お楽しみの魔法教室(未完)

僕は、高校まで電車で通う。

そんなに遠くはない。けれど、自転車で行くには少し骨が折れる。

こんな片田舎であるとはいえ、やはり朝と夜には通勤ラッシュが訪れ、まさしく満員電車が形成される。

まったく、うんざりだ。

よくもこんなに人がいるもんだといつも驚かされる。

ギュウギュウ詰めの車内で、ケータイをいじる人がいる。そのケータイをしまうだけで、ちょっとしたスペースが作れるはずだ。少し腹が立つ。

電車を降りると、少し歩いた先に学校がある。

学校の最寄り駅は駅前こそ、ロータリーがありコンビニなどなどあるものの、学校に近づけば、そこは一面の田畑景色。

我が校は、キレイに田や畑に囲まれいるのだ。これこそ、あるべき田舎。

校門を通って、昇降口に入る。校門のところには、いつも何人かの先生が立っている。なんのために立っているのかはよくわからない。

教室の前に立ってガラリ、ドアを開ける。

僕の席は、廊下側の壁に面した列の後ろから二番目。ちなみにケンはその隣の列の、後ろから三番目だ。

黒板を見ようとすると、よくケンのやる気のなさそうな頭が目に入ってくる。

まだケンは来ていない。

椅子に座り、ケータイを開いてふける。

ニュースは、昨日の野球がどうとかで盛り上がっていた。僕には全く関係ない。野球でだれが勝とうと、サッカーでどこのチームが優勝しようと、ルールがわからない僕には全く縁のない話なのだ。

クラスは、野球の話題で盛り上がっていた。

そこにケンが現れる。

「俺がサッカー部で歓迎された時は、このクラスサッカーの話ばっかりしてたのにな。『ケン、昨日の予選についてはどう思う?俺はさー、ナントカ選手ってもう落ち目だと思うんだよね』その選手、今でもバリバリの現役さ」

「知ったかぶるやつは嫌い?」

「知ったかぶりならまだいい。一番嫌いなのは、やったこともない癖に、苦労を語るやつだよ」

「そうか・・・」

ケンは自分の席に荷物を置き、僕の目の前の席に座った。

「なんだって、こんなに野球の話題で盛り上がってるんだ?」

「知らないのか?野球は国技さ。野球の試合の翌日は、その話題で盛り上がるよう法律で定められてるんだ。そうでもなきゃ、野球でこんなに盛り上がる気にはならない。」

ケンは嫌味ったらしくいった。

「やめとけよ」

「まぁ、真面目な話をするなら、今年の高校野球、一年生が応援しに行ったから、そこで感化された奴が多いんじゃないか?」

「なるほどね」

「今は野球サッカー論争をしている場合じゃない。もっとしなきゃいけない話題がある」

「わかってるさ。いざ話すとなると、話す気になんてなれないんだよ。馬鹿馬鹿しい」

「まだ受け入れられなかったのか」

ケンは席に戻り、バックからファイルとコンビニの袋を持ってきた。

「あと、僕は野球サッカー論争に参加してない。するならサッカー陣営、君一人だけだ。僕は棄権させてもらう」

僕は抗議した。

「わかったわかった。そんなのどうだっていいんだ。俺は昨日、魔法だとかエルフだとか、そういうのを調べてた。ネット上だけどな。それがそのファイル。んで、これは俺の朝食」

ケンはコンビニの袋から、いくつかの菓子パンを取り出した。

朝からハードに甘いものをよく食べれるものだと感心する。

「ん、俺このクリームたまんねえんだ。あとはコーラがあればいいんだけど・・・、爆発するんじゃないかと怖くってさ。」

「このファイル、中見てもいい?」

「いいとも。これでダメだといったら、俺一生懸命コピーしてきた意味がなくなっちゃうよ。」

ファイルをパラパラとめっくってみる。

最初の方は、ありがちなネット百科事典から正確な、正しい情報をひっぱりだしてきているようだった。

杉田先生流に言えば、西洋人が魔法を科学的視点から、知性的視点から分析した大まかなものだ。

後の方になってくると、真偽不明な都市伝説的なサイトの情報も交じってくる。

原始時代に、人間によく似た動物がいた、とか。

素晴らしい。これをやれと言われても、僕にはやる気なんて起きない。

「うん、すごいじゃないか。はっきり言って、僕には出来ないよ。」

ケンは、口に放り込んだ菓子パンを、オレンジジュースで流し込んでいた。

甘々だ。

「そう、正直言って、大変だったよ。ただ文章をコピーして、テキストソフトに張り付ければいいんだけど、それでも結構頭は疲れるね。でも、興味深かった。特に都市伝説のサイトとかね・・・」

「僕も聞いたことがあるよ、このサイト。それっぽく書いてあるんだ」

「そうだな、確かにそれっぽかった。で、どうだ?信じる気になったか」

「まだ、わからない。いや、魔法そのものはもはや、受け入れられるのかもしれない。けれど、それを杉田先生の口から、しかも、僕と君という近い存在にあることに、疑問を抑えられないんだ。」

「俺もわからない。なぜ、俺とおまえという近い存在で起こったのか。だけど、いいんだ。」

「ん?」

「いいんだ、俺はさ、たとえ杉田先生がペテン師だって、いいんだ。お前の名前が出てきたとき、胡散臭い話だと思った。正直にね。で、おとといお前とメッセージして、なんだかどうでもよくなったんだよ。考えるのが嫌になった。」

「おい、考えなくなったら人間終わりだ。そういう話の論者だったろ?君だって」

「うん。そういう論者だ。けれど、俺は知性なし。」

「だから、考えなくたっていい・・・?」

「ああ。ややこしいことを考えるのはヤメにしようぜ。俺らはなんだか知らないけど、鬼才に選ばれた。ここは教育の場だ。杉田先生だって、俺らから金を巻き上げよう、ってわかでもないだろう。」

「わかんないだろ?そんなこと」

「そうだったらそうだったで、その時はその時さ。なんとかなる」

キンコーン、カンコーン。

朝のHRが10分前であることを告げるチャイムが鳴る。

ここから、ある程度クラスメイトが集まり始める。

「おはよ。私の机、使ってもいいんだけどさ。パンこぼさないでよ?」

ケンが座っている机の持ち主がやってくる。

「なんだよ、どうせ使ってないだろう?」

「使ってるし。まあ、好きに使ってて」

持ち主である女の子が、どこかに行った。

「あいつは授業中大概寝てるんだ。こっそりお菓子を食べてたこともあった。あいつは何しに学校へ来てるんだかわからん。あいつこそ、知性なしなんだけどな」

「エルフになれるのは、その血統の保持者だけ」

「わかってるよ、あいつはその血統をもってない」

ケンが立ち上がり、食べ終わった菓子パンの袋を捨てに行った。

「ケンくん、もう使わないって?」

さっきの女の子が戻ってきた。

「さあ・・・、けど、もう使わないんじゃないかな。ホームルーム始まっちゃうしね」

「それもそうね」

ケンはゴミ箱にゴミを放り込むと、トイレに行くのか教室を出ていった。



キーンコーン、カーンコーン。

「おっと、授業の終わりか・・・、まぁ精進するように。日直、号令」

「起立・・・」

眠くて仕方がない世界史の授業画が終わった。世界史の先生はかなり年齢が高く、しゃべり始めるとあちこちに脱線して中々授業が終わらない。そのくせ、その脱線話もあまり面白くなく、いつも世界史は眠気との戦いになる。ただ、黒板の板書はなかなかの物で、その辺のテキストで売ってる何倍もわかりやすいのがくやしい。

今日は全部の授業がテスト返しで、世界史もそのテスト返しだったはずなのだが、残りの時間は冬休みの過ごし方から、海外を回る話へとジョブチェンジした。

とにかく、くだらない授業が終わった。あとは魔法教室に行くだけだ。

「お前、世界史何点だった?俺、お前に勝てたんじゃないかと思って」

ケンが近寄ってくる。

「92点。僕より上は居たみたいだね」

「俺ではないようだけどな」

「そうか、なんだっていいよ。僕は誰かと競い合いたいわけじゃない」

「嘘こけよ、俺に負けたら悔しいだろ?」

「そうだな・・・そうかもしれない。そうだなあ・・・」

「だろ?」

ガラガラと担任がドアを開けて入ってくる。

帰りのHR。これが、一日の終わり。



「じゃ、いきますか」

「行こうか。気分はあまり乗らないけどね」

「おい、落ち着けよ。魔法抜きにしたって、南条先生と会えるだなんてラッキーだぞ」

「ケン、君は年上趣味なのか?君は学校の教師に欲情しなきゃいけないほど、恋愛に困っちゃいないだろう?」

「大困りなんだよ。困ってなかったらバイトに出会いなんて求めねえよ。」

「それもそうか」

僕は机から立ち上がった。

「図書館棟か・・・。遠いよな」

「遠くはないだろう?君はサッカー少年じゃないか。僕だって遠いなんて感じないぞ」

「遠いだろう・・・。なんたって、そう遠いんだよ。疲れる」

図書館棟はさして遠くない。

僕の我慢強さ自慢ではなく、本当に大した距離はない。

「そこで憧れの南条先生とレッスンだろ?テンション上げれるだろう」

「それとこれとは話が別だよ。一番の理想形は南条先生が自らやってくることさ。憧れと面倒をいっぺんに解決することができる。これは同じ次元の問題じゃない。」

「なるほど」

「何に納得した?まあ、いいけどね。じゃあ、いくか」

ケンは面倒くさそうに立ち上がり、歩き始めた。

僕はその後に続いた。

朝、僕らに構ってきた机の女の子がやってくる。

「ホント、二人でいるのが好きね。そこに愛情はある?」

ケンがすかさず答える。

「ない、全くない。これほど純粋な友情はないね」

「あら、微笑ましいことですこと。よくも、そんな恥ずかしい言葉がスラスラと出てきますわね」

「だって、なあ?」

ケンが僕を二ヤリとみてくる。

「俺たち、知性とかないからさあ」

「チセイ?あぁ、知性。まぁ、あなた達は運命に嫌われていそうだもの。知性なんて偏屈なこと考えてないで、早く人間の世界へ戻りなさい。・・・私、部活に行かなくっちゃ」

彼女は吹奏楽をやっていた。わが校の吹奏楽部はたいして忙しそうではなかった。

「バイバイ」

「じゃあな」

女の子は過ぎ去っていった。

僕らも教室を出て歩き出す。

「・・・なあ、ケン。いっただろう?君は恋愛に苦労するタイプじゃない。今のがもっともな証拠じゃないか」

「証拠?ああ、クラスの女子と話したことがか?それでいいなら、世の中の男はみんな困ってないぞ。まぁ、お前らしい発想だな。経験不足」

「経験不足。うん、そうなのかもしれない。僕はあまりにも経験が不足している。もはや、男であるのかもあやしいな」

「やめてくれよ、本当に俺らの間にあるのは愛情だっていうのか」

「まさか。」

「じゃあ、無駄なことを考えるのはやめようぜ。俺らは友達。ただの友達。」

その通り。

「ところで、あの女の子の名前はなんて言ったっけ?」

「はぁ?お前、真後ろの席に居てわかんないのか。」

「思い出せないだけだよ、だって、親しくもないのに覚える必要なんてないじゃないか」

「目の前のやつぐらい覚えとけよ・・・・、もし、呼ぶことになったらどうするんだ」

「なんとかなるんだ。呼ばなくたって。」

「なるほどね。お前らしいな」

ケンが渡り廊下の扉を開けた。

冬の気温。寒い。

突然、風が吹いた。校庭でサッカーボールが転がっていくのが視界の端で見えた。

「~~~、レナだよ」

風の音で、おそらく言ったのであろう苗字が聞こえなかった。でも、別に苗字なんて重要ではない。苗字か名前か、どちらかがわかればいいのだ。

そうか、レナ。ナントカ、レナ。

「へえ!」

ケンが管理棟側の扉を開ける。

「強かったなあ、風。名前言ったんだけど聞こえたか?」

「ああ、聞こえたよ。これからもし、呼ばなければならない状況になったら、呼ぶことにするよ。」

「それがいい。」



僕が書庫別室の扉を開けた。

やはりそこは薄汚く、どこか埃っぽく、そしてなんだかジメジメと陰気臭い。

「いらっしゃい。どうかな?掃除は一応したんだけど・・・」

南条先生がいた。

「この前来たときより、ずっと綺麗になったと思いますよ」

僕は思わずお世辞を言う。

確かに、床に散らばっていた書類の山はなくなり、隅のほうにまとめられていた。埃っぽさと陰気臭さに関してはやはりどうにもならなかったのだろう。しかし、南条先生の努力というか功績は素直に褒められるべきだ。

「俺もそう思う。初めて入ったけど、もっと汚いんじゃなかったけ。」

「そうそう。ずっと使われてなかったみたい。まったく・・・、ここも学校の施設なのにね。経費節減とかいう前に、あるものを利用するところから始めるべきだと思う」

「俺もそう思います」

ケンは必死にアピールしようとしていた。そんな風に見えた。

なんとなく、ここで南条先生と会うことは、犯罪者の面会にやってきた気分がした。僕らは面会人。南条先生が犯罪者。面会人は拘束前から慕っていた個人的な感情を持つ生徒。

「ケン君は実は知ってるんだ。職員室でも伝説だったからね。でも、君に関してはよく知らない。」

南条先生は僕のほうを向いていった。

「初対面ですからね・・・」

僕らは、軽く自己紹介をしあった。

先生と生徒。あるべき自己紹介。

僕らはエルフ。人々に、幸運をもたらす。



「私、吹奏楽部の顧問やってるんだけど、私より生徒のほうがしっかりしてるの。まあ、伝統的に吹奏楽が盛んな学校ではないから、まあいいんだけどね。週に2、3回様子を見に行くだけ。あとは練習が終わったら顔合わせるだけ。まあ、そんもんよね」

南条先生は少し寂しそうに言った。

「で、そんなもんかな、自己紹介は。うん、本題に入らなきゃいけないね。我らがエルフについて。そうだよね?」

「はい」

「そう・・・エルフ。私はエルフ」

「先生は、どうやって自分がエルフであることを知ったんですか?」

僕が聞いた。

「そりゃあ、もちろん、杉田先生よ。私がこの学校に面接受けに来たとき、杉田先生が面接官でね。今思えば、なんだか幸運だと思ったこととか、不思議な事を聞かれてたんだけどさ。採用されて初めて会ったとき、急に小会議室に呼ばれてね、『私は音楽のことはわからない。けれど、君がある種才能があることには間違いない』って仰ってね。そのあとはひどかったわね。才能はあるが実力はない。そんな話から始まって、君は魔法使いなんだ、って話につながったの。まあ、正直・・・気がくるってると思った。」

「僕も同じことを思いました。」

「でも、まあ、受け入れたわね。私に実力はない。あるのは才能だけ」

「先生、そういえば、『伝説の歌、歌ってもらえ』って杉田先生がおっしゃられてました。」

「伝説の歌?」

思わず口に出たのは僕。

「そう、伝説の歌。なんだっけな、エルフが原始時代につくって歌ってたんだっけな。で、永田の本から出てきたはずだ」

「そう、その通り。伝説の歌、怖いわね。それに歌詞はない。楽器も必要ない。必要なのは、声」

「へえ・・・」

「でも私、あれ本当は歌いたくない。だって、あれを歌うと、動物たちが一斉に集まりだすの。初めて歌ったとき、家にいたんだけど、ベランダを開けて外を見たら鳥だとか猫だとかが興奮してた」

「発情、ということですか?」

「違う、なんていえばいいのかな・・・。こう、集まって討論しあってるように見えた、かな。で、私が顔を覗かせたら、まってましたと言わんばかりに鳴き始めて・・・。まいっちゃた」

そんな歌があるのか。原始的な歌。エルフが歌う、伝説の歌。ユートピアにかつてあったもの。

「先生、ぜひお聞かせ下さい。大丈夫、ここは地下です。動物たちには聞こえませんよ。」

「えぇ、興味持たないでよ・・・」

「俺も聞きたい。どんな歌なんですか?」

先生は、はぁっとため息をついた。

あきらめた様子だ。

「仕方ないわね、歌う。歌うけど、外に出たときに鳥がいたら、追い払ってね」

「わかりました」

南条先生は呼吸を整え始めた。

歌ってくれるのだろう。

「じゃあ、歌うわよ。」

一呼吸おいて、発声し始めた。

音。きわめて原始的な音階によって表現される音。

美しい高低音。響く空気。細やかな振動。

それは、直接的に僕の頭の中を揺らした。鳥肌が立つ、全身の細胞が身震いする。

一瞬でわかった。芸術なんてものからは程遠い鳥獣たちが、今か今かと歌い手の登場を待ちわびたのが。

僕にだって音楽なんてわからない。けれど、これがどんなに美しく、どんなに儚いものなのかがわかる。

聞き入ってるうちに、その伝説の歌は突然クライマックスを迎えた。

「~~~~、はっはあ、はあ、はあ・・・。今ので、歌は終了よ・・・。」

「・・・・」

僕とケンは言葉を失っていた。

ある意味、原始人化してしまったのかもしれない。

「杉田先生も、そんな調子だった。口をポカンと開けて、『素晴らしい、素晴らしい・・・』って。『君は天才だ・・・そして幸運の女神に今もなお、微笑まれている・・・』私、ずっと運がないタイプだったから、そんなこと言った人初めてだった」

「南条先生・・・あなたは、歌手とかに・・・」

「なるべきじゃない。私には向いてない。ここでこうして、ひっそりと音楽を教えることのほうが嬉しい。私の天職だわ。それに、これは杉田先生いわく、『運命的に得たもの』だから・・・」

「そうですか・・・。」

僕はやっと頭が回転し始めていた。

再起動だ。予期せぬトラブルが発生し、強制的にシャットダウンした。

「先生、教えてください。魔法を・・・・」

「もちろん、そのために、ここにきたんだからね」



「まず、魔法で大事なのは、自由意志でもなんでもなくて、その逆。自分の存在が自然ンの一部でしかないことを理解すること。ユートピアの話は聞いたよね?そのころ、人間なんてなんでもない存在だった。野に駆けるウサギと一緒。だから、そこからまず始まるの。」

僕は自然の一部。大自然の中の一部。偶然的に生まれ、偶然的に生きている。

いや。僕は人間だぞ?ウサギなんかよりずっと高等だ。僕は言葉をしゃべる。道具だって使える。二次関数だって知ってる。ウサギはそんなこと、知らない。

「いい?私たちは、奇しくも知性を獲得できなかった。だから、それでいいの。疑わないで?まぁ、今飲み込む必要はないから、そのことを覚えておいてね?」

「はい」

「わかりました。」

僕とケンは返事をする。

「最初に言っておくけど、これは正規の授業じゃないし、もちろん認められた活動じゃない。だから、途中退出は全然自由だし、ノートとかもとらなくていい。音楽と一緒。理論的になんて考えないで?感じるの。すべてを感じて、そして理解して」

「はい」

「ま、口外は厳禁だけどね。言いたくても言えないだろうけど」

そりゃあそうだ。そんなことを言えば、この現代社会すぐさま気味が悪く思われるに違いない。

「感じて、私たちは自然現象の一部でしかないの。そして・・・」

南条先生は、バッグから二部の白紙の紙束を僕らの机に置いた。綺麗に真っ白だった。

「まずは実践。簡単な刺激をやらせたって聞いてるけど、どうなのかな?理屈より実践。習うより慣れよ。」

その瞬間、南条先生がハッと目を見開いたかと思うと、この締め切られた地下室にいっきに風が吹いた。自分の起こした風に対して、自らのタイトなスカートをそっと押さえつけ、対応する。

紙束が舞い上がる、バラバラに。

それは混雑し、まさしくカオスとなった。

南条先生がふっと肩の力を抜くと、風が収まった。

あたり一面に紙が落ちた。

バラバラに。

「じゃあ、これを元通りに集めてみて?もちろん、物を浮かせたりなんてできないから、手で拾ってね。大丈夫、あなたたちなら、元通りにすることができる。一応言っておくけど、それぞれ五〇枚用意してあった。」

用意して、あった。

それはもうない。

先ほどの自然現象の話はどこに行ったんだ?

元通りにすることなんてできるわけがない。

「先生・・・、それ、本気ですか?」

ケンが思わず口走る。

「もちろん。でも大丈夫、本当にわかるはずだから」

僕は抗議しようかと思った。だけど、それよりも早くケンが立ち上がり、そして・・・当然、集め始めた。

「ケン・・・?」

「俺はやってみる。ひとまず」

「そんな・・・合計で百枚あるんだぞ?」

「そうさ。でも、たったの百枚を2つ作ればいいだけじゃないか」

「だって、どうやって見分けるんだ?」

「南条先生は、何かしら確認する方法を持ってるはずなんだ。それを見つけ出して、2つ束を作ればいい」

「君はまさか、先生たちと共謀して僕を陥れているんじゃないだろうな?」

「なんだと?」

「だってそうじゃないか、こんなの、できっこない。だって真っ白なんにもない。でも君は積極的だ。」

「うるさい、俺はそんなことはやらない。手伝ってくれないなら帰ってくれ」

僕は南条先生に目をやった。南条先生は申し訳なさそうに僕らのやり取りをみつめていた。

悪人のする顔じゃなかった。僕も探すことにした。

「僕も探すよ」

ひとまず紙をかき集める。裏表チラチラとみてみても、それはやっぱりきれいに真っ白で、どこにも番号や印などはない。どうやって判別するんだ?

机の下、棚の下、散らばったパズルのピースを集めて机の上においた。

「これで、全部みたいだな」

ケンが宣言した。

「こっからどうする?僕らはこれをどうやって元通りにする?」

「さあ・・・?見ればわかる、って言ってたけど・・・。」

「わかんないよな」

試しに紙束を手にもって振ってみる。パラパラと気持ちのいい音が鳴るだけで、何も変化はない。

机の上において観察してみる。きっと、なにか紙から教えてくれるかもしれない。

そんなワケがない。ただの紙にしかみえない。

「うーん・・・」

ケンがうなった。僕もうなった。

結果は変わらない・・。

「なにか、変わった点は?」

「なにもない。まっさらな紙だ。」

「一見、まっさらな紙に見えるけど、案外違いはあるかもよ?双子の兄弟って、そうでしょう?一見まったく同じに見えるけど、よくよく見てみると細やかな違いに気づかされる。一緒のことだよ」

南条先生が口をはさんだ。ヒントにはならない。謎が謎のままそこに存在しているだけだ。

が、しかし。なんだか、少しだけ、わかりそうな・・・。なんというか、答えはまだわからないけれど、解き方をなんとなく察知した時の、あの感じ。

本当に?

僕は少し考えてみた。ケンもなんだかわかり始めたようで、一生懸命考えているように見える。

瞬間、僕の頭の中に、なんだか強烈なイメージがわいた。地下水を掘り当てた気分だ。溶き方だけじゃなく計算方法まで把握できた気がする。

・・・、これはこれと違うグループだ。なんだか青色のイメージ。こっちは黄色。わかった気がする。

ケンはまだ頭を悩ませていた。けれど、ほっておけばおそらくわかるだろう。それほど、急に理解できた気がする。

「お前、わかったのか?」

ケンがまさかという声を出す。

「うん、なんだかわかった。色のイメージが浮かんでるんだ。2つのグループに分けられると思う。」

「色?真っ白じゃないか。北海道の雪景色のほうがまだ違いがあって面白いんじゃないか?」

「だから言ってるだろう?これは色のイメージで片付く」

「ふうん・・・・。あっ!」

ケンがハッとして、しばらく目を見開いた。

「そうか・・・。色・・・。色!わかったぞ!」

南条先生がいかにも嬉しそうな顔をした。

「その調子、その調子」

「なあ、お前にはこれ、何色と何色に見えるんだ?」

ケンが聞いてきた。

「黄色青。青は、すこし水色じみてるけど」

「黄色と青,、同じだ。よし、じゃあ、こっちに青。こっちに黄色。それでわけていこう」

実際に、紙の色が青だ黄色だに見えるわけではない。

ある紙を一枚手に取ったとき、実際に紙の色がそうみえるのではなくて、その紙が視界に入ったときに僕の頭の中で黄色のイメージが浮かぶのだ。

この分別作業は対して難しいものではなかった。

もちろん、意識していないと色のイメージは浮かばないが、キチンと意識していればそれは浮かぶ。

黄色と青、わかりやすい色だ。

でもなんで色なんだろう?僕は分別作業中にふと考える。

それが魔法?エルフの特技?

・・・色か。

色の判別というのは、人間の進化に関係あるのか?

すなわち、エルフによる純人類同一化と。

人間を除く動物、例えば犬には、見える色が限られていると聞いたことがある。そして、文明の発達とともに色の多様性というのは増加している気がする。

いわゆる、「ユートピア」、野生自然界には植物だとか土ぐらいしか色がなかったはずだ。

だから・・・・、

「おい、これ青じゃないだろ?これ黄色じゃないか?」

ケンが僕に苦情を言ってきた。

僕は考え事をやめ、ケンのほうを見てみる。

黄色だ。

「ごめん、ちょっとぼうっとしてた」

「まったく、ただでさえわかりにくい作業なんだから、気を付けろよ」

ケンはその紙を黄色の山に移した。

さて、何を考えていたのかすっかりわすれた。

僕はこの単調な作業に集中するとしよう。



「・・・はい、オッケー。完璧クリアよ。」

南条先生は紙をざっと目を通してそう言った。

「先生、これはいったいどういう魔法なんですか?」

僕が思わず聞いた。

「正確には魔法・・・ではないわね。確かに。でも、なんていえばいいのかしら。そう、センスを訓練しているの。魔法の基礎能力ね。他者の魔法の痕跡を感知する。まずはそこから。」

「なるほど・・・。」

ケンが言った。

「色がなんとなく見えたのはなぜですか?俺たちは、なんとなく色が浮かんだんです。でも、それは見えるという事とは話が違った。」

僕も興味がわいた。

「それ、僕も気になります。どうして色なんですか?そういう、エルフにしか見えないペンキなんかを使ったんですか?」

「まさか。中世じゃあるまいし、そんなペンキはないわね。後々わかるんだけど、これには私の魔法の力が少し移してあって、それが色であなたたちの頭が反応して、浮かんだの。」

「魔法の力を移す?」

「そう。魔法の力を移すの。するとね、その移されたモノ、今回は紙が私の魔法を代理でやってくれるの。いわば私の分身よね。なんていうのかな、ファンタジー的に言えば呪術書。実際、創始者の永田先生はそう呼んでたみたい。」

「へえ・・・」

「そしてね、その移されたモノをエルフが見ると、大体バレちゃうってわけ。あぁ、これ魔法かかってるぞってね。特有の色が頭に浮かぶ。」

「じゃあ、これ誰かと二人で用意されたんですか?」

「そうよ。もちろん、杉田先生とね。杉田先生ぐらいになると、色のコントロールができちゃうらしいんだけど・・・。まあ、杉田先生はいっぱい呪術書を作ってるみたいで、ただでさえ一人でもすごいのに、感覚的言えば杉田先生の魔法は何人もいる。巨大なシステムよね」

「なるほど・・・。それは、自分とまったく同じ姿かたちを作り出すことも・・・?」

「もちろん可能。杉田先生、確かによくつかってるわね」

あの同じ時間帯に同時に別々の場所であえたのは、そういうからくりだったわけか。

「普通の人が、自分だって計算能力あるのに電卓を使って効率化させるように、エルフも呪術書を作ってそれに魔法をやらせる。簡単な現象を起こす魔法なら呪術書はいらないけど、大がかりな魔法を使うとき大体、呪術書を使うわね。」

「はい、わかりました。」

僕は返事をしなかった。意図的でとかではなく、たまたまタイミングがずれた。

「あなたもわかった?」

南条先生が僕の顔を覗き込んでくる。

僕は返事をする。

「大丈夫です」

「よし、じゃあおっけー。最後に、紙を1枚見せるから、何色か言ってみて?」

先生はファイルから1枚の紙をとりだした。

「はい、どうぞ」

先生はニコニコとそれを見せつけた。

「赤」

ケンが答えた。

「嘘だろう?あれは緑だよ。」

僕は思わず声を上げた。

なんど集中してみてもそれは緑だ。緑のイメージが浮かぶ紙。

南条先生が満足そうにうなずき、僕らにむけていった。

「だから困っちゃうのよね、杉田先生って。」

「なるほど・・」

「うん。でも上出来。少なくとも、私よりは。おんなじことをやらされたんだけど、この紙のイメージがつかめたのは、ずっと後のことだった」

僕はなんだか妙に納得した。

確かに、南条先生はワンテンポずれている気がする。でも、気にさせないだけの力を持っている。キャラクターとしては、上出来なのだけれど。

「よし、じゃあ君たちがすることは、外に出て動物の確認をすること。タヌキがいても私は驚かないんだからね」


実際、その日僕とケンが外に出て確認してみると、数匹の猫に紛れて一匹、タヌキがいた。

いくらここが田舎であるとはいえ、僕も実際には都市型生活しかしたことがない。

なんだか気味が悪くて、結局ケンが追い払った。



「な?」

帰り道にケンがつぶやく。

「なにがだよ」

「いったじゃないか、一度信用してみるべきだって」

「言ってかな、そんなこと」

「でもとにかく、俺たちにとって超常現象を経験しただろう?いや、エルフというか野生の世界では当たり前なのかもしれないけどさ。まあでも、真っ白な紙に色が浮かぶなんてフツ―ありえないだろう?」

「・・・、なんだか、魔法魔法、エルフエルフというばかりで、オカルトの域を脱してない気がするんだ。まあ、確かに超常現象ではあったけど・・・」


「じゃあいいだろう。」

ケンも僕も、バスに乗って高校の最寄り駅まで行く。

バス停に人はいなく、おかげでこの不思議な話をすることができた。

「なんだか・・・・納得できない。大体、なんでこんなこと教えてくれるんだよ?」

「いいじゃないか。教師の職業病なんだろう?生徒がいると教えたくてしょうがないんだろ」

バスが隣のバス停で止まったのが見えた。

「本当に?給料も何もでない。あるのは自己満足と、そのうち聞けるかもしれない感謝の言葉。部活動のほうがよっぽど楽しいじゃないか。生徒にあれこれ注文をつけて、大会だとかコンクールで賞をとるんだ。自己満足だって大きい。」

「ふん。なんだっていいよ。俺らは魔法使いの卵だ。杖を一振りしたときに、なにかハッと気が付くんだろう」

バスがこのバス停に止まる。客がまばらなのが外から見える。

「でも、周りより何か違うっていうのはなんだかいい気分だ。俺がサッカーにのめり込んだ小さいころの気分がよみがえる」

「そうか。僕はもっと一般人でいたかったよ。」

バスのドアが開いた。

僕もケンも、人がいるところでこの話をする気はなかった。

たとえそれがいわばアイデンティティの形成に役立とうとも、一般世界でその話をするわけにはいかなかったのだ。いろんな意味で。



(ここから未完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る