第2話 初詣

目が覚め時、俺自身何処に居るのか、何でここに居るのか、どうやって此処に来たのか一切思い出せなかった。いや、思い出せないというよりも記憶が一切無かったのだ。


最後に覚えているのは実家に帰省していた記憶。


大学進学に伴い東京に上京し、そこから実家には帰らず都内の会社に就職した。一年に数回しか実家には帰らなかったが、両親はやはり息子のことが心配なのか年に何回か俺の住んでいた賃貸アパートに来ていた。だから会うのは久々というほどではないが、生まれ育った実家の雰囲気を感じるのは久々というわけだ。


実家に戻ったからと言ってもやる事はないのだが、そこはやはり正月という事なのだろう。テレビはそれなりに特集やスペシャルと称した番組をやっているし、親戚の家に新年の挨拶をしなくてはならないし、それなりにやる事は多いので退屈はしなかった。

やるべき事はやって少し時間の余裕が出来た頃、高校時代の友達から久しぶりに一緒に飲まないか、という連絡があった。大学時代は一緒に都内では飲んでいたが、就職を期に実家に戻っていた友人たち。勿論と快く快諾し向かうは直江津(なおえつ)駅。


実家のある新潟県上越市(じょうえつし)は正直そんなに都会ではないというか、精々田舎の中心地が関の山だが必要なものは大体手に入るしのどかだし、それなりに住みやすい所である。車が無いと生活は出来ないが。

しかし今日はお酒を呑むので行きは電車。そこから友人の車で友人宅へ向かい近所の居酒屋で呑む予定だ。


駅の改札を出るとそこには俺を呼び出した友人と高校時代に一緒に遊んでいた友人3人がいた。正直高校時代の友人とは何年振りなのか分からないが、会えたのは素直に嬉しかったし機会を作ってくれた友人には感謝する。


「おう、久し振り。元気でやってたか」


「元気でやってたよ。それよりお前太ったな?食いすぎなんじゃないか」


「うるさいよ。いいじゃないか迷惑かけてないんだから。それよりも早く行こうぜ」


大学時代にはそれなりに痩せていたはずの友人が、久し振りに会ったら太っていた、何てことはよくあることだ。特に運動をしていた人物に多いと個人的には思っている。


呼び出した張本人である友人の和樹(かずき)に促されるように駅舎を出ると駐車場には一台の車が用意されていた。大人5人が乗り込むとはりというか一杯一杯だが、乗せてもらうのだから我慢するしかない。出発してしばらくした頃運転手の池内(いけうち)が唐突に言い出した。


「あのさ、俺今年まだ初詣してないんだけど皆した?」


「いやしてないよ。というか毎年してないけど、何で?」


「俺は去年したけど、今年はしてないな」


俺は毎年の事ながら初詣なんかしていない。誰が寒くて雪の払降っている中行かなくちゃいけないのか分からない。テレビの中でやっている人を見るのがいつもの風景だ。和樹は去年したけど今年はしてないらしい。他の2人もしていないみたいだ。


「じゃあこれから皆で行かない?店の開店まで時間あるし、折角の正月だしさ」


「別にいいけど、この辺で初詣っていうと何処よ?」


「やっぱり春日山神社じゃない?きっと今なら謙信に変装した人が神社で参拝客に挨拶でもしているんじゃないかな。毎年やっているみたいだし」


「そう言えば居たな、そんなの。他にもなんかポツポツと色々変装した人いたよな。でもこの時間参拝客多くないのかな?いい時間だぜ」


現在の時間13時を少し過ぎた頃。確かに今は午前中の忙しさもお昼の昼食作りも一段落した頃。きっと多くの参拝客がいるに違いない。


「でも何とかなるって。行ってみようよ」


皆が皆行きたがっているのかは分からないが、俺的には別にどっちでもよかった。時間もまだある様だという事で取り敢えずは向かうことにした。

直江津駅から春日山神社までは10分ちょっと。雪は止んでいるが黒い雲に覆われた空と降り積もった待ちの景色を見ているとあっという間に着いてしまった。


「マジで……嘘だろ。これは冗談か何かなのかな?」


「いや、現実だ。頬でもつねってやろうか?というよりも池内、お前が来たいって言いだしたんだろ」


春日山神社に着くと同時に俺たち5人は後悔に襲われていた。石段下の駐車場は満杯、それなりに歩くような所に車を止めてやっとの事で着いた神社には鳥居はおろか石段に届くまでに参拝客の列。正直俺には何の衣装を着ているのかは分からないが、きっと神社関係者であろう人が通路整理している有様。行列の遥か先には僅かに見える神社。

気が遠くなりそうだ……。


最初の内は5人でそれなりに楽しく会話を楽しんでいたが徐々に元気はなくなっていき、スマホでネットニュースや何やらを見て待つこと数十分。もう足が疲れて座りたくなって来た頃ようやく俺たちの順番がやって来た。ここまでが本当に長かった。


賽銭は何故か5円。きっと御縁がありますようにとかそんな理由なんだろうが、俺は昔親からそんな風に言われてきたので財布から五円玉を出し鈴を鳴らしてから賽銭箱に投げ入れた。友人たちと一緒に二礼二拍手一礼をしてお願いごと。今年も無事に過ごせますように、家族が健康で過ごせますように、と。


初詣という目的も果たしたし後は帰ろうと顔を上げた時だった。視線の先の本殿の中で何かが光った気がした。その瞬間俺の意識は無くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る