第25話 禁断の地へ


悪意をさらけ出した羊と善意を被った狼

どちらが正しい心を持っているのか

それを決めるのは自分ではなく民衆

善意なき心に導かれる人はいないだろう



 第二十五話 『禁断の地へ』



 ここはヤマトの国。皇帝アマテラスの皇室。

レジオヌール国に総攻撃をかけたヤマトの軍。

しかし、そこに総大将であるシャルルのインガは感じられなかった。

シャルルのいない城を守る天狗は、紅薔薇との戦いの中で、信念を貫き通して死んでいった。

それによって心を乱された紅薔薇は、インガの力を肥大させ、老婆のようになり以前の美しさを失った。

後味の悪い戦闘の後、タケルは、シャルルが居ない事をアマテラスに報告した。


「何じゃと? レジオヌール城はもぬけのカラだったというわけじゃな」

「そういうこったぜ、アマテラスの大将。城の兵だけじゃなく、町のヤツラもみんなトンズラしてやがったぜ」

「ふむぅ!……」

「あそこを守っていたのは少数の兵と天狗だけだった……一体どこへ行きやがったんだ?」

「まさか……あやつめ!」

「どうしたい大将、そんな大声出して?」

「やつらはあそこへ……すでに気付いていたというのか?……いや、そんなハズはない……」

アマテラスは眉間にシワを寄せ、顎鬚をさすりながら考え込んだ。

「そういや、天狗のヤロウ、シャルルはどっかで儀式を行ってる最中とかなんとか言ってたな」

「まっ、まことか!? 本当にそう言っておったのか!?」

アマテラスはタケルの胸元を激しく摑んだ。

「く、苦しいぜ……天狗のヤロウが言ってたんだ……もうおまえらは間に合わないとかなんとか……」

ドシャ!

アマテラスはタケルの掴んだ襟首を無造作に放った。

「間違いないわ……あの小僧の向かった先、それは『禁断の地』だ!」

「禁断の地だと? そう言えばシャルルから聞いたことがあったな……この世界の最下層に誰も住んでないエリアがそう呼ばれているって……」

「うぬぬ!……こうしてはおれん! 一刻も早くやつらに追いつかねば! 緊急に発進の準備をいたせ!」

「また戦が始まるってワケね? わかったぜ!」

(それにしても大将のあの慌て方……『禁断の地』ってトコには一体どんな秘密が隠されているんだ……?)

アマテラスの慌てぶりに、タケルは重大な事だと感じ取ったのだった。


 タケルは、アマテラスの部屋を出て、治療室にいる紅薔薇の部屋へと向かった。

ドアを開け中に入ると、部屋の中は薄暗かった。 

そこには老婆のように衰弱しきった紅薔薇が、顔や手足に包帯を巻いて横たわっていた。

「紅薔薇、大丈夫か……?」

「……タケル……そこにいるのはタケルかい?」

「あぁ、俺はここにいるぜ」

タケルは紅薔薇の手を掴んで側にいるのを教えた。

「なんだか目が霞んで見えないし、声も聞こえづらいんだ……あたしの体は一体どうなってしまったんだい?

これもインガの反動ってヤツなのかい?」


 限界を超えたインガを発動した紅薔薇の体は、インガの応報により蝕まれていた。

白髪交じりの長い髪、シワだらけの皮膚……すべてが老化して衰えていたのだった。

まるで、歳をとった老人のようで、年齢にすると70歳は越えている容姿だった。

だが、紅薔薇は、自分の体に起こった変化に気づいていないようだった。

もし、それを知ってしまったなら、女である紅薔薇の悲しみは大きいだろう。


「大丈夫だ、ちょっと疲れているだけだ。直によくなるさ……」

タケルは優しく紅薔薇に毛布をかぶせた。

「……タケル、やさしいね……一時のあんたは悪魔のように冷酷だったのに……それともこの優しさも演技なのかい?」

「演技じゃねぇよ……俺にもよくわからんが、一時期の俺は、心の底から憎しみのインガに蝕まれていた……それが天狗の死に様を見てから、インガの怖さを思い知らされて……それで、なんだか変わった気がするんだ……」

「夢から醒めたってコトかい?」

「夢か。そうかもしれない……まるで、夢から覚めたように、俺の体は以前の俺とは違っていた……まるで、俺の体から悪い感情が封印されたような感じだ」

「そう……だけど、それじゃあオパールやネパールは浮かばれないよ……」

紅薔薇はタケルから視線を逸らした。

「いや、あいつらは生きている……」

「何だって? だって確かにあんたが首をはねて……」

「あれはヤマトの兵だ。ポリニャックの幻覚のインガで、オパール達とヤマトの兵をすりかえるチャンスを作ってやったのさ」

「そんなことを……」

「案の定、ポリニャックは俺の思惑通りにそれを行った……まぁ、上空から投げ捨てたのはさすがに酷かったが、あいつらを助けるにはああするしか方法がなかったんだ」

「そうだったんだ……」

「でも、俺の心がおかしくなったのは事実だ。あの烏丸神との戦いで、俺は怒りと情けなさで自分を見失った……それからあとは何も憶えちゃいねぇんだ……」

「萌のこともかい?」

「あいつは……死んだんだ……俺の責任だ……」

「ウソだ! 烏丸様との戦いで、両腕を失ったアンタを救ったのは萌だった。でもインガの反動で視力を失ってしまった萌はそのあと!……」

「やめろ! もうあいつの話はするな!……俺がいけなかったんだ……俺の力が足りないばっかりにあんなことになっちまった……俺はそんな自分を激しく呪ったんだ!」

「それで……それだからアンタは、もっと力をつけるために、ヤマトのサムライになったのかい?」

「……さぁな。だがあの状況で、俺はもっと大きな力を欲したのは確かだった……」

「あの時、アンタは突然、強大なインガを発した……突然、何かにとりつかれたように……」

「……」

「そこからアタシは気を失ってしまったから、どうなったかは憶えちゃいない。しばらくの昏睡状態から目が覚め、気がついたら侵入者として処刑されるべきアンタがアマテラス様のもとにいた……」

「俺のことを、利用価値があると思ったから処刑しなかっただけだろ?」

「確かにあの人は、私利私欲の為なら敵さえも受け入れるけど……でも、アンタとアマテラス様の間には、何か特別な感情があるような……そんな気がするんだ……」

「おいおい、ホモじゃねぇぞ、オレは」

「そういうことじゃなくって……」

「考えすぎだぜ。オマエだって、ヤマトの国を脱走したのにもとの白狐隊にもどれたじゃねぇか?」

「それはそうだけど……」

「ま、とにかく今はそんなくだらねぇこと考えるよりも、ゆっくり体を休めろよ」

「わかった、そうするよ……あ、あのさタケル、本当にあたしの体は何ともないのかい?」

「な、何言ってんだよ! 早く良くなって戦いに加わってくれよ。犬神のヤロウだけじゃ頼りねぇからな」

「ふふ、わかった。それじゃぁもうちょっと寝るね……体がだるいし疲れがとれてないみたいだから」

「ああ、おやすみな、紅薔薇……」


 パタン……

ドアを出たタケルはやりきれない気持ちでいっぱいだった。

老婆のようになった紅薔薇に、とても本当のことは言えなかった。

あの自慢の長い黒髪も、あの色気のある赤い唇も、あの頬も腕も足も。

(あれがインガの反動か……紅薔薇があんなに変わってしまうなんて……)


「ずいぶんとお優しいことですね、隊長?」

そこに、柱のカゲから犬神が現れた。

「てめぇ、いつからそこにいやがった?」

「ふふ、一部始終の話は聞きましたよ? あなたが死刑囚を逃がしたこともね。これをアマテラス様に報告したらどうなるでしょうか? ふふふ……」

「したけりゃすればいいさ」

「では、そうしましょうか。それで私の恨みも晴れる……」

「……」

「いや! そんなことで貴様を失脚させても意味がない! 貴様は私の手で直接地獄へ送らねば気がすまんのだからな!」

ドン! 犬神は壁を叩きつけた。

「へん、全て俺のせいにしやがって、相変わらず悪いクセだな。それよりも、紅薔薇をちっとは労わってやったらどうなんだ? てめぇは紅薔薇が好きなんだろ?」

「ふっ、冗談ではない。私が好いていたのは薔薇の花のように美しかった紅薔薇様なのだ。老婆になったあんな女などに興味はない」

「なんだとてめぇ! それじゃまるっきり、顔や姿だけに惚れてたってコトじゃねぇか!?」

「そうだとも、それが何か?」

「何かじゃねぇッ!」

「女性とは美しさが全て。この私のように美しい物同士でこそ、釣り合いが取れるのだからな。それに仲間を平気で殺すような貴様に言われる筋合いはない!」

「ち……!」

「では隊長さん、次の作戦では、ではあなたを落とし入れ、必ずその地位から失脚させてあげましょう! はははははっ!」

犬神はマントをひるがえし、笑いながら去っていった。

「あのやろう……」


 病室では紅薔薇は涙を流していた。

「タケル……あたしは自分の体のことをわかっているよ……それを隠してくれるなんて優しいね、タケル……やっぱりあたしはそんなあんたが好きなんだよ……」


 空が曇りだし雨が降りはじめた。

ピカピカと稲光が騒ぎ出し、空を縦横無尽に駆け巡る。

タケルは、戦武艦光明の窓から、激しい空をずっと眺めていた。

そして、同じくして、艦橋でもアマテラスが空を眺めていた。

「タケルに紅薔薇か……運命の糸とは時に複雑に絡まり、わが身を締め付けてきよる。だがこれを解き結び直したならば、一本の強い糸となって生まれ変わるだろうて……ふふふ!」

アマテラスの意味深な言葉。タケル、紅薔薇、そしてアマテラス。

この三人には何か特別な関係があるというのだろうか。





 場面変わって、ここは氷山に囲まれた最果ての地。そこに獣人族の基地があった。

その一室で、カメの獣人と、まだあどけない少女の獣人が話をしていた。

「おいボブじい!」

「なんじゃ? 騒々しい」

「俺たちもその『禁断の地』ってトコに行かなくていいのか? そこには何か大事なモンがあるんだろ? トロトロしてたらヤツらに横取りされちまうぜ!」

その少女は、尻尾でテーブルの上のリンゴをクルリと掴んだ。

そして、そのままポンと跳ね上げ、リンゴを口でキャッチし、ガブリとかぶりついた。

シャクシャク、ゴクン。

少女はあっという間に、リンゴの芯までキレイに平らげてしまった。

「ふぉふぉ、確かにあそこにはこの世界の理とも言える秘密が封印されておる」

「コトワリだと? なんだよそれ? 18歳未満お断りってやつか?」

「ちがうわい! どこでそんな言葉を覚えたんじゃ!」

「うるせぇなぁ、そんなに怒鳴らなくてもいいだろ」

「焦らなくとも良い。今の我々には関係のないことじゃ。ヤマトとレジオヌールの奴等同士で勝手に争っていればよい」

「う~ん、でもよう」

「……今はまだ知らんでかまわん。それよりもおまえには、手に入れなければならん物があるハズじゃ」

「俺が手にいれるもの、だと?」

獣人の少女はそれを知っているかのようにニヤリと笑った。

「とぼけおって。獣人族の王となるおまえに相応しい武神機……」

「伝説の武神機ってヤツか?」

「そうじゃ!」

「わかっているぜ! 必ずその伝説の武神機を手にいれて、片っ端からどいつもこいつもぶっ殺し、この世界を手に入れてやらぁ!」

「ふぉ、ふぉ。その意気じゃ」

「ところでボブじい、その伝説の武神機ってのはどこにあるんだ?」

「人知ない地の奥で深い眠りにつき、未だ覚醒していない伝説の武神機が必ず存在しているハズじゃ。それもある程度の場所は予想しておる。あとはおまえの腕次第じゃ」

「フン! そのタケルって人間でも伝説の武神機を手に入れたんだろ? だったらそいつより強い俺様なら簡単じゃねぇかよ!」

少女は、テーブルの上のリンゴを、シッポでもうひとつ掴んだ。

「己を過信し過ぎるでないぞ。確かにあのタケルという人間はまだ未熟じゃし、おまえのインガの方が勝っておる。じゃが、あの男には特別な運命が背負われておる……」

「運命だと?」

「そうじゃ、それが何かはわからんが、その運命を跳ね除けたなら、あやつは間違いなくおまえの前に強敵として立ちはだかるじゃろう」

「はん! おもしれぇ! だったら俺の運命はこの世界の王になることだ! そんなクソくだらねぇ運命なんか目じゃねぇぜ!」

グシャ! シッポで握られたリンゴが、勢い良く砕け散った。

「よくぞ言った。それでこそ獣人の王たる威厳じゃ。行け! 『我王(がおう)』よ! 伝説の武神機を手にし、この世界を我が獣人族のものにするのじゃっ!!」


『我王(がおう)』……確かにそれは獣人の王の称号であった。

ショートカットに額に巻いた金の装飾品。手にした棒のような武器。

露出箇所の多いコスチュームを着てはいるが色気は全く感じられない。

このあどけない少女が獣人の王だというのか?

はたしてこの少女には、どんなインガの力が隠されているのだろうか。


「んじゃ、行ってくるぜッ!……って、ところで、どっち行けば伝説の武神機があるんだ?」

「……うん? どこじゃったかな……近頃物忘れが酷くてのぅ。ええと、はて……?」

「あちゃ~大丈夫かよ、このジジィは?」

我王は顔に手をあて、一抹の不安を感じた。



 その頃、ベンとポリニャックは、同じく獣人族基地内の訓練所にいた。

「う……うん!」

ポアァァ!

ポリニャックの差し伸べた手の平が明るく光る。

光を体内に注入された、虎の獣人の体に異変が起こった。

虎の獣人は、試しに岩の壁にインガを込めて拳を放った。

ボッゴォオン!

音を立て崩れる岩盤。明らかに虎の獣人のインガはパワーアップしていた。

「うおおっ! こりゃすげぇ! 力が、インガが溢れ出てくるカンジだぜっ!!」

ポリニャックの隠されたインガの力。それは体内に眠っているインガの力を引き出す力であった。

ベンもこの力によって、インガの力を大幅にアップさせることが出来たのだった。

「ふぅっ、ふうっ!……さぁ、次の人だっぴょ!」

「ちょ、ちょっと待つだぎゃポリニャック。少し休んだほうがいいだぎゃよ。眠ったインガを引き出すには、かなりのインガを消費するみたいだぎゃよ」

ポリニャックは疲労しきっていた。

「だ、大丈夫だっぴょよ、ベン……今は少しでも多くの戦力が必要なんだっぴょ!」

「だ、だども……」

「こうしている間にも、ヤマトとレジオヌールは、どんどん戦力を増大させているだっぴょよ!」

「ポリニャック……」

ヤマトの国で、タケルに酷い仕打ちをされたポリニャックの心は、すっかり変わってしまっていた。

己の信じる者に裏切られたショックは、ポリニャックの眠っていたインガを目覚めさせた。

「ポリニャック……オラが、オラがアニキを倒すだぎゃ!」

ベンは、ポリニャックの心の悲痛を感じ取り、その元凶であるタケルを倒す事を心に誓った。

それが良い事なのかは、ベンにもポリニャックにもわからない。

ただ今は、獣人族として残された、誇りと希望にしがみつくしかなかった。

そうでもしないと、自分が押し潰されてしまうような心境であった。

ポリニャックの瞳には、ただ悲しみが映っていた。





 そして。ヤマトの軍が出発して数日。

やっと辿り着いた『禁断の地』と呼ばれる忌まわしき場所。

くすんだ紫色の空。尖った細い岩山。そして黒い霧で覆われた地平線。

そのどれもが妖しい雰囲気を醸し出していた。

ヤマトの国の戦武艦光明は、岩山の影に着陸し、情報隊からの連絡を待っていた。


「アマテラス様、この近辺でレジオヌール軍を見かけたとの情報隊からの連絡です!」

「うむ、やはりそうか。ではここからは光明を低空飛行させ、武神機で接近するのじゃ!」

「了解であります! 各部隊に告ぐ! これより武神機にて出撃せよ! 繰り返す!」

ドバシュ! バシュシュ!

武神機部隊が、次々に光明より出撃してゆく。

「さ~て、俺達も行くか! 紅薔薇の代わりにしっかり働いてくれよ、銀杏!」

「あいあーい☆ がんばりまっす隊長!☆」

「……ふん」

今回のタケルの部隊は、銀杏と犬神、それに負傷した紅薔薇の代わりに入った『柘榴』(ザクロ)という少年兵だった。

このザクロという少年、まだ若いのに武神機のパイロットとメカニックの両方をこなせる技能を持っていた。

タケルがザクロを気に入り、整備兵から所属を強引に変更させたのだった。

「が! が!……がんばりまっす!」

ザクロはむせるように叫んだ。そうとう力んでいるようだ。

「おい大丈夫かよ、ザクロ? おめぇはまだ、戦の経験が足りねぇんだから無理すんなよ」

「は、はい隊長!」

(配属されたのがタケルさんの部隊だって聞いて驚いたけど、噂ほど怖い人じゃなさそうだな……)

緊張していたザクロは、少し安心したようだった。

「さて、行くぜヤロウども! レジオヌールのやつらをブッ倒すぜえぇッ!」

「オォーーッ!!」


 タケルの部隊が次々と発進していく。

タケルは艦橋へのぼって天を仰ぎ、空に向かって両手を上げた。

「さぁって! 頼むぜ、ヤマトタケル! いっちょ、大暴れしてやろうぜッ!!」

天が裂け、雷鳴とともに現れた武神機、ヤマトタケル。

コクピットに乗り込み、メンタルコネクトを完了させたタケルは、大空に向かって黒い翼を羽ばたかせた。

(それにしても、こんな不気味なとこに何があるってんだ? 

アマテラスの大将の慌てぶりじゃ、よっぽど重要な何かがここに隠されているカンジだが……?)

タケル達の発進の様子を、艦橋から見届ける皇帝アマテラス。

「タケルよ……あの小僧に先を越されるな……この世界を握る鍵がそこにあるのだからな……」

アマテラスの険しい顔付きは、重要な秘密がこの地に眠っていることを物語っているようだった。



 一方、こちらはシャルル率いるレジオヌール軍。

そこには、レジオヌールの巨大戦武艦、『シトヴァイエン』が着陸していた。

レジオヌール軍も、同じくして巨大戦武艦の開発に成功していたのだった。

艦橋には、シャルルと般若の姿があった。

「それにしても、何度見てもこの『シトヴァイエン』の美しさには惚れ惚れしますな、シャルル様」

「はい、ヤマトの国に情報が漏れずになんとか完成させることができました。アマテラスがレジオヌールに謁見に来た時は、すでに完成間近だったので、少しドキドキしましたけどね」

「あの獣人族の奇襲のおかげで見つからずに済んだのも皮肉な話ですが……」

「本当ですね」

「それに、天狗からの通信が途絶えたということは、すでにレジオヌール城は落ちたということになります」

「……天狗はよくやってくれました。天狗は最後に、己の魂を解放してこの世を去っていきました」

その言葉に、般若はシャルルの顔を見詰めた。

「シャルル様には、それがお感じになられたのですか?」

「はい。天狗の穢れ無きインガが、昇華していくのを感じました」

「おお……さすがはシャルル様」

「ですが、これは犠牲ではありません。インガの法則により、正しき者の平和への礎となっていくのです」

「シャルル様の強大なインガが加わり、それも増大しております」

「でもまだ安心できません。この禁断の地で、ヤマトの軍より先にアレを手にしなければなりません……もうすでに、ヤマトの軍もこの地に侵入しているはずですから」

「と、なると、やはりアマテラスも狙っているのでしょうか?」

「間違いないでしょう……この世界を統治できるほどの力がこの地に隠されているのなら、アマテラスほどの独裁者が見逃すはずはありません」

「タケルの覚醒により、期が熟したのですね」

「私も最初聞いた時は耳を疑いましたが、タケルさんが、この戦いのカギを握っているのは確かなのです」


 ピーッ、ピーッ。そこに通信が入った。

「シャルル様! 我が軍以外の武神機の反応を確認しました!」

「ヤマトの軍、思ったより早かったですね……いまこちらの作戦を邪魔される訳にはいきません! 全軍出撃し、これを迎え撃て!」

「はっ! では私も出撃します、シャルル様!」

「頼みましたよ、般若。それにあの男もきっと戦力になってくれるでしょう」

「あの男……『朱雀(すざく)』という男のことですか?」

「そうです。彼はタケルさんに執念を燃やしています。役に立ってくれることでしょう」


 ヤマトの国を迎え撃つシャルルのレジオヌール軍。

そして、シャルルの言う『朱雀(すざく)』とは一体何者なのか。

まだ見ぬ敵の戦力に、タケルは立ち向かえるのだろうか。

バシュゥッ!

戦武艦シトヴァイエンのブリッジを、猛スピードで駆け巡る一機の武神機。

「はははッ! これが伝説の武神機のパワーか! 体中にビンビン響いてくるぜよ! 見てろよタケルッ!     必ず貴様をわしの前に平伏せてみせるぜよッ!」


 伝説の武神機?

確かにこの男はそう言った。

赤い朱雀の仮面を被った姿は、異様なインガに包まれていた。

それに、どこか聞き覚えのある喋り方。この男がシャルルの言う朱雀なのだろうか。

その武神機は、シトヴァイエンをぐるりと一周すると、シトヴァイエンのブリッジに突っ込んできた。

「うっ! シャルル様、あぶない!」

般若は、シャルルを守って抱きかかえた。

すると、その武神機は艦橋の直前でピタリと止まった。

「朱雀! キサマ……シャルル様にもしものことがあったらどうする!?」

「ふふ、ワシはそんなヘマはしないぜよ。それよりこの武神機、『芭王無(バオーム)』の性能、気に入ったぜよ!」

「朱雀よ、その武神機には、改良強化型インガエクスポーターを装備してありますから、伝説の武神機並のインガを発揮することができるはずです」

「ふん、そういうことじゃったのか。話がうますぎると思ったぜよ」

「朱雀よ! シャルル様の前で口を慎めよ!」

「へっ、最初、伝説の武神機に乗らせてくれると言われたから驚いたんじゃが、やっぱ利用してたんかいの」

「朱雀、感謝するのだ! 傷を負って倒れていたキサマをシャルル様は拾って下さり、それに武神機まで与えて下さったのだぞ!」

「わかっておるよ、般若。ワシはもう昔の自分を捨てたんじゃ。これからはタケルを倒す事だけを生き甲斐とする『朱雀』として生まれ変わったんじゃ! その恩は忘れんぜよ!」

「だったら、シャルル様に対して口の聞き方に気をつけろ!」

「かっ! 般若、おんしゃに対してまで敬語を使う気はないぜよ? あくまでワシより強い相手に対してじゃからな」

「朱雀! 貴様!……まったく口の減らないヤツ!」

「まぁまぁ、般若。それよりも、すでに気付いていると思いますが……」

「ん?」

「ヤマト国とタケルさんが、この禁断の地にやってきたようです。今、我々の作戦の邪魔をされては困ります。頼りにしてますよ、朱雀」

「わかっているぜよ! ワシはタケルさえ討てればいいんじゃ! その為ならなんでもするぜよ!」

「それでは出撃してください。シトヴァイエン、全軍発進!」

シャルルの命令のもと、シトヴァイエンは動き出した。

ゆっくりと浮かび上がるその巨体は、まさにレジオヌールを象徴する威厳が感じられた。

数え切れない程の数の武神機を引きつれ、戦武艦シトヴァイエンは発進した。

そして同じく、数え切れない程の武神機を引き連れた、戦武艦光明と接近しつつあった。


「いくぜー! 野郎ども突っ込めぇー!」

タケルを先頭にしたヤマトの武神機部隊。

「皆の者、ひるむでないぞ!」

般若を先頭としたレジオヌールの武神機部隊。

いま、ここに。

ヤマトの歴史始まって以来の大戦が起ころうとしていた。


 バシュ! バババ!

先手を打ったのはヤマトの武神機部隊だった。

巨大な弓のような飛び道具の攻撃に、レジオヌールの武神機部隊は一瞬ひるんだ。

「良く見れば隙がある! そこを狙え!」

般若の的確な命令のもと、レジオヌールも反撃してきた。

ボオン! ドゴォン! ボボボ……!

お互いの軍の武神機は、相打ちで攻撃を受け墜落していった。

そして、その数を減らしていった。

「野郎ども! 目で見て弾をよけるんじゃねぇ! インガで感じてよけるんだ!」

タケルの命令で、武神機部隊はインガを発動させながら戦った。

「やるな! ヤマトの武神機部隊に命令しているのは、やはりタケルか……よし! こちらも負けずと応戦しろ! 相手の動きをインガで予測して戦うんだ!」

般若の命令で、武神機部隊は、これまたインガを発動させながら戦う戦法に切り替えた。

最初は中距離での戦闘だったが、接近戦にもつれ込むにつれ、刀を抜いての剣技の勝負へと移行していった。それは、刀での戦いに慣れている両者にとっては当然であった。


 そして、タケルと般若も、当然の如く激突し、その剣を交える。

「そこをどけ、般若! 俺はシャルルのヤロウに用があるんだッ!」

「あのお方の邪魔はさせん! 契約が済むまではな!」

「けいやく?……契約だと? どういうこったよ!?」

「貴様が知ったところでどうにもなるまい。己の役目を忘れ、ヤマトに手を貸すような輩には、その意味すらも皆無!」

「おれの役目だと?……俺にどんな運命があるってんだ? 教えろッ! カブレ!」

「しつこいヤツめ! 私はカブレなどという名ではないわ!」

「その顔は間違いなくカブレだぜ。一体どうしたんだ? 俺みたいに記憶を失くしているのか!?」

「もはや貴様の存在などシャルル様の前では霞んで見えるわ! せめて最後は私の手であの世に送ってくれる!」

ガッキィィン!

激しくぶつかり合う両者の武神機。ヤマトタケルとジャグワ。

「くっ! あの武神機、何てぇ素早いんだ! スピードならヤマトタケル以上か……!」

「ははは! どうしたタケルよ? この私の武神機、『蛇愚我(じゃぐわ)』に手も足も出ないではないか!

「うるせぇッ!」

「それに貴様は、まだ己の力を完全に引き出せていないようだな。伝説の武神機が泣いているわ!」

「ち! ワケわからねぇことゴチャゴチャ言いやがって! 本当にカブレじゃないのか!?」

「……私はそのような者ではない。おしゃべりはここまでだ、ケリをつけさせてもらうぞ、タケル!」

「そう簡単にはやらせねぇぜッ!」

交差し弾け合う両者の武神機からは、インガの閃光が眩く放出されていく。

ズガガッ! ガガッ!

「やるではないか、タケル!」

「てめぇこそな! 般若! うっ……!」


 ズバシュオッ!

その時。タケルを襲った物凄い殺気。それは朱雀の操る『芭王無(バオーム)』の攻撃だった。

それをなんとかギリギリでかわしたタケル。

「くっくっくっ……この時を待っていたぜよ……タケル!」

「あの武神機……それに、このインガ!……まさか、リョーマか!?」

バッチィンン!

さらに攻撃を繰り出す朱雀のバオーム。その攻撃を受け止めるヤマトタケル。

「くくく! リョーマではない! おんしゃを倒すために地獄の底から這い上がってきた朱雀ぜよ!」

「朱雀だと?……だがこのインガは、間違いなくリョーマのもんだぜ!」

「リョーマはすでに死んだ! そして朱雀となって蘇ったぜよ!……ん? おんしゃのインガ……」

朱雀の仮面をかぶったリョーマは、タケルのインガに違和感があるのを感じた。

「おんしゃから邪悪なインガが感じられるぜよ……何かあったな、タケル?」

「うるせぇ! こうなりゃリョーマでも朱雀でも何でもいい! まとめてブッ殺してやるぜ!」

「くくく! 相変わらず威勢がいいのう!」

ブオン! ガキン! ギャリン!

邪悪なインガに触れられた途端、逆上したかのようにタケルが攻撃を繰り出した。

「くっ! やるな! それならワシも負けてられんぜよ!」

「やめるのだ朱雀! 貴様はシトヴァイエンの守護にあたるのだ!」

般若のジャグワがそこに割り込んできた。

「ふん! そんな消極的な戦い方では、ヤマトもタケルも討てんぜよ! つああッ!」

「貴様! シャルル様に拾ってもらった恩に背くというのか!?」

「背くじゃと? ワシは端っから、タケルを討つためだけに戦うのじゃ! それが全てぜよッ!」

「リョーマ……いや朱雀。そこまでして俺と決着つけてぇのか?……いいぜ、来なッ!」


 タケルは、朱雀の正体がリョーマだとわかっていた。

だが、その戦闘に対する純粋な気持ちを汲み取った。

相手が誰であれ、目の前の敵を叩き潰す。それが今のタケルの本能であった。

バギィン! ドッゴォン!

朱雀とタケルのインガの激しいぶつかり合い。

「うわぁッ!」

ふたりの激しいインガに、般若は弾かれてしまった。

「くっ! この私が割って入れない! それほどまでに凄まじいインガだ!」

両機の拳から火花がほとばしり、その両機を囲むようにして見守る双方の武神機たち。

一対一の勝負に割り込んで水をさす者は、もういない。

いや、その卓越した戦闘レベルに、誰しも介入できないと言った方が正しいのかもしれない。

とにかく、タケルと朱雀を中心とし、ここ禁断の地での戦闘は熾烈を極めていた。

お互いの強烈な一撃が次々と繰り出され交差していく。

すると、その一撃ごとにある変化が現れていった。

パワァァ……ァァ……

なんと、ふたりを取り囲むように、丸い球状の光がどんどんと大きくなっていったのだ。

「うおおッ!」

「だあぁッ!」


 その時、後方で戦っていた犬神は、その巨大な光の玉に気付いた。

「何だ、あの光は? あれはインガの光だというのか……このインガはタケルなのか……」

犬神は、タケルともうひとつの大きなインガの存在を感じた。

(くうぅ……タケルの奴め、さらに強大なインガをものにしやがった!……

これでは私は、奴の足元にも及ばぬではないか……

ヤツを落とし入れるにはどうすればいいのだ?……くそっ!)

犬神は、タケルとの力の差に、悔しさのあまりギリギリと激しく歯噛みした。

自分の憎む相手が、より大きな存在になっていくことを、この男は一番嫌っていた。

その執念が、この先、この男のインガを劇的に変えていくことになる。


「うおおッ! 伝説の武神機、ヤマトタケルをナメるんじゃねぇーッ!!」

「ふん! このバオームにはインガを増幅させる機能が備わっているんじゃ! だから、ワシのインガが加わればパワーは遥かに上。伝説の武神機などすでに古臭いわ! 用ナシじゃ!」

「にゃにぃ~? だったら見せてやるよ、ヤマトタケルの真の力を!……おりゃああぁ!!」

(む? タケルのインガが膨れ上がったぜよ……怒りを転化してパワーを上げたか!) 

「だが、タケル、それがどうしたぜよーーッ!」

朱雀もインガのパワーをさらに上げた。

シュバオオオォーッ!!

インガの光はどんどんと拡大し、大きな球となってふたりを包み込んだ。

「うおおりゃぁーッ!」

「ずああっ!」


ドバシュシューーッ!


 そして、なんと。

その光が消えたあとに、タケルと朱雀の武神機の姿はそこにはなかった。

一体どこに消えてしまったのだろうか?

「消えただと?……いや、きっと、お互いのインガで遠くに弾け飛んだのではないのか!?」

その様子を間近で見ていた般若が言った。

だがしかし、ふたりのインガはこの戦場からは感じられなかった。

「完全にインガが消えた……どういうことなのだ? まさかお互いが消滅したとでもいうのか……」


 臥薪嘗胆。

肝を舐め苦しみを味わいながら、リョーマは打倒タケルを忘れたことはなかった。

死の淵で、その気持ちだけがリョーマの生命力の源であった。

タケルを倒したいと願うリョーマの異常な執念。

それが、後々この戦いを膨張させていくことになるのだった。

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