第34話 ▲王手までの距離

紀元前八〇八七年十月二十日


 地響きが不気味に継続して鳴り響いている。渦巻く黒雲といい、それらはツーオイがもたらす壊滅的事故への黙示録だった。いつ大事故が起こって小大陸が沈んでも不思議ではなかった。アクロポリスを襲う地震はますます激しさを増している。レジスタンスが予想した以上だった。

 アクロポリス市街は、歴史上著名なアデプトたちの像が建っているが、それらは皆、銅像ではなく金や銀、さらにはオリハルコン製といった貴金属ばかりであるのが帝都の特徴だが、そこへ新たにクーデターを起こした首謀者たちの像が加わったことは不思議なことではない。だがそれらは磐な基礎を失い、地震と共に自らの重さで崩れつつあった。

 アマネセル姫を連れたインディックが舵を取るもう一つの潜水艦・バラクーダ号がアクロポリスに到着した。アルコンが運転する迎えの黄金色ロードマスターが、新アジトに設定したヱメラルドステーションの小ピラミッドに二人を案内した。

「あっ」

「どうしました?」

 アルコンが声を上げたのでインディックが訊いた。

「いや……なんでもない」

 アルコンの眼はビル影に黒い人影を追っていた。それは死んだはずのある男を想起させた。

 タブリス・ウォードが? まさか、彼もまたクラリーヌのようにここに居るというのか?

 すでに、順調に六つのステラクォーツ発電所に光のシャフトが立っている。ヴリトラのヴリル・デトックスが続き、マリスはヴリトラの数値を観察していた。

 同時にアクロポリスの六つのピラミッドを通して、ツーオイ石本体にハッキングする瞬間が来た。これまで小ピラミッド襲撃の際には小規模戦闘もあったが、アルコンとヱメラリーダの作戦によって、無事六つのピラミッドを全て奪い、そこに光のシャフトを立てることに成功した。今、六つのピラミッドを中継したクリスタルサーキットが激しく回転している。王手、つまりツーオイ石のある太陽神殿まであと数手だ。

 立体魔方陣たるアクロポリスは、ツーオイを中心とした一つの巨大な機械時計の永久機関である。ツーオイと同様、この都市はある意味で生きている。焔の円卓の理屈では、アガペーはアセンドエネルギー「マカバ」と関係している。

 ツーオイと周りのサポート魔法石が活性化し、サーキットが回転すると、そこにソプラノ・マントラでアクロポリスを大マカバフィールドで包み込む。するとアクロポリスをアガペー次元へと浮き上がらせる事が可能になる。その時、ガイアの東西南北を走るレイラインが構成するグリッドが活性化され、ガイア全体のマカバフィールドを押し上げる。アクロポリスはガイアをアガペー次元へと押し上げる魔方陣、ひな型なのだ。

「これからツーオイ石につなげるけど、ツーオイ石にはまだ、膨大な闇のエネルギーが蓄積されている。ヴリトラが。その中で、ツーオイの精がたとえ存在したとして、それが目覚めるかどうか分からない」

 マリスはデータを確認しつつ、インディックに伝えた。

 アマネセルからヱメラリーダの持つヱクスカリバーへ、そこからヱメラルドステーションを中継して、さらに六芒星を構成する各ステラクォーツ発電所へと。黒い石を白い石にする作戦は順調に進んだ。光のサーキットの回転で、アクロポリス全体が目覚め出した今、さらにツーオイ石につなげる事ができれば、再びそれが閉じてしまう前に、ツーオイの精を召喚できるはずだ。目覚めたツーオイの精にツーオイ石をコントロールさせ、シャフトの云う事を完全に聞かなくさせる。その時、アクロポリスを包むような大マカバフィールドが発生する算段である。だが、ツーオイの精が目覚める前に、闇のエネルギーの総量によってアトランティスが沈んでしまったら、タイムオーバーである。

「やってみなければわからんな。ともかくさっそくつなげるとしよう。時間もない」

 アルコンの指示で、マリスはインディックと共に、ザ・クリスタルことツーオイ石へのハッキングを開始した。

 しばらく、アマネセルによるツーオイの精召喚の準備が続けられている。マリスはインディックにウィザードハッキングの任せると、バナナシェイクを飲んでモニターを眺めている。そこへ、赤いリンゴを齧りながらヱメラリーダが声をかけた。

「……どうなんだ様子は?」

「接続自体は可能だと思う」

 また冷やかしか、それともケンカしに来たのか。

「そうか。じゃ問題は時間だな」

 ヱメラリーダは腕を組んで考え込んでいる。腕に大きなヱメラルドがついたブレスには、様々な機能と想いが込められていた。

「お前はきっとこの期に及んでも、何か企んでいるのかもしれない。けど、頭の悪い私にはそれが何かさっぱり分からない」

「……」

「けど感謝はしているんだ。たとえお前が何をたくらもうと、わずかな人数の円卓がここまで来れたのはお前のお陰だからな。それは間違いなく。それに、情熱党の技が使えるチャンスが再び訪れたし。そこにたとえどんな企みがあったとしても、ツーオイと姫が再会しさえすれば……。だから、一応感謝はしておく」

 マリスは表情一つ変えなかった。答えるのが煩わしいのか、ヱメラリーダの顔を見ることなく、モニターを眺めて思案中を決め込んだ。

「色んな事があるよな、全く! あたしがお前とこうして協力しあうなんて」

「……」

「そりゃ世界が終る訳だよ。いや……、まだ終わってないけど」

 まだ終わらせるわけにはいかないよとつぶやいている。

「……」

「一つ聞きたい事がある」

 また一口リンゴを齧る。

「何」

 そこでマリスは初めてヱメラリーダの切れ長の目を見た。

「お前シェイプシフトできるよな。猫に。なら、お前ってもしかして、例のゴールデンキャットガールダンサーじゃあないのか? この島で、ゴールデンキャットガールが目撃されてるんだよ」

 ヱメラリーダの真顔がすぐそこにあった。遊びがばれたか。

「でなきゃ、戒厳令を突破したダンスを、お前があんなに見事に舞う事ができた理由が説明できない。ゴールデン・キャットガールは空を飛んでいた。重力制御もすぐに習得できるもんじゃない。それにさ、その腕のルチル。そのゴールド・ルチルクォーツは、お前の石だろ。もう一つは、レモングラスだな? それはお前の金色の瞳と同じ、お前の固有の振動波、金なんだ」

 レモングラスは、エジプトの砂漠の一帯で採取される、強力なパワーストーンとして知られているレモン色のガラスだ。ガラスは高熱で形成されるが、レモングラスはどうして自然界で出来たのか分かっていない。ドルイドの間でも、長い事謎とされていた。マリスはひたすら黙りこくった。

「ま。そんなはずないか。あのゴールデンキャットガールが誰だか、今もって分からないんだ。けどさ、凄い勇気のある奴がいるもんだよな。やっぱワルキューレのファンなのかなぁ? 悪ふざけにしちゃ命がけすぎるし。彼女のダンスは、この絶望的な状況で、あたし達みんなに、あきらめちゃいけないって教えてくれた気がする。だから……あたし達はここまでやれたんだ」

 焔の円卓を突き動かすヱメラリーダの最初の原動力がマリスだという事だ。

「……」

 次にヱメラリーダが唐突に訊いた質問で、マリスの手が止まった。その手が、かすかに震えている。

「なぁ……マリス。お前さ、恋って知ってるか?」

「分からない」

 つい口にしてから後悔した。マリスはヱメラリーダが、ライダーの事を想っている事を知っている。しかしそれだけではない。マリスの金色の瞳の中にカンディヌスの顔が映っているのを、ヱメラリーダに見抜かれた気がする。マリスは、カンディヌスにほのかな恋心を抱きながら、ずっと気づかないで今日まで来たのかもしれない。それをヱメラリーダに突然聞かれて、やっぱり恋なのではないかと思い至る。ずっと、その事に気づくのが怖かった。なぜならあの恋のエネルギーは、まさしくアトラス皇帝のいうアガペーエネルギーへの門であり、アトランティス・シャフトの正統性の最後の砦が壊れていく瞬間である事に気付いてしまうからだった。その逆説に気付いた時、自分のしている事が全て崩壊してしまう恐れがあった。そしてその心を今、ヱメラリーダは見抜いている。

「そうか。いやそいつを知れば、少しはあたしと、あたし達の話が分かるんじゃないかと思ってサ! 理屈ばっかじゃ、皇帝の教えなんて結局分からないからネ。所詮はハートで感じる物だろ。ま、がんばりな」

 そう言うとヱメラリーダは齧ってないもう一つのリンゴを置いて、ちょっとだけ笑った顔を見せてその場を去っていった。

 インディックとマリスは、六芒星のクリスタル・サーキットにアマネセル姫のエネルギーの接続に成功した。遂に、アマネセル姫がツーオイ石に語りかける瞬間が訪れたのである。


紀元前八〇八七年十月二十二日


 アトランティス軍は巨神の柱から地中海へと進出した。だが、ヘラス・エジプト連合軍主導による、地中海連合軍によって完全に包囲されていった。ヘラスにはアトランティスでいえば怪獣討伐時代相当の通常火力しかなく、電磁波兵器などは持たなかった。だが戦の天才バーソロミュー将軍は彼我の科学力、兵力差を正確に分析し、科学に頼りきりの弱点を利用し、ヴリルの動力源を狙った。タルテッソス王国を初めとする圧倒的大軍によるゲリラ戦法を使って四方八方から攻め、アトランティス軍を混乱させ、分断を図ったのである。

 まだツーオイ石を完全掌握していなかったシャフトは、地中海までの正確な「射撃」を行うことができなかった。ツーオイ石を掌握すると同時に、ブラックナイト衛星の座標も計算しなければならない。現時点でもし無理にでも攻撃すれば、不安定な気象兵器は、敵味方の差なくたちまち全てを破壊してしまう。そこがヘラス軍のバーソロミュー元帥が当初から狙い目である戦術だった。つまり地中海まで敵を引き込んで、デストロイヤーを封印させたところでゲリラ戦が可能な地の利を生かした反撃のチャンスをうかがったのだ。

 反アトランティス連合軍に包囲されたアトランティス軍は、叢雲のように襲いかかるゲリラ戦法に翻弄され、長く伸びきった艦隊を分断された。もはや、地中海における頼りは獣人兵による特攻しかなくなっていた。戦法としてはすでに末期段階に突入している。アトランティス軍は、全滅する前に撤退する他、道は残されていなかった。そう、本国からの不正確かつ強力な援護射撃を待つ以外は。

 地中海での惨敗の報を受けたシクトゥス4D議長は、決断を迫られていた。現在のツーオイの出力では、破壊的ヴリル攻撃を地中海まで正しく撃つ事ができない。加えてツーオイ・カンファレンスで示されたマギたちの計算によると、これ以上過度な負担をかけることは、ツーオイ石のさらなる反乱を呼び起こし、アトランティス本土への反作用はもっと大きくなる。大陸が一夜にして沈む危険性が増していた。これまで何度も繰り返してきた気象兵器の使用の度に、アクロポリスは酷い災害に見舞われてきたのである。もはや、誰の目にもその因果関係は明らかだった。シャフトのどのマギ科学者たちも気付き始めている。つまりシクトゥス議長はこれまで、目先の勝利の為に間違った戦術を取っていたのではないか?と。これ以上、議長の命令に従って気象兵器を使用する事が極めて危険だという事実に。しかし議長の下した決断は、誰をも失望させるものだった。ツーオイ石にさらなる破壊的攻撃エネルギーを込める命令を下したからである。

 シャフト内に明らかな動揺が走る中、それでも議長にはここまでする理由があった。それは、マリス・ヴェスタがもたらした情報だった。カンディヌスの部下、あのマリス・ヴェスタの云う事が正しければ、「ツーオイの精」を召喚することで、ツーオイ石を完全に掌握する事ができる。そこで自身の魔術的直観が囁く。きっと俺は正しい。だから今度のヘラス本土への攻撃は、それを見越しての事なのだ。

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