぇ、リョーマ!」

「父親にはダハンの村を壊滅させられ、その息子には屈辱により地獄に突き落とされた……これが笑わずにいられるか! 親子そろってワシをバカにしおって!」

「ふん、所詮、貴様はそうなる運命だったんじゃ、諦めい!」

「そうやってキサマはワシらを見下してきたんじゃ! 弱き者の気持ちを知れ! アマテラス!」

「世の中には、弱き者を導く強き者が必要なのじゃ! それに今のキサマこそ、弱き者を見下す張本人ではないのか?」

「うっ、うるさいぜよ! ワシはもうこりごりじゃ! 貧困と絶望の生活は、腐った垢のようにいつまでもこびりついてくるんじゃ……今こそ、そんな世界から抜け出すぜよ!」

「器がちいせぇんだよ、テメェは!」

ガッゴォン!

ヤマトタケルの一撃が、バオームの後頭部を強打した。

「くっ!いつの間に!」

「テメェがくだらねぇ話をベラベラしてるからだ。スキだらけだぜ!」

「結局、己の運命を悲観的にしか捉えない、哀れな男だったというワケじゃな……そんな男が力を手にしても、無用の長物! さっさと我の前から立ち去れぃッ!」

アマテラスのこの一言がリョーマを変えてしまった。


「!……ぉ……のれ!」

それは声にならないような震えた声だった。

「おのれ! おのれ! おのれッ! うをおおおーーーッ!」

ボオシュオォッ!

突如、朱雀のインガが、劇的に飛躍した。

「うぐッ! な、なんだ、この激流のようなインガは!」

バオームから噴出し続ける強大なインガ。それはどんどん大きく膨らみ、上空へと広がっていった。

「あ、あれは……まさかッ!」

「わはははははーーーーッ!!!」

戦武艦光明よりも巨大に膨張した朱雀のインガ。緑色に輝く光は、ある形へと変わっていった。

それは朱雀自身であった。

「なんだとッ? 巨大なインガの光がリョーマに変わった!?」


 遠く離れた戦武艦シトヴァイエンから、その様を目にしたシャルル。

「あれはバースト……リョーマが、いや朱雀がバーストしたというのですか……」

「はい、シャルル様、あやつは以前にもバーストしたそうですが、今回はちょっと違うようです」

「バーストとはインガの終局形態。それを続けると己の破滅を招くといいますが、朱雀は自分なりにバーストを押さえ込み、自分のものにしたようですね……」

「ヤツの怨念がそうさせたのでしょうか?」

「インガとは、人の意思とは……時に常識すらも超えてしまうものなのです。このような不確定なものが、不確定な者によって使われるのは危険なんです……」

空を覆う緑色のインガ。それを悲しい瞳で見詰めるシャルルは何を思うのか。


「わははははッ! 見たかタケル! これがワシの究極の力ぜよッ!」

巨大なインガの光となった朱雀。その大きさは戦武艦光明を超えていた。

「ち! 何てバカでけぇんだ! 一体リョーマの体はどうなっちまったんだ!?」

「タケルよ、今はおんしゃがとても小さく見えるぜよ!」

リョーマは小さく見えるヤマトタケルを見下し、ぺろりと舌なめずりをした。

ギンッ!

リョーマは剣を構え、ヤマトタケルを睨んだ。

「ぐっ! なんて威圧感なんだ! これで攻撃を喰らったら、光明はひとたまりもねぇ! 何とかしねぇと!」

「何とかするじゃと? おもしろい! 出来るものなら何とかしてみろ、タケル!!」

バッシュウウッ!

リョーマのインガが剣を振り下ろした。

ガギャァンッ!

それをなんとか刀で受け止めたヤマトタケル。だがその威力は、あまりにも圧倒的であった。

「ぐわぁッ! な、何てパワーなんだ! これは怨念のインガ……リョーマ! このインガは危険だ!」

「何を今更言っているんじゃ! ワシの恨みがインガの力をここまで強大にしたんじゃ! インガとは怨みのパワー! 憎めば憎むほど強くなっていくぜよ!」

「そ、そうなのか……バーストの正体は、怨みのインガだってのか?」

「ふふふ、思い出してみるがいいぜよ。おんしゃが強くなった原動力は何だったかを!」

「た、確かに、俺のインガが強くなっていったのは怒りだった……それがこれほどまでの力になるのか?」

「キサマにはわからんぜよ。生まれてから飢えと貧困の中で、ワシらがどれほど必死で生き抜いてきたのかを……無神経であっけらかんとしたキサマにはわからんのじゃぁッ!」

グオオオッ!

さらに膨れ上がる朱雀のインガが、タケルを圧迫していく。

「うぐぐッ!……さらに上がるってのか!? 持ちこたえられないッ!」

バリバリバリッ!

巨大なインガの光となった朱雀と、ヤマトタケルの刀がぶつかり合う。

「こんなもんかタケル! もっと憎しみのインガを増大してみるぜよ! タケルッ!」

「憎しみ……憎しみだとぉッ!?」

「そうじゃ! そうすればおんしゃもこの力を手に入れることができるんじゃ! 素晴らしいこの力をッ!」


 タケルは心の中で考えた。

(憎しみの心がインガを強くさせるのは、今のリョーマを見てわかった。

だったら俺も憎しみの力を上げれば、もっと強いインガを手にできるハズ。

俺にもあるはずだ。心の奥底にある憎しみが。これはキトラの心、それともタケルの……

……しかし、それは間違っていないのか?

確かにキトラの肉体には憎しみの力が宿っていた……それに目覚めた俺のインガは大きくアップした……

だが、あの力は使ってはいけない……何故かわからねぇが、人を不幸にするインガだ!)


「終わりだッ!タケル!」

「ぐおおっ!……うわああッ!」

バリバリバリッ!ギャアン!

更なる光が空を覆う。光が弾け、閃光が飛び散る。

そこに残っていたのは、朱雀のインガだけだった。

ヤマトタケルの機体は、萎んだ風船のようにインガが抜けて落下していった。

「これでわかったようじゃの! 強いのワシじゃ! わはははッ!」

(完全に負けた……リョーマの憎しみのインガに、俺のインガはかなわなかった……)

もうろうとする意識の中、タケルは己の無力さを実感していた。


「次は光明じゃ! 光明を落とすぜよ!」

バシュウッ! 光明のブリッジに襲い掛かる朱雀だったが、目眩を覚えてよろめいた。

「くうっ、この状態を保っているのは、かなりのインガを消耗するき……次の一撃で決めるぜよ!」

「光明の砲座を全て集中せよ! 必ず落とすのじゃ!」

ドババッ! ドバババッ!

光明の全砲座集中攻撃。しかし、インガの光となった朱雀には、弾は突き抜けて全く効果がなかった。

「だめですアマテラス様! 砲撃が効きません!」

「おのれ、リョーマ! 下民風情が!」

「その下民風情に殺される気分はどうじゃ? ワシの怨みを思い知れ! アマテラス!」


 バシュオオオッ!


 リョーマの巨大な一太刀が、光明を襲った!

閃光が弾け飛び、光が散っていった。だが、しかし。直撃を受けた光明は、なんと無事であった。

「ぬ!」

光明の遥か上空を見上げるリョーマ。そこには三機の武神機の姿があった。

そのうちの一機の放った光。その一閃が、リョーマの攻撃を防いだのだった。

「お、お! あのインガ、そしてあの伝説の武神機……ついに蘇ったんじゃな、撫子ッ!」

アマテラスは上空に向かって叫んだ。


「……今は、光明をやらせるわけにはいかんのでな……」

冷たい視線で光明を見下ろす撫子。その姿は、飛鳥萌の姿ではなかった。

本来の撫子の肉体が、飛鳥萌の精神を取り込んだようだ。

撫子の乗っている武神機からは、神々しい光が溢れていた。

撫子の他のニ機の武神機には、烏丸神と鉄円が搭乗していた。

「どうやらあのリョーマという男がバーストしたようです、撫子様」

「……ふん、バーストしたところで、この伝説の武神機、『秋桜真(コスモスネオ)』の前では相手にならん」

撫子が手にした伝説の武神機。それは、この禁断の地に眠っていたのだろうか?

その力は、バーストした朱雀の攻撃を、いとも簡単に弾いてしまうほど強大だった。

「……飛鳥萌の精神は封じ込めたとはいえ、目覚めたばかりのこの力、まだ上手く調節できんようだな……よし、ついてこい、烏丸! 鉄!」

「はっ!」

「は、はいっ!」

バシュシュ!

リョーマの前に急降下していくコスモスネオ。それに続く烏丸神と鉄円。

(さすが撫子様。真の力に目覚め、伝説の武神機の力を得ただけはある……

さっきの一撃はまさに鬼神の如き力だった……あの力の前には、いくらタケルでも絶対に適わない……

タケル、撫子様に歯向うのは無意味な事なのよ……それに早く気付いてちょうだい)

円の複雑な心境には、まだタケルを救いたい気持ちが少なからず残っていたようだ。


「キサマ! ワシの邪魔をしおって……何者じゃ!」

「……誰に口を聞いておるのだ、この下賎の者めが……」

「おんしゃもそうとう生意気な口をきくようぜよ、ワシは朱雀じゃ!」

「ふん、名を名乗るだけ損だぞ……」

対峙する朱雀と撫子。凄まじいインガの火花が弾け合う。

「そ、その眩いまでの輝き、その神々しい井出達、まさに伝説の武神機! そして、この世界を統治するに相応しいインガ! 待っておったぞ、撫子!」

アマテラスの叫びに反応する撫子。

「お久しぶりです、父上……古の精神と同化し、地球復活の大インガを発動する時は来ました……まずは、この邪魔者を排除してごらんにいれましょう……」

「よし、全軍に告ぐ! この新たな武神機はワシの娘の撫子じゃ! ワシの右腕となる者に加担せよ!」

「……いえ、父上。ここは私におまかせを……」

「ハッ! このワシを倒すというちょるのか? おもしろい! やってもらうぜよ、でやぁ!」

「下賎の者が調子づきおって!」

パワァァァ!

撫子のコスモスネオから放たれたインガ。それはみるみる拡散し、朱雀のインガ全体を包んだ。

「何ッ! この力! ワシのインガが吸い取られていくだと!?」

みるみると小さく萎んでいく朱雀のインガ。そしてバオームから発せられていたインガが消えた。

「下賎な者の下衆なインガなどこの程度……さぁ、己の思い上がりを恥じて死ぬがいい!」

「ぐうッ! またワシをバカにしおって!」

朱雀はインガの力、心眼で、撫子の姿を投影した。

その姿は、リョーマが幼い頃見た事のある顔だった。それは、皇帝一族の顔だった。

「そうか、この姿……見たことがあるぜよ……きさまは、アマテラスの娘か!」

「ほう、よく我を知っていたな? 貴様のような田舎者が」

「昔、ワシの住んでいたダハンの村に、ヤマトの皇族の視察が来た時があった……そして、村の少ない食料を巻き上げ、贅沢にしていやがったあの時の幼い娘……それがキサマじゃな!」

「……ああ、ダハンという小汚い村があったのを我も覚えているよ……二度と行きたくない貧しい村だがな」

「ぐうぅ……どいつもこいつも村を、ワシらをバカにしおって……許さんぜよッ!!」

バシュオオオッ!

一度はそのインガを吸い尽くされた朱雀のバオーム。

しかし、更なる怨念のインガが、またもや巨大な光の朱雀を作り出した。

「……ほぉ、まだバーストするだけのインガが残っておったとは、なかなか見上げた男じゃ。よし、下衆という言葉を取り消そうぞ、下賎の者よ?」

「ワシをバカにしたらどうなるか、思い知らせちゃるぜよ!」

(ふふ……この男、使えるな)

撫子は不適な笑みを見せた。

「うおおおおッ!」

ドバシュウウッ!

巨大な光となった朱雀の攻撃!その強大な攻撃を喰らったら、光明といえども落ちるのは確実だ。

その前に立ちはだかる撫子のインガは、この攻撃を防ぎ切れるのだろうか?

スッ……

その瞬間、コスモスネオが少しだけ横に動いた。

バッチイイィンッ!

掌をかざし、その攻撃を受け止めるコスモスネオ。だが、弾かれたインガは、光の矢となって光明を襲う。

ボゴゴゴ! ゴッゴッゴッ!

無数のインガの矢が、次々と光明に直撃してしまった。

「ぐわぁ!」

光明のブリッジは爆発し、アマテラスの全身が炎に飲まれる。

ボボボゥ……

「はぁッ! はぁッ! どうじゃ! うまく防いだつもりらしいが、光明はこれで落ちた! ワシの力を思い知ったか!」

「……やはり下衆だな……」


側にいた烏丸神は思った。

(今、一瞬、撫子様はわざと攻撃を反らしたように見えた……まさか、わざと光明に直撃させるために……)

「うっ!!」

その瞬間、烏丸神の背筋が凍りついた。撫子のインガが、烏丸神に向けて突き刺さったからだ。

「……余計な事は詮索するな……よいな」

「はっ、も、申し訳ありません」

「やい! おんしゃら余所見してんじゃねぇぜよ!」

「ふふ……我がワザとそうしたのもわからぬか? 下賎の者よ」

どういうことだろうか?

自分の父であるアマテラスを守ろうとする撫子が、何故ワザと朱雀の攻撃を光明に反らしたのか。

「もうよい、我の前から消えるがいい……やっと馴染んだこの体、今度は全力で試してみるかな……」

「ぐぬぬ! この女!」


「待てッ!!」

 

 撫子とリョーマは、その声のした方向を見た。そこにいたのはヤマトタケルであった。

「おんしゃ……しょうこりもなく、またワシにやられにきおったのか!」

「タケルよ、今のそなたではこの男のインガに勝てはせん。下がっていろ」

「ち! まったく俺はお呼びじゃねぇってか? ん、撫子、てめぇ……」

「ふふ、飛鳥萌の精神を押さえ込んだのに気付いたか」

タケルは、萌の体が撫子に変化し、萌の精神は取り込まれた事をインガで察した。

「そうか、これで完全に萌の精神を乗っ取ったって事だな……」

「そういうことだ。これで益々我のインガは上がり、完全に近づいたのだ」

「とにかく今のワシの相手はこの女ぜよ! 下がっているぜよ、タケル!」

「た、確かにてめぇらのインガはデタラメに強い……でも俺は憎しみのインガは使わねぇ。目を覚ましやがれ、リョーマ!」

「まだそんなことを。腑抜けになったキサマに言われとうないわい!」

「それでも俺は、おまえをもとに戻す! ダハンの村で会った、あの時の優しいリョーマにもどす!」

「相変わらず甘い男だな、タケル……いいだろう、茶番は飽きた。我はこの場を引く、好きにせい」

撫子はそう言うと、コスモスネオを下がらせた。

「ちょっと待てや女! まだワシとの勝負はついちょらんぜよ!」

「……勝負だと? もともと勝負などした覚えはない。命が助かっただけでもありがたいと思え、下賎の男よ」

「ぐぬ! まぁええ、せいぜい高みの見物でもしてるぜよ。だが、タケルを殺ったら次はキサマの番じゃ!」

「おもしろい。見せてもらおうか、キサマの貧弱なインガをな」


烏丸神は思った。

(ちがう……撫子様はあえてこの場を引いたのだ。

まだ体が不完全な状態では、あの朱雀の未知なるインガに翻弄される危険がある……

それに、もし、タケルと手を組まれたらそれこそ厄介。撫子様はとても冷静な判断力を持ったお方なのだ)

烏丸神は、また撫子に睨まれると思い、それ以上、考えるのを止めた。


 バンッ!

撫子に背を向け、タケルを睨みつける朱雀。

朱雀が被った赤い兜の中では、リョーマが鋭い眼光でタケルを睨む。

「さぁ、とっとと始めようぜよ、タケル。次がつかえておるんじゃからな」

「リョーマ……憎しみのインガは危険だ。我狼乱のアジトで戦った時を思い出せ! オマエはその憎しみのインガで自滅したことを忘れたのか?」

「あれはまだワシのインガが不完全だったからじゃ。だが今は違う……あの時よりも格段に成長しちょるぜよ! ワシにはそれが手にとるようにわかるんじゃ!」

「違うぞリョーマ! その気分の高まりはインガが強くなったからじゃない。自分自身が憎しみに蝕まれているからだ! それは、終局のインガなんだ!」

「……ふん、しばらく会わないうちに、ずいぶんと詩人になったもんじゃのう。それが終局のインガかどうか戦ってみればわかるぜよ!」

「ち! これだけ言ってもまだわからねぇのか!」

(それにしても本当に今日の俺はどうしちまったんだ?

やけにおしゃべりだぜ……これもキトラの性格が出ているからなのか?)


「はあぁッ!」

リョーマのインガは巨大な光から凝縮し、バオームの全身を包んだ。

「はぁっ、はぁっ、キサマを殺るのにはこれで充分じゃ!」

「へん、わかってるぜ。インガを拡大させた状態じゃ、体に負担がかかって維持できねぇからだろ?」

「ふん、だから言っておるじゃろ。キサマならこの程度のインガで充分ぜよ!」

「まったく口の減らねぇヤロウだぜ! リョーマ!」

「それはお互い様ぜよ! タケル!」

ブオオッ! ガッギィィン! ドボゴォン!

耳を劈く刀と刀の弾け合う音。そして衝突する拳と蹴りの応酬。

「おおおッ!」

「だあああッ!」


 タケルと朱雀。最初、その戦いは互角だった。

憎しみの怨念を、インガの力に変えて戦う朱雀。

憎しみを抑え、リョーマを助けたいと願うタケル。

そして遂に、その均衡が崩れた。

あまりにも膨大な量のインガを、バーストによって放出した朱雀の動きが衰えてきた。

逆にタケルは、精神的な不安定を乗り越え、いつもの調子を取り戻しつつあった。

これが、ふたりの勝負に決定的な差をつけ始めていたのだ。


「ぐっ! くっそおぉ! バーストでインガを消費してなかったら、おんしゃなんぞに負けはせんぜよ!」

「それは違うぜリョーマ。おまえのインガは、もはや底をついている! それはおまえの怨念が薄れつつあるということだ!」

「バカな! ワシの憎しみはそんなにヤワじゃないぜよ……もっとパワーを出すんじゃ! バオームッ!」


 タケルとリョーマの戦いを、少し離れた場所で見守る撫子。

「……やはり下賎の者ではあの程度か。己の感情をコントロールできない人間の哀れな末路だな……」

「恐れながら申し上げます、撫子様。光明のアマテラス様の容態が危ういかと思われます。早急に援護に向かった方が得策かと思われますが……」

烏丸神の言葉に、撫子は冷静にこう答えた。

「……ほおっておけい。光明さえ無事ならそれでいいのだ。我が興味あるのは奴等の戦いだけだ……」

「し、しかしッ!……」

撫子は烏丸神を鋭い眼光で睨んだ。

「しかし……何じゃ?」

「うっ! い、いえ……申し訳ありません……」

撫子から発せられる圧迫感に、烏丸神はまたも声を失った。


 烏丸神は思った。

(撫子様は、なぜアマテラス様の危険を知りながら、お助けしないのだろうか?

それにリョーマの攻撃を、ワザと光明に受け流したようにも見えたが……)

シャリン!

「うっ!」

烏丸神が気付いた瞬間、コスモスネオの突き出した刀が、烏丸神の武神機の目前に宛がわれていた。

「……余計な詮索はすえうな、烏丸よ……」

烏丸神は、全身の毛穴から恐怖が一気に噴出した。

(私の考えなどすべて見抜いておられる……逆らうことは確実に死を意味する……

だが、このお方なら、きっとこの世界を救ってくれるだろう……)

烏丸神は、恐怖と同時に確信を得たのだった。

「それにしても、先に見えてしまった勝負など余興に欠けるというものだ……どれ、少し面白くしてやろう」

「な、撫子様、どうするおつもりですか?」

「……ふふ、まぁ見ておれ……」

撫子は、烏丸神の武神機に向けられた刀を、天にむかって掲げた。

すると、刀の先に黒く曇ったモヤが集まりだした。そして更に渦をまき、竜巻のように激しく回転し始めた。

「な、撫子様、その怨念は!? この戦場に留まっている死者達の憎しみだというのですか!?」

「……察しがいいな、烏丸よ。そうだ、これをあのリョーマという下賎の男に与えれば、もう少しタケルと互角の勝負ができよう」

「そ、それではタケルさんが倒されてしまう可能性も……」

「……もしそうなれば、タケルはその程度の男だったというわけだ、死んでもかまわん……」

「し、しかし、それでは大インガが発動できなくなるのではないのでしょうか?」

いままで黙っていた円が口を開いた。

「我は禁断の地の洞窟で、ある『鍵』を見つけたのだ。それがあれば大インガは発動できる。案ずるな」

撫子が見つけた『鍵』とは、一体何なのであろうか?


「それっ! 受けとれい、下賎の者よ!」

撫子の振るった刀の先から、竜巻のような怨念が、朱雀に向けて放出された。

「な、なんじゃこれは? うおわぁぁッ!」

バビュイィィィン!

それを全身に受けた朱雀のバオームは、突如、禍々しいインガを発し出した。

「うはははッ!? なんじゃこれは! 全身に力がみなぎってくるぜよ!」

「な、なんだと!?」

「あの女が何をしたか知らんが、この力があればタケルを殺れる! 死ねいッ! タケル!」

ガッギィィンッ!

「ぐっ! 何をした撫子! リョーマのインガがとんでもなく上がりやがったぜ!」

「……ふふ、なぁに、少しだけ余興を面白くしてやっただけだ、礼はいらんぞ?」

「バカヤロウ! 礼なんかするか! この野郎、完全にお遊び気分でいやがるぜ!」

生死を賭けた勝負ですら、撫子にとっては余興に過ぎないのだった。

人の命を虫ケラのようにしか考えていない事に、タケルは怒りを覚えた。


「余所見してる場合じゃないぜよ! タケル!」

「うおッ!?」

憎しみのインガが上昇したリョーマの攻撃! それをかろうじて避けるタケル。

「リョーマ! 撫子は、憎しみのインガをオマエに与えたんだぞ! それ以上、怨念を体内に取り込んだらどうかなっちまうぞ!」

タケルはこんな時でも、リョーマの事を心配していた。

しかし、それは、リョーマにとってますます不愉快に感じられた。

「勝負に集中せい、タケル! ワシは……ワシは全力を出したキサマにどうしても勝ちたいんじゃ! それが、ワシの唯一の存在理由なんじゃ! だからワシと全力で戦え!」

憎しみのインガを持つリョーマ。しかしそこには、邪念のない純粋な願望が込められていた。

「……そこまでして俺とやりてぇってことか……よし、いいぜ! やってやる!」

それを感じ取り、汲んでやったタケル。もうタケルの心に迷いはなかった。

「うおおおッ!」

バシュオッ!

タケルのインガが一気に膨れ上がった。

「それじゃ! そのインガじゃ! やっと本気になったようじゃな、タケル!」

「ああ、今の俺に迷いはないぜ……」

「よし! それでこそ倒し甲斐があるというものぜよ。そりゃ!」

ヤマトタケルにさっそうと斬りかかるバオーム。

「……リョーマ、おまえを助けたいという気持ちに迷いはない!」

「なんだと!? まだおんしゃは!」

「だから全力でてめぇを倒す! おおりゃ!」

「いいかげんにするぜよッ!」

バッギィン!

両者全力の斬り合い!

ヤマトタケルのインガの篭った鋭い太刀に、バオームの剣が折れて弾け飛ぶ!

「ぬうッ! バカな!」

「リョーマ! 俺は怒ってるんだぜ! てめぇがいつまでも、憎しみのインガに捕らわれていやがるからだ!」

「ふ、ふん! おんしゃも同じぜよ? 怒りをインガに変換して強くなったんじゃろ!?」

「違う……俺は少しだけわかったんだ……憎しみのインガは自滅に繋がる……だから俺は、おめぇを叱ってやることにしたんだ!」

「しっ、叱るじゃと?……おのれ、おんしゃはワシをバカにしくさって! たいがいにするぜよ!」

両手と両足のツメでヤマトタケルに猛然と迫るバオーム。

「いいかげんにするのは、てめぇだ! リョーマ!」

バリバリバリ! ガシュオォン!

しかし、その瞬間。雷鳴とともに、ヤマトタケルの機体に変化が起こった。

「なっ、なんじゃ! あれはッ!」

伝説の武神機ヤマトタケルは、人型の形態から著しい変化を遂げた。

その姿はまさに竜であった。

それは、邪神アドリエルの本来の姿に酷似していだが、それとはまた違っていた。

武神機ヤマトタケルでありながら、竜の姿に変形したのだった。

「な……なんじゃ、あれは?……あれも武神機だというのか?」

「俺も驚いているぜ……どうやらこれが、ヤマトタケルの隠された力らしいぜ……」

「そっ、それが、それがどうしたいうんじゃーッ!」

リョーマのバオームが、竜に変形したヤマトタケルを襲う。

「ワシは選ばれたサムライなんじゃ! この武神機を乗りこなし、いずれは伝説の武神機を手にいれるのに相応しい人間なんじゃ! 死ねッタケルッ!」

「目を覚ませー! リョーマーッ!」

竜に変形したヤマトタケルの口が開き、そこから灼熱の炎が吐き出された。

グボオアアァッ!

地獄の業火とも形容できる凄まじい炎が、バオームの機体を瞬く間に包んだ。

「うっ、うわぁーッ!」

朱雀のバオームはコントロールを失い、そのまま地上に落下していった。

ボッゴォン!

そして、崖の隙間へと深く落下していった。

「リョーマ、そのくらいで死ぬんじゃねぇぞ……必ずまた俺の前に現れてこい……今度は、別のカタチでな」

リョーマを思うタケルの気持ちは、はたしてリョーマに届いたのだろうか。


 リョーマの最後を、インガで感じ取ったシャルルと般若。

「朱雀がタケルに敗れたようです」

「そのようですね。完全に邪悪なインガがこの場から消えましたから」

「やはり、あのような男ではタケルに適わないということでしょうか?」

「確かに朱雀の放ったインガは凄まじかった……しかし、それすらをも超えてしまうほど、タケルさんのインガは純粋に強くなったのです」

「オボロギタケル……さすがは古の精神を継ぐだけのことはあるようですな」

「ふふっ、それに、最後に朱雀は、己のインガだけでタケルさんに切り掛かったようですしね」

「まさか、最後の最後で憎しみから解き放たれたとでも?」

「どうでしょう、そこまではわかりませんが、ね」

シャルルは、朱雀が散った遠くの空を眺めた。

「それにも増して、撫子さんの復活……どうやら、この世界は更なる混沌へと導かれていくようです」

「混沌ですか……それも、運命なのでしょうか? シャルル様」

「そうですね……もし、運命というものがあるのなら、おそらくそうなのでしょう。時代は今、確実に変革しつつあるようです」

シャルルと般若の意味深な言葉には、はたして何が隠されているのだろうか?



 そして戦いは終わり、深い傷を負った光明はなんとか地面に不時着することができた。

タケルはブリッジに飛び移り、アマテラスを抱きかかえて外へと救出した。

「大丈夫か! おい、しっかりしろ! 死ぬんじゃねぇぞ、大将!」

「……タケルか……見ておったぞ……その力を、大インガ発動まで高めるのじゃ……!」

「いいからもう喋るんじゃねぇ! おい! 救護班はまだ到着しねぇのか!?」

「それが別部隊はほぼ壊滅してしまったので……」

「ち! こうなったら俺のインガで!」

「無駄じゃ……余の体は余が一番よくわかっとる……も、もう手おくれじゃ……」

「へん、バカに弱気じゃねぇか! それがヤマトの国の統治者、アマテラスのセリフかよ!?」

「そんなことはどうでもよい……キトラよ、おまえはまだ完全にタケルの精神と一体化しとらんのじゃな?」

アマテラスはタケルの肩に手を置いた。

「ああ……どうやらそうみてぇだな。今の俺はキトラでもねぇ、古のタケルでもねぇんだ」

「永き年月を経て、言い伝え通りに事は運ばなかったか……だが余は満足しとるぞ……」

「いいから、しゃべるなって……」

「余の子であるキトラと撫子が、このヤマトの世界を変革に導いてくれるのだからな……」

タケルは撫子のことを思い出した。確かに撫子も、この世界を変えようとしている。

だがそれは、父アマテラスの意思とは違う方向へ向かっていると、タケルは感じた。

ザッ!

そこに、烏丸神と鉄円を従えた撫子が降り立った。

黒い衣装に黒いマントを羽織り、それが砂混じりの風にたなびいていた。

「撫子!」

タケルは無意識のうちに体を強張らせてしまった。

「……ふふ、そう気張るでないタケル……我らは双子の兄妹なのだ」

「へん! それはてめぇとキトラのことだろ! 俺には関係ねぇぜ!」

「ふふ、関係ないときたか……」

「リョーマとの死闘を楽しんで観戦してたテメェに、兄妹ズラして欲しくねぇもんだな!」

「……そなたの力を目覚めさせるべく、好敵手を差し向けたのだ。もっと喜んでくれるかと思ったがな……」

「うるせぇ! 余計なお世話だぜ!」

「だが、その様子では、まだ完全に目覚めるには程遠いようだな……」

「そうだ……目覚めるのだキトラよ……撫子のようにな……ごふっ!」

「喋るんじゃねぇオヤジ! 傷が開く!」

「……父上、もう少しの辛抱です……」


 アマテラスを見る撫子の視線。

それは重症を負った父を見る哀しみの目でなく、腐乱した死体でも見るかのような冷たい目であった。


「……そうだ、それでよいのだ撫子……おまえは完全に大いなる意思を継いだようじゃな……」

「ちょっと待てやオヤジ! それでいいのかよ! アンタの願いは撫子に通じちゃいねぇんだぞ!?」

撫子はその言葉に動じることなく、冷ややかな目でタケルを見た。

「……どういう意味だ、タケル? 我は父の意思を受け継ぎ、このヤマトの世界に永遠の平和を築こうとしているのだぞ……そのための『地球復活』なのだ」

「へん! 地球には、黒い渦によって生み出された敵が封じ込められているんだぞ! もしそいつらが復活してヤマトを襲ったらどうする!」

タケルは立ち上がって撫子を睨みつけた。

「……よいのじゃタケル……」

「オヤジ!」

「……余の使命は、こうして古の精神を我が子に受け継がせる事……それが出来ただけで満足なんじゃ」

「だ、だからって!……」

タケルは次の言葉に詰まって何も言えなかった。

満足な顔をしているアマテラスに対して、何も言えなかった。


 人は結果に全てを見出すのではない。

過程に充実があれば、そこに夢を見出せる。

アマテラスの行ってきた独裁政治は、方法としては間違っていたのかもしれない。

しかし、意思を貫き通した強き心は、崇高なる高みの中で明るい光となり昇華していくのだった。

初めからそこに間違った道など存在しない。

立ち止まって振り返り、後悔した時こそが誤った道になるのだと。

タケルは人の生き方の中に、無限の道があることを知った。

その無数の道のどれかを選択するのは、紛れもなく自分自身なのだから。


「……この世界のことを……頼んだぞ……キトラ、撫子……」

「心得ました父上……どうか安らかに眠ってください……」

アマテラスの手を取る撫子。

「……オヤジと呼ばれるのも……わ、悪く……なかった……ぞ……タケ……ル……」

その言葉を最後に、アマテラスは目を閉じた。

「お、オヤジ! おやじぃーーッ!!」

ヤマトの世界最大の軍事国家を築いた皇帝アマテラス。

独裁者でありながら、秩序と統制を保ってきた皇帝の最後。

その最後はあまりにも呆気なく、あまりにも相応しくない言葉だった。


「う、うおおおッ……!」

タケルは上を向いて大声で吼えた。

その悲しい声は、生まれながらにして父親の愛を知らない、古のタケルの気持ち。

そして生まれながらにして、厳格であったが誇りに思う父を亡くしたキトラの気持ち。

その両方が、今のタケルの頬を涙で濡らしたのだった。


「父上は死んだ……これからは我らでヤマトの世界を統治し、地球復活を実現させるのだ、キトラよ」

「ちがう……そうじゃない……」

「いま何と言った? もういちど聞くぞ」

「アマテラスは……オヤジは最後に気付いたんだ。本当にこの世界を平和にする為にはどうしたらいいのか、それを俺はオヤジに教えてもらった……」

「キトラ、我らが大いなる意思に選ばれし者だという事を忘れたのか?」

「大いなる意思かどうかは知らねぇが、何かをしなくちゃいけねぇのはわかっている」

「その者は確かに父ではあったが、大いなる意思の前では、ただの道具となる運命だったのだ。それがわからぬか?」

「へん、運命ってヤツか?……しかし俺はキトラでもないし、古の精神タケルでもない……そのどっちでもねぇんだ。俺はこのヤマトの世界にいるタケルなんだ!……運命とか意思とかは関係ねぇんだよ!」

「タケルさん、あなたって人は!」

それを聞きかねた烏丸神が、続けて言おうとすると、撫子が手を出して止めた。

「どんな選択を取ろうが、結局は同じ運命を辿る。そなたがキトラであり、タケルである以上はな……」

撫子はタケルに近づいた。

「このやろう、やるってのか!?」

「ふふ、そう構えるでない」

「うっ!」

撫子はタケルの唇に唇を軽く重ねた。そして振り返るとその場を離れた。

タケルは呆然としたまま、その後姿を見送ったのだった。


 その先に現れた紅薔薇。

「紅薔薇! 無事だったのか!」

タケルが声を上げた。

「あぁ、なんとかね……それにしても相変わらずだね、撫子」

撫子は、紅薔薇と目を合わせることなくすれ違っていった。

「落ちこぼれに用はない……それが姉であろうとな……」

たったこれだけが、数年ぶりに会った姉妹の会話だった。

「な……!」

紅薔薇は拳を握り締め、唇を強く噛んだ。


 そして、タケルのもとに円が歩んできた。

「円か……」

「タケル、なぜ撫子様のご意思をわからないの? あなたはもうただのサムライではないのよ?」

「すまねぇな、円……俺自身、どうにもならねぇんだよ。俺の気持ちってヤツがな……」

「タケルは甘すぎるのよ! まるで子供だわ! 自分の気持ちよりも重要な意思がある事を、何でわからないの!?」

「自分の気持ちよりも重要な意思か……」

「そうよ!」

「じゃぁ円、てめぇは何にすがって生きているんだ?」

「え? なにって」

「何でそれに従わねぇといけねぇんだ!……答えろ! 円ッ!」

タケルは俯いたまま怒りの表情をあらわにした。

「……そんな事を考えている今のタケルでは、撫子様と共に、大いなる意思を受け継ぐ資格はないわ……」

円は困惑した表情で言った。そしてそのまま撫子の後を追った。

「タケルさん、このままでは、またあなたと戦わないといけないことになります。私達は争うべきではない。それを理解してくれることを祈ります……では」

烏丸神は、タケルにそう言い残すと、撫子と円の後を歩いていった。

腰に刺した笛を吹き、悲しそうな音色を奏で、そして砂嵐の向こうに消えていった。


 タケルは確かに理解していた。ヤマトの世界がもうすぐ崩壊することを。

それまでに地球を復活させなければならないことを。

そして、古のタケルの意思を継ぐことが、この世界に産み落とされたキトラの運命であることを。

「わかっている、わかっているんだ……けどよ……」


 何故人は、定められた運命に背き、別の道を歩もうとするのだろうか?

それは、人が人であるための選択であり、生きる証なのかもしれない。

そして、その選択を迫られたタケルの出した答えとはいったい?


「タケル、あたしもここを出ていくよ……一緒に連れてっておくれ」

「紅薔薇……俺がヤマトから出て行くって何でわかるんだ?」

「何言ってんだい……あんたならそうするに決まってるだろ、違うかい?」

紅薔薇は優しく笑い、タケルは鼻をこすって笑った。

「へへ、さすが紅薔薇、全部お見通しってワケか……じゃ、行くとするか!」

「はいよ、私自身はお荷物にはならないつもりだからさ」

「おいおい、そんな体じゃお荷物どころじゃねぇぜ? ま、大きな荷物がひとつ増えたと思えばいいか」

「ふふ……」

「へへへ……」

タケルは紅薔薇に肩を貸し歩いていった。

「待て!」

その時、タケルたちの前に立ち塞がるひとりの男。それは犬神善十郎だった。

「どういうつもりなのだ、タケル! おまえはヤマトを抜けてどうしようというのだ!? そ、それに紅薔薇様も、そんな男と一緒にいては何の得にもなりませんぞっ!」

「あ~ら、善十郎……あなたの側にいるよりはマシじゃなくて?」

「な、な……!」

「じゃね、バイ」

紅薔薇はくすりと笑った。

「ぐ……ぐぐぐっ! くっ、くそお~~~~っ!!」

犬神は両手の拳を地面に何度も叩きつけて悔しがった。


 タケルの正体は、アマテラスの息子キトラであった。

それがわかった以上、このヤマト国の次期皇帝はタケルに決まったようなものだった。

だが、その地位を捨て、老体の紅薔薇を連れてまで、何故ここを去っていくのか犬神には理解できなかった。

タケルという人間の、度量の広さを見せ付けらた犬神の心には、敗北の二文字が刻みこまれていた。


「ま、待てぇっ! ここから無事で帰られると思うのか!? 仮にもヤマトを抜けて脱走するとなれば、重罪は免れないのだぞ!」

「だからどうした?」

「な、なんだと~! き、キサマッ! 殺してやる!」

乱心した犬神は怒りのインガをまとい、刀を振りかぶってタケルに斬りかかってきた。

しかし、それが犬神の最後の抵抗であり、結果、虚しくも打ちのめされることになった。

パッキイィン!

犬神の全インガを放出したにもかかわらず、タケルは振り向きざま素手でその刀を払いのけた。

「てめぇのインガじゃあ、怒ってもその程度だぜ。リョーマの足元にもおよばねぇよ」

ザン。

折れて弾きとばされた刀が地面に突き刺さった。

「うぐッ!」

「犬神よ……怒りでは人の心を打つことはできねぇ……覚えときな」

タケル はもう犬神の顔を見ていなかった。

「くそっ! バカにしやがって! くそっ、くそっ! ううぅ~……」

あまりの力量の違いに声も出なくなった犬神は、その場に膝から崩れた。

真っ青な顔で、額から脂汗を流し、小刻みに震えているだけだった。

牙も向けられない、吼えることもできない。

負け犬は、ただ震えることしか出来なかった。

最大の屈辱を味わされた犬神の目は死んでいた。


「たーいちょ~☆! 銀杏も隊長についていくよっ☆!」

向こうから大きな声で銀杏が走ってきた。

「俺はもう隊長じゃねぇんだぞ、それでもいいのか?」

「うん☆だって、隊長……じゃなくてタケルと一緒にいるとおもしろいから!☆」

「へっ、勝手にしろや」

タケルは鼻をこすって笑うと、銀杏はタケルの腕にしがみついてきた。

「わ、私もタケルさんについていきます!」

次にそう言ったのは、武神機のメカニック兼武神機乗りのザクロであった。

「お、俺もです! タケルさん!」 「わたしもっ!」

次々にタケルについていくことを名乗り出るヤマトの兵たち。

それはタケルという男に、何か明るい希望を感じていたからだろう。

今までと同じ体制ではこの世界は何も変わらない、そう感じた者が大勢いたということだろう。

艦から降りてタケルについていく者は小数であったが、それでもタケルにとっては心強い味方であった。

残された兵たちは、罰するべき異常な行為を、黙って見ているしかなかった。

アマテラスを失ったヤマトの統率力は、すでに無いも同然だった。

「ち、ちくしょー! ちくしょーっ!!」

大きな夕日を背に、犬神は悔しがって負け犬のように吼える。

少数の兵と紅薔薇を連れて、夕日の先へと歩むタケル達。

その向こうには、これからの歩むべき明るい道が、照らされているようにも見えた。


 そして、戦武艦『シトヴァイエン』に戻ったシャルル。シャルルもまた、ブリッジから夕日を眺めていた。

「たった今、アマテラス殿のインガが消えました……」

「アマテラスも死に、全て計画通りでありますな、シャルル様」

「確かに計画通りです。しかしアマテラスの死が、良い結果をもたらしたとは思えない……逆に結束が強まってしまったような……そんな気がするんです」

般若はしばし無言だった。

「……話さなくて良かったのですか? シャルル様とタケルとの繋がりについてを……」

「運命という言葉はできるだけ使いたくないのですが……ふぅっ……これも何かの運命。話してしまったら、あの人は必ず情を抱くでしょう。そういう人です、タケルさんという人は……」

シャルルは夕日の先に、タケルの顔を投影していた。


(これも何かの運命か……タケルさんが、ボクの父親だということも……)


 血縁のない絆 絆のない血縁

人の繋がりとは、惹かれ合う運命なのだろうか?

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