第三十六話 別れ
「先生、もし正常な眼球を移植すれば妹の視力を回復できますか?」
望夢は医師を縋るように見つめる。
凜花が薬屋に運び込まれてから、すでに一週間が経過していた。
医師は言った。刺さった刃が脳に達していなかった事が幸いした。もう命に別状はないと。喜ぶ望夢に、しかしと医師は続けた。凛花の左目は二度と光を感じる事はないだろうと。
凜花はその事実を淡々と受け止めた。落ち込む望夢にまだ右目は見えるんだから大丈夫よ、と笑いかけた。
「それに、この眼帯かわいいでしょ。おばあちゃんが私の大好きなハマナスの花を刺繍で模ってくれたんだよ」
「そうじゃろそうじゃろ。孫のために頑張ったかいがあったわい」
この数日で凜花と婆さんは本当の孫と祖母のように仲良くなっていた。そんな二人のやり取りを見ても望夢は現実を受け入れることができなかった。自責の念に駆られていたのだ。数年前に自分があの事件を起こさなければ、妹は失明しなかったはずなのだ。
そして、凜花と婆さんのいないところで医師に何とかする方法がないかと詰め寄ったのだ。
「望夢くん、といったか。残念ながらこの町の医療技術では治療は不可能だ」
厳しい表情で事実を答える医師の言葉に肩を落とす。
「ただ……シェイドに襲来される前の技術。それが残っていれば可能かもしれんな。昔は今よりもずっと医療技術が進歩していたのだ。あれから、この町は完全に孤立し文明も大きく後退してしまった。もし、日本や世界のどこかに昔の文明を保ったままの都市が残っていれば、目の移植により視力を回復することが可能かもしれんな」
「ほんとですか! そこに行けば……。例えば僕の眼球を凜花に移植できますか」
「馬鹿言っちゃいかん! そんな事をして妹さんが喜ぶと思うのか。君の瞳を喜んで受け取るはずがない」
「でも、僕の所為なんです――」
「それに、眼球は摘出後は四度前後で冷蔵保管し出来るだけ早く移植しなければならない。そもそもだ。この町から外に出るのは自殺行為以外の何物でもない」
医師は言外に諦めろと諭したつもりであった。しかし、藁にも縋りたい思いの望夢。彼にとって、それは一筋の光明以外の何物でもなかった。あと数年したら凜花と母さんを連れて必ずこの町を出る。そして新しい街を見つけると改めて強く心に誓った。
凜花の問題に対する考えが固まると今度は母親の事が気になりだした。あのあと母さんはどうしたのだろう。最近、家事はもっぱら凜花と自分で分担していた。母さんは一人で食事は出来ているのだろうか。体調を崩して寝込んでいないだろうか。
母さんの精神を病ませてしまったのも、そもそも自分が街で仕出かした事が原因だ。そう思うとまた胸が締めつけられた。医師の話だと、あと五日もあれば凜花は普通に生活できるレベルに回復する。妹の体調が戻ったら何とか説得して一緒に母親に会いに行こう。望夢はそうすることに決めた。
薬屋に来てから十日目、取り巻く状況が急展開を見せた。
望夢は何もせずに薬屋に世話になっていた訳ではない。自ら炊事を引き受けた。洗濯は屋外に顔を出さないとできないため諦めるしかなかった。少しでも恩を返したかった望夢は何か自分にもできる事はないか婆さんに訊いた。婆さんはそんな気にせんでええのにと笑う。
「そうかい。だったら、薬を作るのを手伝ってくれるかい」
「薬? それって僕なんかに作れるの?」
「ああ、簡単じゃ。薬草をすり潰すだけだからな。ただ力は必要なんじゃ」
「僕、力には自信あるから大丈夫だよ」
「ほう、それは心強いな」
新たな望夢の仕事場を二階に作った。一階では裏方でも客の目に止まる可能性が高かったからだ。二階の空き部屋に器具や薬草を持ち込んだ。そこで婆さんの指示に従って黙々と薬を調合するのだ。
その日も朝から二階に篭っていた。乾燥した薬草を切り刻み、乳鉢へと入れていく。乳鉢を葉で満たすと、あとは乳棒でひたすら粉末にすり潰す単純な作業だ。
「ちょっとお兄ちゃん。この部屋物凄く臭いよ。よく耐えられるわね」
部屋に入った途端に鼻を摘まんだ凜花。彼女の体調はだいぶ回復していた。家の中を歩き回る程度であれば支障はない。ただ、片目なので体を動かす際に遠近感に戸惑うことが多かった。
薬草は特有の臭いを放つものが多い。すり潰す過程でそれが一層強まるのだ。しかも、草の種類によって臭いの質は大きく異なる。これまで依頼された薬草は全て種類が違った。当然、望夢も臭いに慣れているはずはなかった。
「僕だって――」
凜花にそれを伝えようとしたが、できなかった。甲高く長い音に掻き消されたからだ。それは一定間隔で鳴り響いた。
「なにこの耳障りな音」
凛花が耳を塞いで顔を顰めていた。
「そうだね。しかもどんどん大きくなっているよ」
望夢は立ち上がって窓へと近づいた。カーテンをそっと開けて外を窺う。薬屋は街の外れに位置していた。周囲には建物も疎らで一階建ての民家が多い。このため二階は見晴らしが良い。音の正体はすぐに確認できた。
「ひっ! なにあの黒い塊……。ち、近づいて来る」
「あそこはむかし鉄道が走っていた線路がある場所ね。ということは、あれは汽車なの。でも以前本で見た汽車はあんな恐ろしい形じゃなかったはずよ……」
あまりの威容に面を食らっていた望夢。それに対し隣の凜花は一人で回答に近づいていく。何十年も使用されていなかった線路。その上に厚く降り積もった雪を事もなげに吹き飛ばしていた。漆黒の軍用列車だった。汽笛をあげながら巨大な砲台が迫り来る。街のあちこちで叫び声があがっていた。住民がパニック状態に陥るのは当然だった。
街の中心部に停車した軍用列車。車両の扉が一斉に開き、軍服を来た多数の兵士が降りてきた。
そこに町長が駆けつける。軍人の代表と思わしき人と二人で暫くの間、話し込む。その後、兵士達は色々な作業ケースを開け始めた。球体が飛び出して空へと浮かぶ。サッカーボールほどの大きさの赤い球体は十個程度。テニスボールほどの青い球体は数も変わらないほど多かった。それらは一斉に四方へと飛び散っていった。
二十分ほどすると街の中心部に演説台が出来上がっていた。その周囲を多くの町民が取り囲む。皆、不安と期待が入り混じった表情をしていた。
軍人の代表が壇上に上がる。そしてゆっくりと宣言する。
「我々は北都行政府所属の北部域調査隊である!」
その声は街中に響き渡った。街はずれの望夢と凜花がいる薬屋の中でも、その声がはっきりと聞こえた。先ほど散らばっていった赤い球体は移動式のスピーカーだった。球体なのは三百六十度方向に音を出すためだ。それらが街の上空に等間隔で配置されていた。
壇の周囲だけでなく全ての町民に軍隊の声を届かせるためだった。
「あなた方、この街の住民はどの程度までの情報を得ているのか。現在の状況を共有するためにまずはシェイド襲来から現在までの話をさせて頂く」
軍人の代表はそう言って語りだした。未曾有の大災害に始まり、シェイド襲来で世界が壊滅的な状況に追い込まれていった歴史へと紡いでいく。そこまでは情報網が完全に途絶える前だったので多くの町民はある程度の知識を有していた。
そして情報断絶後の話に入る。軍人の声が街の隅々へと浸透する。誰も言葉を発しようとしなかった。話の内容を一語たりとも聞き洩らすわけにはいかなかった。
世界連邦政府が設立され、いまや日本国ではなく日本州となった。日本州には現在まともな都市といえるようなものは三つしかなく、それ以外はほぼ壊滅状態だと見なされている。驚くべ事実が次々と明らかにされていった。
現在に至るまでの説明を終えると、軍人は一旦言葉を切る。話した内容を頭に理解させる時間を置いたのだ。周囲をゆっくりと見回す。町民全てが壇上を見つめていた。軍人はゆっくりと語りを再開する。彼らがこの町を訪れた理由、つまり本題についてだ。
「北都行政府は、これまで都市の再興とシェイドに対する防備増強に全力を注いできた。これは二重壁の完成をもって達成したといえる。次に、州都と北都を結ぶ陸路の確保に力を注いだ。これも達成され、現在は北部域東部への陸路も確保されつつある。そして今回、行政府は北部域北部における被害状況の実態調査に乗りだすことを決定したのだ。我々、北部域調査隊はそのために新たに結成された部隊である」
演説していたのは北部調査隊の隊長だった。彼は、これまでの芳しくない調査結果を淡々と話し続ける。ここまで北上してきたが過去に町が存在していた場所の全てが壊滅していた。生存者は一人も確認できず半ば諦めていたところだった。まさか最北端のこの町に、これほどの生存者が残っているとは思いもしなかったと。さらに町として機能していたことに大いに驚愕したという。
「では、我々は北都に避難できるんだな!」
「良かった! やっと安全なところに――」
壇を取り囲む住民からの声が相継ぐ。皆の視線が隊長に注がれた。その目には期待が満ちていた。これまでずっとシェイドの襲来に怯えて暮らしてきたのだ。やっとその恐怖から解放されるのだと。
「誠に遺憾ながら、現状ではそれはできない。北都はいま食料難に陥っているのだ。このため避難民を受け入れる余裕は全くない。あなた方を受け入れると北都の住民すべてが共倒れしかねないのだ」
期待を裏切られた町の人々の反応は様々だ。何のために来たんだと罵声を浴びせる者、落胆し肩を落とす者、あまりの絶望にすすり無く者もいた。いずれにしろ街に負の感情が高まっていく。
「皆、落ち着きなさい。これまで我々は完全に孤立していたのだ。彼らは最新の通信手段を置いていってくださる。そしてシェイドの襲来があった際には、速やかに駆けつける事も約束してくださった。昨日までの状況と比較してみなさい。状況は大きく改善した。北都の食糧難が改善次第、優先的に避難民として受け入れてもらえるそうだ」
壇上の隊長の隣に町長が立っていた。町民に必死に訴えかける。確かに納得できる部分もあったのか不満は残りつつも、一瞬即発的な雰囲気は霧散していった。
場が落ち着いたところで隊長が口を開く。
「北都調査隊の重要な任務はもう一つある。セイジの探索と保護である」
隊長はセイジについて町民に説明する。身体能力と知能が極めて高い第二世代の人類が発生したこと。そしてそのセイジこそがシェイド掃討の切り札となることを力強く説明した。昔のような平和な世界が取り戻される。その可能性に町民は目を輝かせた。
「セイジの外見的特徴を見極めるのは簡単だ。その瞳に深い緑色を湛えているのだ。そして一般的な子供たちよりも成長速度が著しく早い。もし、この町にそのような人間が暮らしていれば、直ちに我々に報告して欲しい。また、今後、新たに生誕した際は通信装置で北都行政府に速やかに届出してもらいたい。なお、セイジの保護は連邦政府の方針である。虐待する者には法に従い厳罰に処すことになる。その心づもりで町民が一丸となって保護するようにお願いする」
先程までの熱い熱気が嘘のように場は静まり返っていた。皆、一様に顔を青褪めていた。心当たりがありすぎた。自分達はとんでもない事をしでかした。ここに来てそれを悟ってしまった。周囲の雰囲気が急変した事を隊長は訝しむ。壇上の隣、同じように固まっていた町長に問いただす。
「い、いえ、そのような者がこの街にいるとはこれまで一切報告されておりません」
町長の声は少し震えていた。彼の頭の中に丘の上の家がよぎった。おそらくこの演説はあの町外れの丘にまでは届いていないだろう。大丈夫だ。町長はそう判断してなんとか声を振り絞ったのだ。
それを聞いた隊長は残念そうに肩をすぼめる。最北端のこの町まで多くの時間を費やして調査して来たがやはり無駄骨だったか。
「儂はその瞳の子供を知っているぞ」
壇上の前の人垣から一人の男が進みでてきた。町民の誰もがその男を知っていた。皆、一度は世話になった事があるのだ。
「せ、先生、何を言いだすのですか!」
町長は慌てて静止しようとしたが、隊長がそれを遮る。
「それでセイジはどこに?」
「この街はずれの薬屋だ。片目が緑色の双子の子供がいる。そのうちの一人は先日怪我をしていたので儂が治療した。今も経過観察中だ」
「おい、ブルーアイで確認しろ」
「はっ、すでに飛ばしてます。あ、いま確認とれました。少なくとも一人はセイジに間違いありません」
隊長の行動は早かった。医師とともにその薬屋に急行した。置き去りにされた町民は皆、固まったようにその場から動けなかった。
望夢と凜花は、すぐに隊長との面談を果たした。状況は全てスピーカーから聞こえていたし、二階の窓の前にずっと青い球体が浮いていたので状況を察していた。
「望夢くんと凜花ちゃんっていうんだね」
「は、はい。ぼ、僕らって本当にセイジなんですか?」
「ああ、そうだとも。隣のお嬢ちゃんも怪我した方の目が君と同じ色だったんだね」
「う、うん」
「なら大丈夫だ。二人ともセイジだよ」
「信じられない。僕らが人類の切札と呼ばれているなんて」
これまで化け物だと虐げられていた。手の平を返されたような対応に正直戸惑っていた。
「君達には衣食住全てを提供する。そのかわりに専門の学校にいって教育と訓練を受けてもらう」
「本当に北都に行けるんですか?」
「ああ、ここよりも何十倍も大きくて人も大勢いる大都会だ」
都会でなら。僕は隣の凛花を見やる。
「凛花はいいよね?」
「勿論よ。こことおさらばできるのであればどこだっていいわ」
「では北都に来てくれるということでいいんだね?」
「あ、でも。お母さんも一緒に連れて行けますか?」
「勿論だとも。保護者同伴で構わない。しかし一緒にいるように見えないが」
そういえばと隊長が首を傾げる。医師は家庭の事情まではあえて伝えていなかったのだ。
母親の名前が出た際、凜花は反対したかった。ただ、望夢から母親があのように豹変した原因も聞いていた。だから、彼女は固く唇を噛みしめただ黙って下を俯いた。
母親の所には、望夢と隊長とその部下数人で赴くことになった。さすがの望夢も凛花を連れて行くのは躊躇した。加害者である母親と被害者の凜花が顔を合わせた瞬間にどうなってしまうのかが想像がつかなかった。それを見るのが怖かった。
望夢は薬屋を出てから数時間後に戻ってきた。
「お兄ちゃん、一人でどうしたの? お母さんは別の場所に行ったの? もしかして、私たちと一緒に北都に行くのは嫌だって?」
軍服の女性に付き添われて戻ってきた望夢は一人だった。目は真っ赤に充血し虚ろな瞳をしていた。
「凛花。遅かったんだ。全てがもう遅かったんだよ……」
望夢はそれ以上は声にならないようだ。ただ震える右手を凛花に差し出した。手には皺くちゃの紙が握られていた。凛花はそれを受け取り、丸まってしまった紙を伸ばして広げる。
『望夢、凜花。ほんとにごめんね。今でも二人を心から愛しているわ』
見慣れた母親の筆跡でそう書かれていた。
「お兄ちゃん、どういうこと?」
望夢は答えずに下を俯いたままだった。
「彼はいまは無理そうなので、私が代わりに説明させて頂きます」
付き添いの軍服の女性が事の次第を凜花に説明した。
丘の家について扉を叩いたが誰も出てこなかった。玄関に鍵はかかっていなかった。母の名を呼びながら望夢はリビングに足を踏みいれた。そこに母がいた。しかしその足は床についていなかった。母は首を吊っていたのだ。とても無残な姿だった。
リビングの机の上に二人に宛てたメッセージが残されていた。あのあと我に返った母親は自分のしてしまった罪の深さに耐えられなかったのだ。
「どうしてだよ! 何でもう少し早く来てくれなかったんだ! 二週間前でも良かったんだよ! ねえどうして! 何で今頃になって来るんだよ!」
普段大人しい望夢が大声で叫ぶ。隊長の胸を両手で強く何度も叩いた。セイジP型の力は子供でも一般人の成人以上だ。胸の骨が折れるかと思うほどの痛みだった。それでも隊長は歯を食いしばり黙って立っていた。彼にはそうすることしかできなかったからだ。
暫くすると望夢の手が止まり、ずるずると床に崩れ落ちる。そして今度は大声で泣きだした。
「そうだったの……」
全てを聞き終えた凛花はただそう呟いた。ゆっくりと望夢に歩み寄り、強く強く兄を抱きしめた。
「ねえ、お婆ちゃん。ほんとに一緒に来れないの?」
名残おしそうな声。その背後で漆黒の軍用列車が僅かに揺れていた。最後尾の車両の乗車口前に望夢と凛花。向かいの婆さんとの別れを惜しんでいた。
「儂のような耄碌婆はね生まれた土地で土に還るのが本望さ。あんたらは未だ若いんじゃ。これまでの分まで取り戻して幸せな人生を送りなさい。なに、その爺さんが一緒なんだから、何か困ったことがあったら頼るといいさ」
望夢も凛花も保護者として母の代わりに薬屋の婆さんを連れていこうとした。しかし何度お願いしても婆さんは首を横に振るだけだった。代わりに医者の爺さんが付いてきてくれることになった。
「長居してしまったが、私はそもそも余所者だからな。待ち人も現れんかったしな。どうやら当てが外れたようだ」
「なんだ爺さん。いい歳して嫁でも探していたのか」
「まあそんなもんだ。婆さんもいい歳なんだからくれぐれも体には気をつけるんだ。健康の秘訣は、食べて、動いて、良く寝る、それだけだ。具合が悪くなったら私の弟子を頼るんだ。あいつには長いことかけて色々と仕込んでおいたからな」
そうしているうちに長い汽笛が響いた。そろそろ出発するようだ。望夢と凜花の二人は婆さんに抱きつく。
「お婆ちゃん元気でね。私この眼帯一生大事にするね!」
「僕、お婆ちゃんのホットケーキが大好きだった! いつか遊びに来るから長生きしてね」
「ああ、第二の人生だと思って楽しく生きるんじゃぞ。いつまでも兄妹二人、仲良くな」
婆さんは笑顔で二人の頭を撫でる。
町の子供達が近くに集まっていた。軍用列車が出発するのをいまかいまかと待ち侘びていた。大人達は既に普段の生活に戻っていた。隊長はこの街についてすぐに町長に媚薬を効かせた。結果としてその効果は非常に有効だったようだ。
軍用列車の最後尾の車両には軍用とは別に食料など数多くの品物が積まれていた。壊滅せずに残っている町を発見した際に配給する支援物資だった。しかしこの町以外は全てが廃墟と化していた。このためその全てをこの町に置いていくことにした。
町民への分配は代表役の町長に一任した。今回の町ぐるみのセイジ虐待の件も隊長の心に留め置くというのも効いたようだ。町長は自身の利益のためにも町民をしっかりと制御できたようだ。
長い汽笛が立てつづけに鳴る。軍用列車が北都へ向かって動きだした。客車の後ろの窓から町の子供たちが興奮して追いかけて来るのが見えた。
「お婆ちゃん、ありがとう! さようなら!」
凛花と望夢は婆さんに手を振り続ける。手を振り返す婆さんの姿が次第に小さくなり、そして見えなくなった。
「あ、あれは――」
視界の先に小高い丘。そこに小さな家がぽつんと居を構えていた。ここから見ると小さな小さな家だった。でも僕らのこれまでは全てあそこに凝縮されている
「お母さん……」
気づいたら望夢は泣いていた。視界がぼやけて何も見えなくなった。頭の上に手が添えられゆっくりと撫でられた。見あげると医者の爺さんだった。爺さんは何も言わずに望夢の頭を撫でつづけた。
凛花は遠ざかる街並みが窓から完全に消え去るまで凝視していた。彼女の瞳には涙は浮かんでいなかった。私は絶対にあなたたちを許さない。涙の代わりにそこには憎しみが深く渦巻いていた。
二人が街を出てから二日後。北部域最北端に新たに設置された通信機が初めて使用された。
「シェイドの大群が町を襲ってきた! た、助けてくれ!」という町長の言葉と悲鳴だった。その後、北都の本部が何度も呼びかけたが応答はなかった。奇しくも初めの通信が最後の通信となった。
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