第3話 愛されたいと願うことは

 まだ明け切らない薄紫とオレンジ色の空に、その果てには何があるんだろうって。小さな頃は夜更かしをしては、ずっとそんな事を思ってたんだ。


 *****

 

 僕は、カーテンの隙間からこぼれる街灯の光で目が覚めた。

 カーテンの隙間に指を差し入れ覗くと、まだ遠くの空が紫と濃い青のグラデーションで明け方だと分かった。

 いつの間にか、自室のベッドに身体を沈めていた。

 

 どうしたものか異常に喉が渇く、ふらりとベッドから起き上がる。脱ぎ捨てられたシャツを拾い、ボタンは留めずに羽織る。ふらふらとする足取りで僕は一階へ降りていく。

 途中にリビングからの漏れる灯りに気付く。そして、ニールと父さんの声が微かに聞こえてきた。

 昨夜は、あのまま飲み出したニールは酔っ払って色々と思い出し、興奮しては大袈裟な手振り身振りを交え、今までの出来事を色々と教えてくれた。ワインのボトルは空になるとその度、並べらていった。

 そして、ニールと父さんの仕事は、今まで生きてきた僕の世界を変えてしまう程の話ばかりで耳を疑った。

 

 僕らの母さんの名は、アメリア・クインテット。天界から翼を焼き引き千切れた状態で堕ちてきた、天使だったらしい。

 ブロンドの絹糸みたいな髪。深い海の様な瞳の色。透けてしまいそうに白い肌。それは、今にも消えてしまいそうに儚く、美しかったそうだ。

 当時の父は、一目惚れをしてしまった。きっと今出会っても、『恋に落ちるよ』そう誇らしげに父さんは言った。

 

 母さんは僕を産んで、半年後に自害したそうだ。自分が居ることで愛する人たちを傷つけるのが怖かったのだと、残された遺書に書かれていたそうだ。遠くを見つめるように父さんは話す。

 胸が奥底から締め付けられる痛みで、息が出来ないほどに苦しくなる。

 トリック・ドールは、母さんの髪を植え込み記憶を構成し、『まじない』をかけたモノだという。

 到底、信じられないがアレをどう説明すればいいか全く理解が出来ずに、僕は頷く事しか出来なかった。

 その時の僕は、つまる想いを押し殺し生きていくしかないと思ったんだ。

 これからは『三人で生きていこう』と、父さんは言い。ニールからは、

「シモン。コレ、持っておけ」

 と、古くあちこちが焦げた革の袋を皮紐で硬く結んだモノを渡された。

「御守りみたいなもんだよ、大事にしろよ? あと、ガキみたいに中開けたりはするなよ? 」

 悪戯にニールが笑った。

 

 いや、開けるかな? いや、開けるでしょ? と心で自問自答をしながら受け取り、僕はそれを上着のポケットに押し込み入れた。


 ―――――そして、今


「ここを早く離れるべきだ。ニール、シモンを頼んだぞ?」

 父さんの言葉に、僕はリビングに飛び込む。


「父さん? それって…… どういうこと?」

 気がつけば僕は父さんたちの前に立ち大声で叫んでいた。

 そんな僕の姿に、ソファーに座っていたニールは、両手で頭を抱えて、眉間に深いシワを寄せて目を瞑った。

 父さんは、しばらく黙ってから口を開く。


「ここが『ヤツラ』に攻められるのも時間の問題だ。次は、お前たちが危ない。ニールはシモンを連れて、とにかく町を離れろ」

「何を言ってるの? 父さんは?」

「俺は……ある事を済ませたら、すぐにでも合流する」

 父さんのそんな言葉に、今の僕が素直に納得して頷く訳もなく。


「何言ってんだよ。またそうやって、父さんは何処かに行くんだ。それじゃ…… あの時と同じだ。嫌だよ。僕も戦うからおいていかないで」

 ワガママだって分かってた。子供みたいだってことも。それでも、僕はもう離れたくなかったんだ。


「シモン、父さんは一人でも平気だ。今までも、俺と父さんはそうやってきたんだ。それよりも早くこの町を離れるべきだ」

 ずっと、黙っていたニールが口を挟む。

「ニールはまたそうやって…… 僕をいつまで子供扱いするつもりだよ? 自分はずっと父さんと居たからって? なんだよそれ」

 キツイ口調で怒鳴った僕は、思わず 『怒られる』とも思うが、言葉は止まらない。次から次へと溢れ出てくる。


「もう僕だって…… 大人なんだよ。なんだってひとりで出来る。バカにするなよ」

「シモン。だからオマエはガキなんだよ。何も分かっちゃいない」

「……なっっ」

 カッとなった僕は、勢い余ってソファーに座るニールに飛び掛り、胸ぐらを掴む。そして、腕を振り上げ殴ろうとした。ニールは決して僕に手を出さずに、強く目を瞑る。すると、殴る一歩手前で、父さんが僕の腕を掴んだ。


「シモン。それでは三人で行動は出来ないぞ? 子供の考えでは生きていけない。分かるな?」

 はっとした僕は、初めて父親に叱られる子供のように押し黙る。父さんの手を払いのけ、そのままの気持ちを抱えたままでキッチンに逃げ込み、冷蔵庫のビールを一本出し躊躇なく一気に飲んだ。

 喉を通る液体は、冷たく胃に溶け滲みるように入っていく。僕の気持ちをアルコールが、少し冷静に戻す。そのまま冷蔵庫に背を向け、滑り落ちるように、その場に座り込む。そして頭を竦め強く目を閉じた。

「わかってる…… ガキみたいだってことも、わかってる…… けど、そんなにたくさんの事を飲み込めるほど、大人じゃないよ……」


 気がつけば、僕は思った言葉をそのまま口走っていた。

 キッチンの入口に肩を預け、もたれかかったニールは逆光で、うっすら顔が見えるか見えないかだったが、怒りの気配はなく、安心したかのように、ため息を吐いてから腕を組む。


「……今回は黙って言うこと聞いてろよ? そうやって今まで、父さんと俺は生きてきた。信じられない事にも遭遇する。昨日の今日じゃ、焦るのも分かるけどな……」

 そう言って、ニールは僕の手のビールを取り上げ、ひとくち飲むと僕の隣でしゃがむ。そして、優しく頭を軽く二度叩いた。

 

 リビングから何かが倒れた音が鳴る。僕の顔を見てから、ニールが素早く反応し、慌てたようにリビングに走っていく。

 僕はそんなニールの姿に、吹き出して笑ってしまった。

「どうしたんだよ? 大袈裟だね」

 

 あとから、ゆっくりとリビングに入った僕から、その笑顔が霞んで消えた。






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