国税局潜入①

 十五時。


「ではこれより、東京国税局本庁への奇襲作戦最終確認を始めます。桐谷三佐、現在の状況はどうですか」


 会議室にて、久瀬将官の凛々しい声が響き渡っている。


「我々第三部隊、本日二○三○より第一分隊突撃。第二第三分隊は指定場所にて待機、のち裏門地下入口より奇襲。第四分隊は、大郷二尉と共に本部にて待機」


 四月十五日、兼ねてよりマークしていた国税局の不正取引書奪取決行日。

 これは特務室が秘密裏に行う作戦なため、極秘に計画を進めて来たものだ。


***


 二ヶ月前。


「……どうして、今更国税局なんです?」


 特務室の隊長会議で、陽が久瀬に食ってかかっていた。


「それって警察の仕事でしょう。それか、百歩譲って情報課がやることなんじゃないんですか?」


 陽は相変わらずの態度で、久瀬相手に頬杖をついている。その様子を見て、久瀬はやれやれといった表情を浮かべていた。


「確かに、柏樹の言う通りなんですけどね。ただ、今回の国税局の件は、私独断の作戦です。恩田司令官や他の将官らも知りません」


「将官の独断、ですか。なぜわざわざそんなことを。……他は信用ならないんですね」


 久瀬の表情が一変する。


「そうです。ここ東京本部には、政府直属の諜報員の存在を確認しています。ですが、恩田司令官自身にもある噂がありましてね。どうやら、自ら諜報員を調達しているんじゃないかってね」


 政府にはISAの諜報員が潜入しているが、それと同じようにISAにも政府の諜報員が潜入しているのは容易に想像出来る。だが、わざわざそれを恩田司令官自らが調達しているとは信じ難い内容だ。


 これはISAに入って初めて知ったことだが、政府には公にはされていない裏組織なるものが存在するらしい。

 そして、それは政府や自衛隊幹部も承知の上であえて放っておいているとのこと。何故なら、裏組織の存在は把握しているが、そのメンバーまでははっきりとしていないためらしい。

 ただ闇雲に裏組織に手を出せばどうなるかわからない。隣にいる仲間がそのメンバーなのかもしれない。


「なるほど。その、東京本部に確認出来たという諜報員が、国税局と関わりのある人間、または国税局の人間を装ったスパイというわけですね」


「……ええ、その通りです。公には不正取引書奪取という名目で話を進め、実際に不正取引書も奪い、それと同時に諜報員の調査も行ってもらいます。そして、今回は第三部隊にお願いしたい。なぜなら、発足したての部隊なので恩田司令官による手引きの可能性が低いためです」


 美月に迷いはなかった。経験を積まなければならない。部下を育てなければならない。自分の力量も試したい。


「お任せください」


 美月の眼は闘志に燃えていた。


***


「……問題は、不正取引書がどこにあるかですね。予想はついていますか?」


 久瀬に問いかけられると、佐伯が立ち上がった。


「我々の予想ですと、最上階の統括官の部屋か地下室倉庫にあると思われます。しかし、人間は疚しいものを隠すとき、無意識に自分の目の届くところに置いておきたいと思うものです。つまり、統括官のデスク周辺が有力かと」


 佐伯は情報収集、そしてそれに伴う見解に長けていた。


「なるほど、わかりました。それと第四分隊が本部待機とのことですが、これに関してはなにか考えがあってのことでしょうか」


「ええ。すべて作戦の内です。ご心配なく」


 美月は不敵な笑みを浮かべ、久瀬に返答した。


***


 十八時。第三部隊は奇襲準備に取り掛かった。


「大郷、そちらは頼んだから。私たちもそろそろ出発する」


 大郷を筆頭に、第四分隊は本部で通信機器の確認を行っている。


「承知しました。ではお気を付けて」


 エレベーターから地下駐車場へと降りると、微かな照明の光の下、そこには陽が立っていた。


「初の第三単独任務が奇襲作戦とは、まったく運がいいんだか悪いんだか。俺のときなんて、将官と一緒に演習場の準備と片付け、それと人質役だったよ」


「なんとかご期待に添えるよう頑張るよ。将官たちは、そんな簡単にはいかないって思ってるだろうけどね」


 少し自信なさげな顔を浮かべつつも、その眼はただ前だけを見つめていた。


「上総から伝言。迷ったときは必ず直感を信じろって。そこに答えはなかったとしても、次に繋がるヒントはあるからだってさ。行ってらっしゃい」


「わかった、ありがとう。行って来ます」


 美月は陽に向かって敬礼を掲げ、佐伯と共に車に乗り込み初の戦場へと出発した。


「……なんてな。あいつなら伝言なんて頼まないで直接言うだろ。美月、迷ったときはとにかく思考を止めるなよ。少しでも敵だと判断したなら、……即殺せ」


 二人を乗せた車を見送り、陽はエレベーターへと戻った。

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