第18話 ▲マリスとカンディヌス

 姫がそろそろ回復するという情報が入った。食事の準備がなされるというのでメンバーの時間が空いた。マリスはこの城に興味があったので調べる事にした。一人で城の中を歩き回る。凄い城だ。ここはやはりピラミッド同様、ヴリルの気が満ち満ちている。ピラミッドとは違う構造計算でヴリルを引き込んでいる。それもかなりの清浄なヴリル・エネルギーだ。確かに人の気配はするものの、オージン以外、キャメロットの中で誰もハイランダー族に会った者はいなかった。だが今のところ何も分からず、調査には限界があった。マリスは円形の天窓から光差す中庭を見上げた。

 何かを感じて外の方へ振り向く。マリスは中庭から湧き出している小川を追って外に出ることにした。小川は庭の芝生を通って、百メートル先に広がるリンゴ畑の中へと続いていた。アヴァロンは「林檎の島」として知られる。リンゴ畑には、ルビー色に輝くリンゴの実がたわわに実っている。真っ赤なリンゴ達は水滴を表面にしたたらせ、全てが美味しそうに輝いている。マリスは目を奪われ、リンゴ畑の奥を突き進んだ。するとマリスは突然立ち止まった。眼前にあったものを見て、マリスは固まっていたのだ。畑の中でそこだけが開けており、中央にポツンと白い木が立っている。木には、眩いばかりに輝く黄金色の実がなっていた。マリスはゆっくりと近づき、目の前にある黄金の実をもぎ取って観察した。目を閉じ、鼻につけて香りを楽しむ。羽音がする。マリスは帯剣レーヴァテインに手をかけた。

(来たか……)

 烏の鳴き声が近づいてくる。

 烏が飛んで来るタイミングを、マリスは知っているようだった。

「無事入り込めたようだな、さすがだ」

 それはカンディヌスの姿に変じて言った。

「はい」

「……感づかれてはいないな。順調か?」

「……はい」


 マリス・ヴェスタがレジスタンスのアジト・ニヴルヘイムへと赴く事になる直前、トートアヌム講堂でカンディヌスは言った。

「……ともかくだ。今我々は、レジスタンスの全容を探らねばならない。レジスタンスたちは決して、愚か者たちではないのだからな。いやきっと長官はそう思っているかもしれんが、俺はそうは思わん。彼らは我々シャフトなんかより優秀だ」

「私も、そう思います……」

「君もか? 図体だけが大きいシャフトを信用していると、このままでは負けるぞ。何かアトランティスに決定的に重大な事を起こす反撃を仕掛けてくる、という予感がする。だから、今から俺が考える作戦を、ハウザーに伝える訳にはいかない」

「……」

 ピラミッド内の水晶炉へ侵入するコードを解析した功績に加え、敵のアジトの場所を特定した事で、カンディヌスはさすがマリスと思ったが、すぐ冷静に考えた。

 そもそもオージンらが石の離宮へ姫を奪還しに来るという事を、ハウザー長官達に報告しなかったのは、カンディヌスの中にも、マリス同様のシャフトに対する疑問があったからである。シャフトの計画は場当たり的で信念にかける気がする。混乱するアトランティスを救う戦いの指導者として、信用に足るものか。それゆえにシャフト保安省はレジスタンスの全容をつかんでいないのだ。というのも、そもそも皇帝の真意を探る事もなく即決裁判など行って、とっとと処刑してしまった。シクトゥスは、ただ気に入らないからといって、敵の内情をよく知る事もなく国民に向けたパフォーマンスとも取れる公開処刑を行ったのだ。カンディヌスの疑問はそこから始まっている。なおかつレジスタンスを戦闘で殺し、ドルイド教団も同様にさっさと殺戮する短絡さ。ドルイドは、重要な所は口伝なのである。これで教団のみが知る様々な秘儀が永遠に失われた。単細胞め。かつて、あれほど慎重で敬虔なアトランティスの神秘学徒だと信じていたシクトゥス議長が、クーデター前夜辺りからのこの豹変ぶりはどうだろうか。権力を得るという事は、所詮こういう事なのか。

 果たして停戦条約を破ってヘラスへ出兵した事など意味があったのだろうか。権力を得た途端、帝国主義へと欲望を突っ走らせていく。ヘラスはアトランティスの脅威だと謳い、またヱデン発掘を行う為の出兵だというが、そんなに簡単にヱデンを発掘できる根拠など一体どこにあるのか。もちろんヱデンを発掘する事ができれば、それはそれで素晴らしいだろう。だが、これまでその事業に成功した者は一人としていないのだ。しかしそこまでの思慮があると思えず、単にカトージ・ハウザー長官と同じく、シクトゥス4D議長自身も「馬鹿」なのではないか、という疑問もある。その結果今、シャフトは極めて困難な状況に陥っている。それが、マギルドを操ってアトランティスの危機をもたらし、不吉な予兆として地震などの天変地異が起こり始めているという事だ……。つまりブーメラン現象である。はっきり言えば、このままではシャフト政権は三日天下で終わり、アトランティスはつぶれる。もちろん確たる証拠は何もない。だが、カンディヌスの直感だけがそうささやいている。信用できるのは、目の前のマリス・ヴェスタのみなのだ、と。

 マリスは、カンディヌスと共に、大魔術師オージンがスパイである事を知っている数少ない人物である。さらにマリスはこの戦闘で、オージン卿が出入りするアジトの場所を特定した。すなわちユグドラシル大本部内のレジスタンスの基地を。つまり今、二人だけがシャフトの中で、レジスタンスを完全に壊滅させる情報を持っていた。そう。シャフトを牛耳るチャンスがあるとすれば、今だ。

 そこでカンディヌスはマリス・ヴェスタの才能を確信し、極めて危険な賭けだが、ある計画を思いついたのである。レジスタンスの全容を解明し、二人でシャフトを牛耳る為の計画を。

「……」

「顔は知られてないな?」

「はい」

 アルコンに会った事をマリスは隠した。マリスは保安省のテクノクラートだった。保安省の中で、表立った戦闘員ではない。ピラミッドでの戦闘も、静まった後に参じた。カンディヌス自身は石の離宮で顔を知られてしまったが、マリスはアルコン以外、まだ顔を知られていない。

「マリス。奴らと接触できないか? 俺は顔を知られた。ついさっき戦った者が寝返ったなどといっても、奴らとて到底信じられるものではないだろう。『罠』だと気付くはずだ。だがお前は違う。まだ知られていない。もちろん、お前がどれほど優秀であるかも、彼らは知らない。ただの若い女性だと思うかもしれない。これは有利だ。お前はこれから王党派の一員になるのだ。しばらく味方になって働け」

 そういってカンディヌスはマリスにレーヴァテインを渡した。「裏切りの枝」の意を持つ剣だ。

「……なぜです?」

 マリスは次の言葉を予想して戸惑った。

「信用されるのだ。ツーオイ石を襲撃し、意のままに操るシャフトのやり方に疑問を抱いて、脱出してきたといえば、信じてもらえる可能性が十分にある。そうして連中の中に潜伏し、新たなアジトを突き止め、その時に一網打尽にする。危険な任務だが、お前の能力は誰より秀でている。ただし当分情報は俺だけに流すんだ。俺はお前の意識だけを頼りに、烏の姿で追うだろう」

 そういうとカンディヌスはマリスに口付けした。

「あっ」

「……これでいい。これで俺は世界中どこでもお前を見つけられる。いいか、これは最期の瞬間に、姫らを一網打尽にするためだぞ」

 つまりマリスに二重スパイになれという意味である。仲間となって、アトランティスのどこかにある新アジトの場所を掴む。その後に、裏切り者となる使命である。

 その場所はきっと、オージンの所有する建物に違いないだろう。だが大貴族オージンが公的に所有するものだけでも、とてつもなく数が多く、しかもレジスタンスの基地は、それとは別に新たに購入した場所である可能性が高い。つまり索敵には、膨大な時間とエネルギーを要し、内定調査をしている内に、敵は姫から重大な情報を聞き出して、反撃を仕掛けて来る隙を与える恐れがあった。

「しかしカンディヌス様……」

 マリスにはまだ自信がなかった。そんな大任を自分が果たせるのだろうか。

「そこに居るのは、何人だ?」

「おそらく、六~七人程度かと」

 アルコンに知らされたニヴルヘイムの場所をツーオイ石で探った結果だった。

「いいや、たかが六~七人のはずがない。反乱分子は大勢力のネットワークだ。奴らの全容が分からない内は、まだ我々の勝利とはいえない」

「はい」

「危険な任務である事は分かっている……。しかしお前は誰よりも思考をガードする術に長けている。あの卓越したテレパスのアマネセル姫さえも、おそらくお前なら、欺く事ができるはずだ。それに、メタモルフォーゼ能力もな」

 随分高く買ってくれたものだ。しかしさっき、アルコンに会った事を隠したのはまさにガードの術による。さらにゴールデンキャットガールになって危険な情熱党ごっこができたのも、ガード術があるからに他ならなかった。何しろその危険な遊びは、カンディヌスも知らない。マリス・ヴェスタは、マギルドの中では平民出、つまりサイト3からカンディヌスが最近シャフト保安省へスカウトした為、全く無名だった。だがそのお陰でシャフトに入れたのである。しかし秘密警察・保安省の中でも、カンディヌスが見たところ議長に次いでもっとも高いシェイプシフト能力を持ち、テレパシー遮断術に長けているのがマリスだった。家柄や血統が重んじられたシャフトの貴族社会の中で、マリスの卓越した能力を認めるのは直属の上司のカンディヌスくらいなモノで、それは永久に変わらないだろう。マリスほどの能力者なら、本来とっくに高いマギアデプトへと出世していてもおかしくはない。だが、そこが硬直したシャフトという官僚社会の弊害だ。もちろんマリスはツーオイ石の掌握に能力を発揮し、シャフト内で一目置かれつつある存在となっていたのだが、だからといってシャフトの「秩序」はそう簡単に崩れるものではない。

「俺はシャフトは腐っていると思う。そして腐ったシャフトがマギルドを操り、アトランティスを滅ぼす……」

 マリスも薄々感じていた事だが、カンディヌスがはっきり明言したので、また驚いた。ともかくそこまでカンディヌスに高く買ってもらえているという事実に、クールなマリスも感動を禁じえなかった。

「お前なら、二重スパイが務まるはずだ。これは他のカンディヌス隊にも秘密の任務だ。密かに連中を監視しろ。敵のグループの全容が分かったら、俺たち二人でシャフトを動かし、反乱軍を一網打尽にする。その時が来たら、保安省の大軍をもって包囲せん滅する。だが、それまでは二人の秘密だ。いいな?」

 敵の裏の裏をかかなければ、この戦いには勝利しない。そうカンディヌスは感じているのだった。そしてマリスにもアルコンとの接点という切り札があった事は事実だ。

「この国を滅ぼさないためにな。それにはもう、俺達がやるしかない。俺達がシャフトを牛耳れるとしたら、このチャンスしかない。そうしてシャフトを二人で改革するんだ。それから徐々に仲間を集めよう」

 シャフトを牛耳る。その大胆な発言は、途方もなく思いあがった話だが、舞い上がった二人には可能な気がした。

「……分かりました」

「やってくれるか」

 マリスは頷いた。信頼するカンディヌスのいう事なら、間違いないはずだ。

 かつて激闘を戦った情熱党、そして現在のレジスタンス。いかに二人は王党派を完全に全滅させるか、そればかりを考えている。二人の共通認識として、ハウザー長官のやり方ではそれはできない。要するにハウザーがアホだからだ。いや、カンディヌスによればシクトゥス4D議長さえも、その性急で強引なやり方には、ほころびが生じている。今、国家は重大な危機にひんしているのに、シャフトもまた王党派と同様に国を滅ぼしかけている。だったらこの状況を二人で変えてしまえばいい。なぜなら、自分たちはシャフトの老害共よりも秀でていて、知能も能力も彼らより優秀なのだから。カンディヌスはマリスの卓越した能力を信じ、マリスは彼に応えたかった。

 こうしてマリス・ヴェスタは、反乱軍の中枢を滅ぼすべく、カンディヌスから密命を授かったのである。


「それにしてもやっかいな事になったな。ここはハイランダー族の国ではないか! オージンという男、アヴァロンと同盟を組んだのか……? 信じがたいな。レジスタンス共、やはり侮れぬ。お前のガードがなけりゃ、ここには俺も入れない。この天然の霊気。この島の何もかもが恐ろしい。いいや、それだけじゃない。空や雲までも俺を監視しているように感じる。長居は無用だな」

 ハイランダー族の領地・アヴァロン島は、アトランティスの中で独自の「国」を形成し、唯一シャフトの力が及ばざる領域だった。その魔術には、古代の未知の要素が多分に含まれていると言われており、シャフトのマギにも解明できない。彼らはアクロポリスの一連の事件やヘラスとの戦争に不干渉かつ無関心で、シャフトの敵ではないと考えられてきた。しかしその考えは今日、打ち砕かれた。ここに姫たちが匿われている事実は、彼らがオージンに協力した証拠なのだ。

「それで、メンバーは全部で何人だ?」

「二十五人です」

「まさかな」

「いいえ本当です。他にはおりません」

 ハイランダー族自体は姿を現さず、正体も不明だったが、積極的に協力しているようでもなかったので、マリスはレジスタンスの勢力としてカウントしなかった。

「それが事実だとすると……つまりは、我々シャフトは幻影の大軍を追いかけていた、そういう事なのか?」

「そういう事です」

「なるほどな。しかしシャフトとしては、ここアヴァロンへ直接攻撃する事は考えられん。ハイランダー族まで敵に回すのは得策ではないだろう……おそらく、いくら議長と言えどな。では、どうするか」

「心配ありません。彼らがアクロポリスを捨てる事は絶対にないでしょう。自分達だけで、ここを安住の地にするなどとは考えていません」

「本当か?」

「はい。ここで眠るように暮らすつもりなど毛頭ないでしょう。祖国アトランティスを売国奴シャフトのクーデター政権から奪い返す。それこそが、情熱党ワルキューレ・メンバー率いるレジスタンスというモノの持つスタンスです。愚かにも首都のツーオイ石を奪還しようと、きっとアクロポリスへ戻ります。その矜持が、彼らの首を絞めることになる」

「フン、そうさな。いや敵はわずか二十五人か。全く諦めの悪い連中だ! 一歩でもここを出さえすれば一網打尽、あるいは全滅させる事ができる。それが分かっただけでも大成果だ。よくやったぞ。いいかマリス。連中をこの島からアクロポリスへおびき出すように説得するんだ。できるだけ早くだ。おっと、そろそろ行くか。ではまた来よう!」

 烏へと変じたカンディヌスは、キャメロット城の監視を気にして早々に立ち去った。マリスは懐にしまった黄金のリンゴをカンディヌスに渡しそびれた。

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