第11話 食べたい気持ち
夜の9時過ぎ。この家にはテレビがないから、わたしは書斎でビレキアの端末を使って歌番組の映像を見ていた。
隊長は、もう木星軌道へ向かったあとで、この家にはわたしとエリカさんだけになっている。
やがてカナンの出番がきた。まず、司会者との会話があり、デビュー曲が紹介されると、イントロが流れ、彼女が踊り始めた。プログラムされた完璧なプロダンサーの踊りだ。そして歌がはじまる。ボイストレーニング完璧のプロの歌唱力。
しかしどちらも、機械的ではなく、とても人間味があって魅力的だ。
わたしは、照明を消した暗い部屋で画面の明かりに青白く照らされながら、「自分はどうして、このアイドルと同じ姿なんだろう」という疑問に取り付かれ、やがてその疑問は、「自分はいったい何?」という自問に変わっていく。
歌っておどるカナンを見ているうち、自分の顔から、だんだん表情が無くなってしまうのを、どこか客観的な位置にいる自分が感じ取っていた。
実体もなく、生い立ちもない存在。まぼろしなのは、カナンではなくわたしだ。わたしはCGであるカナンの影でしかない。
「ウツなのね」
後ろでエリカさんの声がした。振り返らず、映像を見たまま、わたしはこたえた。
「っていうか、自分は何なんだろうって。この娘……カナンは生きてるわ。わたしなんかより、ずっと地球人に近いわ」
「気休めを言ってあげましょうか?」
まただ。エリカさんはやさしい言い方を知っている。
「……ぜひお願いしたい気分ね」
「あなた、そのまんまで十分地球人よ」
「ありがと」
振り返ると、エリカさんがやさしく微笑んでいた。なんとなく微笑みを返している自分がいた。
「隆さんがどう思うか気になるの?」
そうか! そうだったんだ。
わたしが、あのCGアイドルと隆を結びつけるためだけにこんな姿をしてるなら、あっちが本物でわたしは偽者だってことになる。それがショックなんだ。隆が好きになるべき相手は、本当はわたしじゃなくて、あのCGアイドルだったんじゃないかって思うことが嫌なんだ。
わたしは、隆の気持ちを中心に考えていたから落ち込んじゃったんだ。
「そうね。そうだったんだわ」
すなおに認めてしまったら、涙がひとしずく頬をつたって落ちて、同時に、しめつけるような胸の痛みが楽になった。
「隆さんは、あなたが好きね。わかりやすいわよ、傍から見てると」
「え?」
「あなたはもっとわかりやすいわ。ウフフ」
エリカさんの言葉には、すこしもからかうようなところがなくて、そのやさしさに胸がポカポカしてくるよう。
「好きになっちゃだめなの……」
「どうして? 宇宙人は恋をしないの?」
「ビレキア星人の女性は、愛した男性を食べちゃうの」
言ってしまって、はっ、とした。魔族とはいえ地球人のエリカさんにこんなことをバラしたら、エリカさんが怒ってしまうんじゃないかと思ったから。でも、エリカさんの反応は意外だった。
楽しそうに笑い飛ばしたのだ。
「ホホホホホ。おもしろい宇宙人なのね。魔族と気が合うわけだわ」
「怖くないの?」
「あら、魔族が人を食べないとでも思った? 前世の魔王なんて、覚醒するときに千人の乙女の精気を吸い尽くしたというわ」
「ビレキア星は、ビレキア星人が進化して知能を身につける前に、氷河期を迎えてしまったの。極端な食料不足の中、子孫を確実に残すために、メスがオスを食べてしまうようになったの。文明を手に入れたあとも、そのことは本能として残っているの」
「地球にもいるわね。カマキリとか」
「ええ。ビレキア星では、ほかの動物にも多く見られるわ。食べることが生殖行為なの」
「だったら恥じることはないんじゃなくて?」
「宇宙に進出して、連盟に加盟して、ほかの宇宙人と交流を持つようになってから、価値観が変わってきたの。それまでは、愛し合った男女にとってあたりまえの儀式で、男は命をささげて、女はその命を子に受け継いで、生涯、食べた男のことを思い続けることに疑問はなかったけれど、最近は生殖に必要なところだけ食べて、男も生き続けるっていうカップルも多くなってきたわ」
「あらあら、どっちにしろ浮気なんてありえないわね」
「ビレキア星人には、浮気っていう概念はないわ。女は自分が食べた男の子供を生んで育てながら、一生その男のことを思って生きるの。だって、食べちゃったのよ。そうするのが当たり前でしょ?!」
なんとかエリカさんに理解してもらおうと、熱が入ってしまうが、こればかりは、ビレキア星人独特の感覚よね。
「それで? 隆さんを食べちゃいたいわけ?」
「だめよ。隆は地球の人だわ。価値観が違う。それに、もし、地球人の男性が食べられちゃったなんてことになったら、ビレキア星人が地球に降りているってことが連盟に知れて、連盟の規約違反ってことになる」
「隆さんなら、あなたに食べられちゃったくらいで死んだりしないわよ」
こわいことをきれいな顔でサラリと言う。誘惑しないでよ。
「でも、だめよ。好きになっちゃいけないの」
「今すぐ食べるのはだめでも、将来、ビレキア星人が地球におおっぴらに来られるようになったらいいんでしょ? それまで食べるのは我慢するとしても、好きになっておくのはいいでしょ? 真剣な気持ちならいいんじゃないの? 飢えて食べ散らかすんじゃなくて、愛情表現なんでしょう?」
「地球にとってはそうじゃないわ。ビレキア星は女性中心の社会で、男性の減少が問題になってるの。交配可能な地球の男性が相手になってくれれば人口問題は解決するんだけど。だから地球人の男を食べたいだなんて、一方的な理論、通じないわよ」
これはエリカさんの魔法なのかしら。ううん、なんか話しちゃうのよね。こんなことまで話してしまって、いけないってわかってるのに。
「あらあら、地球に来てる目的はそれなんじゃないの? わたしと争う理由がない、というのは、魔王が地球を破壊できる存在になるのを望んでるってことでしょう? まあ、わたしの方は、別に超光速航法とかが先だろうが百年先だろうがかまわないんだけど。とにかくどちらか条件を満たしたら、おおっぴらに地球に居られるんでしょ?」
エリカさんは、わたしが阿久根に説明した話しか知らないから、惑星破壊兵器が先なら占領だってことは知らないのよね。それとも隊長が話したのかしら。どちらが先かで扱いが違うことは、察してるみたい。
それにしても、さすが千歳越えの魔族さんだ。百年待つだなんて簡単に言っちゃうとは、気が長い。
「エリカさんと話してると、悩んでる自分がバカみたいね」
エリカさんがわたしの前髪をやさしくかき上げた。
「今日は、もう、寝なさい。明日はたいへんよ」
「ええ。もう一度カナンが出てる番組を再生してから」
エリカさんはにっこりと笑って「おやすみ」を言って、書斎を出て行った。
カナンの姿を再生しながら、今度は任務として客観的に彼女を観察することができたと思う。
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