第25話 対抗

「雪殿の言われた通り、確かに上田の者たちは戦支度をしていたような。それだけではなく農民どもを徴兵し訓練しているとも思えるような事もしているという」


本庄(ほんじょう)実乃(さねのり)の城内での一室。そこで非公式の軍議とも言える会議が行われていた。


「馬鹿な!上田壮(新潟県魚沼市)の上田長尾(うえだながお)には亡き先代である為景(ためかげ)様の御息女、仙洞院(せんとういん)様が嫁いでおられる。晴景(はるかげ)様にも長尾(ながお)政景(まさかげ)様とは御成婚当時より仲睦まじいと聞いているのですぞ!その上田衆が何故!?」


「静まれ!小島殿。まずは落ち着かれよ」


「うっ……申し訳ありません」


本庄実乃の衝撃的な言葉に、雰囲気を察知して薄々は良い話ではないと感じていたであろう者たちも衝撃を受けた。

特に鬼小島(おにこじま)弥太郎(やたろう)と言われた小島(こじま)貞興(さだおき)は成熟すれば花も実もある将ではあるが、今はまだ戦場にもあまり慣れてはいない未熟さが残る。

最近になりようやく景虎(かげとら)と一緒に本庄殿に兵学を学んでいるようだが、そこはまだまだ始めたばかり。思慮が些か足りない脳筋よりの思考で、考えるよりも動けを地で行ってしまっている。

自らの脳の処理能力を超えた今回の様な案件に対して、咄嗟に大きな声で反応してしまったのだ。


大声を出してしまった小島殿は金津(かなづ)新兵衛(しんべえ)殿に窘(たしな)められ、若干バツが悪そうに小さくなってしまった。


本庄殿がそれを確認するとスッと居住(いず)まいを正し部屋の皆へと視線を移した。


「先程は如何やら言葉が足りなかったようで申し訳ない」


「ん?言葉が足りないとはどういう事ですかな?」


「私は上田の者とは言いましたが上田長尾氏とは言っていない、ということです」


そう、先程本庄殿は上田の者という言葉を使った。しかしそれは必ずしも上田壮に居を構える上田長尾氏のみを指し示す言葉ではない。


上田長尾氏は上田壮周辺の農民だけではなく、武将も家臣として迎え入れて養っているほどの規模を誇る。その為上田壮周辺の殆どの人は上田長尾氏に組し属していると言ってもいい。

しかしもちろんそれだけではなく、国人衆と呼ばれる独立勢力が乱立し独自の勢力圏を築いている所も存在していのだ。


「では今回のこの戦支度は上田長尾氏以外の上田の者ということですかな?」


金津殿は本庄殿の言葉をゆっくりと理解しながらも着々と情報を求めていった。

それは一見金津殿が知りたいから聞いている、という風にも見て取れる。しかし俺には若干の違和感があった。金津殿は態(わざ)と情報を小出しにするように本庄殿から聞いているのではないか、と。


この場にいる他の将たちに事態の現状や危険性を理解させるために。……考えすぎかもしれないが。


「おそらく主戦力は新田の一族になるのではないか、というのが私の考えです。金津殿も上田壮の情勢がいまいち乏しくないというのは府中(ふない)(新潟県上越市)でも聞いた事がおありでしょう?」


「確かに儂も聞いた事はあります。その為に景虎様が府中よりこの古志長尾(こしながお)家へとやって参ったのですから。しかしそれは仙洞院様が嫁がれた事により幾分か収まり爆発するほどではない。徐々に溝を埋めていければいい。晴景様からはそう仰せつかったのですが?」


確かに景虎がこの地にやって来たのは中郡(なかごおり)周辺の情勢を安定させること。それが目的だった。

戦国の時代である今は弱肉強食だからこそ少しでも隙を見せたら襲われ喰われる。だからこそ長尾晴景という将は自らの弟を古志郡(新潟県長岡市)に置き目を光らせている事を知らしめた。

穏健派で戦よりも芸事を好んだ晴景はこの古志郡の景虎を使って徐々に関係を溝を埋め、関係を深めていこうとした矢先に今回の事態が起きてしまったのだ。


「当初の様な猶予は最早ないということです」


そう、本当にもう時間がないのだ。

今の季節は収穫の秋。多くの人員を割いて物事を進めるには些か時期が悪い。加えてこの古志郡は現代でも豪雪とされる地域に属しており、冬には多くの雪で道が閉ざされてしまい移動するなんてこの時代では不可能だ。


最悪、野菜など収穫や野山での山菜などの採取が遅れたり少なかったら餓死者だって出てしまう。

ただでさえ兵力が少ないのにこれ以上減ってしまっては堪らない。


「ですが時間の猶予はなくとも、我々には準備をする時間はある。そして何よりも、何も知らずに攻撃されるよりもずっと良い状況なのです。そこを喜びましょう」


「そう……ですな。ではどうしますか?まずは上田壮へと人を向かわせ情報を集めるのが先決だと思いますが」


「賛成です、金津殿。上田壮に人を走らせましょう。今は知らせれば雪が積もってしまう前には戻って来れるでしょう。人選は私にお任せください、この中では一番この城の事を分かっていますから」


「では儂と小島殿は収穫の手伝いと時間を見て城内の兵の訓練をしておきましょう。良いですかな小島殿?」


「お任せください金津殿!見ていてください景虎様。某がきっと城内の兵一人残らず猛者へと変えて見せましょう!」


三者三様にそれぞれの使命を胸に栃尾城に置ける景虎の最初の戦いに向けて走り出す。

始まりは突然、思いもかけずにやって来た。それでも彼らは挫けない。彼らには景虎を越後の覇者にするという夢があるのだから。


…………あれ、でも俺のする事って何?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る