龍の寝息をかぞえて

第1話

「龍の寝息をかぞえて」





……眩しい。

ここは、どこだ?

違う、その声じゃない、これも違う。

俺は、ここにいるのに。

俺を、呼べよ ー



………***…**…… …




**********


大好きなコウへ


なかなか手紙が書けずにごめんなさい。

サージでは、もう朝晩、霜が降りている頃でしょう。一緒に踏んで学校へ行ったのが、懐かしいです。

わたしが今いるトラガでは、霜の代わりに、決まって夕暮れに雷が鳴ります。トラガの乾いた大地に雷鳴が反響して、ラサおばさんが隣りで何か言っていても、聞き取れないほどです。

雷が鳴っている間は、お客さんもそんなに来ないから、店の前の橋に出て、光る雷を眺めています。

ヤージャの森で2人で取ったグルの枝みたく、複雑に枝分かれして、時折、その先端を地面に突き刺す雷光を、掴んで振りかざせたら、コウのいる町まで届くのかな。時折、とても寂しくなります。

サージでは、霜が終わると、本格的な冬が来るね。コウは、苦手だって言っていたけれど、マダおじさんはあれで、実はコウのことを気に入っているんだと思います。不器用なだけで。わかってあげて。コウと同じだよ、なんて言ったら怒るかな。

だから、グルの実は、今のうちに沢山とって、殻むきは、マダおじさんと協力して頑張ってね。わたしも、また、殻むきしたいです。ストーブの前で、殻を飛ばしながら、3人でたくさん話したあの時間は、大切な宝物です。

また、手紙を書きます。



**********



センへ


返事がないけど、元気でやってるのか。

今、どこにいんだ?

俺は、毎日ひたすらグルの殻むきをさせられて、げんなりしてるよ。マダのじっさんは、一人前のコルン職人になりたけりゃ、まずそこからだって言うけど、俺はリスじゃねんだ。

早く、コルンの本体を彫らせて欲しい。

セン、手紙なんかいい。早く俺のそばに帰ってこい。



**********



親愛なるコウへ


闇月に入って、最近は夜になってもずっと明るいです。明るいのに闇なんて、おかしいよね。一晩中明るいから、この時期、トラガでは、町の中央広場で、大人から小さい子まで、踊ったり、レタンや笛を吹いて過ごすのです。毎日が夜通しのお祭りで、とても賑やかです。

わたしもこの前、ラサおばさんに連れられて行ったけど、ラガーを沢山飲まされて、すぐに目が回っちゃいました。相変わらず、お酒は弱いままです。

今夜もおばさんは出掛けてしまって、わたしは留守番をしながら、この手紙を書いています。

開けた窓から、レタンの音に混ざって、コルンの低い囁き声のような音色が聞こえてくると、コウのことを思い出します。

もう、鑿を持たせてもらえるようになったかな。

頑張ってって、書きたいけど、きっとコウは、わたしなんかに言われなくても、頑張ってるよね。

心細いこともあるけれど、わたしももう少しこの町で頑張ってみます。


追伸

忙しいだろうし、手紙なんて女みたいなもん書けるかって言ってたけど、わたしは、コウの字が好きです。見てると落ち着くんだよ。たまには、お返事くれると嬉しいです。



**********



センへ


俺のこと、もう忘れたのか?

俺は、別にお前から手紙なんてなくたって、全然平気で、もちろん、そんなことあたりめーだけど、お前が言ったんだぞ、手紙書くからって。だから、俺も書いてるんだぞ。約束、忘れんなよ。


いや…きっと、忙しいんだろうな。

明るいお前のことだから、どこかの町で元気でやってるって信じてる。でもたまには俺のこと、思い出せ。

俺は、この間からようやく彫りをやらせてもらえるようになったぞ。といっても、ほとんどマダのじっさんがやって、俺はヘリのところを少し削るだけだけどな。しかも、その間、背後にずーっとじっさんがへばりついてて一彫りごとに、文句をつけてくんだ、たまんねぇぜ、おめーは、子泣きじじぃか。

いやそんなこと、どうでもいいんだ。

セン、元気なら、手紙くらい出せ。

俺ばかり出して、バカみてーだろ。



**********



大好きなコウへ


だいぶ寒くなってきたけど、元気にしてますか。

ククムの木の身が締まる、これからがコルン造りの本番だね。マダおじさんの、だるまストーブも登場した頃かな?あのストーブの前でコウがわたしの手を握ってくれたこと、とても恥ずかしくて、嬉しくて、今でも覚えています。コウは…覚えてる?忘れたかな。

ともかく、きっと忙しい毎日を過ごしているよね。

こちらも、闇月が終わり、お店の前を流れる川辺では、ランカの穂が風に揺れるようになってきました。西日に照らされるとキラキラ光って、とても綺麗です。

そんなことに、気を取られていたわけではないけれど、今日は、オーブンの熱を間違えて、パンを台無しにしてしまい、ラサおばさんにたっぷり小言を言われてしまいました。

うまく謝れなかったよ。

申し訳ないって思うのに、わーって一度に言われると、言葉が出てこないんだ、ダメだね、わたし。

そんな日は、コウに手紙を書きたくなります。

旅立つ前の晩、俯きそうになったら、俺を思い出せって、言ってくれたね。そんなこと、真顔で言えるの、コウくらいだよ。あの時は、笑っちゃったけど、その言葉、ほんとに信じていいの?



**********



コウへ


あの日、ラサおばさんがホウキ持って、お店飛び出てくから、何事かと思ったら、喧嘩してるのがコウで、ほんとに驚いたよ。

あんたみたいなゴロツキが、わたしのムスメに寄るんじゃないよ!って、バシバシ叩かれてたけど、大丈夫だった?

あーごめん、あの時のこと、思い出してまだ笑っちゃう。でも違うの。笑ってしまうのは、嬉しくて、安心したから。コウの姿見て。わたしずっと、コウに会いたかった。

まさかトラガまで来てくれるなんて思ってなかったよ。しかも、手紙、全然届いてなかったなんてね。コウも、たくさん書いてくれてたんだね。読みたかったなぁ。何を書いてくれたの?この前、会った時も、そんなもん忘れたって絶対教えてくれないんだもん。ケチだなぁ。

でも書いてくれたこと、それが嬉しいよ。

この手紙も、届くかわからないけれど、わたしはこれからもコウに手紙を書くよ。

そして、わたしもコウに会いにいくよ。



**********



センへ


なかなか手紙を書けなくて悪い。

最近は夜中まで工房でマダのじっさんにケツを蹴られながら、こき使われて、部屋に戻る時間もないんだ。工房の破れたソファで寝てるよ。でも、だるまストーブの火は好きだな。寝る前に見てる。センを思い出すから。

でもほんと、トラガで会えて良かったぜ。

トラガ経由で来るククムの卸しがいるんだ。センの写真見せたら、トラガのパン屋で働いてる娘に似てるって言うから、行ってみたんだ。なのに、あのおばさん、人をハチみてぇに追っ払いやがって。セン、止めに入るのが遅いぜ。

このあいだ会った時、落ち込むこともあるって言ってたけど、俺も毎日マダのじっさんに怒鳴られてばっかだ。お互い、頑張ろうぜ。辛くなったら俺を思い出せ。俺がマダに怒鳴られてるとこを想像して無理にでも笑うんだ、分かったな。



**********



センへ


まず謝るよ。ごめん。

このあいだは、せっかく休みもらって会いに来てくれたのにな。

仕事のことで、イライラしてたんだ。でもそれは、センには関係ないことで、つまりは俺が下手くそだからなのに、完全に八つ当たりだな。

ほんと、ごめん。



**********



コウへ


少しずつ、あたたかくなってきたね。

そろそろ、だるまストーブの炭を掻き出して、しまう前の大掃除が始まる頃かな。小さい頃さ、2人で炭を投げ合って、怒られたよね。

そうやって、ずっとコウとは一緒に過ごしてきたんだ、だから今さら嫌いになったりしないし、出来ないよ。

あの時もさ、マダおじさんにどやされても、俺が投げてただけだ、センは関係ないって、かばってくれたよね。かっこよかったなぁ。コウの気持ち、嬉しくて、でもほんとはわたし、コウと一緒に悪者になりたかったんだよ。守られるんじゃなくて、コウと並んで笑って、並んで叱られたかった。そうやって、いつだって、わたし、コウの隣りにいたいって思ってるんだよ。

だから、このあいだのことは、何とも思ってない。むしろ安心したよ。コウはいつも辛くないよって笑ってふざけてるから、心配で。ちゃんと、弱音や苛立ち、ぶつけてくれて安心した。わたし、大丈夫だよ、コウの辛さ、受け止めてあげられるくらい、強くなったから。

そんなに謝らないで。

わたしはいつだってコウのそばにいるから。



**********



大切なセンへ


この前の手紙が届いたのか、届いてないのか。

返事もないし、もうとっくに愛想尽かされてるかもしれないけど、そうじゃないと信じて手紙を書く。

今日は、報告があるんだ。

じっさんに手伝ってもらったとこもあるけど、初めて1人でコルンを彫って、完成させたんだ。一番に、センに見せたい。

一挺最後まで造ってみて、マダのじっさんの凄さが分かったよ。全然、音が違うんだもんな。

俺のは音が全然ダメだ。龍が寝てるような音しか出ない。それでも、精一杯造ったから、センに見て欲しいんだ。

会ってもらえるかどうかわからないけれど、また、会いにいくよ、コルンを持って。



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コウへ


このあいだは、会いに来てくれてありがとう。

案の定、手紙はお互い届いてなくて、びっくりしたけれど、嬉しかったです。そうそう、会った時も言ったけど、怒ってるわけないじゃん!

見せてくれたコルン、荒削りで、ゴォゴォ鳴って、まるでコウみたいだって思ったよ。

こんな大切なもの、ほんとにもらって良かったの? ベッドのそばに立てかけて、いつも寝る前に撫でてます。鑿のあとがざらりとしてて、コウの声が聞こえる気がします。

これから、また沢山手紙を書きます。出さないってのがなんだか変な感じだけど、どうせ届かないなら、会った時、直接渡す方がいいよね。楽しみが増えるよ。

忙しいと思うけど、コウも沢山書いてくれてたら嬉しいな。



**********


コウへ


何から書いたらいいの?

お店の窓から、ニットウコの紫色の花が見えます。今年は梅雨が長かったから、蕾のまま、まるで寝てしまったみたいだったけど、先週頃から、咲き始めました。この花、小学校のゴール裏にもあったよね。きっとそんなの、コウは知らないよね。わたし、そこでコウのこと、よく見てたんだ。

このあいだ、マダおじさんがお店に来て、事故の話、聞きました。手紙も、受け取ったよ。毎日書いてくれてたんだね。沢山あって、びっくりした。ねぇ、でも何でかな、全然嬉しくない。こんなの、こんなのもらったって、ひとつも嬉しくないよ!


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大好きなセンへ


暑い日が続くけど、元気か?

俺は今日はずっと、内板の削り出しと曲げをやっていたよ。工房はサウナみたく暑くて、天井で弱々しく回ってる扇風機1台だから、ほんと、汗まみれだよ。

きっと、パンを焼くオーブンの前も暑いだろうな。そう思って必死でやってるよ。

来月、センがこっちに来たら、久しぶりにヤージャの森の池で思い切り泳ごうぜ。

とにかく、楽しみだ。



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センへ


今日は作業が早く終わったから、余った木を削って、根付けを造ったんだ。ニットウコの花びらの形。お前、俺のこと、すぐにわたしが言ったこと忘れるって言うけど、そんな事ない。ちゃんと覚えてる。お前の好きな花。

センと初めて話した場所にも、この花の木があったな。ニットウコの花の紫は、俺にとってセンの色なんだ。



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大好きなセンへ


こう毎日手紙を書いてると、暑い、クーラー設置しろ、工房!くらいしか、書くことねぇな。とにかく、あと一週間で会える。

怪我とか病気とかするなよ、心配だ。案外お前は変なとこでドジだからな。


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コウへ


沢山書いてくれた手紙、まだ読むことが出来ません。ごめんなさい。その代わり、病院に行って、毎日コウのこと、見ています。


今日、マダおじさんが、小さな根付けを届けてくれました。コウの荷物に入っていたそうです。

何だか花びらの形に見えます。わたしの為なんかじゃないかもしれないけど、勝手にニットウコの花びらを彫ってくれたんだと思い込むことにしました。それくらい、許してくれるよね。

だってコウ、わたし、コウと、話すことさえ出来ないんだよ、何の花びらって、聞きたいよ、聞いたら答えて欲しいよ。

こうして、出せない読んでもらえない手紙をいつまで書けばいいの。


**********













**********


センへ


泣きたくなったら、俺の名を呼べよ。

いつだって、戻るから

きっと戻るから

もうすぐ、会える。

俺の大切な、セン


**********

(終)

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