第4話 難航する捜査

「光智君。昨日はとんだ災難だったわね」

 入り口のドアを開けた玲子は、光智の姿を見つけると、無頓着に声を掛けた。

 いつ頃からか、呼び名が『別当さん』から『光智君』に変わっていた。

「いえ。滅多にできない面白い体験をさせてもらいました」

 光智は、何事もなかったように言った。

「私がよけいな……」

 玲子がそう言い掛けたとき、光智が目で合図を送った。

「二人はどこへ行ったの?」

 意図を察した玲子は、あわてて口を閉じると、カウンターの中に入りながら、何食わぬ顔で訊いた。

「お客さんが途切れたので、二人とも着替えに二階へ上がっています」

 真司が答えた。サンジェルマンは一階が店舗、二階が住居となっていた。

「あら、あら。また、結城君に留守番をさせていたのね。いつも、ごめんなさいね」

「いえ。光智以外に客は来ませんでしたから大丈夫です」

 真司はそう言うと、

「それより、大変って、昨日何かあったのか」

 と、光智を訝しい眼差しで見た。

「正門前の加賀見食堂で殺人事件があっただろう」

「テレビのニュースでも流れていたな」

「偶然居合わせた俺が第一発見者でさ、お陰で警察の取調室で事情聴取を受けたよ。途中から犯人扱いだった」

 光智は、まるで他人事のように言った。

「それで、よく帰されたな。お前は身元も不確かだし、なんだかんだで、一晩ぐらい泊めさせられてもおかしくはないぞ」

 真司は核心を突いていた。実際、片桐弁護士が本富士署に足を運ばなければ、一晩留置されることになったであろう。

「そ、それは……、まあ、俺には被害者を殺害する動機が無いからだろう」

 光智は身元引受人が有ったことは伏せた。

 真司は光智の肩に手を置くと、

「動機なら有るじゃないか。貧乏学生のお前が、強盗目的で押し入ったとも考えられるよな」

 少し、腹に含みのある響きがあった。光智の目は疑いの色に染まった。

「強盗目的って、加賀見食堂は借金で潰れたんだぞ。大金が盗まれたことは、まだマスコミにも流されていない。お前、あそこに金が有ったことを知っていたのか?」

「し、知る訳がないじゃないか。例えば、ということさ」

 真司は、光智の肩に置いていた手で目を隠すようにして弁解し、

「それより、お前こそどうして加賀見食堂なんかに行ったんだ? あそこはもう閉まっているだろう」

 と巧みに論点を逸らした。

「食堂に用事があった訳ではなくて、人と待ち合わせをしていて、偶然発見してしまったんだ」

 光智も如才なくかわした。

「それはまた、とんだ災難にあったものだな。でも、ママはどうしてそのことを知っているのですか」

 真司の疑念は玲子に移った。

「それは……」

 光智が事実を隠したことで、少なからず動揺した玲子だったが、

「ちょうど外出から戻ってみると、加賀見さん宅が人だかりになっているじゃない。何事かと、しばらく傍観していたら、別当さんがパトカーで連れて行かれるところを見たのよ」

 と、彼女もまた上手く取り繕った。

 お互いが腹の探り合いをしたため、何とも気まずい空気が覆い始めたとき、カウンターの前の扉が開いて、恭子と真奈美が姿を現した。

「お客さんの足も止まったし、ママ、もう出かけて良いでしょう?」

 澱んだ空気を吹き払うような恭子の陽気な声だった。

「あら、まあ。ずいぶんと張り切っているわね」

 玲子が茶化すように言うと、

「私より、結城君よ。待ち合わせより一時間も早く来るし、店の番はするから、早く着替えろって、急かすのよ」

 と、恭子は無邪気に応じた。

「そうね。お店はママ一人で大丈夫だから、さあ皆で楽しんでいらっしゃい」

 玲子は急かすように言った。

 恭子が救いの手を差し伸べた形になったのだが、真奈美を含めた四人で、ボーリングとその後のカラオケを提案していた真司は、これ以上の追及を止めざるを得なかった。

 真司は、まずは四人でのグループ交際から始め、そのうちに糸口を探ろうとしていた。恭子の気持ちと真司の真意を共に知っている光智は、あまり気乗りがしなかったが、昨日の事件のこともあって、気晴らしに付き合うことにしたのである。

 ボーリング場は、帝大生を中心に混雑していた。光智はシューズに履き替えると、場内を見渡して辻見克久(つじみかつひさ)を探した。辻見はすぐに見つかった。五十絡みの男性で、綺麗なフォームから放たれたボールは見事な縦回転で加速し、ピンの直前で急速に右に曲がり、吸い込まれるようにポケットに入った。左利きで、これだけの見事なフックボールを操れるのは、このボーリング場では彼ぐらいしかいない。

 光智は挨拶をするため、近づいて行った。

 辻見は光智のボーリング仲間である。仲間というより師匠といった方が正確であろう。光智が入学して数ヶ月が経った頃、フランス語クラスの仲間と、このボーリング場やって来たとき、彼と出会った。たまたま、隣のボックスになった縁で、指導を受けたのが付き合いの始まりだった。

 実は、辻見は帝大の学生部長を務めている。もちろん、光智はこの事実を知る由もなく、その後しばらくの間、彼が身分を明かさなかったため、二人は専らボーリングの師弟関係としての付き合いをすることになった。

 真司の発案で、光智と真司、恭子と真奈美がそれぞれジャンケンをして、勝った者同士、負けたもの同士がペアを組んで勝負し、負けた方が料金を支払うことにした。

 結果、光智と真奈美、真司と恭子のペアになった。

 ボーリングは、意外と男女の仲を親密にする。ストライクやスペアを取ったりすると、歓喜の余りハイタッチはもちろんのこと、場合によってはハグをしたりするからだ。だが、真司の目論見は外れ、初心な恭子がハグをすることは一度も無かった。

「サンジェルマンは長いの?」

 BOX席で真奈美の横に座った光智はさりげなく訊ねた。

「いえ。三ヶ月前からです」

「そうなの。ママから聞いたんだけど、真奈ちゃんも帝大生なんだってね」

「はい」

「何回生?」

「二回生です」

 光智は、真奈美も同い年の二十一歳だと知っていた。だが、一浪したのだろうと思い、取り立てて気にすることもなかった。それよりも気になることがあった。

「真奈ちゃん。関西訛りがあるね。出身はどこなの?」

「あっ、わかりますか。うまく隠していると思っていたんだけど」

 真奈美は浮かぬ顔つきになった。

 光智は気が咎めながらも、

「標準語とは、微妙に違うような気がしたんだ。関西のどこ?」

 と訊いた。

「神戸です」

 真奈美は小声で答えた。

「神戸かあ。神戸って良い街だよね。といっても、一度も行ったことはないけどね」

 そう言うと、光智は、ははは……、と真奈美の機嫌を取るように笑った。

 だが真奈美は、

「ええ……」

 と言ったきり、俯いてしまった。光智は、何か立ち入ってはいけない領域に踏み込んだようで、深く後悔した。

「おい、智。お前の番だぞ」

 真司の声に救われた思いの光智だったが、その後も真奈美を覆う暗い影が気になって仕方なく、実力を発揮できないまま賭けに負けてしまった。


 カラオケに行った後、光智と真司は恭子をサンジェルマン、真奈美を大学近くのワンルームマンションまで送り届けてから、光智のアパートに戻った。

「いやあ、参った。俺の完敗だ」

 真司がさばさばとした表情で言った。

「冗談言うな。ボーリングもカラオケもお前の独壇場だったじゃないか」

 光智が少し怒ったように反論すると、真司もまた、

「そんなことじゃない。恭子ちゃんのことだ」

 語気を強めた。

「恭子ちゃん? 彼女がどうかしたのか」

 光智には何のことか見当が付かなかった。すると、真司は思いも寄らぬ言葉を口にした。

「何が、彼女は矢崎とかいう医学生に惚れている、だ。彼女はお前にぞっこんだよ」

「彼女が俺に……? そんな馬鹿な」

「嘘じゃない。彼女の様子を見てピンときた」

「彼女の様子だと……」

「ああ。お前は気付いていなかったかもしれないが、ボーリングのときもカラオケのときも、彼女はお前に視線を送っていた。彼女を追っていた俺が言うんだから間違いない。それに街を歩いているとき、彼女はお前の斜め後ろをピッタリと着いて行っていた。まるで、昔の女性が三歩下がって歩いていたようにな」

「……」

 光智は真奈美のことが頭から離れず、恭子まで気が回っていなかった。

「お前はどうなんだ。悔しいが、お前らが付き合うっていうのなら俺も諦められるってもんだ」

 真司は、これまでの執着が嘘のようにあっさりと言った。

「どうも思っちゃいないさ。たしかに可愛い娘だが、俺はどちらかと言うと気性の強い女性が好みなんだ」

 光智は、胸の高鳴りを気付かれないように言った。

「気性の強いか……。なるほどお前らしいが、恭子ちゃんだって、きつい性分を隠しているのかもしれないぞ。何といっても、あのやり手ママの娘だからな。ああ見えて、案外男を尻に敷くタイプかもな。それに……」

 そう言って真司は口を噤んだ。

「それに、何だ」

「これは俺の勘だがな。玲子ママには何やら謎めいたところがあるな。それが何なのか見当は付かないが、ただ者じゃない気がする」

――ただ者じゃないか。そう言えば、俺を知っているようなことを言っていたな。

 光智は、真司に気付かれないように呟いた。

「得体が知れないということで言えば、お前もそうだがな」

 真司はにやりと笑う。

「馬鹿言え。俺はただの貧乏学生だよ」

 あわてて否定した光智の頭の中に、玲子はただ者ではないという真司の言葉が駆け巡っていた。


 事件発生から一週間が経ったが、堀尾貴仁殺人事件の捜査は目を見張る進展がなかった。事後一週間ないし十日間の第一期は、初動捜査を含め最重要期間である。この期間の捜査進展如何によって、事件解決への趨勢が八割方決まると言ってもよい。平たく言えば、堀尾殺人事件は、膠着状態の様相を呈し始めていたのである。

 その大きな原因は、堀尾の携帯電話が一台紛失していたことによる。堀尾は、仕事用と個人用の二つの携帯を所持していたが、個人用がどこにも見当たらず、犯人によって持ち去られた公算が高まっていたのである。

 しかも、後腐れがないようにと考えたのか、個人用は規制前に偽名を使って取得していたプリペイド携帯を利用していたため、通話記録を手掛かりに、個人的な交友関係の洗い出しを目論んでいた捜査本部は当てが外れた格好になっていた。

 捜査会議には、苦渋の空気が漂い始めていた。

「石塚君。害者の交友関係の捜査状況はどうだね」

 捜査の指揮を執る森野和則の顔には、焦りの色が滲んでいた。今回の事件を早期解決に導けば、管理官への昇進が内定される見通しだったのである。

「あまり芳しくありません。害者がメモに残していた人物は全て洗いましたが、全員アリバイの裏が取れました」

「買収された企業の関係者はどうだ?」

「害者に買収された企業は十二社ありますが、今のところ不審な人物は浮かび上がっていません。もっとも経営者本人だけでなく、家族、親族や役員にまで範囲を広げますと、いま少し時間が掛かります」

 石塚の声にも勢いがなかった。

「わかった。その線を続けてくれ」

「ただ……」

 石塚の口が滞った。

「何か他にあるのかね?」

「本件との関連は分かりませんが、気になることが一つ」

「言ってみたまえ」

「実は、害者の投資仲間から小耳に入れた情報なのですが、例のBMの文字が他の事件でも残されているのです」

「何だと!」

 森野の声が昂じた。会議室にざわめきも広がっていた。石塚はざわめきを掻き消すように声を強めた。

「本件の三日後、帝都大学正門横の加賀見食堂で、店主が殺害される事件が起きていますが、その被害者である加賀見雅彦もBMという文字をメモ帳に残しているのです」

「偶然とは考えられないのか?」

「もちろん、考えられなくもないのですが、関連を捨て切れない事実もあるのです」

「それは何かね?」

「第一発見者が、堀尾がパソコンの文書に残していた、BMの文字の該当者と思われる別当光智という帝大生なのです」

「害者の関係者が第一発見者だと? 偶然にしては出来過ぎているな。その別当とかいう学生にアリバイはあったのかね」

「有りませんでした」

「無いのか」

 森野の顔が色を生した。

「ところが、彼は意外な人物によって身分を保証されたのです」

「身分保証……、いったい誰に?」

「天谷参議院議員と片桐弁護士です」

「参議院議員の天谷さんとは、元警視総監の天谷さんか?」

 森野は確かめるように訊いた。

「そうです。そして、片桐弁護士とは、元東京地検特捜部長の片桐さんです」

「なぜ、そのような大物二人が一学生の身元保証人に?」

「それは私から説明しよう」

 山根捜査本部長が、本富士署の名村署長から聞いた光智の正体を説明した。むろん、名村は天谷の忠告を守り、香港の大実業家である周英傑の子息だと伝えていた。

「そこで君は、二つの事件は関連があるのではないかと考えているのだね」

 森野が話を進めた。

「共通点はBMの文字だけですが、気に掛かります」

「わかった。本富士署と連絡を密にして、情報を交換するとしよう。ところで、鵜飼君。防犯カメラに映っていた二人の女性の身元は割れたか」

 森野が、諸岡班から助勢で加わっている鵜飼主任に訊いた。

「残念ながら未だ……」

 鵜飼の声もまた力がなかった。

 堀尾は肝心のプライベートの部分を固く秘匿にしていたようで、風俗関係の名刺やメモといった類のものは、ほとんど残していなかった。僅かに、パソコンの風俗サイトで好みの風俗嬢を検索していた形跡が残っていたので、履歴から店を割り出し、それらを隈なく調べたが、当日堀尾に買われたという女性は見つかっていなかった。

 鵜飼には別の焦りもあった。森野は、鵜飼の直属の上司である諸岡と、出世レースにおいて宿敵関係にあった。彼は諸岡の援護射撃のためにも、目に見える活躍を心に期していたのだった。自分の手で事件を解決すれば、現場を指揮する森野の手柄ではあるが、諸岡の評価も上がるのである。

「携帯が当てにならないとなると、女性関係の捜査も一筋縄ではいかないな」

 森野は唇を噛み締めた。

「一つの足掛かりを頼りに、根気良く辿って行くしかありません」

 鵜飼も捜査の長期化を示唆した。

「モニター解析の方はどうだ」

「残念ながら、仕事柄カメラを意識していたのか、正面の映像が有りませんので、面相は割れませんが、身長は推定できました」

「それで」

「一人は身長百五十八センチ前後と標準ですが、もう一人は百七十五センチ前後と大柄な女性です」

「たしかに大柄だな。まあ、昨今は珍しいことではないが」

 森野が頷いたとき、よろしいですか、と声が掛かった。二人のやり取りを訊いていた中筋が、堪え切れずに挙手をしたのである。

「どうぞ」

 森野が中筋を指差した。

「二人の女性は、一緒に映っていたのですね」

「そうです」

 鵜飼が答えた。

「もし、彼女らが害者宅を訪れていたとすると、害者は同時に二人の女性を買ったことになりますね」

「そういうことでしょう」

 何を言いたいのだ、と鵜飼は苛立ち始めていた。担当外の者からの指摘が気に入らないのである。

「害者には、これまでにもそうしたことがあったのでしょうか」

「えっ」

 鵜飼は言葉に詰まった。

「つまり、下世話にいう3Pプレイの性癖があったのでしょうか」

「中筋刑事。どういうことかね」

 何やら新たな雲行きを察した山根捜査本部長が口を挟んだ。

「これはあくまでも私の想像ですが……」

 中筋はそこまで言って、急に躊躇いを見せた。思わず発言したものの、彼は堀尾の仕事上の交友関係を洗う担当である。それが畑違いの捜査に口を出せば、担当者の面子を決定的に潰すことにもなりかねないのだ。

「良いから、この際忌憚のない意見を言って下さい」

 山根に促されて、中筋は再び口を開いた。

「もし、女色家である害者が、これまで同時に二人の女性を買っていないとすれば、妙ではありませんか。事件当夜、初めて3Pプレイを試そうとしたとも考えられますが、それではタイミングが良過ぎます」

「それで」

 森野が先を促した。

「どうでしょう。この二人の女性が真犯人だと仮定して、どちらかが3Pプレイを提案したのではないでしょうか」

「それと犯行とどう結びつくのですか」

 鵜飼が顔を朱に染めて問うた。

「3Pプレイを口実に、もう一人を引き入れたとは考えられませんか。害者は浴槽に浸かっていましたが、睡眠薬で眠らせたとしても、女性一人の力で浴槽に入れるのは容易ではありません」

 中筋の推理は筋が通っていた。鵜飼には反論できなかった。

「そうでもないでしょう。力のある女性なら、一人で遺体を運んだ事例は過去にもあります」

 最前列の男が反論した。本庁捜査一課・諸岡班所属の安宅学(あたかまなぶ)である。

 安宅は二十四歳。国家公務員Ⅰ種試験を優秀な成績で合格し、警察大学校を出たばかりのエリート・キャリアで、階級はすでに警部である。彼の成績ならば、官庁の中の官庁といわれる財務省でも入省できたと思われ、おそらくこの先何の障害も無く、頂点まで上り詰めるだろうと目されている逸材だった。

 たしかに、と中筋は頷いた後、

「ですが、害者の体重は百キロを超えるのですよ」

 と事実を告げた。

「あっ」

 安宅は、虚を突かれたような声を発した。学業は抜群だったが、如何せん犯行現場への臨場経験に乏しかった。

 真犯人は自殺のように見せたかった。そうでなければ、わざわざ浴槽に運ぶ必要はない。現に、被害者が左利きでなければ、自殺と断定された可能性もあった。殺害だけが目的なら、睡眠薬で眠らせた後、絞殺でも良いはずである。あわよくば、完全犯罪を目論んだ訳だから、間違いなく痕跡を残さずに浴槽に運ぶ必要があった。真犯人にとって、一人でやってみたが、できなかったでは済まさい。

 これが中筋の主張だった。

「おっしゃることは分かりましたが、中筋さんのお考えには少々無理が生じます」

 安宅は気を取り直して反駁した。

「どこでしょう」

「中筋さんは、女性の方から3Pプレイを提案したとのお考えのようですが。風俗嬢の方から、そのような提案をするでしょうか」

「まずしないでしょうね」

「へっ?」

 意気込んでいた安宅は肩透かしを食らった。戸惑いを見せる安宅を他所に、中筋は意外な言葉を吐いた。

「どうも害者の色欲という先入観と、防犯カメラに映った風体から、二人を風俗嬢と決め付けているように思われます。彼女たちは風俗嬢ではない、とは考えられませんか」

「中筋さんは、一般の女性だと?」

 鵜飼が驚いたように訊いた。

「はい。先ほど、仕事柄顔が映らないようにしている、とのことでしたが、だとすると、防犯カメラの位置を知っていることになります」

「当然でしょう」

「ということは、今回が初めてではなく、数回程度は訪れていたと思われます。そうでなければ、カメラの位置を全て把握することは無理でしょう」

「それで」

「仮に、二人が風俗嬢だとして、それだけ害者と肌を合わせていれば、堀尾が左利きであることに気付くのではないでしょうか」

「……」

 新たな指摘に、会議室は静まり返った。

「私にはよくわかりませんが、たとえば右利きと左利きでは愛撫の仕方が違ったりしませんか」

「なるほど、一理ある」

 森野が呻くように言う。

 中筋が続けた。

「それに、風俗嬢であれば捜査上に挙がってくるはずです。また、風俗嬢の犯行にしては、手が込み過ぎている感があります」

「うう……」

 矛盾を指摘された鵜飼は、またも返す言葉がなかった。

「しかし、一般女性が、それもいきなり3Pプレイを言い出したら、却って害者の気持ちが冷めませんか」

 安宅が鵜飼に代わって質した。

「もちろん、通常であればそうでしょうが、それだけその女性は類い稀な美貌の持ち主か、害者の大のお気に入りだったのでしょう。念願の女性との性交が叶うとなれば、たとえ意にそぐわない3Pプレイを条件に出されたとしても、害者にとって悪い話ではなかったと思われます」

「そこで、女性たちは害者が風俗嬢を頻繁に買うことを知っていて、そのような身形を偽装したということですね」

 森野が得心顔で大きく肯いた。

「動機は何ですか」

 安宅はなおも食い下がった。

「それは分かりませんが、金銭で割り切れる風俗嬢より、痴情怨恨の線は強まります。もちろん、あくまでも仮定の一つに過ぎませんが……」

 ここで中筋の目が光った。

「そういうことで言えば、もう一つ。ひょっとすると、大柄の方は女性ではないのかもしれませんね」

「男性だと? そんなばかな。女装しても、すぐに露見します。中筋さんは害者に男色の気もあったというのですか」

 気色ばんだ鵜飼に対し、中筋は淡々と言った。

「いいえ。男性だとすれば、とにかく中に入り込みさえすれば良いのですから、部屋の前で女装を解き、そのうえで、彼女に頼まれて同行しただけで少し飲んだら帰る、とでも言って誤魔化せば済むことです」

「なるほど、一応筋は通っている。男性にしろ女性にしろ、いずれにしても害者の個人的な交友関係の解明が鍵を握っているようだ。諸君らは、その辺りに全力を上げるように」

 山根捜査本部長が会議を締めた。


 捜査会議後、都倉刑事は森野係長に別当光智の身辺捜査を直訴した。

 もし、堀尾と加賀見の事件が同一犯だった場合、光智が二つの事件の関係者であるという事実は、単なる偶然と片付けられなくなる。彼自身が犯行に関わっていなくとも、彼の存在が事件を誘発しているとも考えられる。

 これが都倉正義の言い分だった。

 都倉はある使命感を抱いて警察官になった。

 彼の父親もまた刑事だったが、不規則な生活と危険な任務に対する不安、加えて捜査対象者からと思われる、卑劣ないやがらせや執拗な脅迫電話に、母親の精神が破綻し、両親は協議離婚した。都倉が八歳のときだった。彼は父親の手元に残り、幼児の妹は母に引き取られ、以後二人とは疎遠になった。

 両親が離婚して三年が経ち、都倉少年の心の傷もようやく癒された頃、再び悲劇が彼を襲った。酒に酔った父が、チンピラ風の暴漢に刺殺されてしまったのだ。

 都倉少年はそのときの光景を鮮明に記憶している。仕事が定時に終わった父と久しぶりの外食をした帰りのことだった。近所の区民公園を通り掛ったとき、父が用を足しに、公園のトイレに入っていた。都倉少年は公園のブランコに乗って待っていたが、突然トイレの中で怒号が響き、しばらくして悲鳴に変わった。

 不安が過ぎった都倉少年は、走ってトイレに向った。彼がトイレの入り口に差し掛かったとき、中から若い男が飛び出して来た。都倉少年は避けきれず、その男とぶつかって転んでしまった。男は咄嗟に顔を背け、走り去ってしまったので、都倉少年は男の顔を見てはいないが、揉み合った際に捲れた袖口の『蛇』の刺青を目に焼き付けていた。

 都倉少年の目撃証言から、暴力団員や暴走族などを中心に、警察の威信を掛けた懸命の捜査が行われたが、事件は未解決のまま、一年前の四月に時効となってしまった。

 その後、都倉少年は事件を知った母親に引き取られたが、一度は捨てられたという不信感から折り合いが悪かった。そのため、中学校を卒業と同時に家を出て、小さな町工場に住み込みで働きながら、夜間高校へ通い、警察官採用試験に合格した。

 最初は交番勤務から始まったが、彼の名の通り、真面目で正義感に溢れた仕事ぶりが所轄の署長に認められ、刑事課に配属となった。そして二年前、警視庁捜査一課に大抜擢となったのである。

 都倉正義が警察官の道を選んだのは、父親を殺害した犯人が、その罪を償う事なく、今でものうのうと生きているという、この世の不条理に怒りを覚えたからに他ならない。

 光智は、中国の要人である周英傑の息子だというだけで、十分な裏付け捜査もないまま無罪放免となった。権力を持つ者、社会的地位の高い者は、それだけで優遇されるという不公平が罷り通る。それが現実社会である。

 本来、中国の大物実業家の血縁者であれば、公安職員が付けられてもおかしくはない注意人物のはずである。しかも光智は、巨額の資金を背景に、日本企業の買収を繰り返している。戸籍上は日本人ということになっているが、実質は中国資本の手に落ちたのも同然である。日本の戸籍を隠れ蓑にしていると言えなくもないのだ。

 正義感の強い都倉には、光智への強い反感があった。

 森野係長は都倉の主張を認めたが、独断暴走を監視するため、中筋を目付け役として付けた。二人の捜査は、光智の交友関係や養子先である島根・別当家にも広げられた。

 

 一方、加賀見食堂店主・加賀見雅彦殺害事件の捜査は、一定の進展を見せてはいたが、犯人に繋がるような確証は掴めずにいた。捜査本部の置かれた本富士署では、本部長の桑原捜査一課長が捜査員を叱咤することしきりだった。

 被害者・加賀見雅彦―四十五歳。独身。

 本籍、現住所―東京都文京区本郷ⅩⅩ―ⅩⅩ―Ⅹ。

 二年前に、妻・英子と協議離婚し、二人の子供の親権は英子が持った。

 司法解剖の結果、死因は失血死との報告が上がっていた。

 左胸部を鋭利な刃物で一突きされ、抉った痕跡があった。ただ、心臓にまで達してはいたが、微妙に急所を外れていた。被害者は過去に心臓疾患の手術を受けており、微妙に変形していたからである。それゆえ、他に外傷はなく、これが致命傷と断定されたものの、犯行時間はやや幅の広いものになった。

 被害者が倒れていた床以外に血痕が無く、その場で刺殺されたものと断定されたが、犯行に使用された凶器は発見されなかった。

 以上から、実行犯は男性で、被害者にかなりの怨恨を抱く者か、手馴れたプロの仕業とみなされた。凶器の切先が体内の奥深くまで届いていたことにより、女性の腕力では不可能との見方が強まったのである。床に仰向きになっているところに跨って、体重を乗せれば可能ではあるが、そのためには被害者を床に仰向けにさせなければならない。

 光智が証言した不審な物音というのが、被害者と犯人が揉みあったものだとすれば、揉みあって男性を床に組み伏せられるのは、女子格闘家ぐらいしか浮かばない。

 複数犯の場合、男性が後ろから羽交い絞めにしたところを、もう一人の女性が体重を掛けて凶器を突き刺すケースも考えられなくはなかった。だが、心臓を一突きにするのは意外と難しい。胸骨があり、また肋骨の間を通さなければならないからである。しかも実行犯は、突き刺した凶器を回転させて心臓を抉っている。その所業に、女性の可能性は低いと判断したのである。

 ところが、その後の調べで捜査本部を混乱させる事実が判明する。

 加賀見宅には、土地を売却して借金を精算した残りの現金として三千万円が残っているはずであったが、実際には二千万円しか発見されていなかった。

 一千万円はどこに消えたのか。

 犯人が持ち去ったのだとすると、強盗目的ならば、三千万円を目の前にして一千万円しか奪わないのは奇妙なことであるし、怨恨の犯行を隠す行為だとしても、わざわざ二千万円を残す意図が分からなかった。

 鑑識課から現場から採取された加賀見以外の毛髪は、離婚した加賀見の妻子のそれではないとの報告が上がっていた。指紋も複数残されていたが、警察庁の犯罪者ファイルに該当する者はなかった。

 また、テーブルの上にあった三つの湯飲み茶碗のうち、被害者本人用と別の二つからも被害者の指紋しか採取されなかったため、この二つの湯飲み茶碗は、真犯人に出されたものと断定できなかった。

 もし、真犯人に出されたものであれば、真犯人は招じ入れられたことになり、強盗目的の犯行の線は消え、怨恨の線も弱まり、犯行の動機が曖昧となる。

 懸命な近所の聞き込みからも、事件に繋がるような有力な情報を得ることができず、流しの強盗目的の犯行の線も考慮に入れつつも、捜査の重点は加賀見雅彦の交友関係におかれた。


 話は、再び二ヶ月前の臨時拡大幹部会議に戻る。

 若頭の澤村健治から説明を求められた若頭補佐の勝部幹夫は、大きな深呼吸を一つしてから、すくっと立ち上がった。

「この話は、奈良龍明(ならたつあき)という男から持ち込まれたものです。奈良君は、亡き大龍組の先代組長・奈良龍一郎、つまり私の親父だった方の長男で、もし彼が跡目を継いでいれば、私は若頭として支えていくつもりでいました。ところが、先代が亡くなってまもなく、服役中の私を訪ねて来た彼は、後を私に託すといって頭を下げました。その後、堅気の世界で様々な事業を展開し成功を収めた彼が、満を持してこの度の計画を立ち上げたのです」

「その計画とはいったいなんや?」

「前置きはええから、先を話せや」

 方々から、先を促す声が勝部に投げられた。

「御一同は、ブック・メーカーというのをご存知でしょうか?」

「ブ、ブック・メーカー?」

「どこかで聞いたような気もするな」

「本屋か?」 

 古参の組長らが首を捻る中で、若頭の誰かが声を上げた。

「賭博の胴元ではないですか」

「その通り。有名なのは、英国政府公認のやつです」

 たいていの組では、しのぎの算段は若頭が仕切っており、特に年嵩の組長が知らないのも無理はない。

「皆も、一度は耳にしたことがあるやろ。競馬や各国のサッカーだけでなく、オリンピックやサッカーのワールドカップ、各競技の世界大会、それに日本の相撲や野球なども賭けの対象としている、あれや」

 澤村が援護した。

「そういえば、有名人の生まれて来る子供が、男か女かということまで賭けるらしいな。いつだったか、イングランドの有名サッカー選手の子供が賭けの対象になっているとテレビでやっていたやろ。あれがブック・メーカーや」

 舎弟頭の寺岡も澤村に続いた。

「英国のブック・メーカーは、世間の興味を惹いていると判断すれば、ありとあらゆることが賭けの対象となります」

「それはわかったが、そのブック・メーカーとやらが、新しいしのぎとどう関係するのだ」

 大王組関東進出の立役者である根岸組の二代目組長・根岸誠(ねぎしまこと)が、苛立ちを隠しきれないように結論を迫った。

 居並ぶ一同も、同じ眼差しで一斉に勝部を見つめた。食って掛かろうとするぐらいの鋭い視線だった。

「それは……」

 勝部は一瞬たじろいだ。

「根岸。それと皆の逸る気持ちも分からんではないが、いま少し勝部の話を冷静に聞いてやってくれ」

 山城組長が険悪な空気を一掃すると、

「勝部、落ち着いて分かりやすく話せ」

 と命じた。

 はっ、と山城に向かって一礼すると、勝部は気を取り直して話を続けた。

 ここからは、根岸の問いに勝部が答える形となった。

 種を明かせば、これも澤村と寺岡の策略で、大物支部長の根岸に敢えて厳しい質問をさせ、勝部の説明に納得させることで、表向き賛成でも腹の中にわだかまりを持つ組長達のガス抜きを図っているのである。

「実は、先ほど申し上げた奈良君の知人が、日本人で初めてそのブック・メーカーのライセンスを取得したのです」

「ライセンスの取得だと?」

「はい。今申し上げたように、英国の場合、ブック・メーカーは政府公認ですから政府の認可が必要なのです。ですから、ライセンスは簡単に取得できる筋合いのものではありませんが、奈良君の知人である今津航(いまずわたる)という男がライセンス取得に成功したのです」

 本来、英国でのブック・メーカーのライセンス発行は二百社と限定されていた。それ以上の乱立は、お互いの利益を損ねると業界が談合したのである。したがって、新規の参入は二百社に欠員が出た場合に限るとし、有資格者は英国国籍を有する者に限定していた。

 それが、十年前に市場を全世界に求める方針を打ち出し、十社に限り他国籍の者も認めるとしたのである。その流れによって一年前、日本人が始めてライセンスを取得したのだった。

「今津ってのは何者や」

「世界最大のブック・メーカー、スタイン社で日本市場を担当していた者です。スタイン社の前年度売り上げは三兆円、利益は五千億円という日本の企業で言えば、ソニークラスの超優良会社です」

「JRA(日本中央競馬会)と同じ程度の規模ということか。確か、世界的ホテルグループのトリトンホテルを、一兆円で買収したのがスタイン社やったんやないか」

 澤村が補足した。

 勝部は澤村に肯き、説明を続けた。

 ライセンスを取得した今津だったが、難題を二つ抱えていた。

 一つは資金である。日本人を客とすれば、法規制を逃れるためインターネット販売に限定されるので、コンピューターシステム等の初期投資に、二十数億円掛かると試算されていた。

 また、胴元になる場合の、払い戻しの資金も必要であった。なぜなら、入金は安全性を考えカード決済にせざるを得ず、一方で現金の払い戻しとなると、流動資金にタイムラグが生じるからである。

 今津は、それだけの資金を持ち合わせていなかった。そこで、彼から相談を受けた人物が奈良龍明を引き会わせたという経緯であった。

 奈良龍明を紹介された今津航は、幸運にも同時にもう一つの難題をも解決する糸口を見出した。資金と共に彼を悩ませていたのが、日本の裏社会の存在だったのである。

 英国のブック・メーカーに勤務し、その成り立ちを知っていた今津は、計画を推進する上で、裏社会との関係構築を最も憂慮していた。

 一九七十年代まで、英国のブック・メーカーは裏社会の組織が運営していた。当時、不況に苦しんでいた英国政府は、過去は免罪するという条件で、それらの地下経済活動を合法化して実態を把握し、併せて税収難の打開策としたのである。

 日本に照らし合わせれば、暴力団のノミ行為を合法にしたようなものである。

 この事実を知っていた今津は、奈良を通じて売り上げの一部を上納する代わりに、身の安全を保障して欲しいと願い出たのである。

「そういうことか。だが、これは簡単には結論を出せないな。賭博に限っていえば、俺らの最大のしのぎは、競馬や競輪、競艇などの『ノミ行為』やからな。競馬なら、てら銭を十五パーセントにして、JRAの二十五パーセントと差を付け、一定の客を確保しているが、それでも昨今は、電話投票が拡大してもうて、ジリ貧の一途を辿っている始末や。加えて、今度はインターネットとやらを使うんやろ。それで競馬なんかもやられたら、客は激減するやろな」

 根岸は、依然として慎重だった。

「奈良君は、その分を差し出すと言っているのです」

「それは分かるが、収入減に見合うものなんか。それに、上納金は本部に一括で入るんやろう 。どうやって俺らに分配されるんや?」

「インターネット購入に限定していますから、客の住所は分かっていますので、縄張り毎に総売り上げは把握できますし、上納金の割合については、しばらく様子を見て、奈良君と相談しようと考えています」

「よう考えてみいや。勝部が説明したように、ブック・メーカーは国民が興味を示すものなら、あらゆる事柄を賭けの対象にするんや。潜在的な市場は無限と言ってもええくらいや。最初は、しのぎが減る組もあるかも知れんが、長い目で見れば決して悪い話やないと思うで」

 勝部を援護射撃するように、澤村は説得口調で言った。

「結論は急がんでもええ。五月の最高幹部会議で結論を出したいと思うとる。各支部長は、それまでに意見を集約しておいてくれ」

 山城組長の言を最後に、臨時拡大幹部会議は終了した。


 そして五月一日、箕面市郊外の大王組本部では、五月の定例の最高幹部会議が行われていた。議題の中心は、もちろん先の臨時拡大幹部会議で持ち越しとなった新しい『しのぎ』の件である。

 若頭補佐の勝部幹夫が提案した計画を巡って、先の臨時拡大幹部会議は紛糾した。予想されたことながら、結論を得るに至らず、最高幹部会議に一任することで会議を終えていた。その間、支部毎に意見を集約し、支部長が代表して意見を述べることになった。

 各支部長は、概ね賛成の意向を示した。思わぬ提案に、一旦は動揺、困惑した組長達も、時間が経ち冷静を取り戻すと、会議の冒頭で山城六代目が言った言葉を思い出したのである。

 極道の世界は親分が絶対である。黒い物でも親分が白と言えば白、の世界なのだ。その山城がこの計画に前向きなのだ。子分や舎弟の自分たちが逆らうことではないと悟ったのだった。

「俺も俺なりに調べてみた。当局さえ問題なければ、なかなか面白い計画だな。商品によっては、世界が客となる可能性がある。欧米は無理だろうが、同じアジアの中国は大きな市場となるかもしれない。もっとも、中国に手を出すとなると、龍頭(ドラゴン・ヘッド)と話を付けないといけないが」

  前回と一転して、関東支部長の根岸は柔和な表情で言った。

「本社は英国で登記しますし、インターネット購入ですから、直接的には『賭博開帳図利』には引っ掛かりません。今では重要なしのぎの一つになりつつあるインターネットのアダルト・サイトも、海外にサーバーを置いていれば、無修正の動画をダウンロードしても問題にはなりません。

 インターネットというツールは、我々にとって大きな武器になると思います。とにかく、ブック・メーカーは大口の客の確保よりも、客の裾野を広げることに重点を置いています。裾野が広がれば、しだいに実入りも大きくなるでしょう。大口の上客はこれまで通り、各組で扱えば良いのではないでしょうか」

 勝部は自信有り気に言った。

「ようわかった」

 幹部たちに得心の色が広がった。

「どうや。今後のことは、勝部に一任することに、異論は無いと思ってええんやな」

 機を見た若頭の澤村健治が、ぐるりと一同を見渡した。

「異論なし」

「わしも賛成する」

 衆議は異議無し、と決した。

 澤村が山城組長の顔を窺った。

「よっしゃ。これで決まりやな。澤村、勝部の相談に乗ってやれ」

「はい」

「勝部。これから、毎月の最高幹部会議で進捗を報告せい」

「わかりました」

 澤村と勝部は深々と頭を下げた。

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