女神②


 どのくらい彷徨っただろう。


 そこは、青い光に満たされていた。


 いや、正確には流れを止めた混沌の闇に浮かぶ巨大な大樹から発せられる柔らかな青。



 空間に浮かぶ俺はただその光景を眺める。


 ここにたどり着くのに、何千時間もかかった気もするし30分くらいだったようにも感じる。



 世界樹:ユグドラシル。


 あまたの世界を束ねる世界集合体。



 枝。


 葉。


 幹。


 根。


 

 俺のコードモードでは解析不可能なくらいの複雑なコードの全てが、調和を取り互いに補いあう。

 


 美しい。



 素直にそう思った。




 俺はその大樹の根元に降り立つ。



 てっぺんの見えない…大樹なんて言葉では足りないくらい途方もなくでかい。



 混沌に差し込むその根に俺は手を触れ、意識を集中する…解析…コード承認。




 答えろ。



 ユグドラシル。




 ほんの数十秒。



 待ったのはそのくらい。




 『驚いたな』



 脳に直接逃れ込む『言葉』のようなもの…ソレは聞くだけで俺の脳をぐちゃぐちゃに揺らす!



 「っぐ…!」



 吐き気とかそんなものでは表現できないほどの苦痛だ!



 ユグドラシルは、突然話しかけてきた小さな生き物に驚きを隠せないと言った。




 「そりゃ どーも…」



 『なぜ 話しかけた…その小さな脳ではいつまでも耐えられるとは思えないが?』



 ユグドラシルは、理解できないと言葉を紡ぐ。



 ま、ユグドラシルにとっては束ねる数多世界の一住人なんて葉っぱについた虫よりもちんけな存在。



 きっと、ダニやバクテリアと話しているようなもんなんだろう。




 「ぐぁああ!?」



 突然、ユグドラシルの根元から細い根が伸び俺の体に巻き付き耳の穴からか細い根が脳に侵入するのを感じ何ともいえない苦痛が襲ッた!


 

 「っつ…ぐっつ…!!」


 『素晴らしい…実に興味深い…』



 脳裏を全て読み取り、満足したユグドラシルは苦痛に身をよじる俺を細い根でからめとる。




 『小山田浩二…それが君の望みか? それは1000年も先のことだぞ』



 覚悟していたとは言え、1000年と聞いて流石に俺は凹む。



 まて!


 つか、1000年ってマジか!?



 「ふっ…くくく…」


 

 いい加減わらけて来た。



 はは…なんだよ。


 そういう事か…比嘉お前は全部知っていたのか。



 だから、魔王に会えと言ったんだな?




 「ああ…そうだ…力をかしてほしい…あの世界で俺の出現した『時』より1000年後にやってくる友人とその姉を救いたい…」

 


 俺の言葉にユグドラシルは『実に興味深い』と感嘆の声を漏らしたっきり黙りこくってしまった。




 …参ったな。



 ここまで来て、力を借りれないとなると非常に不味い。


 比嘉や霧香さんとのタイムラグ…キリトとキリちゃんとの関係。



 それを考慮にいれても1000年とは予想外過ぎだ、待つにしたって普通の人間がそんなに生きられる訳がない。



 

 ユグドラシルが沈黙して小一時間。




 それは俺にとって、永遠とも思えるほど長く感じた。




 『理解できない』



 それがユグドラシルの回答だった。



 『なぜ君は、自分だけでも元の世界に帰りたいと願わない? 確認したがその二人の因果には君は関係ないだろう? 今回の事は突発的な介入によるイレギュラーだ調整すれば問題ない』



 ユグドラシルは無機質に淡々と追記する。




 『あの世界は、そもそも寿命迎えている。 クロノスの介入については今後の課題だ』



 今後…?


 あのババァやっぱりまだ死んでなかったのか…。


 そんな気はしてた…じゃなきゃ、比嘉や霧香さんが…アイツらが呼ばれるなてない筈だから。




 「アンタには絶対に理解できないさ」


 

 俺がそう言うと、ユグドラシルはなにやら考えこんでいるのかまたしても沈黙する。



 ああ、なんだかイライラしてきた。



 「ちっ! 力を貸すのか、貸さないのか、さっさと決めろ」



 つい、ついて出た本音にしまったと舌うちするがもう遅い。

 

 

 『…』




 あ、ガチでやばいか?


 あ~コードモードのテンションハイってマジでヤバい、相手がたとえ世界集合体であっても空気よめねぇ~…。




 『ふふふ…いいよ力を貸そう』


 

 「えっ? マジか??」



 一瞬歓喜したが、ユグドラシルは『ただし…』と付け加える。




 『取引だ』



 「取引…?」


 

 俺を絡めていた細い根が、ぎゅっと締め付ける。



 

 『小山田浩二、お前自身を差し出せ』



 ユグドラシルは、まるでおもちゃを欲しがる子供のように無邪気に言った。  





◆◆◆




 「キモっつ!」



 それが俺の第一声。



 ちょっとまって、マジでキモイ!


 

 何それ?


 俺の事が欲しいてこと!?



 何この展開!


 ガチで嫌すぎる!!!



 『君に事をもっと知りたい』



 無機質な声がそういうと、俺に巻き付いた細い根の数があれよあれよと増え服の中を這い首筋を撫ぜる!



 くっ!


 喰われる!!



 「なに? もー! 俺ってばそんなに魅力的ぃ? ヤメテよね! 俺そっち気はないんだわーごめんなそーりぃいいい!」


 


 沈黙。




 いやああああ!



 俺の渾身のボケにユグドラシルちんもくぅううううう!



 しかも、無言のまま根っこがあんな所やこんなとこに!!!




 「ちょ! 待てごらああああ!!」



 喰われてなるもんかと、俺はコードモードを展開し巻きつ根を分解するがまにあわねぇ…。



 いや、そもそも。



 どこにでもいる中二がちょっとばかり付け焼刃の能力手に入れたからって、世界集合体相手に逃れるなんて出来っこない。



 


 『死を恐れるのか?』




 もがく俺にユグドラシルが聞く。



 「っつたりめーだ! 生きてなんぼだろ!! つか、俺、新婚だし! アイツらも助けんの! 死ねるか馬鹿!!」


 『だが、その望みを叶えようにも君の肉体では1000年などもたないのは流石にその小さな脳でもわかるはずだ』


 「だからって、喰われてたまっか! 変態盆栽野郎!!」


 『へん? ぼん?』



  俺は、口元に這いまわってきた根に噛みつくがそんな苦し紛れユグドラシルには痒くもないだろう。




 『落ち付け、小山田浩二』



 ユグドラシルは、淡々と言う。




 「ふがっふぎっっぎ! (落ち付けるか!)」



 『どうやら君とは概念が違うようだ、言葉が足りなかった…差し出せというのは適当では無かったようだな』


 

 その言葉に、俺は胸を撫でおろし噛みついていた根を吐き出す。 



 「ぺっ! じゃ、何だよ差し出せって!」



 ユグドラシルは、少し思案して言葉を紡ぐ。




 『君と同化したい』




 は?


 どうか?



 俺の思考が一瞬停止する。

 



 『君と同化したい』

 


 「繰り返すな! なお悪いわ! きめえぇええええ!!」



 ナニこれ?


 樹木相手に貞操の危機なの!?



 兎に角もがく俺を、ゆるゆる伸びる根が更に巻き付く。




 『では、どうやって1000年あり続けるきか?』



 その問いに、俺は抵抗をやめた。



 『その望みを叶えるなら、1000年まで『在り』続けなければならないが君のもつその能力は個体の生命維持とは関係ないだろう?』




 今度は俺が沈黙するばんだった。



 確かに、このコードモードには個体の生命延命の術はない。



 レンブランの知識。


 王達から奪った知識。


 全てを探っても、種の定められた寿命を延ばすなんて方法はない。



 『ね? あの世で君が1000年あり続ける術なんてない…そのような方法について進化をとげていないからね』

 



 ユグドラシルは、少し太めの根を俺の眼前に差し出す。


 まるで手を取れと言いたげなそのしぐさは、まるで…。



 「おい、あんた…さっきから思ってたんだが…」


 『すごいね。 察しのとおり君と意思疎通させているモデルは【レンブラン・ガルガレイ】…君のメモリーから採取したものだ』



 やはりか。


 


 ユグドラシルとは、あくまでこの集合体を管理するスパーコンピューターみたいなものだと思われる。



 仕様としては、女神クロノスの作った『勇者』と同じ。



 感情を持ち合わせず、淡々とこの集合体の管理をするそんなものだったのだろう。


 意思疎通の為に俺のレンブランに対する記憶を勝手に採取されたのは胸糞悪いが、相手は数多の世界を統率する存在。


 それは、はおそらく神とかそんなものを超越したものでその一存で世界は創られ滅ぼされる。


 個の存在も、種の存命も、このユグドラシルの前では朽ちた枝の葉の揺らめきでしかない。



 『君と同化したい』



 それがどうしてこんなキモイ事に?!



 一体なにがあったんだ??


 そんなんに管理されて、数多世界の集合体とやらは大丈夫なのか!?



 『酷いな』



 俺に絡む根が不機嫌そうに蠢く。



 おおう!


 ばれてら…って。



 「へぇ、そんな感情が分かるんだ」


 

 『いいや、今のはメモリーに従った回答だ』



 ユグドラシルは事も無さげに答える。




 『君と同化したい』



 グドラシルは、まるで壊れたスピーカーのように繰り返す。



 感情など待ち合わせることなく。



 寸分の狂いもない計算しつくされた正確さで、永遠に近い時の中で世界を管理し続ける。



 欲しい。


 欲しい。



 言葉に乗せて、コード化された1と0が俺に流れ込む。



 

 ユグドラシルの欲するモノ。


 ソレは『矛盾』。



 俺と言う『矛盾』を取り込むことで、一体何の得があるのかソレは全くもって分からない…。


 なんの気まぐれが知らないが、俺はソレにすがるしか手段が残されていない…キリトとキリ…いや、霧香と切斗を救いたいその為に1000年先に俺は『在りたい』!



 「…俺が…俺が、お前と同化と言うのをすれば…生きられるのか? アイツらを助けられるのか?」



 『同化すれば、このユグドラシルのすべての権限が君のモノになる…成しえない事はないだろう』



 「それは…ユグドラシル、お前になんの得がある」 



 『君を得る事ができる…君にはそれだけの価値があると判断する』




 「…同化すると、俺はどうなる?」



 その問いに、ユグドラシルは少しい間沈黙する。



 


 『同化後の君の精神・人格は徐々にユグドラシルと結合される。 ソレは一か月かかるかも知れないし1000年かかるかもしれない…やってみなくては分からない…ああ、勿論今までの記憶が損なわれる事はないよ』



 「へぇ…不幸中の幸いか…」


 


 ユグドラシルの権限、1000年後までの延命。



 それを得るためには、ユグドラシルとの同化が必須。



 選択肢がない。



 二人を救うには…必要だ!




 「分かった…俺と同化しろ! ユグドラシル!」




 ぐにゃり。



 俺に巻き付いた根が一気に俺を飲み込む!



 「あぐっ! えあっ!」



 細い根が俺の口に、耳に、鼻に入り込みまさぐる!


 



 ガガガガッ…ジジジジッ…!


 


 視界にノイズが走る。


  

 熱い。


 左目が焼ける!



 俺の意思とは関係なく、勝手にコードモードが発動しなだれ込む。





 がふっ…ぅあ…侵食される。



 俺が おれ じゃ なくなる…いや、これも おれ なんだ。



 鼻から入った根が脳に差し込み、眼球の裏を根が這いずるがすべての感覚が鈍く遠い。


 



 【ダウンロード5%大量データの為、ハードのキャパシティーの増設と同時進行し段階的試行します】


 【メモリーを仮想領域へ退避及び新規メモリーを構築】


 【セキュリティシステム起動】


 【コードモードセッティング開始…10% 54%…】


 【プログラム:ユグドラシル起動】 


 【おはようございます。 管理者NO10:小山田浩二様】





 青い光。



 混沌の地面で俺は目を覚ました。




 「ああ…」

 


 俺は俺の体を抱きしめる。




 「やっと、会えたね…」



 ゾクゾクと湧き上がる歓喜。



 会いたくて、抱きしめたくてたまらなかった『俺』。




 はは…やっぱり今回も俺は傑作になれたらしい。




 『全て』が俺に流れ込む。




 ああ…ああ…そういう事か。



 

 ユグドラシル。


 数多世界の集合体。


 連なる世界はたがいに影響しあい連鎖し繋がる。


 

 滅ぶ。

 


 ソレは生まれる為に必要な事。



 朽ちた世界。



 落ちる枝。


 

 その死は芽吹きの『糧』。


 


 死を迎えた世界。


 切り離さなければ、腐敗が広がるから。




 『…さ せ な い…』



 空間を伝う憎悪。


 

 はらり。



 白銀の羽が一枚、目の前を通り抜ける。




 『それは 私の もの 壊させない…』



 俺の目の前に現れたのは、傷つき朽ち果てそうなくらい儚く抜こう側の混沌が透けて見える程に実体の曖昧になったクロノス。



 さらに、そのでかでかとした品のない胸から下は消し飛びまるでノイズが掛かったように時折の姿は霞む。



 「あれぇ? 首繋がってんの? さっき景気よくかっ飛ばされて無かったっけ? つか、お胸から下はどこ行ったのかなぁ~?」



 その問いに、クロノスは憎悪をの表情を浮かべ散りかけた羽を刃に変えて俺を見すえる。


  

 『ガガガガ…ザザザザッ…今の 今の 貴様 なら ザザザ…せる 』



 合わせる視線の額にには、黒くへし折れた切っ先が沈む。




 どういうことだ?


 ソレは、明らかにキリちゃんがつけた傷ではない。



 

 ガガガガッ…ジジジジッ…!


 


 視界にノイズが走り、左目発熱する…ユグドラシルの…流れこむ…。



 越えた…?


 時間を…タイムスリップ…?




 コップ…。



 俺は、不意に濡れた感触がして流れ出した鼻血をぬぐう。



 ちっ…これ以上は俺の脳が持たないか…。




 「へぇ…流石…時と時空を司るとはよく言ったもんだね…そんな事が出来るんだ…? ま、結構負荷がかかっている感じだなぁ」



 『ガガガ…ジジジ…最も力の弱いこの時代の 倒せる ここで 終…せる…』



 クロノスから大量の白銀の羽が俺めがけて放たれるが、そんなもの届くはずがない。



 驚愕にそまるクロノスの表情。



 「…相変わらず学習しねぇな? 一体いつの時代からここに来たんだよ?」



 俺の問いなど答える気のないクロノスは、さらなる攻撃を仕掛けようとその六枚に翼を大きく広げようとしたがその体はいつの間にか背後に回った無数のユグドラシルの根に捕らわれ瞬時に身動きが取れなくなる。




 ああ、そうだ…良い事考えた♪




 『う…ぐっ! ヤメロ! 私を…私の中を…覗くな…見るな嗚呼あああああ!!!』



 根に捕らわれたクロノスが絶叫するが、そんなのお構い無に俺はクロノスを解析する。



 時間にして35秒。



 俺は、クロノスの解析を終えた。


 


 「女神クロノス…いや、今はそう名乗っているが元はこのユグドラシルと同じ世界集合体の概念…死滅を恐れて朽ちかけた枝に寄生した害虫が…!」



 『貴様に何が分かる! まだ若く、青々と枝葉を伸ばす貴様に朽ちる事が…己が消える恐怖が分かるものか!』




 身勝手な奴だ、己が死ぬのが怖くて勝手に寄生し生き延びる為に朽ちる世界を『理』に反して巻き戻し続け数多世界の規律をみだすというのか?



 それだけじゃない…勇者を…レンブランを…ガリィちゃんを…。



 世界の規律を正さねば。



 魔王を使って…あれ?


 

 魔王…ユグドラシルが制作。


 

 あの世界を消滅させ、『理』を守る。



 まって!


 あの世界には、ガリィちゃんが…皆が…。




 頭の中に異なる見解が生まれ混乱する!



 違う!


 コレは俺の意思じゃない…気持ち悪い…!



 頭の中を腹を肺を根が這いまわる…!




 「うげっ…う"…ビチャビチャ…がはっ…!」



 ガクンと膝をつき、嘔吐した俺をクロノスがあざ笑う。

 

 

 『貴様にその力は扱えない…ジジ…をあけわたせ…私には見える…大切なものが何度も何度も遠く消え永遠に只一人残される貴様のもがき苦しむ様が!』



 根に締め上げられるクロノスは、耳障りな声で狂笑に狂う。



 背筋が凍る。



 これから1000年、俺は待たなければならない。



 みんな死んでしまう俺を置いて…。



 怖い。


   怖い。



 いやだ。


    助けてくれ…!



 逃げ出したい衝動に駆られ、俺は身を固くする。




 はは…情けねぇ…何が助けるだ、何が諦めないだ…もう覚悟なんざ砕けてら…。






 『孤独に震えよ 愚者  永遠の生に 呪われて  あれ  』




 呪いの言葉が混沌に溶ける。





 クロノスが怖くて。


  

   逃げ出したくて。


  胃の中には吐く物なんて残ってねぇ。



 けれど。



 それは、俺が選んだ事。


 


 「うるせぇ…もう後には引けねぇんだ!」



 俺は根でクロノスを締め上げる!



 『ぐああああ!』

 


 「よぉ、クソババァ…時を渡るその力、厄介だな…そんなの使われたんじゃタイムパラドックスやら平行世界やらが増殖してメンドイんだよ!」



 締め上げる根にクロノスの顔が苦痛にゆがむ。

 


 『や ヤメロ 貴様…』




 左目の奥で根が蠢くと、目的を達成するのにどうすれば良いのか不思議と理解できた。



 脳内を渦巻く0と1は、遍く数字の羅列から答えを導きだす!



 俺は、それを口にした。




 「コード:10238 クロノブレイク」



 叫び声も上げる間もなく、クロノスの体があっけなくボロボロ崩れ混沌の中に光の粒となって消えいく。



 「おっと…」



 俺はその粒を手のひらで捕まえた。

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