この素晴らしい世界に魔法を!

フレイム

第1話三つの選択肢

「―ッ!ハアッ!ハアッ!」


――面倒な事になった。今の状況を簡単に説明する言葉はこれで十分なのだろうか。

いくらガラが悪い連中に絡まれたとはいえ、年下相手に全力疾走で逃げているのは自分もどうかと思う。


「んん…ここッ…!どこだ…!?」


何者かに追いかけられている時には、直線で見通しの良い道は避け、相手の死角に隠れやすい住宅地や路地裏が安定策だ。

俺もその安全策をとって逃げ続けているが、俺の家の近くには住宅地はなかった筈だ。かなり遠い場所まで逃げているという事だろうか。


同じ外観の家ばかり並んでいるこの住宅地は、逃げても逃げても先程と同じ風景にしか見えない。正直、ヤツらから逃げれているのかも不安だ。


「助かった…のか?」


やっとの思いで俺は、住宅地に住む子供達の人気の遊び場なのであろう、あまり規模が大きくない公園に辿り着いた。


住宅地の中央に位置する休日の公園内は、子連れの親が子供を自由に遊ばせている様子がよく見える。

俺は出来るだけ子供達の邪魔にならないように、遊具から出来るだけ離れたベンチに深く座りこんだ。

俺はそのまま俯いて、呼吸を整えるために酸素の交換をイメージする。


酸素を体内に送り込む感覚を味わいながら、俺はやっと冷静になった頭でこの後の事を考える。


まずは、ここから帰路に近い道を確認しなければならない。

出来るだけ、人通りの少ない所を優先したい所だ。連中に大通りで発見されると、過酷な全力疾走を家まで続けなければならない。

連中も流石に、住宅地の奥深くにある公園にまで…!?


「おい!ここら辺に逃げ込んだ筈だ!探せ!」


面倒くさい連中だな…!本当に…!


連中が迷いなく、まるで俺がこの公園にいる事を知っているかの様にズカズカと公園内に入ってきた。お前ら、俺にGPSでも付けて追尾してんのか。


「くっそ…連中ら全員チャリかよ…!」


通りで、住宅地に全力で逃げ込んだ俺を探せるはずだ。

連中らは――五人か。今逃げれば、十分逃げ切れる。


――これはチャンスだ。さっさと逃げよう。


連中らは今、幸いにも自転車を降りて、必死に俺という存在を探している。

俺は不十分に回復した身体を無理やり起こし、早走りで、気付かれない程度に抑えて公園の出口に向かった。


「お、おい!あっちだ!逃がすな!」


連中らの一人に、あっさり気付かれた。

最悪だ。こうなった以上、俺には作戦も何もない。


一心不乱に、とにかく行き止まりに遭遇しない事を望みながら、俺は走った。

ここら辺の地理は全くわからないので、行き止まりの道を引かない事を望みながら、ひたすらに走った。


適当に、そして全力に駆け出していた俺の足は、急な展開に対応する事が出来なかった。


「―ッ!大通りか!」


大通りに飛び出してしまった俺の足は、止まらない。もう、止まれない。


俺が足を止めようとした時には、もう全てが遅かった。

勢い付いた俺の足が、道路の縁石で引っ掛かり、身体ごと道路に投げ出される。


――あ、ダメだこれ。


宙に浮いた俺の意識は、右も左も上も下も、全てが分からない。


そんな俺の視界に入ってきたトラックが、俺を嘲笑っているように――


――――――――――――――――――――


「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神アクア。遠藤勇気さん、辛いでしょうが、あなたの人生は、終わってしまったのです」


真っ白で、地平線が霞んで見えるの部屋の中、俺は唐突にそんな事を告げられた。


俺の目の前には西洋風の椅子と机があり、先ほど俺の死を告げてきた相手はその椅子に座っていた。


もし女神という物が存在するのなら、それは俺の前にいる人物の事を指すだろう。

テレビに映るアイドルや女優の美しさや可愛らしさとは違う、人間離れした美貌。

淡く柔らかな印象を相手に与える透き通った蒼色の長い髪。


年は俺と変わらない、16~17歳ほどだろうか。

出過ぎず、足りな過ぎずな身体は、淡い紫色の、俗に言う羽衣と呼ばれる物をゆったりと纏っている。


透き通った水を連想させる、髪と同色の瞳は、状況が読み込めない俺をじっと見ていた。


        2


「えっーと…今、俺はどういう状況なんですかね…?」


俺は何がなんだか訳がわからず、静かにそう尋ねた。

トラックが俺を全力で殺しに来ていた所までは記憶がある、が。

トラックに轢かれた時の衝撃、痛みは不思議な事に全く感じなかった。

人の記憶というのは上手く操作されているのだろうか、それとも、痛みを感じる前に即死してこの空間に来たか。


「遠藤勇気さんは、は20××年、○月□日。午後◇◇時△分に交通事故によって死亡しました。ここは先ほども言った通り死後の世界。そして私は、日本で若くして死亡した人たちを三つの選択肢に導く女神。そう、女神アクアよ!」


淡々とした説明から一転、女神アクアは高らかに名乗りを上げ、飛び上がるように椅子から離れた。


ああ、やっぱり俺はそのまま轢かれて死んだのか。

…というか、三つの選択肢とは何なんだ?

死後の世界…と三つの選択肢…か。

自分の死を簡単に認めたくはない物だが、実は助かっていて自由が利かない明晰夢を見ているという感覚でもない。


「何がなんだかわからないと言いたげな顔してるわね……。三つの選択肢って所が引っ掛かるかしら?」

「…よく分かりましたね」

「そりゃあもう、私が案内してきた死人は数万…数十万かしら?大体皆、三つの選択肢の時点で同じような反応をするもの。…まあお望み通り、選択肢についての話をするわね」


死後の世界で選択肢という事は……天国か地獄かって事か?

いや、流石のドMでも地獄を自ら志望する者もいないだろうし、全員天国を志望するだろうが。

しかし、そう考えてみると残り一つの選択肢の内容が思いつかない。

それ以前に、天国や地獄という概念は存在しないという事なのか?


「さて…若くして死んでしまったあなたには、三つの選択肢があります。一つは新たな生命として生まれ変わり、新しい人生を歩むか。そしてもう一つは、天国的な所でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか」

天国的な所って何なんだ、色々抽象的すぎる。

「それと、一つ忠告しておきたいんだけど……あなた達が思っているほど、天国ってば居心地がいい場所ではないの。死んでるんだから人間の三大欲求は意味を成さない、食べることは勿論、寝ることも目が冴えちゃって出来ないし、『性欲』の開放も死人だから残念ながら不可能なの。物が生まれない世界なのだから、アニメやゲーム、漫画も存在自体が無い。そう、天国には何もないのよ」


おいちょっと待ってくれ、何故性欲を強調して言ったんだ。

健全な男子高校生だと自負しているつもりなのだが、神には全てお見通しだという、そういう事なのだろうか。


というか、天国って名前負けしすぎじゃないのか?自由はある程度規制されているからこそ楽しめる物だと思うのだが。

しかし、赤子になってもう一度人生を歩むってのもなぁ…。

初期設定がイケメンで、隣の家に住んでいる可愛い幼馴染と一つ年下の義理の妹がいてくれれば、再び人生を歩むってのもいいかなとは思うが。


そういえば、アクアは最初、『三つの選択肢に導く女神』とはっきり言ったはずだ。

アクアは、俺の考えを完全に見透かしていたかのように。


「ふんふん、今までの記憶を消されて赤子に戻っちゃうってのも楽しくないし、天国的な所へも行きたくは無いわよね?そこで、あなたにいい話があるのよ!それが三つ目の選択肢って訳で」

何だろう、会ってからまだ十分も経っていないはずなのに、この女神の大体の性格が分かってしまった。

そんな俺に、女神は満面の笑みで。

「あなた、ゲームは好きでしょ?」


        3         


女神アクアからの、三つ目の選択肢はこうだ。


地球とは宇宙の根本から違う、遠い世界があるらしい。

そこは何と、RPGゲームのようにファンタジー要素から、勿論魔王なんてものもいたりする、俺達の観点からすれば『異世界』だという。

魔法という概念も存在するし、それに対応したモンスターなんて物も生息する、一言でも異世界と通じる世界だ。

そして、現在その世界では魔王軍の侵攻が本格化し、その世界での人類が減っていっているとの事。


「んで、その世界で死んじゃった人は…勿論魔王軍から殺されたって事でしょ?だから、魔王軍の存在を怖がっちゃって、そこで他の世界で死んじゃった人を、そこに送り込んでしまえばいいんじゃないかって上の方で話になってね?」

何という移民政策だ、各国の首脳陣もドン引きだぞ、それ。

「でも、折角別世界に送り込んだのに、すぐに死なれちゃこっちも無意味な事してるなって事になっちゃうから、向こうの世界に何か一つだけ、好きな物を持っていける権利をあげているの。強力な特殊能力だったり、伝説級の武器や防具とか、あなたが望むのなら、戦闘力が上がる別個体に変身できる能力とかもあげちゃう事が出来るわ。どう?悪くない条件でしょう?」


――つまり異世界に行くのに、誰もを魅了する美青年の顔を望めば、異世界ハーレム暮らしも可能という事らしい。


その自由すぎる、そして魅力的な提案に、俺は驚きの色を隠せなかった。

伝説の剣士、いや勇者としてその国の王に仕えるのもよし、冒険者生活を満喫して、あわよくば冒険仲間と結婚して幸せな家庭を築くのもよし!

――なんて改革案だ。素晴らしい、素晴らしすぎる!

俺は三つ目のアクアからの選択肢の内容に、思わず感嘆し、涙が零れそうになる。


と、すっかり涙目になっている俺の前に、アクアがカタログのような物を差し出した。

「選びなさい。たった一つだけ。何者にも負けない力を授けましょう」


その台詞、格好良すぎないか…?

俺は手渡されたそれをパラパラとめくって中身をしっかりと確認する。

中には、ドラゴン召喚に、自身の能力調整に超能力など…。変身もなどマイナー系でも、詳しくは見ていないがページの端っこに記載されていた。


 間抜けな主人公は大抵、変な能力を掴まされて転生後苦労するというのがオチだが、俺はそんな主人公達とは違い、常に安定を求める人生を送ってきた。ここは慎重に良いものを決めるべきだろう。

数々のゲームを人並みにやり込んできていた俺の感想からすれば、このカタログに載っている物は全てチート級であると断言してもいい程だった。


その中でも俺の興味を最も惹いたのは、定番の魔法系の能力だった。

早速、俺は魔法系の能力の説明文をさっと読み上げる。


全魔法習得、魔力最高値上昇、魔力容量拡大…チートすぎる。チートすぎた。それしか感想に出てこない。

流石に回復魔法やドーピング系の支援魔法までは習得出来ないらしいが、このだけでも十分すぎる数だ。

「少々チートすぎる代物の予感…。だけどこれは一生安定物だし、ここは魔法系能力習得でお願いします」


自分の希望のチート能力を伝え、俺は持っていたカタログをアクアに手渡して、身構える。

「よし!それじゃあ決まったようね。…って、そんなに身構えなくてもいいから、あなたの希望した能力は、転生したときに習得するから…ね?」

「えっ…あっはい」

くそっ…!ここで普段は発動しないコミュ症が発動するとは…!やはり何時でも俺はしっかりと決まらないようだ。


「ふふ、それじゃあ、今から魔法陣を張るから、ちょっと動かないでて…んん」

アクアが言い終えた途端、俺の足元に先の言う通り、女神の透き通った髪によく似た、水色の巨大な魔法陣が張られた。

魔法陣に直接力を加えている様子のアクアの周りには、精霊のようなものが共鳴しているのかの様に光輝き、それと同時進行で魔法陣の光は次第に、雪よりも白い色に変化した。


「遠藤勇気さん。あなたをこれから、異世界へと送ります。魔王討伐のための勇者候補の一人として。魔王を倒した暁には、神々からの贈り物を授けましょう!」


興奮気味にテンションが上がったアクアは右腕を天に掲げ、高らかに、俺に向かってそう宣言した。


「…贈り物って?」

「そう。魔王討伐を果たしたら、あなたが今、魔法系の能力を得た様に、なんでも一つだけ、どんな願いをも叶えてあげるわ!」

「おおっ!」


再び俺に向けて宣言したアクアのその言葉に、再び俺は反射的に歓喜の声を上げてしまった。


魔王討伐という目標。

目指すはハーレム異世界生活…まあ、顔のスペックは自分が一番理解しているので、流石に無理だと思うが。

全てが新しい世界で生きていく事に、俺は並ならぬ期待を寄せて、転生の時を待っていた。


そんな俺の期待に応える様に、アクアは今度は両手を天に広げ、


「さあ、魔法使いとなる勇者よ!願わくば、数多の勇者候補の中から、あなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。……さあ、旅立ちなさい!」

足元の魔法陣が、目の前の女神への視界を遮る様に、最高点までに達した白さが、俺の周りを包みこんだ……!

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