第6話俺に近づくな

 この高校の掃除ロッカーには、いつもモップが四本入っている。

 それと、ちり取りとモップ用のブラシ。

 元々は五本のモップだったらしいが、俺が気付いた時には一つ、金具が取れて壊れてしまった。

 だから、ただの棒になってしまったのである。

 なるほど、好都合だ。

 乱雑な人間の被害を受けたその棒も、この非常時には使いやすい武器となり有る。


 ここは、X-MENエックスメンに登場した棒使いの人(名前は忘れた)のように、俺が武術に目覚めて何とかしてみるべきではなかろうか。


 俺は枯木さんの制止の呼びかけを振り切り、掃除ロッカーを開けて、モップを探せなかった。

 モップを探せなかった。


 息を呑む。

 そこには予想を裏切り、モップの代わりに人間が入っていた。


 ロッカー内の彼は息を切らしていた。

 汗ばんでいるような密閉空間だから、だろうか。

 しかし何故、こんなところに入っているんだ、臼田。

 小学生のいたずらとしてならば、俺もやった経験があるが(あるのかよ)、どうやら彼はそんなふざけたつもりはないらしい。


 引き攣ったような表情、興奮で見開いた目が、一周まわって笑顔に見える瞬間もあったのだが、彼は本気だった。

 彼は息を、安物の笛のように切らせて、訊ねてきた。



「か、噛まれたのか?」


 俺はその言葉の意味が分からず、かまれ―――?と呟く。

 反芻しても、意味は分からなかった。

 この時は。


「噛まれたのかって聞いてんだよ!灰谷!」


 ヒステリックな調子で、ドン、と俺を蹴飛ばす。

 激痛ではなかったが、普段は温厚な彼の乱暴やーーー感情の、なんだ、たかぶりに俺も動揺している。

 退いた。


 掃除ロッカーからようやく出てきた彼は、軽音楽部所属の、臼田うすただ。

 この教室の、クラスメイトだがーーー。

 というか臼田よ、俺は灰谷ではない、灰沼だ。

 つまりは、これくらいの仲の良さ、名前をあんまりはっきり覚えていない程度の距離感の―――クラスメイトである。

 だが今は、果たして………?


「お、落ち着けよ、臼田。あと、俺は灰沼。ハイな沼だぜ」


「落ち着いていられるかよ、これが!おま―――お前、お前ら、後ろの!」


 慌てている様子の臼田を、俺は別におかしいとは思わない。

 今のこの状況はどう考えても異質だ。

 しかし、落ち着かないと話ができない。

 臼田は枯木さんたちの存在にも気づいて、さらに慌てる。


「待て、動くな―――俺に近づくな!全員だ!」


 臼田は錯乱しているのか、腕を振り回す。


「動かないで―――」


 今度は枯木さんが、その台詞を口にした。

 一瞬いらついた様子の臼田だったが、やがて口を開けたまま固まった。

 俺はその様子に違和感を感じ取り、臼田を見て、それから振り返り、枯木さんを見る。

 俺も口を開けて固まってしまった。


 枯木さんは右手に無骨な風体の銃を持ち、こちらに向けて構えていた。

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