第11話 群れ


人はひとりで生きていけないのではない

人間らしく生きたいからひとりで生きないのだ

自我を押し殺すことは辛いことだが

それ以上の喜びもまたあるのだろう



 第十一話 『群れ』



 タケルが負け犬の街へやってきて、半年ほどが過ぎた。

タケルは仲間をうまく引率して、ひとつの組織を作り上げていた。


 組織の名前は、餓狼乱(がろうらん)


「もう俺達は負け犬じゃねぇ! そして、飼い犬みたいに大人しくなるつもりもねぇ!

俺達は飢えた狼なんだ! トコトン暴れてこの世界を乱してやろうじゃねぇかッ!」


 そんなタケルの思いでこの名に決まったそうだ。

皆もタケルを指導者として認めていたので、反対する者は誰もいなかった。

もともと紅薔薇の強さに匹敵する相手など、周りのエリアにはほとんどいなかった。

それが、更にタケルという強力なインガ使いが加わり無敵になったのだ。

もはや、タケルのいるエリアに手だしをする連中はいなかった。

タケルは、そんな連中にも餓狼乱に入らないかと誘い、仲間を増やしていった。

そんなこんなで、いつしかタケル率いる餓狼乱は、着実に強大な組織へと変貌していくのであった。


 そんなある日。

タケルのもとに意外な二人組が現われる事になる。



「はぁっ、はぁっ……いったいどこまで探せばアニキはいるんだぎゃよ?」

「つべこべ言わないで歩くだっぴょ。ダーリンを見つけるまでは、ウチらに帰る場所はないだっぴょよ!」

「はぁ~~、アニキィ……どこにいるんだぎゃぁ。オラ、アニキがいないと……うう……」

「はいはい、泣かないだっぴょ。チーンするだっぴょ」

「ううぅ……ちーん……へ、ヘックショイだぎゃぁ! ちくしょう!」

「やだぁ! キタナイだっぴょ、ベン! ハナミズがこっちに飛んできただっぴょよ!」

「ああ、すまんだぎゃ、ポリニャック……それにしてもハラ減っただぎゃなぁ……」

ベンはお腹を押さえ、辛そうな顔をした。

「ほんとだっぴょねぇ……このニ、三日、何も食べてないし……」

「ン! このニオイは……肉だぎゃ! 肉を焼いているニオイだぎゃ!」

「え? 全然わからないだっぴょよ?」

「いいからこっちだぎゃ! オラの嗅覚に間違いはないだぎゃ!」

ベンは一心不乱になって崖を駆け登った。それを追うポリニャック。


「あーッ! あそこに巨大な焼肉が落っこちてるだぎゃよ!」

「ちょっとベン! 誰もいないのにあんな大きな焼肉が落ちてるハズないだっぴょ? 

「だ、だけども……」

「きっと誰かが近くで焼いているだっぴょよ。

それにこの辺は、有名な盗賊が出るってウワサを聞いただっぴょよ」

「かまうことないだぎゃ! 落っこちてるなら誰の物でもないだぎゃ! 拾った人の物だぎゃ!」

「だから、落っこちてるんじゃなくて……あぁ、空腹のあまり、ベンが我を忘れているだっぴょ……」

「うおおおっ! いただきだぎゃぁ! ぐおるぅッ!」

狂喜乱舞しながら崖を駆け下りたベンは、大きな焼肉にカブリついた。すると……


 ドガッ!バキキッ!


「ぐあっ!? いてえだぎゃ!」

そこには、包丁を握った太い男が立っていた。

「なんだで? この獣人は? 薪をとってくる間に、この料理長自慢の特製焼肉を

横取りしようとするたぁふてぇ野郎だで! オメェも食っちまうだで!」

太った男は包丁を振り上げた。

「ひえぇ! お助けだぎゃぁ! オラを食っても美味くないだぎゃよ! 

そうだぎゃ! あそこのウサギっ子なら絶品だぎゃよぉ!」

「ちょ!……ベン! なんてこと言うだっぴょ! 見損なっただっぴょ!」

「あぁん、オメェもこいつの仲間か? ならオメェも同罪だで」

料理長と名乗る太った男は、サッと俊敏に動いてポリニャックを捕まえた。

「や~ん! まだお嫁にも行ってないのに、こんなとこで死にたくないだっぴょよ!

助けてぇダーリ~ンっ!!」

この街をさまよい空腹に耐え切れず、他人の肉を盗もうとしたベン。それに夢見る乙女ポリニャック。

果たして二人の運命やいかに!


「何してんだオマエら?」

「びえ~ん、え~ん! ん? そ、その声は、ダーリン!?」

ポリニャックが振り向くと、近くのテントからタケルが出てきた。

タケルは、料理長に耳を鷲掴みにされているポリニャックを、顔色ひとつ変えずに見ていた。

そして、その側で力なく腰を落としているベンをチラと横目で見るとこう言った。

「料理長、そいつらは俺のツレだ。腹空かしてるみてぇだから、すまねぇがもうひとつ肉焼いてくれねぇか?」

「ハイだで! アニキのお連れさんだっただか! これは失礼しただで!」

料理長は二人に肉を切って差し出した。ベンは一心不乱に肉に飛びついた。

「ガツガツ! うほぅ、この肉美味いだぎゃ! それにアニキにも会えて嬉しいだぎゃっ! ガツガツ!」

ベンは肉の美味さとタケルに会えた事の両方で涙を流して喜んだ。

「料理長、ちょっくら俺は出掛けてくる。今、通信が入って、となりの二番エリアで争いが起こったようだ。

そいつらはアジトにでも連れてってやってくれ」

そう言うとタケルは、バイクのような乗り物にまたがり走り去っていってしまった。

「あ、ダーリン! ちょっと待ってだっぴょ~!」

「こらこら、子ウサギ! アニキはとても忙しい人だで。言われた通りアジトで待つだで!」

(アジト?……何のアジトだっぴょか?…… 

それにダーリンなんだか別人のように冷たかっただっぴょ……この半年で、一体何があっただっぴょか?)

ベンは、相変わらずガツガツと肉を食べるのに夢中だった。



 そして、その日の夕刻。

「お帰りなせぇ、アニキ! ご苦労さんでやす!」

「アニキ! 今日は良い食料と機材が手に入りやしたよ!」

仲間達は皆口々にタケルの帰還を喜んでいる。

「おう! みんなご苦労だったな! お前等は今日も良く働いたからご褒美だ!

飲んで食って今夜はハデに騒ぎやがれッ!」

「うおおおおぉぉっ!!!」 ビルの廃墟を改造したアジトに歓声が響き渡る。

ベンとポリニャックは、その様子をポカンと眺めていた。

タケルは石から削り出した彫刻入りの玉座にどっかりと腰を降ろした。

そして豪快に酒をあおり始めた。

「おう、ベン! 久しぶりだってのに何マヌケな面してんだよ? あ、もともとか。

さぁ飲め! ポリニャックも相変わらずチビでおてんばのようだな! はっは!」

ベンとポリニャックは、タケルを見て呆気にとられていた。


「アニキ……これは一体どういうこと……」

ベンが問い掛けようとした時、タケルが立ち上がった。

「お! ちょっと待ってくれ! アイツの化粧支度も済んだようだからな……」

食堂中にさらなる歓喜が起こった。

入り口が開くと、そこから華やかに着飾った紅薔薇が、タケルの横に並び肩に寄り添った。

「ムカ! ちょっとダーリン! この女は誰だっぴょ!」

「あらぁ? 可愛いうさぎちゃんねぇ」

「え? そうかな……カワイイだっぴょか?……」

ポリニャックは紅薔薇にそう言われて照れた。

紅薔薇はタケルの方をチラと見て、いつもと違うタケルの表情を察した。

「このうさぎちゃんに素敵な衣装を着せてやりたいねぇ。いいだろ、タケル?」

「ああ、好きにしなよ……」

紅薔薇は、タケルとベンとの異質な空気を汲み取って気を利かせ、ポリニャックを更衣室へと連れていった。

「ア、アニキ……アニキは盗賊のボスにでもなっただぎゃか?……」

久しぶりに会った故に、どこかぎこちない話し方であった。

タケルはしばし黙り、ベンの盃に酒を注ぐと、自分の盃にも酒を注いだ。

「そうだ、悪りィかよ……」


 これだけ。たったこれだけであった。

ベンとは今まで旅を通して様々な体験を共にした仲間だったというのに、

タケルの口からはこれだけしか言葉がなかった。

しかし、ベンもわかっていた。アジジの死後、タケルがどんな思いでみんなのもとを去っていったのかを。


「ア、アニキがオラ達の前から姿を消した理由を聞く気は毛頭ないだぎゃ……

アニキはスゴイだぎゃ……たったひとりで出ていったのに、今ではこんなにも多くの仲間達の

リーダーになっているなんて……オラだったらとてもそんな事はできないだぎゃよ……」

「ヘン! こんな事スゴクもなんともねぇぜ! 

それより、相変わらずしみったれた顔してやがって……まったく酒が不味くなるぜっ!」

「す、スマンだぎゃ……」


 二人はお互いしばらく沈黙し、話しずらそうに、ただ酒をグビグビと飲んだ。


「俺はな……」

盃を三杯ほど空け、顔を真っ赤にしたタケルが重い口をやっと開いた。

「俺は、ここの連中が好きだ……クズでどうしようもないヤツラの集まりだが、皆必死で生きている。

俺はこの場所にいるのがたまらなく居心地が良いんだ……だから……」

ベンはタケルの話を聞くと、吐き捨てるようにこう言った。

「昔の自分と、ここの連中を重ね合わせて、それでいい気になってるんだぎゃね、アニキは」

「なんだとぉ?……もういっぺん言ってみやがれッ!」

タケルは立ちあがって、持っていた盃を地面に叩きつけた。

ガシャァン!

瀬戸物の割れる甲高い音が食堂中に響き、皆がこちらを振り向いた。

「野郎ども、なんでもねぇんだ。気にしねぇでくれ……」

タケルが軽く手を上げて皆を諭した。そしてまた玉座にドッカリと座った。

「ハン! よく手なずけているだぎゃね。そりゃ、ここにいるのは居心地いいだぎゃねぇ!」

ベンはまたしても、タケルの気をわざと逆立てた。

「ベン! てめぇ・・俺を怒らせてどうしようってんだ!? 昔の馴染みで客扱いしてやってんだぞ!

本当だったらお前等よそモンは、身包み剥がされているところなんだぜ!?」

「恩着せがましい言い方だぎゃね……昔のアニキだったらそんな事は絶対に言わなかっただぎゃ……」

「テメェ……一体何が言いてぇんだ! 俺の生き方に文句でもあるのか! 腰抜け野郎の分際で!」

タケルはまたしても立ちあがり、大きな声でベンに怒鳴った。

「腰抜けはアニキの方だぎゃ……

アニキはこのヤマトの世界にやってきた本当の意味をまだ見つけていないだぎゃ!」

「ヘン! 見つけたさ! ここにいるのが本当の意味だぜ!」

「ちがうだぎゃよ……アニキほどのインガ使いが何故この世界にやってきたのか?……

そして、伝説の武神機との出会いは何だったのか?……

アニキはそれら現実から目を背け、ただ楽して暮らしている臆病モンだぎゃよ!」

「ただ楽しているだとぉ? だったらベン! オマエにここのリーダーが出来るってのかよッ!?」


 タケルはベンの顔を睨み付けた。ベンも負けじとタケルの顔を睨み返す。


「それはたぶんムリだぎゃ……人にはそれぞれ与えられた使命と役割があるだぎゃ……

長老がそう教えてくれただぎゃ……ただ、アニキは自分の力を精一杯出さずに、

楽をして生きているだけだぎゃよ。そんなのは卑怯な生き方だぎゃよ」

「てめぇ! 言いたいことペラペラとほざきやがって! おめぇは昔っから口だけなんだよ!」

タケルは、ベンの胸倉を強く掴んだ。

「うぐ!……オラは昔のままじゃないだぎゃ……」

「二人ともやめるだっぴょよ!」

そこに着替えを済ませたポリニャックが割って入ってきた。

「長老が……死んだだぎゃよ……」

「なに!……あのジイさんが……そうか」


 タケルが初めてこの世界にやって来た時。

自分を客として村に迎え入れ、己の進む道まで提示してくれた、あのネズミの長老が死んだ。

タケルは少なからずショックを受けた様だった。


「ダーリン……今、獣人の村はヤマトの国の獣人狩りによってどんどん滅んでいるだっぴょよ……

だからウチらはダーリンに助けてもらおうと思って探していたんだっぴょ……」

「ヘン! 今さらそんなこと知るか! 獣人がどうなろうと、もう俺には関係ないことだッ!」

「そんな……ヒドイだっぴょ! ベンもウチも、ダーリンだったらきっと助けてくれるって……

そう思っていたから希望を持ってここまでやってこれただっぴょ!」

ポリニャックは半ベソをかきながらタケルにしがみついた。

「うぐ……」

タケルは疎ましい顔をした。

「ポリニャック、こにいるのはもう昔のアニキじゃないだぎゃよ。何を言っても無駄だぎゃ」

「ち! いきなり押し掛けて来やがったクセに何を言ってやがる! 俺だって、俺だってなぁ!」

タケルはそこまで言うと、言葉に詰まってしまった。

「アンタはもう、昔のアニキじゃないだぎゃよ!」

「てめぇ!」

バキッ! ドカッ!

タケルは、ベンの頬を殴った。ベンは吹き飛ばされた勢いで壁に激突した。

「俺は先に寝るぜッ! 紅薔薇、あとは頼む……」

タケルはそのまま背を向け、食堂の出口から出ていった。

「大丈夫かい? あんた」

紅薔薇は、ベンを起こしてあげた。

「アニキの組織の名、餓狼乱(がろうらん)は確かに良い名前だぎゃ……

だけどもリーダーであるアニキは、飢えた狼の牙を失くしてしまっただぎゃよ……

なんだぎゃ、今の腑抜けたパンチは!」

タケルはそれを聞いてピクリと一瞬立ち止まったが、またスタスタと歩いてドアから出ていった。


 ベンとポリニャックは悲しそうな顔をして、お互い顔を見合わせた。

「大丈夫だよ! タケルは不器用だからああやって怒っただけさ。

今夜は部屋を用意してあるから泊まっていきな。ね? うさぎちゃん」

「う、うん……じゃあ、お言葉に甘えるだっぴょ」

「と、ところで気になっただぎゃが、アンタはひょっとしてアニキの……」

ベンが紅薔薇に尋ねた。

「まぁ、そうねぇ……未来の妻、ってところかねぇ。あら! 何言わせんだよ、まったく!」

紅薔薇は頬をピンク色に染めて、照れ笑いした。

バシッ!

そしておもいっきりベンの背中を叩いた。

その拍子に思わず炎のインガを使ってしまい、ベンの背中に火が燃え移った。

「あ、熱いだぎゃ~~! し、死ぬう!」

「あらやだ。ごめんあそばせ! おほほ!」

紅薔薇は真っ赤になって赤面している。


(ぬぅ、この女、ダーリンにぞっこんだっぴょね!……

まぁダーリンが魅力的だから、仕方のない話だけど、これは思わぬ恋のライバル出現だっぴょ!)

ポリニャックの目には、紅薔薇のインガに勝るとも劣らないほどの嫉妬の炎がメラメラと燃え上がった!


「あらぁ? どうしたの、うさぎちゃん? そんな怖い顔したらせっかくの衣装が台無しよぉ。

あ、わかった! お腹が空いちゃったからかな? 今、料理をとってあげるから待っててね」

「ち、ちがうだっぴょ! レディーを子供みたいに扱わないで欲しいだっぴょ! 

お腹なんて全然空いてないだっぴょ!」

ポリニャックは紅薔薇の優しさがかえって気に触ったようだ。

「?」

紅薔薇はそんなポリニャックの態度に首をかしげた。

ぐるるぅ~~~~……その時、ポリニャックのお腹から重低音が響いた。

「あら? うさぎちゃんはお腹空いてないんじゃなかったの?」

「う! うるさぁーーーーいだっぴょーーーっ!!」

食堂に大きな笑いが起こった。

そして、少しばかり波瀾があったものの、その夜は大いに賑わい夜は更けていった。

タケルは、暗い部屋でベッドの上に横になり、天井をみつめていた。

「ち!……ベンのヤロウ……」

そして顔をしかめていた。



 次の日の朝。

「タケル、どうしてもやるのかい?」

「ああ、あそこのエリアはまだ誰にも占領されていない未知のエリアだ。

このまま放って置くことはねぇだろ。俺たちのエリアにしてみせる」

紅薔薇はタケルの意思の固さに負け、押し黙ってしまった。

「まったく、突然そんな事言い出して……だれかさんの影響かしら?」

紅薔薇はベンの顔を見た。

「うるせぇよ! そいつはなにも関係ねぇぜ!」

「はいはい、言い出したら聞かないんだから」

「そんな俺に惚れたんだろ? 紅薔薇」

タケルは紅薔薇の肩を抱き、顔を近づけた。

「ちょっ、やめなよ! 部下がいる前で……みんな見てるし……」

「ハハッ! みんなわかっていることだぜ。さぁ、野郎共いくぜっ!」

「ウオオオオォォッ!!!」

タケルの一言で、飢狼乱の士気が高まった。


「ダーリンおはようだっぴょ……あれ? どこかに出掛けるのだっぴょか?」

ポリニャックは起きたばかりで寝ぼけ眼で目を擦った。

タケルを探す旅の疲れが溜まっているようで、寝足り無いのは無理もない。

「アニキ、オラ達も一緒に連れて行ってもらうだぎゃよ。いいだか?」

そこに、しっかり身支度を済ませたベンが現れた。

「フン! まぁいいだろう、好きにしな。だが俺たちのやっていることは遊びじゃねぇんだ。

テメェの命はテメェで守ってもらうぜ。どうだ、それでも着いて来るか?」

「もちろんだぎゃよ! 見せてもらうだぎゃよ、アニキがどんなリーダーになっているのかを!」

「ヘン、勝手にしやがれ! おうオマエラ! 武神機のセッティングはどうだ!?」

「へいアニキ、準備は万全でさぁ! いつでも出せますぜ!」 

タケルの呼びかけに部下が答えた。

すると、大型の輸送トレーラー2台がこちらに向かってきてタケル達の前で止まった。


 グゴゴゴ……ゴゴ……プシュー……


 そこには、ベンが見たこともないような武神機が、それぞれニ機ずつ積まれていた。

「アニキ……この武神機はどうしただぎゃ? 見た事ない形だぎゃ?」

「これか? これは餓狼乱オリジナルの機体だ。

他のエリアから来た奴等の中には、腕の立つメカニックがいてな。

そいつらと共同で武神機を開発させたんだ。で、完成したのがコイツ、餓狼一式(がろういちしき)だ」

「が、餓狼一式……」

「そうだ、んで、向こうのトレーラーに積んであるのが、俺と紅薔薇の専用機、餓狼弐式カスタムだ。

どうだ、カッコイイだろ? こいつのデザインは俺がガキの頃に遊んだオモチャがヒントになっているんだ」

「……」

「ようするに武神機ってのは、インガの力で強くなる機械だろ? 

だから、誰でも乗りこなせるようにインガを増幅させる変換ユニットを……えと、何て名前だったかなぁ?」

「インガブースターですぜ」

「そうそう。それを開発するのが大変だったんだけど、それができちまえば、あとはカンタンだったぜ」

「……」


 ベンは驚きのあまり声を出すことが出来なかった。

タケルとベンが別れてから半年しか経ってないのに、餓狼乱という大きな組織をまとめ上げただけでなく、

自分たちでオリジナルの武神機までも開発してしまったのだ。

タケルの卓越した統率力に、ベンはただ驚くしかなかった。

ベンたち獣人の村では、隣の村同士が合併し、武神機を作ることなど考えもしなかったからだ。


「ホント、驚きだよねぇ。武神機まで作らせちまうなんてさ」

紅薔薇がタケルの方を見ながらそう言った。

「だ、だども、アニキにはあの伝説の武神機があるだぎゃ? 何故、あれに乗らないだぎゃか?」

「ベンっ! その話はするな!……俺に殺されたくなかったらな……」

タケルは物凄い形相でベンを睨んだ。ベンはタケルの言葉に飲まれて押し黙ってしまった。

「ほら、タケルにもいろいろあったじゃない? だから、さ、使いたくないんだって。わかるでしょ?」

紅薔薇がベンの耳元で小声で囁いた。

ベンはコクリと頷いたが、どこか納得いかない表情をしていた。


「おまたせだっぴょ~~~っ!」

そこに何を勘違いしたのか、ドレスに着替えたポリニャックが走ってきた。

ポリニャックはその場の異質な空気を読まずに、タケルと同行できることに喜んで飛びまわった。

「ふふ、ほんっとに可愛いうさちゃんだねぇ。タケル、このコを守るのは任せといておくれよ!」

「ああ、ポリニャックは紅薔薇に任せたぜ」

「ちょ!……ウチはダーリンに守ってもらうからいいだっぴょ! 余計な事しないで欲しいだっぴょ!」

「あはっ、そういうとこますます可愛いねぇ」

紅薔薇は、そう言ってポリニャックを抱き寄せて頬擦りした。

「く、くるしいだっぴょ~~~……」

紅薔薇の豊満な胸部が、ポリニャックの顔を押し付けた


「さて、ベン。オマエはどうする? 俺と一緒のトレーラーに乗るか? 

言っとくけど一番危険が多いのが俺の所だぜ。それだけの勇気がテメェにあるのか?」

明らかにベンに対しての挑発であった。

「バカにしてもらっちゃ困るだぎゃ! 望むとこだぎゃ!」

ベンは鼻息荒く、タケルと一緒のトレーラーに乗り込んだ。

それを見てニヤリと笑うタケル。紅薔薇もそんなタケルを見てフッと笑う。

「はいっ、うさぎちゃんはアタシと一緒。こっちね?」

「ああッ! ウチはダーリンと一緒がいいだっぴょ~!」

紅薔薇に強引に連れていかれたポリニャックは、必死に抵抗している。

「ダメだよ、見てごらんあの二人を。あんなに嬉しそうなタケルは久しぶりだよ」

「そ、そう言えば、ダーリンもベンも、なんだか嬉しそうだっぴょね……」

確かに紅薔薇の言うとおり、タケルとベンはいがみ合いながらも、どこか嬉しそうな顔をしていた。

「ああぁ……いいねぇ! 男のああいう関係って!

表面ではいがみ合っていても、内面では友情で通じている……

こういう男臭いのがたまらなく好きなんだよ! アタシは!」

「うん、わかるだっぴょよ、お姉さん。それって男のロマンを感じるだっぴょね!」

「へぇ、うさちゃんもわかるのかい? 意外と大人なんだねぇ……

よし、アタシのことはお姉さんじゃなくて、紅薔薇でいいわよ」

「えと、じゃあベニバラ! ウチのこともポリニャックでいいだっぴょよ!」

紅薔薇とポリニャック。いつの間にか二人は同じ女として打ち解けたようだ。


 その様子を前のトレーラーから見ていたタケル。

「何だありゃ? あの二人いつの間に仲良くなったんだ?……ま、女心はようわからんけどな」

「はは、まったくだぎゃ。オラでさえ、まだまだ女を完全に理解できないだぎゃよ」

「はん? テメェに女なんかいたのかよ? 意地はって脳内妄想するのもたいがいにしろや」

「むっ、オラにだって彼女はいるだぎゃよ! 

アニキがオラの村に初めて来た時、アニキが小屋で襲ったのがオラの女だぎゃよ!

あ~思い出したら腹が立ってきただぎゃよ、まったく!」

「ああ! あのメスオオカミか。毛むくじゃらで全然女らしくなかったやつか! あれかぁ?」

「オラたち獣人は全身体毛が生えていて当たり前なんだぎゃよ!

そういう紅薔薇のアネキだって性格は相当キツ……」 ベンはそう言い掛けて途中でやめた。

「ん? 紅薔薇がどうしたってぇ~? そんな事言ったらあいつ怒って手がつけられなくなるぜ。

あいつのインガで丸焼けになる覚悟があるなら言ってもいいんだぜ?」

「くっ!……そ、そういうアニキだって、普段は偉そうにしてるけど、

じつは女の前じゃ頭が上がらないんじゃないだぎゃか? き、きっとそうだぎゃ!」

「む!……そ、そんなこたぁねぇさ!」 タケルはその通りなので、何も言い返せなかった。

二人は余裕のある笑みを見せながら、バチバチとお互いにらみ合っていた。

そしてそのうち、取っ組み合いを始めてしまった。

「ベニバラ、やっぱ仲悪いだっぴょよ、あの二人……」

「そだねぇ……」



 そうこうしているうちに、タケル達の乗ったトレーラーは、目的のエリアに近づいた。

岩場だった風景も、だんだんうっそうと茂った森へ変わり、

上空は大きな木々に覆われ、紫色に滲んだ空が不気味だった。


「アニキぃー! 大木が邪魔してこれ以上は進めませんぜぇー!」

トレーラーを運転している部下が、武神機に乗っているタケルに大声で叫んだ。

「よっし! 仕方ねぇ。ここからは武神機で入って行くしかねぇな。

それにしてもこの不気味な雰囲気はどうだ……」

「入らずの森、ミブキの森と言われるだけのことはあるねぇ……」

「そういや、紅薔薇はこのエリアを警戒しているみてぇだけど、バケモンでも住みついていやがるか?」

タケルの問いかけに紅薔薇は黙って俯いてしまった。

「い、いやね……ただの悪いウワサなんだけどね……その、出るんだってさ……」

「は?」

タケルは一瞬、紅薔薇の言葉を聞き間違えたと思った。

「だから、出るんだって……あ、アタシだってそんな噂を信じてるわけじゃないのよ?

でも、ここのエリアから無事に帰って来た者はひとりもいないってウワサだし……」

紅薔薇の表情が暗く曇った。

「バッカだなぁ。オバケなんかいる訳ないだろ? 

ただ、ここに住み着いているヤロウが強いってだけだろ。さぁ行くぜ!」

あの紅薔薇でさえ脅えるミブキの森。

はたしてここには、どんな強敵が待ち構えているのだろうか……?


「おい、野郎ども! 準備はいいか!?」

「ヘイ、アニキ!」

「俺と紅薔薇の餓狼弐式が先陣を行くから、おめぇらは後からついて来てくれ。

後続の守りとして餓狼壱式をここに待機させておくから何かあったら連絡しろ。あとの一機は……」

タケルはあたりを見回しながら、ベンのところで視線を止めた。

「ベン! おまえ来れるか? まぁ怖気づいて無理だったら止めてもいいんだけどな」

「お、オラがその武神機に?……本当にいいだきゃか? どうなっても知らんだぎゃよ?」

「ヘン! はなっからブッ壊されるつもりで乗せてやるんだ、気にすんない」

「ぐふふ、オラがヘマして壊すと思っているだぎゃね。面白い! やってやるだぎゃ!」

タケルは、ベンの武神機の操縦センスを試そうとしていた。

「フフ、タケルも素直じゃないねぇ。それじゃ、ポリニャックはアタシの武神機に乗せるよ!」

「おう、ポリニャックは紅薔薇に任せたぜ。大事なレディーだからな、そいつは」

「やぁん、ダーリンったら!……みんなの前でそんな大胆発言しちゃダメだっぴょよぉ!」

ポリニャックは顔を赤らめてクネクネ腰をまわして照れていた。

「あのね、ポリニャック! 今のタケルの言葉に深い意味ないんだよ! 勘違いしちゃあ困るわよ」

紅薔薇はポリニャックに少し嫉妬したらしく、機嫌を損ねたようだ。

「むぅ、女心はようわからん……」 タケルは腕組して頭を捻った。

「アニキ余裕だぎゃね。オラが武神機の初心者だと思ったら大間違いだぎゃよ。

作業用のヤツなら自由に動かすことが出来るだぎゃよ」

「へぇ、作業用ね。そりゃスゲェや! わっはっは!」

タケルはバカにしたように笑った。


(フン、今に見ているだぎゃよ……

アニキと別れてからこの半年、オラだって修行してインガの力を上げたし、

作業用の武神機で訓練してきただぎゃ。同じ武神機ならアニキにだって負けないだぎゃ!)


 確かに、ここ半年のベンのインガの成長は目を見張るものがあったようだ。

それは、ポリニャックも認めていた。

タケルとの旅で出会った凄まじいインガを使う強敵。それに勝るタケルのインガ。

それはベンにとって極上の刺激であった。

タケルを目指し、厳しい修行に耐え、武神機も扱えるほどになった。

だが、ベンが一番の目標としたのはタケルのインガ力ではなく、

まわりの人間を知らずのうちに引き込んでしまうその魅力であった。

だが、それだけは、いくら修行してもベンには身につかなかった。

そして、それがベンのコンプレックスになってしまっているのを、タケルは知る由もなかった。


「よしッ! 餓狼乱出撃だぜぃ!」

タケルの猛々しい号令で、餓狼乱武神機部隊はミブキの森の奥へと前進していった。

「野郎ども! 俺に遅れるんじゃねぇぞ! 置いてかれたヤツは昼メシぬきだからなッ!」

「ひええっ親分そんなぁ!」 「あ、アニィ、それだけは勘弁ですぜっ!」

子分達はメシを喰いっぱぐれまいと、タケルの餓狼弐式に必死でついていった。

(む……!)

タケルは、コクピットの後方モニターを見ると、そこにはベンの搭乗している餓狼壱式が映っている。

「へっ! 大きな口叩くだけのことあるじゃねぇか! この俺様のスピードについてきやがる!」

タケルは嬉しそうに笑った。

「ちょっ、タケル! 競争してるわけじゃないんだからね! これじゃ誰も追いつけないよっ!」

「負けず嫌いのダーリンに何言っても無駄だっぴょよ、ベニバラ」

「タケルってば、まったくしようがないねぇ……それにしてもホント、やけにはしゃいでるじゃないか」

猛スピードで飛ばすタケルの餓狼弐式を、やっとのことで追うベンの餓狼壱式。

その後を部下たちはかなり遅れて必死に追いかけていった。


 ズシン! ズシン!……ズシン……

タケルの餓狼弐式は歩を緩めた。

「よーしッ! ここらでちょっと休憩だ! 機体を四方に向け、臨戦体型をとれ!」

タケルは、いきなり敵が襲って来ても良いように円陣を組んだ。

餓狼弐式のコクピットから降りるタケル。そこにベンが近づいてきた。

「さすがアニキだぎゃ。後ろについていくだけでもやっとだっただぎゃよ」

「へン、何言ってやがる。あのスピードについてこれるたぁ、まずまずの腕だぜ。

このヤロウ、ちょっと作業用に乗っただけなんてウソだったな!」

「へへっ! バレただぎゃ。アニキみたいに武神機を扱えるように特訓しただぎゃよ」


 タケルとベンは、お互い無言で目を合わせていた。

それは、この半年に起こったそれぞれの現状や苦労を分かち合っていたようだった。


「ベンよ、あとで聞いてやってもいいぜ? 獣人の村のピンチとやらをな」

「まだ気が早いだぎゃよ、アニキ。それには、まずこのエリアを制圧してからだぎゃ」

「へへ……確かにな。それにしても紅薔薇、バケモンどころか人っ子ひとりいねぇぜ?

もしかしたら、とんでもなく利用価値のねぇエリアなんじゃねぇのか?」

「それは違うよ、タケル。このエリアは鉱山や川や、見晴らしの良い高台など、

要塞に適した地形をしている。だから、こんな美味しい場所を占領しないハズはないんだよ」

「まぁ、確かにそうだなぁ」

「あ、兄ぃ……」

そこに、部下のひとりがタケルに声を掛けた。少し上ずった声だった。

「お、おれっち、生まれがこのエリア近辺なんで聞いたことあるだよ……

こ、ここには昔から伝説の怪物が出るっていう言い伝えがあるだよ……」

「なに? バケモン? 言い伝え? ヘッ、下らねぇ話しはやめなッ!」

「ちょっと待ちなタケル。それで、そのバケモノってどんなヤツなんだい一体?」

「紅薔薇、そんな迷信を信じているのかよ?」

「タケルは黙ってておくれよ。それで、どんなバケモノなんだい!?」

紅薔薇は部下のところに詰め寄った。

「へ、へい、アネゴ。その伝説の怪物の正体ってのは……えと……」

「じれったいねぇ! ハッキリ言いな!」

「そ、それは……て、天狗ですだよ……」

「て、天狗だって!?……どうしてそれを早く言わなかったんだよ!」

紅薔薇は驚いて声を上げた。

「え?……で、でも、そんなこと誰も信じてくれないと思ったからですだよ……」


 天狗。

紅薔薇はその名前に何か聞き覚えでもあるのだろうか?

とにかく、ただならぬ反応を示したのだった。


「おい、紅薔薇。天狗って迷信だろ? 鼻がこう長~くて顔が赤くてウチワみたいの持っているヤツだろ?」

「ああ、そうだよタケル、その迷信の天狗だよ……でも……」

「で、でも、なんだぎゃ?」

「もし、それがアタシの知っている天狗だったとしたら……」

紅薔薇の顔色が変わっていく。

「も、もし! それが、アネゴの知っている天狗だったらどうなんだぎゃ!?」

ベンがその場の雰囲気に耐え切れなくなって、上ずった声を出した。

紅薔薇は顔を下に俯けて黙った。そして少し間を置いて、こう口を開いた。


「ここにいる全員が……死ぬことになる……」


 その時!

ズゴゴゴゴォォンッ!!!

瞬きできないほど眩しい閃光がタケルたちを包み、激しい爆音が耳をつんざく。

それは一体何だったのだろうか? このエリアからの攻撃?

それともこれが、紅薔薇のいう天狗の仕業なのだろうか?

タケル達は、その光りの向こうに、今まで見た事もない光景を目の当たりにするのだった……

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