(25)ハチミツレモン(みづき視点)

 私とてたまには仙太郎を手伝うこともある。

「あ……! ごめん! みづきさん! IHの一番下の引き出しから新しい薄力粉出して」

 ――とはいえ大したことなどできるはずもなく、期待もされていないのは重々承知だ。

 わかった、と頷いて見せ、言われた通りの引き出しを開けて薄力粉を探す。

 仙太郎はきれい好きだが、持ち物の少ないタイプではない。引き出しのなかは整頓されていながらカオスだ。

 特にここ、IHの一番下の引き出しはシステムキッチンに組み込まれた収納のなかでは最も高さがあるせいか、様々なものが並ぶ。特に瓶。

 大小様々な瓶の中身は仙太郎お手製の保存食品だ。梅干しに梅酒、らっきょう漬け、カリン酒、季節の果物の瓶詰。どれも実に美味しそうなのだが、冷蔵庫のなかにも色々あるので、ここにあるものが食卓に並ぶのはきっと随分と先だろう。

 と、ふと一点に目を留める。

 先日までスモモの瓶があって、それを冷蔵庫に移したために空いていたスペース。そこにまた瓶が詰まっている。

 とりあえず先に未開封の薄力粉を取り出してシンクの横に起き、それから私はその瓶を手にした。

 やや大振りなそれ。なかは琥珀のような液体と少しの狂いもない均等な厚みでスライスされた柑橘で満たされている。

「ハチミツレモンだよ」

 私が瓶を光に透かして注視していることに気付いたらしく、キャベツを刻みながら仙太郎がそう言った。

 レモン。覚えがある。

 これまでレモンを食べたことのなかった私は、先日、気まぐれに買って食べて痛烈に後悔した――いや、友人の女官候補いそもが実に美味そうにかぶりついていたので甘いものだと思っていたのだ。

 そのあと、あれほどに酸っぱいものであると思わなかった、と仙太郎に言ったのだ。そして、匂いはとてもよいのに残念だとも。

「八百屋さんで国産物が売ってあったから買ったんだ。ハチミツのちょっといいのもついでにね。一カ月もしたらいい匂いのするハチミツレモンになるよ」


 私は仙太郎の笑顔を見てたまに強く思う。

 自分はどうして人間ではないのだろうか、と。


「……楽しみだな」

 しかしお前はいい婿になるだろうよ、とついでに言うと、ありがとうね、と仙太郎は屈託なく笑った。

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