第5話  共存



「で~ あるからして~ この~ PDCAのサイクルとは~」


 本日も会議。だがいつもの会議ではない。新しく来た部長も交えた大会議である。しかし課長はどこ吹く風で、いつも通り冗長な話を続けていく。


(今度はPDCAサイクルを覚えてきたか……)

(「Plan(計画)Do(実行)Check(評価)Act(改善)を繰り返し、業務改善を行うことですね」)

(んな事たぁ、分かってんだよ。俺の記憶を見て言ってるだけだろうが。このアホ脳め)

(「なっ!?」)

(アホ)

(「もう記憶は封じます」)

(なっ!? アホかっ!? 記憶を封じられたら、どうやって生きるんだよっ!?)

(「子孫を増やす事なく、朽ち果てていく存在…… これが社会にとって必要なんでしょうか?」)

(ふん…… お前のようなアホが、この世に生まれないだけでも社会貢献と言えるだろう。はっはっはぁ!)

(「……どうやら、この身体の支配権は私にあるという事を、知らしめる必要がありそうですね」)

(……)


 穏やかではない事を言ってくる、俺の脳である彼女。だが俺は彼女の奴隷ではない。だがどうやって、こいつに対抗していくか。そんな有意義な考えをしている間も、無駄な話は続いていく。そして、既に部長の顔も思わしくない。


「え~ この~ PDCAのサイクルの歴史について~」

「オホン」


(部長…… 頼みますよ……)


「ちょっといいか課長」

「はいっ!」

「君は何回、PDCAサイクルの話をするつもりだ」

「え…… いや…… あの……」

「君が渡してきた資料は第二十章まである。そしてほとんどがPDCAサイクルについてだ。これで本を出せるんじゃないのか?」

「あっ ありがとうございます!」


(褒められてないよ? 課長?)


「君がそれ程に言うPDCAサイクルは、君にとって重要という事だな?」

「はいっ!」

「なら、自分の資料に対してもPDCAサイクルを当てはめてみたらどうだ。Plan(計画)Do(実行)して資料を作成しているだけ。Check(評価)Act(改善)がなされていないから、こんな冗長な資料になるんじゃないのか?」

「……はぃ」

「それに会議も無駄に長いと聞いている」

「……はぃ」


(よっしゃあ! よく言った! 新部長!)


「要点をまとめて分かりやすくしろ。これでは時間の無駄だ」

「……はぃ」

「じゃあ係長。以上の点を踏まえて発表してくれ」

「はい」


 そうして係長は、肩を落とした課長の横で部長が言った通りに話を進めていく。資料に記載されている内容を読み上げるだけではなく、話を聞いて貰えるスタンスを確立してからだ。


(係長が言ってたもんな。まずは内容よりも聞く耳を持ってもらう事が重要だって)

(「その通りです。やはり妻帯者は違いますね」)

(……)

(「……」)


 このクソねちっこい俺の脳である彼女。こいつこそ、嫌らしい存在なのではないだろうか。そうして、そんな事を考えている間に係長の発言は終了する。


「……以上になります」

「当たり障りない内容だな。現状を変えていこうと言う気概が感じられん」

「申し訳ございません」

「だが、話は分かりやすかった。それに営業先では、話を聞いてもらうのが重要だからな。その営業先に行けるだけでも価値があり、そしてその価値を失ってはならない。だが失う事を恐れすぎて、売り込もうとする気概が係長には足りてないような印象だ」

「はい」

「会議の長さを指摘してしまったからな、今回の大会議はこれにて終了する。次は多少の時間は考慮してもらいたい。以上だ」


(やったぁ!)

(「課長さん落ち込んでますね」)

(いいのだ。会議が終わればそれでいい。いやっほ~!)

(「人間として最低ですね」)

(その最低野郎の脳だからな? おまえは?)

(「違います」)

(違わねぇ~だろ!? あっ!?)

(「はぁ…… なんで私はこんな人の脳に……」)

(……)

(「……」)


 言い返す事もせず、俺は家路に着こうとしたが、近くにいた係長に声をかける。


「お疲れ様です」

「お疲れ。本当に疲れたよ……」

「でも良かったですよ係長の話。それに比べて課長の話ったらないですよ本当に。なんであの人が課長なんですかね?」

「なぁ、ちょっといいか?」

「はい。なんでしょう?」

「確かにさ、課長は話しも長いし、新部長きてから大人しいけど、ちょっと前までは瞬間湯沸かし器みたいに、いきなり怒りだして俺もどうかと思う時もあったよ」

「そうですね。本当にどうしようもないですよ課長は」


 すると、係長は物思いに耽るようでいて、過去を思い出すかのように話し始めた。


「俺はさ、若い時は忍耐力が欠如してて、転職しまくってたんだよ」

「えっ!? 係長が!?」


(「そうは見えないですね…… どちらかというと、忍耐力どころか、根性も恋愛運も何もかもない、あなたがお似合いの人生ですね」)

(……)


「まぁ、今でも変わってないところもあるけど、大分マシになった。それでさ、この会社に入った時もすぐ辞めたくなってさ…… こんなクソ会社すぐに辞めてやるって息巻いてたんだよ」

「そうだったんですか……」

「そんな時にさ…… 課長に呼ばれて案の定、怒られたんだよ」

「ムカつきませんでした?」

「あぁ。だけどさ、課長がこう言ったんだ。俺だって辛い。なんでこんなに上手くいかないんだって。俺だって辞めたいよってさ……」

「……」

「俺にとっては心に響いたんだ。凄く人間らしさを感じてさ。人によっては情けない話かもしれないけど、その心中を吐露してくれた上で、頑張れって言ってくれたのが嬉しかった」

「……」

「まっ、お前はまだ若いから色々と思考してさ、ムカついていいと思う。俺だってそうしてきたからな。ただなんとなくお前に、その事を伝えたくなっただけさ」

「……はい」


 じゃあ部長に呼ばれているから、と言い残しその場を去って行く係長の後ろ姿を、俺はいつまでも見続けていた。




「……」

(「ただいまです」)


 係長の話の後、買い物もする事なく家路に着く。なんとなく俺の心にも響いた係長の話。


(「反省しましたか?」)

(……別に)


 なんとなくムカついたので、ビールでも飲んでやろうかと思ったが、止めておいた。鬱陶しいヤツではあるが、こいつもこいつなりに俺の事を考えてくれている時があるからだ。


(「飲まないんですか? お酒?」)

(今日は止めておいてやる)

(「ふふっ」)

(……なんだよ)

(「気にしているんですか? 係長の話?」)

(……)


 ビールを飲まなければ、する事がないという悲しい生き物ではあったが、たまには休日前に酒に溺れず、身体と脳を休めようと思ってしまった。


(「もう寝るんですか?」)

(あぁ)

(「珍しいですね」)

(起きててもやる事ないしな…… お前の言う通り、何もかもないヤツさ)


 そう吐き捨てるように、脳である彼女に伝えて就寝の用意をする。服を脱ぎ捨て洗濯機の中に放り込む。軽くシャワーを浴び、布団を敷く。慣れきった一連の流れをそつなくこなし、いざ布団へ。


(おやすみ……)

(「はい。おやすみなさい」)

(……なんだよ。今日は大人しいじゃないか)

(「……」)

(……)


 本当に寝かせてくれそうだったので、そのまま意識を落としていく。


(……)

(「……何もないなんて事はありませんよ」)

(……)

(「私は誰よりもあなたの事を知っています」)

(……)

(「ぶっきらぼうな所もありますが、甘さではない優しさを持っているって知ってますから……」)

(……)

(「だから…… 安心してお休み下さいね?」)

(……ありがとな)

(「ふふっ。それではお休みなさい」)

(……おやすみ)


 感謝の言葉を言えて本当に良かった。もっと言葉が出れば良かったのだが、安堵から来る眠気に俺は身を委ねていく。


(「……」)

(……)


(「……」)

(……)


(「……」)

(……)


(「……」)

(……)


(「……やっぱ一人じゃ寂しいので起きて下さい」)

(えっ!?)


 そうして、俺と脳のコミュニケーションはこれからも続いていくのであった。






~完~                               ~ビール






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺 VS 俺の脳 雨夕美 @amayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ