第30話 戦後処理

長尾(ながお)景虎(かげとら)、後の上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)の初陣である栃尾城(とちおじょう)の戦い。

史実でも十分な勝利を得たが、俺というイレギュラーが介入したことにより圧倒的な勝利、圧倒的な快勝を得た。


戦国時代も中期いやもしかしたら終期に入ろうとしているこの時代。

弱肉強食が当たり前で自分の男(むすこ)や女(むすめ)ですら道具として扱っている事もあるこの世の中、弱き者は搾取され排除されるのが常である。戦場でもそう。

攻めて来たのに負けそうになったら背中を向けて逃げる。そんな姿を見せては通常追撃として後ろから攻撃されても仕方のない事。


だが今回、景虎は追撃どころか逃げようとする敵兵を全て見逃した。


理由は本人にしか分からない。

景虎自身が四男である為に林泉寺に入れられ一切の自由なく、それでも現状を打破しようともがくその姿が彼ら農家の次男三男に重なって見えたのか。本庄(ほんじょう)実乃(さねより)殿がいつも言っている景虎を越後の国主にという言葉を耳にして未来の越後の国力を少しでも下げない為か。

いや、もしかしたら戦う事で少しでも傷つく栃尾の味方の兵の姿を見たくなかったのかもしれない。


色々と理由の想像は膨らむが結局の所その理由は、やっぱり本人にしか分からない。


でも俺はきっとこんな姿が彼、長尾(ながお)景虎(かげとら)を義将(ぎしょう)と呼ばせる所以(ゆえん)になったのだろうと思った。


そんな景虎も今は大勢の栃尾兵に囲まれて……何てことは無く、一人部屋で酒を呑んでいる。


『栃尾城の戦い』と呼ばれるこの戦い。史実でも周囲の豪族が攻めて来た、という程度にしか分かっていない戦いなのだ。通常は幟(のぼり)を揚げて誰が攻め込んでいるのか分かる様にするものであるが、今回は一切その様な目印となる物が無かった。

つまり誰が大将で何処の兵なのか一切分からなかったのだ。


それはそうだ。


最初に俺が斥侯(せっこう)を頼んだのは10月の中旬、上田荘に向かったのが10月の終わり。そして彼らが戻って来たのはもう11月に入っていた。

そんな季節になってしまえば越後国(えちごのくに)は初雪が既に振っている事が多く、この年も例に洩れず雪がチラチラと振り出した季節だった。こうなってしまえば本格的な降雪も間近となり、そう何度も斥侯を出すなど出来るはずもなく、数少ない斥侯の機会に行ける天候であっても寧ろ自分たちの冬の間の食糧を何とかしなければならないと断られる事も多かった。


さすがに食料を集めずに斥侯しろ、などと言えるはずもなく。

結局上田の農民が戦支度をしている位にしか情報は得られなかったのだ。


そんな事があり戦には勝ったが、何処の誰かも分からない首ばかりの状況が生まれた。


通常なら首の実検などが行われるのだが相手は上田荘の農民という事以外分からない首。加えて部屋住みの多い次男三男ばかり、余計に実検など出来訳が無い。

生け捕りにした者の処置も打ち首や切腹など取り決めなければならない事もあるが、今回景虎は一切の捕虜を取ることをせず全て逃がした。だからこの作業は一切無かったが。


よって実際随分な時間を掛けるはずの首の実検や戦功査定が一瞬で終わった。


戦功査定に置いて戦功第一位は小島弥太郎殿であった。彼は真っ先に敵陣に強襲するとあっという間に敵を薙ぎ倒し戦意を喪失させ、恐怖心や不安を煽り結果的に敵を霧散させたという点が評価されたのだ。


全ての戦後処理が終わると細やかながら祝勝会が開かれた。

内陸にある栃尾城という地理的不利があるため塩などは貴重であるが今回の祝勝会では盛大に振舞われた。つまり酒の肴(さかな)に貴重な塩を使ったモノを振舞ったのだ。


中でも人気だったのは俺が作った干し肉……ではなく俺が知識だけ教えた干し肉だ。


冬の間でも野鳥の中には餌を探して動き回るモノもおり、そして冬は雪国であっても雪さえ解けなければ空気中の湿度は上がらず乾燥したままとなる。加えて雪国では雪が降った後は空気中の塵やゴミが地面に落ちて綺麗な澄んだ空気で満たされる。

つまり非常に干し肉を作るのに適しているのだ。


そこで俺は冬前に府内にいる長尾(ながお)晴景(はるかげ)様に向けて盛大に督促ではなくて、申し出て送って貰った塩でこの干し肉を作れないかと何気なく思ったのだ。

そう、思ってしまったのだ。


俺には悪い癖がある。思ったことを自分が意識しない内に口にしてしまう事。

現代でも会議中の規律や礼儀を重んじた場合や自らを律していたりする時は出ないのだが、広場を作るという対策を終えたこの時は気持ちが緩んでいたのか、気付かない内に口にしてしまっていた。


それを一緒に広場作りの作業していた長重君に聞かれたのだ。

まだ元服して間もない長重君は俺よりも若いがしっかりとした自分の考えを持つことが出来るほどの聡明さを持っている。疑問に思った事は調べたり人に聞いたりして突き詰め、納得するまで続ける程の根気も持っている子なのだ。


そんな子に俺の独り言が聞かれたから、さぁ大変。


一応理系の大学にも通っていたがそれも現代で数年前、この時代での年数も入れれば二十年に近い。知識も曖昧だったから辛うじて覚えている事を如何にも凄そうに言って誤魔化したが、その後栃尾城に戻った彼はそれを実行してしまった。

もちろん彼だけではなく、彼の軍学の師である栃尾城ナンバー2である本庄(ほんじょう)実乃(さねより)殿も巻き込んで。


冬の季節に猟で捕れた猪(ぼたん)の肉を干し肉作りを手伝わされたのはその後スグだったな……。

でも栃尾の皆の上手そうに食べて笑っている顔が見られたから、作り手としては嬉しいけどさ。


あ、因みにこの長重君っていうのは塩を送って貰う時に一緒に来てくれるように長尾晴景様にお願いした人物。

名を甘粕(あまかす)長重(ながしげ)。武勇に優れ知略の面でも抜群の活躍をした後の甘粕(あまかす)景持(かげもち)その人だ。そんな凄い人なら若い時からお近づきになって置いて損はないだろう、そんな邪まな気持ちはないよ、うん。


さていつもは一人酒が好きな景虎だが、今日という日くらい一緒に呑もう。


奪い合いが起きるほどの干し肉を製作者権限で掠め取った俺はゆっくりと景虎の元へと歩き出す。

景虎の為に塩分控えめな酒の肴を考えなければな、等と思いながら。

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