第10話 堕落


 その雨は一週間ほど続きました。

アジジの死を知らされ、砂の海賊の船員達はみな悲しみました。

でも、こんな時アジジなら、

悲しみを吹き飛ばすために、無理にでも酒を飲んで陽気にふるまったでしょうね。

船員達はアジジ船長の弔いを兼ね、一週間続けて宴を行いました。

そして、それは今でも続いています。


 私の名はキリリ。前船長の娘。

タケルは、よほど過酷な戦いをしてきたのか、船に戻ってきた途端に意識を失ってしまいました。

そして、3日ほどして目覚め、神殿で起こった出来事全てを話してくれました。

タケルはアジジの最後を笑って話していました。

普通だったら不謹慎な事ですが、船員の誰もがタケルを責めることはありませんでした。

だってそれは、笑いながらも一番悲しい目をしていたのが、タケルだとわかっていたからです……


 4日目の夜。

その日の宴会も終わり、船員達はみな酔い潰れていました。

私も悲しみから必死に逃れようと、苦いお酒を浴び続けていました。

なんとか強引に自分を酔わせ、フラフラとした足取りで部屋に戻ろうとした時でした。

甲板に出て、ひとり雨にうたれている男がいました。

タケルでした。

「まったくよ……いつまで続くんだ、この雨は……」

宴会では人一倍はしゃぎ、船員達を笑わせていたのですが、そこに立っている男は別人のようでした。

無気力な目でぼうっと空を見上げ、頬につたる雨で、自分の流した涙を誤魔化していました。

実を言うと、私はタケルを憎んでいました。

アジジが死んだ原因も、元はと言えばタケルにあると私は思っていました。

でも憎みたくても、タケルの事をとても憎むことなど出来ません。

だれかを憎みたくても憎めない……それがどんなに辛いことか!

いっそ誰かを憎むことが出来れば、どんなに楽なのか!


 タケルがこの船に戻ってからは、私はタケルと一度も言葉を交わしていません。

なぜなら喋りたくないからです。

もし、一言でも言葉を交わそうものなら、私はどんな酷い言葉をタケルにぶつけてしまうのか、

自分でも想像がつかないのです。

彼もそんな私の気持ちを察してか、向こうから話しかけてくることもありませんでした。

「いやだなぁ……こんな雨は早くあがってほしい……」

明日もこんな気持ちが続くのです。悲しみを忘れる為の虚しい宴会が、明日も続くのです。

ずっと、ずっと……


 そして、次の朝。タケルは船からいなくなっていました。

ベンとポリニャックにも別れを告げる事無く、タケルはこの船を降りたのです。

ひとつ分かることは、タケルはこの船の思い出を、全て忘れるために船を降りたのでしょう。

彼は何処へ行ってしまったのか? それは誰にもわかりません。

嫌な言い方だけど、これが皆にとっても、タケルにとっても一番良かったのかもしれません。

本当に、いやだなぁ、今のわたし……



 第十話  『堕落』



 ここはある貧民街。

もとは栄えた中心街で、大きな建物の名残がいくつか残っていた。

今では寂れ、街として機能はしてはいない。かろうじて街灯の電気が通っている程度だった。

荒れ果て崩れかけたビル郡。その中で一番高いオンボロビルが、虚しくも街のシンボルとなっていた。

ここは流れ者の集まる街。いつしかそこは、負け犬の街と呼ばれていた……


「ウィ~……ヒック……」

ひとりの浮浪者がこの街にやってきた。

ボロボロの小汚いマントを頭から被り、酒の瓶を小脇に抱え込んでいた。

その浮浪者は、かなり酒に酔っているらしく、アルコールの臭いをプンプンさせながらふらふらしていた。

だがこの街では、そんな風景はごく当り前のことなのである。

そのごく当り前な酔っ払いに、ごく当り前のようにチンピラどもが、身包みを剥ぐべくワラワラと集まってきた。

いつの間にかその浮浪者は、街のチンピラどもに取り囲まれていた。

ざっと十人はいるだろうか? 中には鉄パイプやナイフを持っている者もいた。


「おう、おう、おう! てめぇ、どこからの流れモンだ? 

歩いてきた方角からすると、ジュジュエンの砂漠から来たみてぇだが」

「……」

「おうっ! なんとか言ったらどうだ!」

そのチンピラのひとりが、その浮浪者の胸元を掴んだ。

「うぃ~、ヒック……」

「コイツ、相当飲んでやがる。完全にアル中だな」

「うるせぇ……ゴチャゴチャ言ってると、ブッ殺すぞ……うぃ~、ヒック!」

「ケケケッ! 威勢のいいアル中だぜ! かまうこたぁねぇ、コイツの体に街の掟を教え込んでやれ!」

「へん、クズどもが掟だとぉ?……ちゃんちゃらおかしいぜ。へへへっ」

そのアル中の浮浪者は、口元からヨダレを垂らしヘラヘラと笑っていた。

「何言ってやがる、てめぇもクズなくせに! 野郎ども、やっちまえッ!」

「よし、オレに殺らせろ! うらぁー!」

浮浪者を取り囲んでいるチンピラ達が襲い掛かってきた。

ブン! ビシュ! スカッ!

しかし、チンピラ達の攻撃はかすりもしない。

その浮浪者は、フラフラした千鳥足で、チンピラ達の攻撃を完全に見切っていた。

「くっ! よけやがった? こんな酔っ払い野郎に!」

「ほ~れ、どうした?……カスどもはたったひとりの相手に何もできないのかよ?……ヒック!」

「ふ、フン! ただの偶然だ、酔っ払ってふらついていただけだろ!」

「やめとけよ……」

浮浪者がつぶやく。

ジャキン!

ナイフを抜いて浮浪者に襲い掛かる。


 それは一瞬の出来事だった。

浮浪者は、腹部に刺さるはずのナイフを拳で受け止め、そのままチンピラのふところに突きを放った。

バチョッ!

そのたった一撃で、相手の内臓が爆発したように弾け飛び、ビチャビチャと辺り一面に血が飛び散った。

当然、そのチンピラは一瞬にして絶命し、叫び声をあげるまでもなくその場に崩れ落ちた。

「あ……」

その浮浪者は、自分自身、無意識に体が動いた事に驚いているようだった。

「ヒ、ひえぇ! い、今なにをしやがったんだ! て、てめぇっ!」

人間離れしたその一撃に、チンピラ達は驚き震え、そんな罵声を出すのがやっとだった。

その浮浪者のさっきの素早い攻撃で、羽織っているフードがパラリとめくれて顔が現れた。


 それはタケルであった。

目の下に紫色のクマを作り、血色の悪いドス黒い顔をしていた。

タケルの手や顔には、さっき倒したチンピラの返り血がベットリと着いていた。

その血のついた掌を、タケルは無言で見詰め、ワナワナと震えた。

「あ、あうぅ……血だ……うぅ……オ、オゲェッ!」

タケルは突然かがみ込んで嘔吐した。

口を押さえるが吐射物が喉奥からどんどんと溢れ出してきた。

「なんだこの野郎、血を見たのは初めてかァ?」

「へへ、オイ! こんな腰抜けどうってこたぁねぇ! やっちまえ!!」

フラフラと嘔吐しながら挙動不審なタケルを見て、チンピラ達の戦闘意欲は復活した。

タケルはチンピラ達に、こん棒や鉄パイプでボコボコと殴られ、蹴られ、ガラスのビンで刺されたりした。

血を見てからのタケルの目はうつろで、取り付かれたように何かブツブツと呟いていた。

「薄気味の悪い野郎だぜ! 殴られながらも何かぬかしてやがる!」

チンピラ達の暴行は更にエスカレートしていった。それは、無抵抗な弱者を集団でいたぶる快感だった。

「ぐへへっ! ブ、ブッ殺しちまえッ! グヘヘヘヘッ!」

群集効果に捕らわれ、凶暴性を剥き出しにした人間本来の醜い欲望。

皆はそれに酔いしれていた。

タケルはやがて地面に倒れたが、それでも攻撃の手を止めようとする物は誰一人いなかった。

このままではタケルは殺されてしまう!


「おやめッ!!」

その時、張りの良い怒鳴り声が聞こえた。女の声だった。

「そこまでにしときなッ! これ以上そいつに攻撃するんじゃないよッ!!」

その女は、数十メートルはあろう 建物の最上階からジャンプし、スタリと音も立てずに着地した。

女は長い髪を振り放ち、威厳のある顔つきで睨んだ。

チンピラ達に命令したこの謎の女。一体何者なのだろうか?

「し、しかしアネゴ! このよそモンは、俺たちにケンカを売ってきたんですぜっ!?」

「バカだねおまえら」

「え?」

「そいつの最初の一撃を見なかったのかい? ハンパな武術じゃなかった。

これ以上、そいつを攻撃して死を感じさせたら、おまえら全員アッという間に皆殺しにされていたよ」

「う……」

チンピラ達は皆黙ってしまった。確かにタケルの戦闘力が、尋常ではない事は判っていたからだ。

「この野郎には仲間をひとり殺されたんですぜ? ブッ殺さなきゃ気がすまねぇ!」

「ほぅ、アタシの言った事が聞こえなかったかい? アタシは止めろと言ったんだよ」

「し、しかし!」

「それともアタシに逆らおうってのかい? いい度胸だねェ……」

女はそのチンピラに近づき、顎をやさしく下から上へと摩った。

ジュウウ!

すると、女に摩られたチンピラの顔がブスブスと焼け焦げていった。

「ぎゃあああッ! す、すんませんっ! アネゴっ!」


 チンピラは怯えてその女の命令に従った。この女の権限は、ここでは絶対らしい。

アネゴと呼ばれる女は、大きく揺れる胸元から、一本のキセルを取り出し口に咥えた。

するとそのキセルは、火もつけていないのに煙が立ち上ってきた。

それを大きく吸い込み、ふうーっと悠長に煙を吐き出す。

どうやらこの女、火のインガを得意とするらしい。


「んふふ、アタシに逆らうヤツは、どんなヤツでも許さないよ……」

色濃くメイクされた女の顔から妖しい笑みがこぼれ、

真っ赤に染まったルージュの口元からは、また煙がプカプカと吐き出されていた。

「しかしアネゴ、こいつは何者なんですかねぇ?」 子分のひとりが尋ねた。

「さてね……酔ってひとりで来たところを見ると、この街を襲おうとする賊とは違うね……

かといって、あの人並み外れた武術は只者ではない……」

「どうしやす?」

「一応、監禁して口を割らせてみるか……よし! そいつを牢屋にブチ込んでおきなッ!」

「あ、アネゴ! しかし……」

「ん? アタシの命令が聞こえなかったのかい? 

それとも顔面をハンバーグのように焼いて欲しいのかい?」

「い、いえっ! その……アイツが、アイツがいないんですっ!」

子分は狐につままれたように、シドロモドロな口調で言った。

「な、なにッ!」

女はタケルの倒れていた場所を見た。

確かにさっきまで瀕死の状態で倒れていたハズなのに、今はその影も形もない。

「おお~、いってぇ……」

突如、女の後ろで声がした。

「むん!?」

女は驚いて後ろを振り返ると、タケルは女の後ろから少し離れたビルの瓦礫の上に立ち、

傷口を舌でペロリと舐めていた。

「へへっ、今まで散々好きな事してくれたなぁ……おかげで酔いも醒めたぜ」

タケルは鼻の頭をゴシゴシと指でこすりながら笑っていた。

よく見るとチンピラにやられた傷はたいしたことはなく、かすり傷や血が少し滲んでいる程度だった。

「うぅ、そんなバカな! あれだけ殴ったり刺したりしたのに平気だなんて……!」

チンピラ達はタケルのタフさに驚愕していた。

「へへ、無意識のうちにインガを使っていたみてぇだな。どうやらそう簡単に死なせてくれない体らしい」

タケルはそう言いながら、吐き捨てるに笑った。


 しばしの沈黙。


「あっはははっ!」

突然、チンピラ達のリーダー格である女が、甲高く笑い出した。

チンピラ達は一瞬唖然としたが、タケルはニヤリとした口元で笑った。

「最高に面白いよ! アンタさぁ! あっはははっ!」

「冗談言ったつもりはねぇけどな?」

「こんなところで、なかなかのインガ使いと出会えるなんてさ! 

これ見ちゃったらさぁ、アタシの血がグツグツ騒いで止まらないよ!? 

さて、どうしてくれるんだい? 浮浪者さん? あっははっ!」


 その女はひどく嬉しそうな笑い顔をして、タケルをジッと睨んでいる。

そしてペロリと舌を出して上唇を舐めた。その様は、蛇が獲物を狙うかのように妖しく見えた。


「ひ!……ア、アネゴのあの顔……あれはアネゴがこの街に来た時と同じ顔だっ!」

チンピラ達は青い顔をして引きつった。一体どうしたというのだろうか?

「へん、浮浪者じゃないぜ! タケル……オボロギタケルだ……

それにアンタはひとつ間違ったことを言った。なかなかのインガ使いじゃないぜ?

かなりのインガ使いだと覚えときな!」

タケルは自信満々に言い放った。

「あっははは! 顔だけじゃなく中身も面白い男だねぇ! 

どうやらアンタにも流れているようだね、戦い好きの血ってヤツがさ!」

「ヘン、そうかもな」

「そのどうしようもない血が、アンタのおかげで今にも爆発しちゃいそうだとしたら?」

「だったら、どうするんだ?」

タケルはニヤリとしながら言った。

「ふぅむ、そうさねぇ……やっぱ責任とってもらうしかないねっ!」


ビュバッ!


 その女は言うが早いかタケルに向かって突進してきた。

「やっぱッ! そうくるっきゃねぇか!」

「ヒイッ! み、みんな逃げろ!」

チンピラたちは皆その場から逃げ出した。

「ヘン! いくじのねえ子分どもだぜ……うわっと!」

女はタケルの横を一瞬で通過し、横の瓦礫を蹴って素早く背後に回ろうとした。

そこに、タケルの拳がブンと唸る!

女はそれを余裕でかわしニッと笑った。次にタケルの左足が蹴りを放つ!

ブンッ!

これもまた空振り。またもやその女は不適な笑みを漏らした。が……!

タケルは左足の蹴りを空振りさせた勢いでそのまま重心をコマのように回転させ、右の裏拳を放った!

ゴヅッ!

たまらずガードした女は、勢い余って後方に吹き飛んだ。

「甘いぜッ! よく覚えときな! これがフェイントってヤツだ!」

最初の攻防を制したのはどうやらタケルのようだ。だが女は吹き飛ばされながらも笑っている。

「あははっ!」

「何がおかしい!?」

「本当のフェイントってのはこうやってやるんだよっ! ほとばしれ! 火影っ!」

女は空に向かって文字を書くように手を交差させた。

ボオウッ!!

「何ッ!」

突然、タケルの周りを円で取り囲むように炎が燃え上がり、タケルを襲った。

「うおぅッ!」

タケルはなんとか炎の直撃は防いだが、たまらずもんどり打ってシリモチをついた。

女は軽い身のこなしでフワリと着地すると、余裕のこもった笑みをした。

「うふふ……どうやらアタシのフェイントの方が一枚上手だったようだねぇ。

アンタの周りを円で囲んでインガを設置するためのフェイント。

三点で囲むと発動するインガ、火影(ほかげ)の味はどうだい? よく覚えておきなっ!」

「アチチッ! くっ、この女! 妙なインガを使いやがる! 最初からこれを狙っていたのか……!」

タケルの被っていたフードは全て燃えてしまい、タケルの体には少しばかりの火傷ができた。

「あっははは! やっぱ面白いよ、アンタ!」

「あんたじゃねぇ、タケルだ」

「アタシの火影を喰らっても、その程度の傷でいられるとはね。いいだろう……

タケルにはアタシの名前を聞く資格があるようだから教えてやるよ……アタシの名前は……」

「来やがるっ!」

タケルは次の攻撃に備えて身構えた。

「アタシの名前は……紅薔薇(べにばら)だよっ!」


 紅薔薇という女は、タケルの真正面へ突進し、ジャンプ一番体を捻りトリッキーな蹴りを放った。

グルン! バキッ!

それを頭上で両腕を組んでガードしたタケル。

紅薔薇は蹴りの反動でクルリと回転し、タケルの背後にまわった。

タケルは今の紅薔薇の蹴りの軌跡に、インガの火の粉のようなものを見つけた。


「これがさっきの攻撃の正体だな? この火の粉のようなものを3点で結ぶと、

あの炎のワザが発動するってワケか! だがそうはいかねぇッ!」

タケルは背後からの紅薔薇の攻撃を避ける為に、くるっと反転してバックステップした。

「囲まないと発動出来ないんだろ、その技は? だったらその場から離れればいいだけだっ!」

「甘いねぇ、タケル……火影は3点ないと発動出来ない訳じゃないのよ……」

「なにッ!?」

「いけっ火影っ!」

紅薔薇がまたしても手を交差したその瞬間。タケルの前後から炎が襲い掛かった。

「バカなッ! ニ点発動だとッ!? 既に最初の地点にインガを設置してやがったのかッ!!」

ボオオンッ!

前後からの炎に挟みこまれ、直撃を受けてしまったタケル。

ドサッ!

そして体勢を崩し、その場にうつ伏せになって倒れてしまった。

「あっははは! 三点という先入観に騙されたようだねぇ。もっとも威力は落ちてしまうけど、

今度はガード出来なかったからダメージは大きいハズだね。あっははは!」


 今まで固唾を飲んで見守っていたチンピラは、やっと安心したかのように歓声を上げた。

「さすがアネゴっ! 姑息な闘いでは一枚も二枚も上手だっ!」

「あったりまえだぜぇ! 姑息さでアネゴの前に出るモンはいねぇっ!」

「よーしっ! 姑息女王誕生だ!」

調子にのったチンピラ達は勝手なことを叫んでいた。

じゅうううっ……

「ギャッ!」

「姑息なんて言うんじゃないよ! 戦略といいなっ!」

チンピラの顔がハンバーグのように焼けた。

チンピラ達は改めて紅薔薇の恐ろしさにゾッとし、また静まり返ってしまった。

だがしかし、静まり返ったのは紅薔薇のせいではない。

チンピラ達の目は、紅薔薇の後ろに釘付けにされていたからだ。


「ふぅ~、まいった、まいった……酔ってたせいでかわし損ねちまったぜ……

でもこれで、ほんっとに完っ全に酒が抜けちまったみてぇだな」

タケルはムクリと起き上がった。体中の火傷からはブスブスと煙が立ち上っていた。

「あっはは! 面白い! そうこなくっちゃ、タケル! 

その程度でくたばってもらっちゃ困るよ? アタシはまだまだ遊び足りないんだからねぇ」

「ヘンッ、火遊びもほどほどにしときやがれ!」

「しかし、アタシの攻撃を喰らったのを酒のせいにするなんて、情けないねぇ……

男ってのはどうして自分の失敗を酒のせいにしたがるかねぇ?」

「ははっ! オマエの言うとおりだな。どうも酒が入ってないと気が弱くなっていけねぇ。

悪いがちょと酒飲むまで待っててくれや」

そう言うとタケルは、胸ポケットから酒の小瓶を取り出して、それをウグウグと飲んだ。

「プハァっ! うめぇ! よっし待たせたな、準備完了だぜ!」


「……」

それを見た紅薔薇の表情から笑みが消え、冷酷な顔つきに豹変した。

「タケル……アンタちょっとは骨のある奴だと思っていたけど、どうやらアタシの見当違いだったようだね」

「ヘン、どう見当違いだってんだ?」

「勝ち目がないとわかると、酒を飲んで負けた言い訳にでもするつもりかい?

それともブルっちまったから、酒の力を借りて景気付けってところかい?」

「さぁ、どっちかな? へへ……」

「情けないねぇ……胸クソ悪いねぇ……どっちにしろ、これ以上、アンタの顔は見ていたくないねっ!

ハンバーグのように焼いてやるよ! 焼き加減はどれがいい? レアかい? それともミディアムかい!」

「ウェルダンだけはカンベンして欲しいぜッ!」

バシュッ!ガギッ!

紅薔薇の攻撃! それをガードするタケル。

またしてもその軌跡には火の粉が舞っている。まずは一点設置されてしまった。

「ガードをすると炎のインガを設置されちまう! やっかいなインガだぜ!」

「さて、焼き加減は決まったかい? 言っとくけど、アタシは中途半端な焼き加減が嫌いなんだよ。 

焼くなら徹底的に焼きたいねぇ……行けっ、火影っ!」

紅薔薇は手を組んで叫んだ。

「うッ!」

ボオオンッ!

なんと今度は一点での火影だった。なんとかそれをかわしたタケル。

だが、腕にはしっかり火傷をつけられ、それがブスブスとくすぶっていた。

「ふぃ~っ! やっぱりな! 点と点で結ばないと発動出来ないと思わせて、

実は単体発動出来る技だったんだな。そうだと思っていたぜ!」

タケルはすでにそれを予想していたようだ。

「カンの良い男だねぇ……それだけに実に惜しいねぇ……

闘いの技もセンスも良いのに、心の弱さを酒に頼っちまうなんてさ。

アタシのいっちばんキライなタイプだねぇ!」

「へんっ! ひどい嫌われようだな、なんか酒飲みの男に悪い思い出でもあるのかよ?」

タケルにそう言われて紅薔薇は少し表情をピクつかせた。

「スキありッ!」

タケルは紅薔薇の一瞬の動揺をついて、紅薔薇のふところにタックルした。

「ぐっ! この卑怯者!」

タケルにガッチリと両脇をとられ、紅薔薇は振り解く事が出来なかった。

「この近距離ならオマエの技も使えねぇだろ? 自分まで一緒に燃えちまうからなぁ!」

「ちぃっ! このっ! 離せっ!」

紅薔薇はタケルの背中に何度も攻撃した。しかし両脇をとられているせいで攻撃に威力がない。

そしてそのまま両者は地面にもつれて倒れ、タケルがマウントポジションで紅薔薇の上に覆いかぶさった。

「この変態野郎っ! 手を離せっ!」

「へへっ! さすがにこうしちまえば女の力じゃ動けないだろ。うへへっ!」


 タケルが紅薔薇に攻撃する様……いや、これは明らかに女を暴行しようとする、最低の男の様だった。

技では勝てないと思ったタケルは、力まかせに女を押さえ付けたのだ。

嗚呼、情けなや! そこまでして勝利したいのだろうか?

そんな後味の悪い勝利ですら、今の堕落したタケルは欲しているのだろうか?


「キ、汚いぞ! アネゴを離しやがれ!」

「そうだそうだ! そんな勝ち方は男じゃねぇぞっ!」

チンピラ達も、タケルの行動に大ブーイングの嵐だった。

「へへへ……いひっ! 勝てばいいのよッ! 勝てばさぁッ!」

もはやタケルの目は、濁ったドブ川で死んでいる腐った魚の目をしていた。

「こんな汚い男だけは許さないよ! 絶対に殺してやるよ!」

紅薔薇の怒りと殺意の篭った声。

ゴギン!

紅薔薇はタケルの金的を思いっきり蹴り上げた。

「う!……おおぅ……」

たまらずタケルは股間を抑えてうずくまった。

パリン!

前かがみになったタケルの懐から、酒の小瓶が地面に落ちて割れた。

「お、酒が……!」

紅薔薇は瞬時にその場から脱出し、タケルと距離をとった。

「この後に及んでまだ酒が大事かい? それよりもまずテメェの命の心配をしな!」

冷たく吐き捨てるかのように紅薔薇は言い放った。

「ううッ!」

気がつくと、しゃがみ込んでいるタケルのまわりには、六点にも及ぶ火の粉が設置されていた。

「攻撃した時だけ点を設置できる訳じゃないのさ……アンタがアタシに覆い被さっていた時、

すでに六点ものインガを設置しておいた」

「い、いつのまに……?」

「アンタはそれすら気付かなかった! もはや逃げ場も防ぎようもない! さぁ覚悟はいいかいっ!?」

「ま、待ってくれ! たのむ!」

「命乞いなら聞かないよ! アンタもインガ使いなら、ここで立派に死んでいきな! 

そして酒に溺れたテメェを怨みなっ!」


 タケル絶体絶命!

しかし、タケルは落ち着いたようすで、腰を地面に降ろしデンとあぐらをかいた。

そして、腕を組み、目を閉じた。

まさかタケルは、この勝負を諦めてしまったのだろうか?


「ふんっ! 散り際は男らしくか……なら死にな! 発動せよっ! 火影六点爆っ!!」

紅薔薇の振り上げた腕がインガで光る。

「散り際?……違うな。勝利の確信ってヤツだ……

紅薔薇、アンタはその技を発動させる時、必ず掌が赤く光る。

それって掌から炎のインガを発して、設置した火の粉を誘爆させる為なんだろ?」

「その通りだが、それがどうしたっ! 既に私の手から炎のインガは発せられたぞっ!」

「なら気をつけた方がいい。さっき割れた酒の小瓶に中身は入っていたかい?」

「なっ!……まさかキサマはそのアルコールをっ!」

「そうだ、すでにアンタの腰巻きに十分含ませてある……

タックルした時にアンタの死角からタップリとな。ちなみにそれはウオッカ並のアルコール度数だぜ……

酒って燃えるんだろ?」

「し、しまっ!……」

ボオオオウン!

紅薔薇の腰巻が突然発火し、上半身が炎に包まれた。

「酒に溺れ……いや、炎に溺れたのは、アンタの方だったな、紅薔薇!」

見事ッ!タケルの作戦勝ちだッ!!


(く、クゥッ! やられたっ! アイツの方が一枚上手だったっ……完敗だわ……!)

ボボボオゥ……

紅薔薇の上半身が激しい炎に包まれていく。

モクモクと上がる黒い煙は、人肉をブスブスと焼いている音さえ聞こえてきそうだった。

これでは、椀部や胸部はおろか顔面までもがひどい火傷を負うだろう。

顔は女の命。その命を絶たれてしまった紅薔薇の胸中はいかに。

「殺しなッ!!」

紅薔薇は上半身を包む炎の隙間から、そう大声で叫んだ。

タケルは、そんな紅薔薇を黙ってジッと見下ろしていた。

「さ、さぁ! 何をしているのさ、タケル! 勝負はアンタの勝ちなんだっ! 

早くアタシを殺しなっ! そしてアタシの惨めな死を大声で笑うんだっ! アンタにはその資格があるっ!」

「ア、アネゴーーーッ!! 死なないでくれェ!」

「そ、そうだよっ! アネゴが死んだら俺たちゃどうしたらいいんだよォ~ッ!」

チンピラ達は、紅薔薇の覚悟を聞いて悲しんだ。

「泣くんじゃないよ、オマエ達……アタシはタケルとの勝負に負けたんだ……

弱者は強者に倒されるのがこの街の掟なんだよ……あばよ、おまえら……」

紅薔薇の声はそこで途絶えてしまった。


 そして、辺りはシーンと静まり返った。が、次の瞬間、チンピラ達は一斉に誰しもが号泣し始めた!

「うおおおぉんおん! アネゴッ! アネゴ~~~ッ!」

「ウオッ! ウオッ……ブ、ブェ~~~ンッ!」

いかつい大男どもが泣き崩れる様は、とても異様な光景であった。

タケルはそれを見兼ねて、「やれやれ」という表情で頭をかいた。

そしてチンピラの心情を逆撫でするかのように、こう言い放った。

「ヘンっ! 下手な三文芝居してんじゃねぇよ、テメェら! 

大の男の泣きべそなんて見れたもんじゃねぇや!」

タケルのこの一言が、どれだけチンピラ達の怒りに火を注いだことだろうか?

チンピラ達は殺意の篭った目でタケルを睨みつけた。

一触即発。そんな状態の中、チンピラのひとりが突拍子もない奇声を上げた。

「あッ! あああッ!!」

「ウルセーぞ! 何だよ、こんな時にヘンな声上げやがって!」

他のチンピラが、その男を怒鳴りつけた。

「ち、ちがうんだ! あ、アネゴがっ! アネゴがっ……!!」


 その男の一声で、チンピラ達は全員一斉に紅薔薇の方を見た。

そして皆は目を真ん丸くさせて驚いた。

上半身を焼かれて絶命したと思った紅薔薇が、なんとムクリと起き上がり、

不思議そうな顔であたりをキョロキョロと見回していた。


「あれ?……アタシは炎に焼かれたハズ……?」

良く見ると、紅薔薇の上半身には火傷を負ってはいたが、顔やその付近には全く火傷の跡が無かった。

それを見たタケルは、ニヤリと笑いながら鼻を擦ってこう言った。

「さっきアンタの上半身に炎が燃え移る瞬間、俺のインガのバリアーが、

アンタの顔面付近をガードしていたのさ。酸欠で気絶はしたみたいだけどな」

紅薔薇は、ア然とした表情でタケルの顔を見た。

「あ、あの一瞬でそんなことまで……し、しかし、何故だ! 何故そんなことをやったのだ! 

アタシは本気でオマエを殺そうとしていたのだぞっ!」

タケルはしばし沈黙していたが、やがてこう答えた。

「何故って聞かれても俺にも良くわからねぇ……でも、さ、こう言うだろ?」

「な、何をさ?!」


「顔は女の命ってな?」

「な、なんだって……」


「勝負には勝たせてもらったが、女の命まで奪うつもりはねぇよ……」

タケルは紅薔薇と視線を外し、少し照れくさそうにそう言った。

「タケル……」

それを聞いた紅薔薇は、頬を紅色に染めて黙ってしまった。

「あれぇ? どうしたんだい? アネゴの顔が赤くなってきてるぜぇ?」

どうやらチンピラのひとりが、余計な事を言ってしまったようだ。

「う、ウルサイね! お、おまえの顔も赤く焼いてやろうかいっ!」

紅薔薇の右手は灼熱のインガがで赤々と燃え上がった。

「ひ、ひえぇっ! それだけは御勘弁をっ!」

「あは……あはは!」

チンピラ達は、そのやりとりがおかしくてみんな笑った。

それは、紅薔薇の無事を安心しての笑いだったかもしれない。

とにかくその場には、先ほどの殺伐とした雰囲気は消えていた。


(タケルというこの男……

殺意に満ちたあのどうしようもない状況を、こうも穏やかな雰囲気に変えてしまうとは……

この男、一体何者なんだい……?)

紅薔薇は心の中でそう思った。


「た、タケルっ! アタシに情けを掛けるなんてナマイキするんじゃないよ!

アタシはねぇ、そういうのが大ッキライなんだよ! え! ちょっと、聞いてるのかいっ!?」

紅薔薇は、精一杯の照れ隠しをするため、大声で叫んだ。しかし、タケルは何も返答しない。

「ちょっと! 聞いてんのかいっ! タケル……?」

ドサッ……

タケルは返答出来る筈もなかった。タケルは気を失ってその場に倒れ込んでしまったのだから。

「ちょっ……タケル! タケルっーー!」


 紅薔薇との勝負に勝ったタケル。

だがしかし、余程の疲労が溜まっていたのだろうか?

それとも、紅薔薇の攻撃で受けた傷が原因なのだろうか?

とにかくタケルは意識を失い、紅薔薇のアジトに運び込まれた。

そして、後に驚愕の事実を聞くことになるのだった。



 タケルが目を覚ましたのは、それから2日ほど経ってからであった。

(……う……体が重い……俺は、生きているのか……)

「タケル? タケル!……目が覚めたのかい!?」

ぼんやりと目を覚ましたタケル。その目の前には、心配そうな表情をした紅薔薇がいた。

「う、痛っ……」

タケルは、きしむような痛みをこらえて起きあがった。

「まだダメだよタケルっ! まだ寝てなきゃ……

アンタはまだ完治してないし、アルコールもぬけてないんだから」

紅薔薇は慌ててタケルを寝かしつけようとしたが、タケルは腕を払い上げてそれを拒んだ。

「だ、大丈夫だ……それよりここはどこなんだ……?」


 タケルは、まだフラつく頭に手をあて辺りを見まわした。

そこはピンクの色を基調とした、なかなか豪華な部屋だった。

棚やガラスケースなどには、彩りの鮮やかな装飾品などが陳列されていた。

女の趣味……そういった部屋の雰囲気だった。

そして、ベッドのまわりにはタオルやら着替えやらが散乱し、タケルを看病していた様を伺わせていた。


「ここはアタシの部屋さ。そして、ここはアタシ達のアジト、さ」

「アジト?……紅薔薇、お前はナニモンなんだ?」

「アタシたちは、それぞれ自分の居場所もなく、行き場を失った連中の集まりさ。

そんな連中が生きていく為には、自分の体は自分で守らなくちゃならないんだ……」

「それが、この街だってのか?」

「そうさ、負け犬の街って呼ばれているけどね」

「負け犬か……」

「でもバカにされるのは悔しいから、他のエリアに攻撃をかけて食料やら物資を奪うのさ。

ま、モチロン向こうのエリアからも攻撃されることもあるからお互い様さ」

タケルはそれを聞いて、一瞬キョトンとしてしまった。

「そ、そうか……そうだよな。それが生きていく為だもんな……」

タケルは聞いてはいけない事を聞いてしまったようで、少し申し訳無い気がしてしまった。

「ん? どうしたんだい。そんな情けないツラしてさ? ここではそうすることが当り前なんだよ」

「そ、そうなのか……」

「フフ……アンタっておかしな奴だねぇ。いっぱしのインガを使うわりには、

何だかこの世界に合ってないっていうか、今まで別の世界で生きてきたっていうか……」

紅薔薇は冗談を言うつもりでクスリと笑った。

「実は……そうなんだよ……」 タケルはボソリと呟いた。

「え? 何だって? 今、何て言ったのさ?」

「だから、その……紅薔薇が今言った通りなんだよ……

この世界には来たばっかなんだよ……俺は地球という別の世界から来たんだ……」

「なんだって?……そんなことが……」

「ま、それでも色々あったんだけどさ……」

タケルは視線を窓に向け黙ってしまった。

それを見た紅薔薇は、タケルの頭に手を当て優しく撫でた。

「なッ、何しやがる……!」

「フフッ、良いんだよ、タケル。全てをアタシに話してくれないかい? アンタはかなり訳アリみたいだしね」

紅薔薇は優しい微笑みをタケルにかけた。タケルは少し戸惑いはしたが、次第に口を開いていった。

「ああ……あれは突然の出来事だったぜ……」


 タケルは、今までの事を紅薔薇に話した。

この世界に来るキッカケになった出来事。

最初はひどく驚いていた紅薔薇だったが、タケルが別の世界から来たという話しを疑う事もなく、

真剣な眼差しで聞いていてくれた。

ベンやポリニャック、そしてアジジ達との出会い。

伝説の武神機、ヤマトタケルとの出会い。

数々の戦い……そして別れ……死んでいった者達……

話は何時までも続き、いつしか辺りは暗くなっていた。

タケルは何時の間にか泣いていた。紅薔薇の膝元に顔を埋めて、赤ちゃんのように号泣した。

声にならない声で、咽び泣く声が夜の闇に悲しく響き渡った。

「泣いていいんだよ、タケル。そうやって泣いて全部吐き出しちゃいなよ……

そうすればもっともっと楽になるからね……

ここは深い悲しみを持った人間の集まる街なんだからさ、だから泣いちゃいなよ、タケル……」


 ここは流れ者の集まる街。

いつしかそこは、負け犬の街と呼ばれていた。

しかし、今夜の風は凍えるような冷たい風ではなかった。

暖かい優しさに包まれた、心地の良い風だった。



 次の朝。

朝の日差しがカーテン越しに漏れ、紅薔薇の顔に降り注ぐ。

「う……ん……」

紅薔薇が目を覚ますと、タケルは窓際のベランダに立ち、朝日を眺めていた。

「タケル……?」

紅薔薇の声に反応し、タケルはこちらを振り返った。その表情は明るく、さっぱりとした笑顔だった。

「来てみろよ、紅薔薇。朝日がこんなに眩しいぜッ!」

そう言うとタケルは、紅薔薇をシーツごと抱え上げてベランダへと運んだ。

「ちょっ……あたしは服を着ていな……! 部下が、部下に見られちまうよっ!」

紅薔薇は自分の胸が肌蹴ないように慌ててシーツで隠した。

「ん? ははッ! だったら見せてやればいいさッ!」

「ん、もう……タケルったら……」

紅薔薇はタケルに抱き抱えられながら、頬を赤く染めた。そして朝日に輝くタケルの顔を見上げた。

「眩しいね……」

「ああ、眩しい! なんてこの世界は眩しいんだッ!」

タケルの表情に迷いはなかった。一度スッカラカンになった心が、また生まれ変わったようだった。

「サンキューな……」

「え?」

「おまえがずっと俺を看病してくれたんだろ?」

「う、うん……そうだけど……別にアンタが心配だったワケじゃないよ? このままにしておくのも……ん」

紅薔薇はそれ以上喋れなかった。それは、タケルの口付けで塞がれてしまったからだ。


「へへ……」

「うふふ……」


 二人はしばらく朝日を眺めた後、服を着て食堂へ向かった。

「ちょっと待って……その……アタシ達のこと、部下になんて説明したらいいか……」

紅薔薇は柄にもなく、モジモジとした態度をタケルの前で見せた。

「しっかりしなよ。オマエはここのボスなんだろ? だったら威厳を見せなきゃな」

「そ、そうだけど……」

「よしッ!」

タケルは紅薔薇の手を強引に引っ張った。

そして部下達が集まる食堂の大きなドアを、バァンと音を立てて開けた。

「あ、おはようごぜぇやす! アネゴ! 今日も気持ちのいい朝ですぜっ!」

「いよっ! 御両人! さぁ、入った入った!」

「今朝はアネゴと客人の為に、とびっきりの朝食を作りましたからっ!」

「オマエたち……」

紅薔薇は、チンピラたち部下がこうしてタケルの事を歓迎しているのに驚いた。

タケルの事をよそ者として、皆疎ましく思っているに違いないと思っていた。

それが、タケルの回復を祝い、自分との関係まで祝福していてくれたのだ。


「へ、へへ……実を言うとね。オイラ達はずっとタケルの事を嫌ってたんでさぁ」

部下の一人が口を開いた。

「……」

タケルは無言で部下たちの話を聞いた。

「アネゴがかかりっきりでタケルを看病してるんで、俺達みんな嫉妬して気分悪かったんでさぁ」

「そうそう、すっげぇムカつきやしたよ!」

「でも、そんなアネゴの直向な看病を見ているうちに、

なんだかオイラ達の心がすっかり濁っている事に気がついたんでさぁ……」

「そうそう、考えてみれば、タケルとアネゴの勝負。そしてアネゴの火傷を心配してとった行動。

あれってかなり男らしい事じゃねぇかと……オレっちかなり感動しちゃったんでさぁ!……って、

あれ? なんだかうまく喋れねぇや」

「オメェは頭悪いんだからすっこんでろや!」 そこにまた別の部下が割って入った。

「んだとこの野郎っ!」 「だから能無しは引っ込んでろって言ってんだよっ!」

二人の部下が口ケンカをしてると、タケルが紅薔薇を引っ張ってテーブルの玉座の前に立った。

「みんな! 聞いてくれ!」

辺りに一瞬、静寂が走る。口喧嘩していた二人もピタリとおさまった。


「俺は……俺がこの街に来た時……心ン中がゴミ溜めみてえに腐りきっていた。

それで、もうどうでもよくなって、俺に歯向かう奴はみんなブッ殺してやろうと思っていた……

そして、ここの仲間のひとりを殺してしまった・・・・・」

タケルは下を向いて黙って俯いてしまった。

「タケル……」

紅薔薇は、そんなタケルの顔を心配そうに見詰める。

「すまない! みんな! 俺のしてしまった事は、謝って許されるもんじゃねぇ! 

だから……俺にせめてもの罪滅ぼしをさせてくれッ!

俺はここの連中の人間臭い所がけっこう好きになってしまった。だから、ここにしばらく居たいんだ!

何でもするから……いや何でもさせてくれッ! 頼む!」

タケルはそう言うと、その場に土下座して頭を地面に当てて謝った。

シーン……

食堂にいる紅薔薇や部下達は、黙ってタケルを見下ろしていた。

やはり、仲間を殺した罪は簡単に償えないのだろうか?

紅薔薇は、そんなタケルの側にかがみ込み、肩にポンと手を置いた。

「いいんだよタケル……こんな時代を行き抜く為には、自分の身を守るのが一番大事なんだよ。

強い者が生き延び、弱い者は死んでいく……アンタは当たり前の事をしただけなんだよ。

それにここにいるアタシの部下の中には、それを許さないヤツはいないよ。

みんなアンタを歓迎しているのさ……」

「そ、そうだよ! みんなアンタの事、スゲェ奴だと思ってるんだぜ! だから顔を上げてくれよ!」

「アネゴを取られたのは悔しいけど、アンタならそれが許せるんだ!」

「アンタはたいした男だよ! これからアニキって呼ばせてくれよ!」

「そうだ! アニキだ! アネゴにアニキ! いいじゃねぇかよォ、それってさぁ!」

部下達は口々に叫び出した。そして誰もが、タケルのことを許し歓迎してくれていた。


「み、みんな……」

タケルの心は、例えようの無い喜びでいっぱいになり、顔がグチャグチャになる程嬉しそうだった。

紅薔薇もまた、そんなタケルを見て一緒に喜んでくれた。

「よしっ! お前達! 今から重大な事を発表するから、耳の穴かっぽじって良くお聞きっ! 

今まではここのボスはアタシだった。それはこの街で一番強くて統率力があったからだ。

だけど今は違う……」

「お、おい、紅薔薇……何を言い出すんだよ?」

「タケル、黙って聞いておくれ。この街で一番強い奴がここのボスになるべきだとアタシは思う!

だからここのリーダーにはタケルになってもらうよっ! いいね? お前達!」

「うおーー! 賛成だぜ、アネゴ!」

「頼むぜ! 新リーダーさんよっ!」 食堂からは大きな歓声が上がる。

「お、俺が、ここのボス……? ここのリーダーだってぇ!?」

タケルは狐につままれたような顔をしながら、紅薔薇の方を向いた。

「何でもするって言っただろ? それにアタシだって女なんだよ?

誰かに支えて欲しいもんさ……ね、タケル?」

紅薔薇は、タケルの腕にそっと手を回した。

「くそうっ! 焼けるねぇ、ご両人!」

歓喜の声が食堂中に広がった。それは、新しいリーダー誕生の瞬間であった。

「さぁ! そこの上段に上って、新リーダーのあいさつをしてやりな! バシッと決めなよっ!」

タケルは照れながらも、紅薔薇に背中を後押しされて上段に上った。

「え~……えーと、あの……」 タケルは緊張してしどろもどろだ。

「ヨッ!!」 部下達の茶化す声。

「まいったな……いきなり、新リーダーだなんて……えっと、俺は……

そう、今までこうやって大勢の仲間を持ったことがなかった……いつも一人ぼっちだったんだ…」

部下達は黙ってタケルの話を聞いた。

「だからみんなをまとめ上げる力が俺にあるのかは解らない……だから……だから!」

そう言ってタケルは、真剣な眼差しのまま黙ってしまった。それを無言で見守る部下達。

「だから……とりあえず朝メシにしねぇ?」

ドドッ! 

部下達はみなズッコケてしまった。

「もうっ! タケルったら!」 紅薔薇もあきれ口調だ。

「あ! それとひとつ! 俺はみんなのリーダーになったけど、お前等の事を部下だとは思っていねぇ。

俺達はみんな仲間だ! なッ!?」

タケルは笑ってそう言った。

ウオオオッ! 皆はひとつになって沸き上がった。


(フフ、タケル……あんたは本当に面白い人間だよ。

アンタには周りの人間を変えてしまう不思議な魅力がある。

その魅力にあんた自信はまだ気付いちゃいないのさ。

あんたならもしかしたら、変えられるかもしれない……あの国を……)

紅薔薇は仲間達とはしゃぐタケルを見て、心の中でそう思ったのだった。


 ここは流れ者の集まる街。

何の因果か、ここに巡り合わせた仲間達。

いつしかそこは、負け犬の街と呼ばれていた。

冷たく死んだ街を俳諧している野良犬達。

自分を嫌悪し、行き場のない感情を吐き捨てる事しか出来ない負け犬ども。


 だけど、それも少しずつ変化しているようだった。

いつしか負け犬達は、ひとりの男の来訪によって希望を見出していくのであった。

それはまるで、荒廃と化した時代の中で一点輝く星のようだった。

そして、この出会いによって、タケルの運命は更なる大波に飲み込まれていくのであった……



場面変わって、ここはサエナ遺跡。

そこに、犬神善十郎と、ヤマトの研究技師がいた。

「ここで、あの伝説の武神機が蘇ったのだ。私の持ち帰ったデータと合わせて調査しろ」

「は、はい、犬神様……すごい! この場には凄まじいインガウェーブの残存粒子が拡散しています」

「それを調べるのだ、ザクロ! 伝説の武神機を打ち負かす、高性能な武神機を開発するのが、

おまえの仕事なのだ!」

「わかりました……尽力してみます……」


(ふふふ……みていろよ、オボロギタケル……

伝説の武神機を奪い、必ず貴様を倒して見せるぞ……

そして、ヤマトの実権を握るのはこの俺だということをわからせてやるのだ! ふははははっ!)


サエナ神殿で燃え上がる犬神の野望。

はたして、伝説の武神機には、どんな秘密が隠されているのであろうか?

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