第10話 CGアイドル『カナン』
テレビが映った。ニュースワイドのキャスターが、夜の歌番組のセットで、生放送の歌番組のリハーサル風景をレポートしている。歌番組の司会者と出演者の女性歌手にインタビュー中……って、わたしは鏡を見ているようなおかしな感覚にとらわれた。この歌手は、まるっきり、わたし?!
柴田カナちゃんではない。柴田カナちゃんそっくりな顔だけど、体型がモデル体型。つまり、わたしそのものだ。いったい誰?!
『……というわけで、視聴者のみなさんがごらんになっているとおりの姿が、このスタジオでも見えています。従来のCGですと、実際のスタジオには彼女がいなくて、電波に乗ってお茶の間に伝わる時点では、画像として合成して、ここに彼女が映って見える、というものでした。しかし、この次世代立体CGは、実際にこの場に立体映像が投影されて、彼女が見えているんです』
CG? 合成の立体映像なの?
『世界初の本格CGアイドル、カナンちゃんです』
『どうも~。はじめまして。カナンで~す』
か、軽い。アイドルだからしかたないのかもしれないけど、この姿で、ああいうのやられると凹むかも。
『カナンちゃんは、だれかにそっくりだって言われませんか?』
『はい。わたしの姿は、顔は柴田カナさん、身体はモデルのジェリカ佐藤さんのデータをいただいています。CGだっていうことを理解していただくために、ありえない合成っていうことで選ばれました』
『たしかに、こういう女性が実在するとは思いませんものねぇ』
おいおい、ここに約一名いますけど。
『さて、カナンちゃんがすごいのは、次世代立体CGってことだけじゃないんですよね。なんと、世界最大規模のAIとして人格を持ってるってことなんです。世界最大っていうと、カナンちゃんの本体は、どこかにでっかいスーパーコンピュータがあるんでしょうかねぇ』
『いいえ。たしかに、このテレビ局のビルの駐車場に、オペレータさんとマネージャーさんが乗ってるマイクロバスがあって、そこにCG制御用のパソコンが載っているんですけど、そのコンピュータに居るわけじゃありません。わたしは、固有のコンピュータに依存しない、ネットワークAIなんです。ネットワークAI製作のためのプロジェクト【Kプラン】に参加してくださっている日本を中心とした世界1000万人の方のご家庭のパソコンの、使用されていない部分1%か2%づつをインターネットでつないで、大きな仮想スーパーコンピュータができていて、そこにわたしが存在しています』
「Kプランにはぼくもこのパソコンで参加してるよ。CGアイドルのためとは知らなかったけど」
隆が言った。それにしても、この符合は何? AIってことは、偶然じゃないわ。高度なAIは、超光速航法に不可欠な技術だもの。
隆に勝手に教えるわけにはいけないけれど、彼が将来開発にかかわることになる超光速航法では、航行時に生物は命を失ってしまう。だから、乗員は仮死状態になることで死を免れる。ところが、パイロットは航行中も状況判断を下し、船をコントロールしなくてはならない。単なる自動操縦では操れない。一説には、禅問答のような判断が要求されるのだとか。
文明によっては、初期の超光速航行において、一回一人のパイロットが命を犠牲にしていたところさえある。その状況を解決する手段がAI。人格を持つが命は持たないAIをパイロットにすることで、超光速航法は運用されている。
隆のそばにわたしがいて、同じ姿のCGアイドルとしてAIがデビューする。これって、もしも偶然の一致だとしたら、その確率はどれだけばかげた数字かしら。
『今晩いよいよ、秘密のベールを脱いでデビューですね。それでは、今晩9時からのミュージックステージナインでお会いしましょう。お楽しみに!』
番宣のコーナーはここで終わった。
「……これって、きみらの集団催眠では、どういう話になるんだろうな」
隆の問いに答えたのは隊長の声だった。
『その対策はこれから検討する。ただちにこっちに戻れ』
「了解」
反射的に返事をして立ち上がったわたしの手を、隆がつかんだ。
「待って」
隆は真剣な目でわたしを見つめていた。
「ご、ごめんなさい。わたし、行かなくちゃ」
「ああ、わかるけど、ひとつだけ。……きみの本当の名前を教えて……くれないか」
油断したぁ! ここで、こう来たか!
気を緩めるのが早すぎたみたい。頬が燃え上がるように熱くなる。多分、今、わたしの顔は真っ赤になっちゃってる。
「ラシャカン……いいえ、教えちゃだめなの。忘れて。わたしは恵」
顔を伏せたわたしの手を、彼はしばらくつかんだままだったけど、やがて、離して言った。
「ゴメン。忘れないけど、呼ばないよ」
うわあ、今、猛烈に、彼を食べちゃいたい。
わたしは、自分の気持ちから逃げ出すように、隆の部屋を飛び出してしまった。
「遅かったな」
隊長は容赦なかった。
隊長は、リビングでネット上のカナンの情報を収集していた。八つの画面を同時に操作していて、その目は画面を追ってめまぐるしく動いていて、わたしの方は見てない。
「すみません。隆に呼び止められて」
「何て?」
「名前を教えろって」
「教えたのか」
隊長が、手を止めてこっちを見た。
わたしはこくりと頷いた。隊長は画面に視線を戻す。
「バカか」
隊長はほんとに容赦なかった。
「さっきの番組を皮切りに、ネット上にカナンの情報が飛び回っている。宣伝のためのリークもあるし、口止めされてた関係者のツィートもある」
任務の話に移ってくれたのはありがたかった。
「カナンの姿は、KプランのうちのCG部会に参加していた日本の協力者75万人による投票で決められた。あの姿に決まったのは二ヶ月も前だ」
「え? それって、あっちがわたしより先ってことですか?」
「おまえが、その姿になったのはいつだ?」
「地球へ降りる前日です。十六日前?」
「そういうことだナ。どうやら、うちの事前情報収集部隊は無能なんかじゃなかったってことだナ」
「わざと?」
「そうだ。超光速航法のキーマンに接近するおまえに、航法開発にかかせないAI技術で作られたCGアイドルの姿をさせ、惑星破壊兵器になりうる人物の覚醒のキーになる人物の家をわざわざコピーして住まわせる。しかも、実行部隊の我々には、そのことを知らせずに、だ」
「エリカの家も、隆が魔王なのも?!」
「ここまできたら、偶然じゃ済まされないだろう。わたしの姿が芸能人にそっくりなのは、おそらく、おまえの姿に意味があることをわれわれふたりに気付かせないためのものだ。そして、われわれはまんまとひっかかったわけだ……む!」
しゃべりながらもめまぐるしく操作を続けていた隊長の手が止まった。
「どうやら、だれかの思惑通りになったようだぞ」
隊長が凝視する表示を、わたしも回りこんで見た。
それは、CGアイドルについて語る掲示板だった。
『オレ、カナンそっくりの娘知ってるぞ』
『なにそれ? 妄想?』
『催馬楽恵』
『だれそれ』
『女子高生。リアルカナン』
『知ってる知ってる。柴田カナ顔の長身美人って、街中の美女スレでプチ有名』
『詳細情報うp求む!』
『柴田カナ顔に、あの体型はないだろ、って否定組もいたが、まさかCG先取りとは』
『もろ、あの体型』
うちのクラスのカメラ小僧くんの隠し撮り画像が掲示板にアップされた。わたしの体操着姿だ。
そのとたん、掲示板の書き込みが爆発した。
『萌えぇぇぇぇぇ』
『なに、これカナンの体操着バージョン?』
『流れを読め。カナンじゃない。リアル女子高生』
『俺の嫁!!!』
『CG? コラージュ? えっ、リアル?!』
『高校名は?』
『メグミ神!』
書き込みは嵐のように続く。
『どこの女子高生だ? 情報ないの』
『個人情報につきうp不能』
『こら、情報の独占か?』
『もったいぶるな。知らないって正直に言え』
『まてまて、おまいら、この画像に映っている胸のあたりを拡大してみたまえ、高校の校章がデザインされているぞ』
『検索! 検索! データーベースと照合せよ!』
『データーベースって、学校情報をひとつひとつ確認するのか?』
『各都道府県の教育関連HPからリンクで各校の公式HPへ』
『全国の高校数は四千校以上。by夏の甲子園大会』
そのうち、高校の名前が体操着から割り出されて知られてしまった。
「どうやら、明日の学校は、すごいことになっていそうだナ」
「……どうするんです」
「ふむ。仕組まれたとおり、引っかかってみようじゃないか。おまえは、普通に登校しろ。わたしは木星軌道の母船に戻って問いただしてくる」
木星軌道には、わたしたちの本隊が駐屯している。一隻の揚陸艦と400名の兵士。あまり大きな部隊ではないが、もしも地球の軍隊と戦えば、たやすく勝利できる兵力。もちろん、そのために居るわけではない。地球周辺での有事に備え、潜入しているわたしたちの後方支援を行なうため。
隊長は、母船の部隊の中では、ナンバー2の地位にあたる。母船に帰れば、ナンバー1、つまり部隊長が居るのだけれど、部隊長も今回のことを知っていたかどうかわからない。しかし、母船に戻れば、方面軍本部や、本星との通信も可能になる。地球上からは、ほかの宇宙人に観測されないように地球外との通信は行なえないけど、母船まで帰れば問題ないから。
もっとも、地球から出ること自体も観測されるとまずいわけで、わたしたち潜入部隊は、原則、地球を離れてはならないことになっているのだけれど。だから、今回の隊長の母船への帰還は、かなり、思い切った判断ってことになる。
そのとき、コンコン、とノックの音がした。
リビングの扉が開いていて、いつの間にかリビングの入り口に立っていたエリカさんが、わたしたちの注意を引くために開いたままのドアをノックしたのだ。
「たいへんそうね。『何があったの?』って訊かないほうがいいかしら?」
彼女はおそらく、その千年を越える人生経験で、これに似たような状況を何度も体験済みなのだと思う。この呼びかけは絶妙だ。こちらが助力を求めたい場合には、「いいえ、聞いて欲しいの」と言い出しやすいし、逆にこちらが隠し事をしたい場合にも、「ええ、ごめんなさい」と答えるだけで関係を傷つけずに済む。
そして、今回の隊長の答えは、
「いや、知っておいてほしい」
だった。
エリカさんは、腕組みをしてリビングに入ってきた。
「じゃあ、あらためて『何があったの?』」
「恵そっくりのCGアイドルがデビューした。どうやら、恵の姿も、この家がおまえの家のコピーなのも、ただの偶然じゃなくて、うちの上層部の思惑らしいのだが、われわれは知らされていなかった。わたしはこれから本隊に行って、それを仕組んだ者の真意を確かめてくる。恵のほうは、明日、CGアイドルのそっくりさんとして、おそらく、騒がれることになる」
「あら、まあ」
「なにかあったら、力になってやってくれ」
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